昭和5(1930)年8月には東京日日新聞社と大阪毎日新聞社が共催で「日本新名勝俳句」を募集しました。これは新聞社が選んだ日本新名勝百三十三景のうち、どれかを選んで投稿するというものです。
新名勝百三十三景には国内の山岳、渓谷、瀑布、河川、湖沼、平原、海岸、温泉が網羅され、季題は自由、選者は高浜虚子で、最優秀な句、20句を選び帝国風景院賞として1句100円を贈るという催しです。
虚子は『ホトトギス』10月号で「諸君に告ぐ---特に本誌の読者は奮ってこれに応募し、現地の風景を写生し、優秀なる俳句を其等名勝の地にどどめられんことを望みます」と檄を飛ばしました。
九州近辺の指定名勝地は雲仙岳、阿蘇山、霧島山、英彦山、耶馬溪、球磨川、唐津松浦潟など18か所で、久女の住む小倉に最も近いのは英彦山でした。
<英彦山>
英彦山は福岡県と大分県の県境にまたがる山で、その昔は修験道の霊場でもありました。久女は英彦山に心ひかれ、それまでもたびたび訪れ、またエッセーに何度も綴っています。
好きな英彦山が指定名勝地に入っていることで、久女にはこれに応募するという創作の目標が出来、句作になお一層励み、そして英彦山に何度も行ったことだろうと思います。
(写真はネットよりお借りしました)
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