NEST OF BLUESMANIA

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音盤日誌「一日一枚」#207 トーマス・ドルビー「光と物体」(東芝EMI ZR25-894)

2022-06-09 05:11:00 | Weblog

2004年2月29日(日)



#207 トーマス・ドルビー「光と物体」(東芝EMI ZR25-894)

英国のアーティスト、トーマス・ドルビーの、アメリカにおけるデビュー・アルバム。82年リリース。

本国でのデビュー盤に、アメリカでもスマッシュ・ヒットとなった「彼女はサイエンス(SHE BLINDED ME WITH SCIENCE)」や「ワン・オブ・アワ・サブマリン(ONE OF OUR SUBMARINES)」を加えたヴァージョンだ。彼自身のプロデュース。

デビュー盤にして、すべてセルフ・プロデュースというのもスゴいが、とにかく新人らしからぬ完璧なサウンド作り、そして、トリッキーな演出のPVが、当時リスナーの話題をさらったものだ。

80年代といえば、MTVの台頭に象徴されるように、ビデオを使ったプロモーションが一般的となり、ロック/ポップ・ミュージックのヴィジュアル化が進んだ時期。

そんな中で、サウンドのみならず、ヴィジュアル面の演出にも長けていた才人、トーマス・ドルビーが一躍時代の寵児となったのは、大いに納得がいくね。

<筆者の私的ベスト3>

3位「哀愁のユウローパ(EUROPA AND THE PRIVATE TWINS)」

ドルビーは58年、エジプトのカイロ生まれ。両親は英国人だが、父親の考古学者という職業柄、アフリカやヨーロッパの各地に移り住んだという幼少時の経験が、彼の音楽性に大きく影響を与えているようだ。ときおり聴かれる中近東ふうの旋律に、それを特に感じる。

さて、3位はEMIからのデビュー・シングル。

この曲でドルビーは、テクノ・ビートとセカンド・ラインの融合という荒技をやってのけている。

まったく水と油の存在と思われている二者を化合させて生み出されたのは、聴いたこともないような新しいサウンド。まさに、音の錬金術だ。

ひとつの音楽スタイルに凝り固まるひとの多いブリティッシュ・ロックのミュージシャンにも、こんな引き出しの多いひとがいたんだと、当時は驚いたものだが、いまでもその思いは変わらない。

その特異なヴォーカル・スタイルとともに、彼のエレクトリック・サウンドは唯一無二のものだと思う。

小ネタをひとつ。この曲ではブルースハープがちょっとした隠し味になっているが、吹いているのはブリティッシュ・ロックの鬼才、XTCのアンディ・パートリッジだったりする。

2位「電波(AIRWAVES)」

ゆったりとしたビートの、バラード・ナンバー。でも、ドルビーの作品だから、フツーの曲であろうはずがない。

タイトルが示すように「電波系」な歌詞が、いかにもNERD(ヲタク)な雰囲気をぷんぷんとさせるドルビーらしい。

ヌーヴェルバーグのシネマを想起させるような、不可解なイメージのパッチワーク。聴き手の安易な共感などいらないと言わんばかりである。

にもかかわらず、音のほうはあくまでもメロディアスで、ひたすら美しい。

かつてのバンド仲間、ブルース・ウーリーと共に録った、バック・コーラスがこれまたセンシティヴで素晴らしい。

1位「彼女はサイエンス(SHE BLINDED ME WITH SCIENCE)」

マッド・プロフェッサーの異名を取るトーマス・ドルビーの、オタッキーなカッコよさが最大限に発揮されたナンバー。

ポップにしてダンサブルながら、彼の「狂気」と紙一重の才能をも十二分に感じさせる一曲。

最初のワン・フレーズから聴き手を幻惑するような歌声、脳髄を直撃するエレクトリック・ビート、出所不明のエキゾティックな音使い。いずれをとっても、天才の業といえよう。

あまり知られていないと思うが、歌詞の一節に「good heavens Miss Sakamoto-you're beautiful!」というのがある。このサカモトとは、当時YMOで活躍していた坂本龍一から取っている。

ドルビーもYMOには大きな影響を受けており、坂本とは個人的な交流もあったようだ。で、その関係で「ラジオ・サイレンス(Radio Silence)」には元坂本夫人、矢野顕子がバック・ヴォーカルで参加していたりする。

それだけ、YMOも日本国内だけでなく、インターナショナルに支持されていたという証拠ですな。

余談はさておき、ドルビーの生み出すサウンドには、彼が惑溺してきたありとあらゆるジャンルの音楽―クラシック、現代音楽、ジャズ、R&B、ソウル、レゲエ、そしてテクノ、等々が、彼ならではのアイデアにより再構成されている。

一応、ニューウェーブ、エレトリック・ポップあたりにカテゴライズされるのだろうが、それらとはどこか一線を画した、スケールの大きさを彼の音楽には感じる。

聴きやすさ、わかりやすさを保ちながらも、パターン化に陥らず、つねに自己変革、進化を繰り返していく究極の「前衛」。これがトーマス・ドルビーの音楽の本質だと思う。

天才プロフェッサーによる、テクノロジーと感性の融合。圧巻のひとことです。

<独断評価>★★★★



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