エレミヤ33:14~16、 テサロニケⅠ 3:9~13 マタイ1:1~6、16
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二日市教会主日礼拝説教 2024年12月1日(日)
ファミリーヒストリー≪五つのダイヤモンド≫
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私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安が皆さま一人ひとりの上にありますように。アーメン。
Ж
クリスマスが間近になりました本日の福音書はマタイ福音書1章です。なお、マタイ福音書のクリスマス物語はこの1章と2章です。
ところで、マタイのクリスマス物語の特色は、背景が全て夜だということです。なぜなら、天使がヨセフにマリアを受け入れよと命じたのはヨセフが眠っていた時の夢の中でした。また、三人の博士つまり占星術の学者たちが行動したのも夜中。なぜなら、星の導きなしには馬小屋にはたどりつけなかったからです。なお、そのあとの「エジプトに避難する」では、ヨセフの家族に危険が迫ったことを天使が知らせたのもやはり夢の中でしたし、だからヨセフはただちに家族を連れて「夜のうちに」エジプトに向かえたのだと2章に書かれているからです。
このように、マタイのクリスマスは終始一貫夜なのですが、そのことと今読んだイエス・キリストの系図は関係しあっています。なぜなら、この系図には五つの≪ダイヤモンド≫が真夜中の星のように光り輝いているからです。その五つは五人の女性のことです。なぜならこの系図にある名前はほとんどが男性なのに、五人だけ違うからです。その五人は今から見ますが、最初に言っておきたいのは、五番目の≪ダイヤモンド≫はマリアだということです。
それでは4人の名前をまず明らかにします。最初の女性はタマルです。1章の3節に出てきます。次がラハブで、5節に出てきます。三番目の女性はルツで、同じ5節にあります。最後の女性は6節ですが、ウリヤの妻として出てきます。
ところで、キリストの系図は、マリアのファミリーヒストリーになっています。その観点で一人一人を見てゆきますが、最初は創世記28章のタマルです。タマルはエルという男に嫁ぎましたが、彼は子を残さず死にました。その場合は夫の兄弟と結婚し、必ず跡継ぎを残すというのが、当時の律法の定めでした。しかしその再婚相手も子を残さず死にます。このため舅は、この女は疫病神であると思い、まだ男兄弟が他にいるのに、彼女を実家に強制的に帰してしまいます。しかし後日、彼女は商売女に変装し、路上で舅に近づき誘惑し、のちに妊娠します。その行為があった時、遊女への支払金はあとで人に持たせると男が言うのに対して、その約束の証拠を今ここに置いて行くよう要求し、男は印章(今の印鑑)を渡したが、彼女はそれを受け取ると姿を消しました。さて彼女がその時の子どもを産むにおよんで、それは不義の子、姦通の末の子なので女は律法の定めどおり死刑にすると怒る舅の前にあの印章を示し、律法違反は再婚の道を強制的に断ち切ったあなたのほうだと反論したという話です。
さて二番目はヨシュア記2章のラハブです。彼女は異邦人で売春婦でした。自分の国に潜入したイスラエル人を匿いつつ自分たちの神よりも敵の神のほうが強いと判断し宗教上の寝返りを約束してスパイを脱出させました。のちに国がイスラエルによって全滅した時も彼女とその家族だけは生き残りが許されたという話です。
さて三番目は、ルツ記のルツです。旧約にルツ記によれば、彼女も異邦人でモアブという地の女性でしたが、イスラエルから移住した女性ナオミの息子と結婚しました。しかし彼が早くして死んだ時、自分は生涯 姑とは離れないと決心し、ルツもナオミの故郷に共に帰りました。そして、その土地にいたナオミの親族の男性ボアズと結婚するのですが、ルツ記は結婚前のいきさつを詳しく記します。それによると、ルツは夜中にボアズがまだ入ってこない寝床の中に忍び込み彼を待ち受けていた。これには、ボアズも理解してくれた立派な理由があったのに、部外者たちからはしたない、慎みのない女だとも思われていたという話なのです。
さて、四番目の女性はサムエル記下11章のいわゆる「ウリヤの妻」です。この女性はウリヤという名前の軍人の妻でしたが、その美貌のためある時ダビデ王の目に留まり宮中に呼ばれ妊娠させられます。そのあとダビデは卑劣な手段でウリヤを死に追いやり、彼女を正規の妻として王宮に迎えます。これは、非は明らかにダビデにある話ですが、彼女はいつまでもなよなよしていたどころか、のちにソロモン王の母となり自分の地位をしっかり築いたという話になっています。
以上が、イエスの母マリアのファミリーストーリーですが、それにしても4人の先祖が、清く正しい生き方の手本にならないことには驚かされるかもしれません。しかし、マタイ福音書の著者は、だからこそマリアもダイヤモンドだと考えていました。なぜならこの4人はいざとなれば規格外の行動に及び、男性や権力者の前でもたじろぐことがなかったからで、その意味ではマリアも同じだったからです。
話は変わりますが、アメリカの女性の神学者シャーリー・ガスリーという人はこう言っています。「クリスマスは、人間が一年中ずっと住み続けている現実世界に神が入ってきたというお話である。つまりそこは、政治的な不安や不正があり、貧困、憎しみ、ねたみがあり、自分と異質なものに対する恐れがある世界に神が決定的に入ってきたという物語である。クリスマスになると教会では、「光は暗闇の中で輝いている(ヨハネ1:5)」という言葉が読まれるが、マタイは、そこに光が輝き出たという暗闇がどんな暗闇であったのかを告げようとしているのである。実はそれは、わたしたちが生きている場所にあるのと同じ暗闇なのである。」 その暗闇の中をマリアも生き、そのため後世に≪ダイヤモンド≫と讃えられたというのがクリスマス物語なのです。(日本福音ルーテル二日市教会牧師:白髭義)
次週 12月8日 待降節(アドベント)第2主日
説教題:クリスマス物語 その2
説教者:白髭義 牧師
12月22日(日) クリスマス主日礼拝 10時半からです。
12月22日(日) 愛と平和のChristmasコンサート 18時半から
🎄おいでください。
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二日市教会主日礼拝説教 2024年12月1日(日)
ファミリーヒストリー≪五つのダイヤモンド≫
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私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安が皆さま一人ひとりの上にありますように。アーメン。
Ж
クリスマスが間近になりました本日の福音書はマタイ福音書1章です。なお、マタイ福音書のクリスマス物語はこの1章と2章です。
ところで、マタイのクリスマス物語の特色は、背景が全て夜だということです。なぜなら、天使がヨセフにマリアを受け入れよと命じたのはヨセフが眠っていた時の夢の中でした。また、三人の博士つまり占星術の学者たちが行動したのも夜中。なぜなら、星の導きなしには馬小屋にはたどりつけなかったからです。なお、そのあとの「エジプトに避難する」では、ヨセフの家族に危険が迫ったことを天使が知らせたのもやはり夢の中でしたし、だからヨセフはただちに家族を連れて「夜のうちに」エジプトに向かえたのだと2章に書かれているからです。
このように、マタイのクリスマスは終始一貫夜なのですが、そのことと今読んだイエス・キリストの系図は関係しあっています。なぜなら、この系図には五つの≪ダイヤモンド≫が真夜中の星のように光り輝いているからです。その五つは五人の女性のことです。なぜならこの系図にある名前はほとんどが男性なのに、五人だけ違うからです。その五人は今から見ますが、最初に言っておきたいのは、五番目の≪ダイヤモンド≫はマリアだということです。
それでは4人の名前をまず明らかにします。最初の女性はタマルです。1章の3節に出てきます。次がラハブで、5節に出てきます。三番目の女性はルツで、同じ5節にあります。最後の女性は6節ですが、ウリヤの妻として出てきます。
ところで、キリストの系図は、マリアのファミリーヒストリーになっています。その観点で一人一人を見てゆきますが、最初は創世記28章のタマルです。タマルはエルという男に嫁ぎましたが、彼は子を残さず死にました。その場合は夫の兄弟と結婚し、必ず跡継ぎを残すというのが、当時の律法の定めでした。しかしその再婚相手も子を残さず死にます。このため舅は、この女は疫病神であると思い、まだ男兄弟が他にいるのに、彼女を実家に強制的に帰してしまいます。しかし後日、彼女は商売女に変装し、路上で舅に近づき誘惑し、のちに妊娠します。その行為があった時、遊女への支払金はあとで人に持たせると男が言うのに対して、その約束の証拠を今ここに置いて行くよう要求し、男は印章(今の印鑑)を渡したが、彼女はそれを受け取ると姿を消しました。さて彼女がその時の子どもを産むにおよんで、それは不義の子、姦通の末の子なので女は律法の定めどおり死刑にすると怒る舅の前にあの印章を示し、律法違反は再婚の道を強制的に断ち切ったあなたのほうだと反論したという話です。
さて二番目はヨシュア記2章のラハブです。彼女は異邦人で売春婦でした。自分の国に潜入したイスラエル人を匿いつつ自分たちの神よりも敵の神のほうが強いと判断し宗教上の寝返りを約束してスパイを脱出させました。のちに国がイスラエルによって全滅した時も彼女とその家族だけは生き残りが許されたという話です。
さて三番目は、ルツ記のルツです。旧約にルツ記によれば、彼女も異邦人でモアブという地の女性でしたが、イスラエルから移住した女性ナオミの息子と結婚しました。しかし彼が早くして死んだ時、自分は生涯 姑とは離れないと決心し、ルツもナオミの故郷に共に帰りました。そして、その土地にいたナオミの親族の男性ボアズと結婚するのですが、ルツ記は結婚前のいきさつを詳しく記します。それによると、ルツは夜中にボアズがまだ入ってこない寝床の中に忍び込み彼を待ち受けていた。これには、ボアズも理解してくれた立派な理由があったのに、部外者たちからはしたない、慎みのない女だとも思われていたという話なのです。
さて、四番目の女性はサムエル記下11章のいわゆる「ウリヤの妻」です。この女性はウリヤという名前の軍人の妻でしたが、その美貌のためある時ダビデ王の目に留まり宮中に呼ばれ妊娠させられます。そのあとダビデは卑劣な手段でウリヤを死に追いやり、彼女を正規の妻として王宮に迎えます。これは、非は明らかにダビデにある話ですが、彼女はいつまでもなよなよしていたどころか、のちにソロモン王の母となり自分の地位をしっかり築いたという話になっています。
以上が、イエスの母マリアのファミリーストーリーですが、それにしても4人の先祖が、清く正しい生き方の手本にならないことには驚かされるかもしれません。しかし、マタイ福音書の著者は、だからこそマリアもダイヤモンドだと考えていました。なぜならこの4人はいざとなれば規格外の行動に及び、男性や権力者の前でもたじろぐことがなかったからで、その意味ではマリアも同じだったからです。
話は変わりますが、アメリカの女性の神学者シャーリー・ガスリーという人はこう言っています。「クリスマスは、人間が一年中ずっと住み続けている現実世界に神が入ってきたというお話である。つまりそこは、政治的な不安や不正があり、貧困、憎しみ、ねたみがあり、自分と異質なものに対する恐れがある世界に神が決定的に入ってきたという物語である。クリスマスになると教会では、「光は暗闇の中で輝いている(ヨハネ1:5)」という言葉が読まれるが、マタイは、そこに光が輝き出たという暗闇がどんな暗闇であったのかを告げようとしているのである。実はそれは、わたしたちが生きている場所にあるのと同じ暗闇なのである。」 その暗闇の中をマリアも生き、そのため後世に≪ダイヤモンド≫と讃えられたというのがクリスマス物語なのです。(日本福音ルーテル二日市教会牧師:白髭義)
次週 12月8日 待降節(アドベント)第2主日
説教題:クリスマス物語 その2
説教者:白髭義 牧師
12月22日(日) クリスマス主日礼拝 10時半からです。
12月22日(日) 愛と平和のChristmasコンサート 18時半から
🎄おいでください。
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