2023年1月13日(金)
#422 DONALD FAGEN「ナイトフライ」(ワーナーパイオニア PKF-5320)
米国のロック・ミュージシャン、ドナルド・フェイゲンのファースト・ソロ・アルバム。82年リリース。ゲイリー・カッツによるプロデュース。
ドナルド・フェイゲンはいうまでもなく、ロック・バンド、スティーリー・ダンの看板シンガー/キーボーディスト。
80年代に入り、フェイゲンがスティーリー・ダンとしての活動を一旦休止して、ソロ・アーティストとしてリリースしたのがこのアルバムだ。
76年のアルバム「幻想の摩天楼」以降80年の「ガウチョ」まで、バンド形態ではなく、フェイゲンとウォルター・ベッカーのユニットになっていたスティーリー・ダンだったが、ついにそれも終わって、いよいよ解散かと思われていた時期に、フェイゲンが本作を出したのである。
ジャケット写真は、1950年代とおぼしきディスク・ジョッキー(DJ)に扮したフェイゲン。「これから最新のご機嫌な音楽をお届けするぜ」ってことなんだろうが、ラジオから流れるのは、もちろん50年代ではなく80年年代の最新ミュージックだ。
その一方で、歌詞内容は50年代の時事を題材にしていたり、タイトルに懐古趣味が感じられるものが多かったりする。
この「二重構造」が、いかにもフェイゲンらしい洒落っ気を感じさせるね。
オープニングの「アイ・ジー・ワイ」は、レゲエ風の後乗りビートのナンバー。でも露骨にレゲエっぽくはない。意識して聴けばそれと分かる程度の、さりげなさ。何より、横溢する夜と都会のムードが、レゲエの世界とは真逆だ。
フェイゲン自身によるシンセ・ハープが独特の空気感をもたらしている。
シングル・ヒットもしているので、覚えている人も多いだろう。
「グリーン・フラワー・ストリート」はジャズの名曲「グリーン・ドルフィン・ストリート」のもじりなのだろう、アップテンポのビート・ナンバー。シンセ・ビートがいかにも80年代っぽい。
この曲のリード・ギターはラリー・カールトン。スティーリー・ダンのバッキングの常連である。ソロを大仰にではなく、さらりと決めてくれるのがいい。
「ルビー・ベイビー」は本盤唯一のカバー・ナンバー(他は全てフェイゲンの作品)。米国のドリフターズのヒット曲だ。リーバー=ストーラーの作品。
典型的なR&Bもフェイゲンの手にかかれば、最新の音楽になる。ビートは完全に80年代のもの。
一方、間奏のピアノ・ソロがいかにもジャズィ。弾いているのは、グレッグ・フィリンゲインズ。
A面ラストの「愛しのマキシン」は、ゆったりしたテンポのラブ・バラード。ジャズ色濃厚な、多重録音によるコーラスがイカしている。女声はヴァレリー・シンブスン。
そして、ムードを最高に盛り上げるのは、マイケル・ブレッカーのテナー・サックスだ。
B面オープニングの「ニュー・フロンティア」はアップ・テンポのロック・ナンバー。シングル・カットされてPVも作られている。
この曲でも、カールトンが燻銀のような名人芸を聴かせてくれる。
「ナイトフライ」はタイトル・ナンバー。「深夜族」というような意味だ。つまり深夜番組を担当するDJのこと。ラジオ局名もここで明かされて、タイトル回収となる。
三たび、カールトンが洒落たソロで、サウンドを盛り立ててくれる。
「グッバイ・ルック」はラテン・ビートのフュージョン・ナンバー。キューバの革命をテーマにしているようだ。この曲でもカールトン、大活躍。
B面ラストの「雨にあるけば」は原題が「Walk Betwen Raindrops」の軽快なシャッフル・ナンバー。タイトルやサウンドが示すように、ノスタルジックな雰囲気がプンプンとしている。
この曲の、フェイゲンのオルガンがまた、いいんだな。
ロックというカテゴリに入るんだけれど、全編、ほぼジャズへの憧れが溢れているサウンド。完全にアダルト向きの作りだが、汗みどろなロックに食傷気味のリスナー、音楽にオシャレっぽいものを求める人々には大ウケだったのを覚えている。「カフェバー文化」がにわかに注目されるようになったのも、このアルバムが出た82年頃かな。
これまでも一部紹介してきたように、アルバムへの参加ミュージシャンは、例によって超豪華な面々。
ギターはカールトン、ディーン・パークス、リック・デリンジャー、ヒュー・マクラッケン、スティーブ・カーン。
ベースはアンソニー・ジャクスン、チャック・レイニー、マーカス・ミラー、ウィル・リー。
ドラムスはジェイムズ・ギャドスン、ジェフ・ポーカロ、エド・グリーン、スティーブ・ジョーダン。
キーボードは、フィリンゲインズ、ロブ・マウジー、マイケル・オマーティアン。
ホーンはマイケル&ランディ・ブレッカー、デイヴ・トファーニ、ロニー・キューバーほか。
これだけのメンバーを易々と集められるミュージシャンはフェイゲンぐらいのものだろう。
アルバムは当然のように大ヒット。全米11位を記録している。
このソロ・アルバムの成功によって、ファンたちにはスティーリー・ダンの終了は、ほぼ確定事項のように感じられた。
だって、ベッカーが不在であることのデメリットが、ほとんど感じられないぐらいの、見事な出来映えであったのだから。デジタル初期の録音も、最高レベル。
ベッカー本人はドラッグ中毒にハマり、音楽どころでなかったようだし、もうコンビ復活は無理と思われてもいたし方ない状況だった。
その後、ベッカーはドラッグをなんとか克服する。
93年、フェイゲンはソロ・アルバム「カマキリアド」のプロデュースをベッカーに依頼し、ふたりの活動はようやく再開する。
そして「スティーリー・ダン」を復活させ、再びアルバム2作を作ることになる。
「ナイトフライ」は、そんな長いグループ沈滞期に作られたアルバムだが、その出来は「彩」にも匹敵するクオリティだ。
やはり、フェイゲンの才能はとんでもない。スティーリー・ダンのファンだけでなく、耳の肥えたリスナーには全員聴いて欲しいアーティストなのである。
<独断評価>★★★★★
米国のロック・ミュージシャン、ドナルド・フェイゲンのファースト・ソロ・アルバム。82年リリース。ゲイリー・カッツによるプロデュース。
ドナルド・フェイゲンはいうまでもなく、ロック・バンド、スティーリー・ダンの看板シンガー/キーボーディスト。
80年代に入り、フェイゲンがスティーリー・ダンとしての活動を一旦休止して、ソロ・アーティストとしてリリースしたのがこのアルバムだ。
76年のアルバム「幻想の摩天楼」以降80年の「ガウチョ」まで、バンド形態ではなく、フェイゲンとウォルター・ベッカーのユニットになっていたスティーリー・ダンだったが、ついにそれも終わって、いよいよ解散かと思われていた時期に、フェイゲンが本作を出したのである。
ジャケット写真は、1950年代とおぼしきディスク・ジョッキー(DJ)に扮したフェイゲン。「これから最新のご機嫌な音楽をお届けするぜ」ってことなんだろうが、ラジオから流れるのは、もちろん50年代ではなく80年年代の最新ミュージックだ。
その一方で、歌詞内容は50年代の時事を題材にしていたり、タイトルに懐古趣味が感じられるものが多かったりする。
この「二重構造」が、いかにもフェイゲンらしい洒落っ気を感じさせるね。
オープニングの「アイ・ジー・ワイ」は、レゲエ風の後乗りビートのナンバー。でも露骨にレゲエっぽくはない。意識して聴けばそれと分かる程度の、さりげなさ。何より、横溢する夜と都会のムードが、レゲエの世界とは真逆だ。
フェイゲン自身によるシンセ・ハープが独特の空気感をもたらしている。
シングル・ヒットもしているので、覚えている人も多いだろう。
「グリーン・フラワー・ストリート」はジャズの名曲「グリーン・ドルフィン・ストリート」のもじりなのだろう、アップテンポのビート・ナンバー。シンセ・ビートがいかにも80年代っぽい。
この曲のリード・ギターはラリー・カールトン。スティーリー・ダンのバッキングの常連である。ソロを大仰にではなく、さらりと決めてくれるのがいい。
「ルビー・ベイビー」は本盤唯一のカバー・ナンバー(他は全てフェイゲンの作品)。米国のドリフターズのヒット曲だ。リーバー=ストーラーの作品。
典型的なR&Bもフェイゲンの手にかかれば、最新の音楽になる。ビートは完全に80年代のもの。
一方、間奏のピアノ・ソロがいかにもジャズィ。弾いているのは、グレッグ・フィリンゲインズ。
A面ラストの「愛しのマキシン」は、ゆったりしたテンポのラブ・バラード。ジャズ色濃厚な、多重録音によるコーラスがイカしている。女声はヴァレリー・シンブスン。
そして、ムードを最高に盛り上げるのは、マイケル・ブレッカーのテナー・サックスだ。
B面オープニングの「ニュー・フロンティア」はアップ・テンポのロック・ナンバー。シングル・カットされてPVも作られている。
この曲でも、カールトンが燻銀のような名人芸を聴かせてくれる。
「ナイトフライ」はタイトル・ナンバー。「深夜族」というような意味だ。つまり深夜番組を担当するDJのこと。ラジオ局名もここで明かされて、タイトル回収となる。
三たび、カールトンが洒落たソロで、サウンドを盛り立ててくれる。
「グッバイ・ルック」はラテン・ビートのフュージョン・ナンバー。キューバの革命をテーマにしているようだ。この曲でもカールトン、大活躍。
B面ラストの「雨にあるけば」は原題が「Walk Betwen Raindrops」の軽快なシャッフル・ナンバー。タイトルやサウンドが示すように、ノスタルジックな雰囲気がプンプンとしている。
この曲の、フェイゲンのオルガンがまた、いいんだな。
ロックというカテゴリに入るんだけれど、全編、ほぼジャズへの憧れが溢れているサウンド。完全にアダルト向きの作りだが、汗みどろなロックに食傷気味のリスナー、音楽にオシャレっぽいものを求める人々には大ウケだったのを覚えている。「カフェバー文化」がにわかに注目されるようになったのも、このアルバムが出た82年頃かな。
これまでも一部紹介してきたように、アルバムへの参加ミュージシャンは、例によって超豪華な面々。
ギターはカールトン、ディーン・パークス、リック・デリンジャー、ヒュー・マクラッケン、スティーブ・カーン。
ベースはアンソニー・ジャクスン、チャック・レイニー、マーカス・ミラー、ウィル・リー。
ドラムスはジェイムズ・ギャドスン、ジェフ・ポーカロ、エド・グリーン、スティーブ・ジョーダン。
キーボードは、フィリンゲインズ、ロブ・マウジー、マイケル・オマーティアン。
ホーンはマイケル&ランディ・ブレッカー、デイヴ・トファーニ、ロニー・キューバーほか。
これだけのメンバーを易々と集められるミュージシャンはフェイゲンぐらいのものだろう。
アルバムは当然のように大ヒット。全米11位を記録している。
このソロ・アルバムの成功によって、ファンたちにはスティーリー・ダンの終了は、ほぼ確定事項のように感じられた。
だって、ベッカーが不在であることのデメリットが、ほとんど感じられないぐらいの、見事な出来映えであったのだから。デジタル初期の録音も、最高レベル。
ベッカー本人はドラッグ中毒にハマり、音楽どころでなかったようだし、もうコンビ復活は無理と思われてもいたし方ない状況だった。
その後、ベッカーはドラッグをなんとか克服する。
93年、フェイゲンはソロ・アルバム「カマキリアド」のプロデュースをベッカーに依頼し、ふたりの活動はようやく再開する。
そして「スティーリー・ダン」を復活させ、再びアルバム2作を作ることになる。
「ナイトフライ」は、そんな長いグループ沈滞期に作られたアルバムだが、その出来は「彩」にも匹敵するクオリティだ。
やはり、フェイゲンの才能はとんでもない。スティーリー・ダンのファンだけでなく、耳の肥えたリスナーには全員聴いて欲しいアーティストなのである。
<独断評価>★★★★★