当時は殆どそうであったように、伊右衛門と千代は結婚式当日に初めて顔を合わせた。
司馬遼太郎はその辺りの両者の気持ちを次のように書いている。
「旦那様、ふつつか者ではございますが、二世の末までよろしうおねがい申しあげまする」
「私こそ」
不器用に答えながら伊右衛門一豊は、あらためて千代の顔をみた。
(なるほど、評判の美人ではある、すこし大柄なのが気になるが)
千代は千代で伊右衛門を観察していた。
(ちょっと不満だな)
と、千代が思ったのは、伊右衛門がふっくらとした童顔で、武士らしい野太さが欠けているような感じがしたことだった。
それに背丈は中背、
(これで戦場の槍働きはできるだろうか)
もっとも、伊右衛門がなかなかの武勇の士であることはすでに「陰聞き」で十分知り尽くしている。
(眼が、いいな)
と思った。考え深そうな眼で、しかも機敏そうであった。こういう眼をもつ男なら単に格闘上手の槍仕よりも、一軍を駆け引きさせる武将にむくかもしれない。
(なによりなことは、気品があることです)
信じられないほどばかげたはなしだが、この夫婦がちゃんと夫婦になったのは、初夜から十五日目のことである。
このときは、千代も伊右衛門も、さすがに大事業をやっと果たしたような興奮で、体をはなしてからも、容易に寝付けなかった。
「今夜は、終夜、物語をしましょう」
と、千代が、恥ずかしそうに言った。
「千代、なんでもはなしてごらん」
(可愛い女だ。こんな妻をもらえたとは、自分はなんと、よい星の下にうまれたことか)
「あの、一豊様。男として、ご自分のご生涯を、どのようになれば良いと望んでいらっしゃいますか?」
正直なところ、織田家の新参であり、一日も早く織田家の家風になじみたいことと、戦場での武功ばたらきのほかは考えたことはない。
が、新妻にそう問われれば、伊右衛門にも見栄はある。
「武士と生まれた以上は、葉武者にはなりたくない。一国一城の主と仰がれる身分になってみたいものだ」
「一豊様は、なれます」
「なれるかね、私が」
驚いたのは、自分でもそんな大それたことを思ったこともない若者だったからである。
「お顔を見、お心をみて、きっと一国一城の主におなり遊ばすお方だと思いました」
「千代が?」
つい数日前まで娘っ子だったくせに何をいう、と伊右衛門にはそんな肝がある。
「千代だけではございませぬ。叔父の不破市之丞もそう申しておりましたし、母の法秀尼もそのようなことを申してわたくしに聞かせました」
と、千代はうまい。要するに伊右衛門に自信を持たせることである。自惚れという肥料だけが、才器有る男をのばす道だ。それが武将であれ、禅僧であれ、絵師であれ。
かしこい千代は、その機微を知っている。
「私がなれるかね」
「なれますとも、およばずながら、山内伊右衛門一豊様が、一国一城の主になられますまで、千代が懸命にお助けいたします。その誓いを、この夜、たてたかったのでございます」
つづく
コーチングは、スタートが肝心です。
千代は、新婚の夫が将来の目標を自分の口から語るように問いかけたのです。
そして、目標達成が可能だと信じているのは、自分一人ではなく他にも信じている人が居ると云う言い方で、一豊に自信を持たせたのです。
コーチングは強制ではありません。クライアントが自ら行動を起こすサポートをすることです。
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司馬遼太郎はその辺りの両者の気持ちを次のように書いている。
「旦那様、ふつつか者ではございますが、二世の末までよろしうおねがい申しあげまする」
「私こそ」
不器用に答えながら伊右衛門一豊は、あらためて千代の顔をみた。
(なるほど、評判の美人ではある、すこし大柄なのが気になるが)
千代は千代で伊右衛門を観察していた。
(ちょっと不満だな)
と、千代が思ったのは、伊右衛門がふっくらとした童顔で、武士らしい野太さが欠けているような感じがしたことだった。
それに背丈は中背、
(これで戦場の槍働きはできるだろうか)
もっとも、伊右衛門がなかなかの武勇の士であることはすでに「陰聞き」で十分知り尽くしている。
(眼が、いいな)
と思った。考え深そうな眼で、しかも機敏そうであった。こういう眼をもつ男なら単に格闘上手の槍仕よりも、一軍を駆け引きさせる武将にむくかもしれない。
(なによりなことは、気品があることです)
信じられないほどばかげたはなしだが、この夫婦がちゃんと夫婦になったのは、初夜から十五日目のことである。
このときは、千代も伊右衛門も、さすがに大事業をやっと果たしたような興奮で、体をはなしてからも、容易に寝付けなかった。
「今夜は、終夜、物語をしましょう」
と、千代が、恥ずかしそうに言った。
「千代、なんでもはなしてごらん」
(可愛い女だ。こんな妻をもらえたとは、自分はなんと、よい星の下にうまれたことか)
「あの、一豊様。男として、ご自分のご生涯を、どのようになれば良いと望んでいらっしゃいますか?」
正直なところ、織田家の新参であり、一日も早く織田家の家風になじみたいことと、戦場での武功ばたらきのほかは考えたことはない。
が、新妻にそう問われれば、伊右衛門にも見栄はある。
「武士と生まれた以上は、葉武者にはなりたくない。一国一城の主と仰がれる身分になってみたいものだ」
「一豊様は、なれます」
「なれるかね、私が」
驚いたのは、自分でもそんな大それたことを思ったこともない若者だったからである。
「お顔を見、お心をみて、きっと一国一城の主におなり遊ばすお方だと思いました」
「千代が?」
つい数日前まで娘っ子だったくせに何をいう、と伊右衛門にはそんな肝がある。
「千代だけではございませぬ。叔父の不破市之丞もそう申しておりましたし、母の法秀尼もそのようなことを申してわたくしに聞かせました」
と、千代はうまい。要するに伊右衛門に自信を持たせることである。自惚れという肥料だけが、才器有る男をのばす道だ。それが武将であれ、禅僧であれ、絵師であれ。
かしこい千代は、その機微を知っている。
「私がなれるかね」
「なれますとも、およばずながら、山内伊右衛門一豊様が、一国一城の主になられますまで、千代が懸命にお助けいたします。その誓いを、この夜、たてたかったのでございます」
つづく
コーチングは、スタートが肝心です。
千代は、新婚の夫が将来の目標を自分の口から語るように問いかけたのです。
そして、目標達成が可能だと信じているのは、自分一人ではなく他にも信じている人が居ると云う言い方で、一豊に自信を持たせたのです。
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