トルコから石灰棚を眺めながら生活する日記

ラム子のロカンタ(日本食食堂)、
ゴールデンレトリバーとカンガル犬との日常を綴っていました。

入院一泊日記 備忘録

2017-11-24 18:41:42 | 日記
今日のパムッカレ

3か月ほど不正出血が続き、診察を受けたクリニックの女医さんから、
癌の疑いがあるから、
早急に大学病院に行くように指示があり、
パムッカレ大学病院を予約した。


画像はどこからか、お借りしました。
自宅から車で30分ほどのところ。(今、あちこち、道路工事真っ只中なせいで、1時間近くかかることもある)


大学病院では、教授クラスの医師が担当し、
一部診察料を徴収される。122リラ(4,000円ほど)

とすると、数時間で20人近い患者を診れば、かーるくトルコ人の
一か月分の給料が入ってくるんだな


それでも、私のような自営業者は時間も大切なもんで、
国立病院のような丸一日がかりになるよりは、有難い。

私を診察した大学病院の医師は、深刻ではないけれど、
飛行機に乗るなら、
一刻も早く手術をしなければならないと言う。
手術日は二日後の木曜日となった。
火曜日に、問診、レントゲン、血液尿検査、心電図など
手術に必要な検査を一通り終えた。

手術は木曜日だけど、前日の水曜日の夜には
点滴を開始するので、前夜から病院へ行かなければならなかった。

当日、ケントに別れを告げるものの、ケントは
車に乗り込もうとし、頭だけドアの中へ出し、なかなか車から離れることはしなかった。
断腸の思いだった

部屋は追加料金100リラ(3,000円)で個室も可能だということで、
喜んででアップグレードした。
実は、6年前の子宮筋腫手術のとき、
出産直後の頭のおかしくなった女性と同室にされ酷い目に遭ったからだ。

こっちは、翌日の手術で子宮全摘出になって、一生子供を授かれない体に
なるかもしれない患者と赤ちゃん同室って
日本はどうなのかしら?

配慮無さすぎ。これ6年前のことね。
ま、どのみち、妊娠すら出来なかったのだけど。

病院側は空きベッドがあれば、病状関係なく、患者を入れるようである。
個室は付き添い用にソファベッドがあり、ちゃんとシーツ、枕も。

テレビにトイレはもちろんシャワー完備。
産婦人科は通常二人部屋で、トイレもシャワーもあるようだ。
ただ、付添人用のベッドはなく、足のリクライニングついた
一人用ソファがあるだけ。
100リラで、義姉が横になって休めるなら安いもんだ。




夜中の12時から点滴を開始するから、それまで何を食べてもよいと
言われ、階下のカフェで、ケーキを買い、義姉とティータイム

夫が生きていたら、3人で、手術前夜とは思えないくらいに
楽しいひと時だっただろうな。



夫が一緒だったら、ずっと私の手を握って、『ダイジョウブダイジョウブ』と、声をかけてくれたはず。
あの分厚いゴツゴツした夫の手、未だに感触は覚えている。


万が一のことがあったらと、遺書を書くことにした。
トルコ在住歴の長い羊飼いさん
連絡し、翻訳を手伝ってもらった。まあ、公的なものじゃないにしろ、
私の意思が尊重されることを祈って。

手術前夜、同じような手術をする患者が4人いると告げられ、
私が何番目で何時になるかなど、教えてもらっていなかった。

前夜からの点滴のせいか、腹痛が激しくなり、出血もあった。
そんな中、もしかしたら、トップバッターだったのかな?
朝10時に手術着に着替えてと言われ、待機するとことなった。

義姉が手術室前まで、見送ってくれた。
ああ、6年前は夫も一緒にいて、手を振ってくれたんだっけ。

オペ室は、6年前とは違う。同じパムッカレ大学病院でも
場所が違ったし。前回は初オペで初全身麻酔で恐怖に震えていた。
さすがに2回目となると、手術への心構えは出来ていた。

6年前は、執刀医や看護師さんたちが、私の緊張をほぐそうと
冗談を言い続けていたが、今回は、この患者、トルコ語出来るの?と
みんなヒソヒソと話している。丸聞こえですよ!

はーい、これから麻酔かけまーす、と点滴から注入され、
一気に夢の中へ。その時だったか、翌日だったか、夫が夢に出てきたのだ。

手術の朝、姪(義姉の娘)からメールが来て、isaが墓から出てきて、
ラム子の手術は成功するよ、と姪に話したらしい。
姪のところにやたらと出没する夫。なんで私のところへ来ない?

そして、一時間ほどで手術が終了し、私は廊下で目が覚めた。寒くて目が覚めたのだ。
どうやら覚醒させるために、寒いところに放置されていたみたい。
あれ?6年前とは違う。実は6年前の子宮筋腫の手術のときと
今回は時期的に同じなのだ。

ブルブル震えながら、病室へ戻った。
そして、パジャマに着替えて、横になった。

前回はかなり朦朧としていたのは、腹切りだったから麻酔が強かったのかな?
朦朧としているのに、癒着防止とか言われて、
無理やり歩かされたっけ。



里帰り間近に控えて、私とケントの病院通い。
私の病気にしても、ケントのにしても
日本滞在中の出来事ではなくて良かった。



私の日本滞在中、ケントに何もありませんように・・・。




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病院大混雑 患者だらけ

2017-11-20 23:06:51 | 日記
今日のパムッカレ


点滴2日目。明日も病院へ行かなきゃ。どうやら、バクテリアが原因らしい。
このまま、具合が悪かったら、日本行きはキャンセルします。

動物病院は、次から次へと患者が訪れ大混雑でした。
昨日は猫が多かったけれど、今日はワンコだらけ。

みな、早く治ってね!











病院の帰りにお花屋さんへ寄ってもらい、お墓の花を買いました。













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ケントがっ

2017-11-19 22:23:15 | ケント
今日のパムッカレ

皆様、毎度ご心配おかけしており、申し訳ありません。
温かいコメントをいただきまして、御礼申し上げます。
コメントへの返事が出来ておらず、恐縮ですが、今しばらくお待ちくださいませ。

今回はケントが体調不良です。

昨日の昼過ぎから大量に嘔吐し、その後も、体をブルブル震わせ、
でも、部屋に入りたがらず、階段の上り下りも大変なようでした。



昨夜はケントが外にいたがったので、私は食堂で寝ることにしました。
多分、気分が悪く、トイレにも行ける態勢でいたかったのか、わかりません。

その後、ケントを食堂内に入れ、一緒に寝ました。

今朝も食事を摂っていないにも関わらず、嘔吐し、
動物病院へ電話し、連れて行きました。



血液検査をしたところ、特に異常はないとのことで、点滴をしてもらいました。





帰宅後、ハイになって、食欲も戻りましたが、まだまだ油断は出来ません。
また、明日、病院へ行きます。



私が入院中じゃなくて、良かったです。
昨夜はケントが逝っちゃうかもと覚悟しました。




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無事退院しました!

2017-11-18 01:19:32 | 日記
相変わらず、お騒がせして、すみません。
みなさん、私が【終活】を【就活】と書いてしまったことに
誰も突っ込むことを控えられたのですね。
顔から火が出る思いです。

おー、恥ずかしい

とりあえず、
人生2回目の全身麻酔から生還しました。

切除した腫瘍を生研にかけているので
来週結果が出ます。

とりあえず、ご報告まで。
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終活準備

2017-11-15 20:40:09 | 日記
今日のパムッカレ

実はここ数か月、不正出血が続いていた。
夫が天国へ行ってしまってから、いろいろなことがあり、
精神的にも肉体的にもおかしくなって当然だと
思っていたし、ストレスから更年期障害を誘発したと勝手に判断していた。

周囲に勧められ、イヤイヤ、クリニックへ。
で、ドクターからガン検査を勧められ、軽い気持ちで受けた。

数日後に検査結果が出るから電話するようにと
言われるも、うっかり忘れていた。


その後、クリニックの医師から電話があった。
癌の疑いがあり、緊急手術を要するから、すぐに大学病院へ行けと
のこと。

予約日までの4日間。
今後のことを考えた。

ガンと言われ、ショックだった。
でも、夫がいる世界へ、一歩近づけたのだ。

今月予約したフライトチケットはプロモーションだから、
キャンセルも期日変更も不可。
日本の家族も楽しみにしているのに、
キャンセルのことを何て伝えたらいいのだろうか?

ケントをどうする?

自分がガンで手術をするなんて、日本の両親には
口が裂けても言えない。
だから、治療するなら、トルコ。
それに、日本じゃ健康保険ないもん。

でも、日本の家族に会いたくなったら、そのときに
飛行機に乗ることが出来る身体なのだろうか?

日本の年老いた両親への親孝行は
やっぱり出来なかった。
それどころか、親より先に死んじゃうかも。
なんという親不孝者か。

ケントを置いてはいけない。
ケントは、たぶん、私がいなくても生きていけるだろう。
近所の人に可愛がられているから、
ご飯も自力で調達出来る。

だが、ケントの最期を誰が看取ってくれるのだろうか?
ちゃんと、深く埋めてくれるかな?

癲癇発作が起きたら、誰か傍についてくれるかな?
ケントは暑いのも寒いのも苦手だから、
エアコンの部屋で寝させてもらえるかな?

今のうちに、売れるものは売って、お金にしておこうかな。
食堂どうしようか・・・。
異国の地で、他人に迷惑をかけずに
生きていけるだろうか?
決断しなければいけないことが、たくさんあった。
先ずは、診察を受けて、それから考えることにした。



そして、

義姉に付き添われて、
いざ大学病院へ。



検査の結果、

良性のポリープだと判明した。
ガンだと信じていたので、気が抜けた。

クリニックのドクターに癌の疑いがあると
言われてから、ネットで子宮癌を検索した。

思い込みとは怖いもので、それまで
不正出血しか症状がなかったのに、
お腹が痛くなったり、神経痛まで
伴ってきて、益々自分が癌だと確信を持った。

良性のポリープだと判明したけれど、
早急に手術を行う必要があると
言われた。

人生2回目の手術。いずれもトルコで。
こんなにお世話になっちゃって、
こりゃ、脳死の際には、臓器でも提供しないといけないかな。

それでは、行って来ます。
皆さんにまたお会い出来ますように・・・。



今回も義姉が付き添ってくれる。
義姉一家全員が私をサポートしてくれているので
私は一人じゃない。いつも、ありがとう。



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最後の贈り物

2017-11-12 22:27:39 | 日記
今日のパムッカレ

夫のお墓が完成した!
本当は、法事までに間に合わせたかったけれど、
出足が遅かったので仕方がない。

これが私から夫への最後の贈り物となる。

お墓の選定については、
ネットで探したり、他の墓地へ視察に出向いたりした。






これがいい!と、値段を見たら、
なんと、300万円!!気分は1,000万円。
どうやらヨーロッパのお墓のようだった。
ドイツの新車が買えちゃう値段よ。
isaは大喜びしそうだけど。


こんなのもあった。
これはねえ・・・。夜お墓に行けないね。普通、行かないか・・・。

で、結局、これにした



この色の石はトルコにはないそうで、輸入ものとのこと。




写真をつけることは、賛否両論があったけれど、
イスラム教徒ではない私がisaの隣で眠ることは不可能なので、
せめて写真だけでも一緒にしたかったから。

フフフ、なんと10年以上前の写真。
夫が私の両親へ挨拶に日本へ来たときの。
あの時に戻りたいな。








後は、お花を植えれば完成。
日本だと根が付くものは、お墓には御法度だけれど、
こちらは、木や花を植えたり、麦を撒いたりする。
麦は鳥たちが食べるようにだそうな。

トルコの田舎、パムッカレのような地区では、
墓地管理は自治体で、墓地は無料。
墓石だけ各自負担することになる。

トルコは土葬なので、このように墓石を建立するには、
1年ほど待たないといけない。

お墓の基礎を造るにあたって、土を掘り起こしたようだ。
実際、埋葬するときに、近くで立ち会っていない私は
骨となった夫に会いたかった。

でも、そこまでは掘り起こしてはいないとのこと。
遺体は真っ新なサラシで覆われ、その上に板を被せているとのことで、
ご対面は不可能とのこと。











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もしも、一つだけ願いが叶うなら・・・

2017-11-10 23:02:11 | 日記
今日のパムッカレ

ケントを私が看取りたい、それだけが望み。



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夫の一周忌法事

2017-11-06 19:58:49 | 日記
今日のパムッカレ

昨日は夫の一周忌法事を行いました。
法事とは仏教用語でしょうが、イスラム教にも同じように、死者の冥福のために
取り行う儀式があるので、わかりやすく、法事とします。

親戚、友人、村中の人に呼びかけ、来てもらい、食事を振る舞いました。
その数、2,000人。





料理はキョフテ(牛肉のミニハンバーグ)ピラフ、スープ、サラダ、パンにデザート

夫が生前、キョフテが好きだったこと、ラム子が死んだらキョフテを焼いてやると
よく口にしていたのです。
ラム子は日本人だから、ボイラーで火葬もしなきゃねとも。

イスラム教徒は土葬です。

異国の地にて、私を残して先に逝きやがって、残された私を苦しめる●カヤローだから、
ランクを落としてチキンにしてやるとも考えましたが、もう後にも先にも
これだけの規模の法事は一人では出来ないと考え、キョフテを決行しました。

業者を変えたこともあり、昨年と違い(昨年は夫の兄弟たちが負担してくれた)、
たくさんのスタッフがいてくれ、スムーズに食事の提供が出来ました。











そして、雨にも降られず、天気にも恵まれました。
私は雨女だけど、isaは晴れ男だったね!


たくさんの来訪者と挨拶をした。
その中に、顔は知っているけれど、どこのどなたか分からない女性が

あたながいつも泣いていることを知っているわ、
と仰ってくださったのです。

嬉しかった。
私は人前で泣くことを我慢するほうなので、
私の心の内を理解してくれて、ありがとうございます。


そりゃ、そうだ。日本5往復分の大枚を叩いたんだから、私を守ってくれないと、
許さないからね!



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