トルコから石灰棚を眺めながら生活する日記

ラム子のロカンタ(日本食食堂)、
ゴールデンレトリバーとカンガル犬との日常を綴っていました。

ケント今年2回目の癲癇発作

2017-01-31 23:36:33 | ケント
今日のパムッカレ

1月28日土曜日夕方17時30分ごろ、ケント今年2回目の癲癇発作。
前回は1月8日。

朝から、アジア系で賑わった食堂。
ケントが台湾人と中国人の二つのテーブル、背中合わせの間でうずくまっていた。

なんでそんなところに?
と、思った瞬間、ケントが私に近づいて来た。
そして、徐々に身体全体が痙攣した。

日曜日は社員が休みなので、土曜日で良かった。
私が厨房にいたので、ケントは助けを求めに
お客さんの傍に寄って行ったのだ。

ケントの様子に不思議そうなお客さんたち。
ケントが落ち着いたところを見計らって、
PCで、癲癇を中国語でと入力し、

      『癫痫』
      Diānxián

画面を見せたら、納得してくれた。



前回から1カ月も経っていない。
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5回目の月命日

2017-01-31 23:16:44 | 日記
今日のパムッカレ

旧正月で、韓国人、中国人の旅行者が多い。
なので、食堂もちょっと忙しい。

今日1月31日は、夫の月命日。
昨日、お花を買って来たので、御墓にお供えした。



草ボウボウに見えるけれど、これは麦。
何となく、春の足音が聞こえそう。

昨夜は夢に夫が出て来た。


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私のNGワード

2017-01-27 00:45:33 | 日記
昨日のパムッカレ

予報は雪だったけれど、降らなかった。



私にとって、NGワードって何だろ?
来店してくれるお客さんの数だけ、
毎日のように、自己紹介を余儀なくされている。
トルコ人とは思えない風貌の私が
トルコで働いていることに興味津々のようだ。
日本人なの?どのくらいトルコに住んでいるの?
どうしてトルコにいるの?エトセトラ~。

今はあまり言われなくなったけれど、
よくお子さんは?と、聞かれた。
通常、【いないんですよ】と、言えば、
殆どそこで、会話が終わる。

数年前、東南アジアの国の中年男性から、
どうして?子供はいいよ!と不思議そうな顔をされた。

ああ、この人の周囲には、不妊症の人がいないんだな、と
思ったけれど、『そういう個人的な質問は非常に失礼ですよ』
と、言ってやった。



夫が死んで、2日目のこと。
非常識とは認識しつつ、
食堂は営業した。
夫の生死に関わらず、社員二人の給料は払わなきゃいけないから。

毎年冬にやってくるはずのトルコに移住した
フェティエ在住のイギリス人友人グループが
来店した。

そのうちの一人が、私に、『あなたは幸せ?』と聞いて来た。
びくっとした。一瞬、何と答えていいのか、戸惑ったけれど、
一昨日までは、幸せだったけど、今は不幸なの。
だって、夫が昨日、死んじゃったから、と私。

気まずい空気が流れた。
私もヤバいと思ったけれど、時すでに遅し。
幸いにも、飲食が終了していた。

それからも、お客さんに、よく夫のことを聞かれた。
なぜか突っ込んでくるのは、イギリス人。
もう、死んじゃった、って、言わないようにしよう。
相手に申し訳ない顔させちゃうもんね。




先日、一昨年の夏から去年の春先までよく来てくれたアメリカ人駐在員家族が久々に
来店してくれた。しばらく、アメリカに帰国していたみたい。
どう、調子は?と、従来通り。

私は涙が溢れて出て、また、口にしちゃった。
夫が死んじゃったんだと。

実は夫のことを聞かれて、辛いというより、
嬉しいのかも。夫のことを忘れて欲しくないから。
存在自体が無かったことになるほうが、悲しい。


この公園にケントと行くと、必ず夫が後を追って来た。
私の行動範囲は限られていたので、どこに行くにも夫は把握していた。
本当に幸せだったなあ・・・。



夫婦、どちらかが先に逝くのは、当たり前。
残ったほうが、伴侶を失った苦しみに耐えられるから、選ばれたんだそうな。
私は信じないな。だって、トルコだって、日本だって、
夫に先立たれるほうが遥かに多いんだもの。
夫は私が先だったら、どうしていたかな?

生前、私が先に死んだら、再婚していいからね!と、言ったら
夫は一生独身でいると、断言してくれた。

実際、夫が再婚するのは、嫌かも・・・。


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夫の形見

2017-01-23 00:43:40 | 日記
昨日のパムッカレ

夫は洋服こそ、大量にあったけれど、
意外に持ち物は少ない。

夫が長年使用していた小さなものを
形見として欲しいと甥や姪に言われ、悩んでいる。

長年愛用していたもの?
(土などを運ぶ)手押し車かな?
工具セットかな?


小さなもの? 歯ブラシかな?
結婚指輪?


夫は私が買い換えないと、永遠に同じ歯ブラシを使っていたっけ。

財布は私が一昨年日本で買って来たものだから、
長年には当てはまらないな。

時計は、日本の兄にあげた。
驚いたことに、日本の兄の腕にしっくりあった。

日本の兄は私が里帰りするたびに、帰り際、イサに何かお土産でもと言い、
私にお小遣いをくれた。 で、そのお金の大半は私の口座に・・・。
というのも、夫へのお土産は滞在中に買ってあったから。

実兄と夫とは、いい酒仲間だった。夫が断酒をしてからは、日本に一緒に
帰ってはいなかった。



夫の財布を探っていたら、懐かしい写真が!
私と最初に出会ったときの写真。
夫がずっと持っていてくれたのかと思うと、感無量。


ところで、私の近況ですが、
相変わらず、観光客が少ないトルコ。でも、アジア系はそこそこ来てくれているみたい。

日本人のお客様にきな粉餅のサービス♪



こちら韓国人3人組。
3泊4日の滞在中、朝食以外、浮気せずに、毎食、通ってくれた。
うちに来るために宿泊延長までしてくれた。


週末はトルコ人が来てくれる。こちら、美術を専攻している大学生。


夜、独りになると、寂しさと、心細さに襲われるけれど、日中は忙しいので、大丈夫。
少しずつ、立ち直ってきているような気がする。

【個人的な伝言】
Gで一緒だったT県のルーキーママ!
メールがKちゃんのdoccomoの携帯に送れないよ!!
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夫からのメッセージ

2017-01-11 23:26:02 | 日記
今日のパムッカレ

某国在住の友人が某国で有名な霊媒師に会って来たそうな。
予約して実現するには1年以上要するみたい。

実際、一番大切だった人を失くして、
改めて【あの世】って、あるのかな?
幽霊っているのかな?人は死後どうなるのかな?と
考えるようになった。

正直、死後の世界はあるのか?本当に見守ってくれているのだろうか?
この地球上で、毎日、何万人と人間は死んでいるのである。
じゃ、彼らが霊となって、いつまでも、地球上をうろうろしているの?
犬や猫、ネズミにアリはどうだろうか?

そう考えた末、死んだら【無】になるのでは?
というふうに結論付けていた。


さて、話は霊媒師に戻るとして、
霊媒師を通して友人の前に現れたのは、
一人は親族。そして、もう一人は赤の他人だったそうな。
その人は最近亡くなったとのこと。

友人の周囲に最近死んだ人はいなかったし、
亡くなったいきさつも私の夫と酷似していたため、
私の夫のことだと気づいたらしい。

亡くなった人は色々な人や物を媒介してメッセージを伝えようと
するんだそうな。

夫からのメッセージは
私に謝りたかった、急に逝ってしまって、申し訳ないとのこと。
そして、いつも私の傍にいて、毎朝、ベッドに座って
私の髪を撫ぜているんだそうな。
そして、友人にこの機会を与えてくれてありがとう、とお礼を言ったとのこと。

また、夫は、私に謎めいたことを言い残したらしい。
数字の12と家族3。
これが何を意味するのか、まったく心当たりがない。
いつか、明らかになるときが来るのだろうか???

半信半疑だけれど、この話を聞いて、気持ちが楽になったような気がする。
私も夫に謝りたかったし、心から愛していることを
伝えたかったから。夫がいつも私の傍にいるなら、
私がどんな思いで毎日過ごしているか夫は知っていることになる。

私もこんなチャンスを与えてくれて、心から感謝しています。
多分、高いお金を払って霊媒師に会ったのに、
便乗しちゃった私たち。




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道路の真ん中で骨を齧っている最中に車に轢かれる奴&ケント今年1回目の癲癇発作

2017-01-08 23:07:26 | ケント
今日のパムッカレ

ケント今年最初の癲癇発作。
昼の12時ごろ。
10分程度。私のところへ、助けを求めにやって来た後に痙攣が始まった。
今回は軽めのようだった。
前回は12月4日。

ところで、先月の話。
肉屋で骨を調達し、
道路の真ん中で、骨を齧っていたケント。

イメージ図


イメージ図



そこへ、ミニバスがやって来た。
そのミニバスが通過したときに、
ケントのキャンキャンキャンという鳴き声が
響き渡った。

どうやら、反対車線にうちのミニバスが駐車していたので、
そのミニバスはケントを完全に避け切れなかったようだ。

近所の人が一斉に飛び出して来た。

で、ケントは左足を上にあげて、クーン、クーンと鳴いている。


イメージ図

私が左前足を確認するも、出血も無く、潰れたようには見えなかった。
心配で駆けつけてくれた近所の人も病院へ連れて行こうと
言ってくれて、私も、義兄に動物病院まで運転をお願いしようと
思った矢先、今度は、右前脚を上げて、クーンクーンと
鳴いていた。

ん?

ミニバスが超至近距離でケントの傍を通過したので、
怖くて、パニックになったみたい。
すぐに、スタスタと歩き出したから。



もう、心臓がと止まるかと思った。


新婚甥っ子の新居にして。


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どうぞ、今年もよろしくお願い申し上げます。

2017-01-05 18:48:16 | 日記
今日のパムッカレ

生きていますよ。
まだコメント返しが終わっていないのに、更新するのが、
後ろめたいですが、お許しを。

日中は食堂で忙しくしているので、平気だけれど、
夜、一人になると、無性に寂しさが募ってくる。

日本から帰国後、22日、裁判所へ。
案の定、日本の外務省から相続に関しての
回答が無いからとのことで、次回3月に持ち越された。
私は日本大使館とばかり思っていたけれど、
外務省とのこと。ふーん・・・・

で、25日は夫の法事。
2,500人分の食事を用意した。
写真を撮り忘れたけれど、メニューはチキン、トルコライス、スープ、サラダ、そしてデザート。
本当は夫が好きだったキョフテ(牛肉団子みたいもの)にしたかったけれど、
どうしても人数と予算の関係でチキンになった。
次回の法事はキョフテにしてあげたいな。

夫は、よく私に、ラム子が死んだら、法事にはキョフテを焼いてやるからな、と口にしていたっけ。
また、日本は火葬だから、ラム子のことを裏庭で焼かなきゃね、と話していた。




我が家の車庫と裏庭を利用して、いわゆる出張サービス。







法事の前後日は天気が悪かったけれど、
日曜日だけは快晴だった。
夫は日ごろの行いが良かったんだね。



義兄たちは男性客を迎え、義姉達や私は女性客に一人一人挨拶した。
イスタンブールや首都アンカラからも、夫の友人や徴兵時代の戦友が集ってくれた。

11時開始で、15時ごろ終了したかな。
寒いのに、たくさんの皆さんにお越しいただき、感謝です。
日本じゃ2,500人をどうやって捌くのか不思議でしょうが、
みな挨拶と食事を済ませると帰っていくので、いつまでも
席に留まっている人はいないのである。



2003年トルコ移住前に亡くなった祖母の葬式には
母の着物を着た。そして、ラム子も結婚したら
喪服が必要になるだろうからと、母にワンピースの喪服を
新調してもらった。まさか、初めて袖を通す日が
夫の法事だったとは。

因みに夫の葬式は普段着だった。


30日は雪が降った。去年は暖冬だったけれど、今年は寒い。


食堂の庭が滑りやすくなっているので、
12mのマットを購入♪



31日大晦日はトルコではなぜかクリスマス(キリストを認めてはいるけれど、
生誕を祝うということはせず、余興だけ真似て、トルコも楽しもうというわけ)

年末年始にバイトしてくれる夫のオフィスの大学生と
二人ぼっち&1頭のクリスマス。




一昨日は夫の墓詣り




2016年、トルコにとって、私にとって最悪の年だった。
結婚10周年で、私の幸せは終わってしまった。

食堂の事業主として名義の書き換えをした。
(夫が死亡したら、すぐに名義の変更をしなきゃいけなかったみたい
で、罰金がたんまり来た。人が死んで、すぐにそんなことを考える余裕なんて
ないでしょ!トルコの行政業務はメチャクチャ遅いのに、罰金だけは素早い)


夫の名前が次から次へと消えて行くのが、辛い。

これからもトルコで暮らすことにした。
今後、トルコがどうなるのかはわからない。
でも、ケントがいる限り、戦火に見舞われても、ここにいる覚悟だ。
両親とケントを天秤にはかけられないけれど、
ケントも私の大事な家族だから。

末筆ながら、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
そして、皆様にとって、笑顔溢れるよいお年となりますように・・・。



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