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司馬遼太郎「功名が辻」にみる千代のコーチング 14

2006年05月12日 | 読書
天正五年秋、信長は中国の毛利氏を討つべく、毛利攻めの司令官に秀吉を任命する。
中国へ出陣の直前、伊右衛門は、望月六平太のすすめで、伊吹山のふもとへ猟に出掛けた。
ここで、伊右衛門は小りんと再び出逢う。
そして、六平太が毛利の諜者であった事を聞き、毛利への寝返りを薦められるが、これを断る。
帰宅した伊右衛門は、六平太が去ったことを千代に伝えると、
「諜者でございましたからね」と、軽く言われ。
「えっ、知っていたのか」と、驚く。
「ええ、一豊様にはだまっておりましたが、あのような者を飼っておくのも面白いものでございます。織田家のこと、諸国のこと、さまざまと話してくれて、千代は居ながらにして世の辻に立っているようでございました。いずれ又、戻って参りましょう」
「・・・・・そ、そちはどれほど利口なのだ」
伊右衛門は、千代が怖くなった。

秀吉が安土城を発向したのは、天正五年(1577)十月二十二日である。
毛利はあまりにも強大で、秀吉は毛利の領国に一歩も踏み込めず、その入り口の播州(兵庫県)三木二十万石、別所長治に食い止められひどく手間取っていた。
天正七年正月になっても、まだ播州にいた。

伊右衛門の乗馬は戦闘で弾丸に当たって死んだり、病死したりで今は、敵から奪った非道く老いた馬に乗っていた。
「殿、今度の戦では敵の首よりも、先ず馬を奪うことが肝心でござりまするな」と、吉兵衛は言った。

長期戦で、ようやく飢えはじめた城方は、二月六日未明、城門を開き最後の決戦を仕掛けて来た。
伊右衛門は、敵襲と知るや、老馬に飛び乗り駆けだした。
「殿、殿、槍働きよりも、馬を奪うのが第一でござるぞ」
「わかっておるわ」
敵の一騎が、伊右衛門を見て、槍をきらめかせて驀進してきた。
敵は、黒具足に、半月の前立てを打ったカブトをかぶり、鹿毛の肉厚く骨格たくましい馬に乗っている。
それが、地を蹴って駆けてくる。
伊右衛門は、老馬にムチをくれた。
が、足が遅い。
敵は、槍を上げ疾風のように駆けてくる。
擦れ違おうとする寸前、伊右衛門は敵と反対の右側へ上体を傾け、左足で敵のアブミを力まかせに蹴返した。
敵は、鞍から落ち仰向けに倒れた。
伊右衛門は、素早く馬を旋回させ、空馬にすらりと乗り移った。
秀吉はこの情景を、平井山の上から見下ろしていた。
「伊右衛門のやることよ、味なことをする」
と、大笑いして見ていた。
伊右衛門はそのまま、敵の中へ突っ込んで戦ったが、敵の槍が馬の尻に刺さり、馬が棒立ちになったときに、振り落とされて、そのまま動けなくなった。
駆け付けた吉兵衛や新右衛門らによって後方へ収容された。

その後の戦闘では、伊右衛門はやむなく徒歩で駆け回ったが、気があせるばかりで目の覚めるような功名のあるはずがなかった。

程なく三木城は陥落し、秀吉は守備隊を残し、信長の居城安土へ一旦凱旋した。

屋敷へ帰った伊右衛門は、
「いや、千代、今度の合戦はひどかった。武運に見放されて、運はことごとく我が前をそれて行った」
「ウソで御座いましょう。別段、お見離されになったご様子もございませぬが」
「げんに、ほんの武功もない」
「しかし、お命だけは千代のもとにお持ち帰り下さいました。なによりの武運ではございませぬか。きっと、武神は、一豊様にもっと大きな功名をたてさせるために、とりあえずお命だけをお救い下されたのでございましょう」
伊右衛門は、妙な男で、女房の千代からこう励まされるとなにやらそういう気がしてきて、元気の蘇る男なのだ。

長浜から南へ十里。
琵琶湖の岸に、信長の本拠である安土の城下町が建設されつつあった。
伊右衛門は、この日、つまり彼、山内一豊という名が後世に知られるようになった伝説的な事件のおこった日、安土城内の羽柴屋敷に数日前から逗留していた。
城外でひらかれる馬市を見物するためである。もし、手にあう良馬があれば買おうと思っていた。

安土は水郷である。空がひろく、野がひろがっている。自然、この城と町に照る陽射しはひどくあかるいのである。
伊右衛門は、街路をゆっくりと歩いて行く。往還する人の数が多い。
武士も多いが、商人がやたらと多い町であった。この点が、他の諸豪族の城下町とは違うところであった。
信長は、政策として、商人を誘致して、商売が出来やすい様にした。
いわゆる楽市楽座として、自由商業にしたのである。
安土の馬市がさかんなのも、それが理由であった。

つづく

戦から帰って、武運が無かったと言ったときに、生きて帰った来たことが何よりの武運だと言われたら、きっとどんな言葉よりも、自分が愛されている気持ちになれて嬉しいだろうな。
千代は、相手が元気づく様な言葉で励ますことが出来る素晴らしいコーチですね。


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