NEST OF BLUESMANIA

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音盤日誌「一日一枚」#421 下田逸郎「陽のあたる翼」(ポリドール MR 5045)

2023-01-12 05:52:00 | Weblog
2023年1月12日(木)



#421 下田逸郎「陽のあたる翼」(ポリドール MR 5045)

シンガーソングライター、下田逸郎のサード・アルバム。74年リリース。

これは筆者としては思い入れのある1枚だ。この中の数曲を、高校2年の文化祭のステージで歌ったぐらいなのだから。

下田逸郎のことを知る若者は少ないと思うのでざっと紹介しておくと、60年代末より活動していた「東京キッドブラザーズ」というミュージカル専門の劇団で、音楽担当をしていた人なのだ。

71年にファースト・アルバムをリリースしてレコード・デビュー。一般的には73年のシングル「帰ろう」、アルバム「飛べない鳥、飛ばない鳥」を出した頃から知られるようになる。

筆者は当時彼が出演していた深夜ラジオ番組での、ナマの弾き語りを聴きながら、受験勉強をしていたという記憶がある。そこで聴いた「タバコ」や「さみしい人達」などが心に残り、筆者はフォークソングサークルのライブ演目として、彼の曲を演ることにしたのだった。

アルバムのクレジットには、プロデューサーの名はなく、ディレクターは金子章平。かの安全地帯を見出して、育てた人だ。他にも井上陽水、中山ラビ、カルメン・マキ&オズ、遠藤賢司らを手がけた職人肌のディレクター、プロデューサーであった。

アレンジャーは、当時わずか21歳で加藤和彦とサディスティック・ミカ・バンドに所属していた高中正義。彼が全編にわたっていい仕事をしている。

下田が本来持つ音楽性であるフォークと、高中のロックが融合して、大人のポップ・ミュージックへと昇華しているのだ。

「からだふたつ、こころひとつ」はストリングス(実は深町純によるメロトロン)演奏で始まるバラード。男と女の、身体と心のまじわりを平易な言葉で歌う、究極のラブソング。

童貞の少年にとっては、歌いこなすにはいささかハードルの高い歌だったな、あれは(笑)。

「古い愛の唄」は、シングル・カットされ小ヒットした作品。高中のツインリード・ギターによるラテン・ロック風の派手な編曲で話題となり、下田の知名度アップにも一役かった曲だ。今聴いても違和感のないアレンジで、実にカッコいい。

フラメンコ風の「古い唄」を最新のアレンジで聴かせるとは、なかなかいいアイデアだったなと思う。

「タバコ」はアコースティック・ギターをフィーチャーしたフォーキーなナンバー。下田のふるえるような高めの声が印象的だ。優しさ、儚さ、そして温かさ。それがこの1曲に詰まっている。

「さみしい人達」は、ジャズやロック、クラシックなどのフュージョン(当時はクロスオーバーと言っていたな)なアレンジが見事な、フォーク・バラード。元六文銭の原茂のドブロ・ギターがいい味を出している。

都会人の孤独感をテーマにした歌詞が、いま聴いても沁みるなぁ。

A面ラストの「ラブとりっぷ」は、下田のラジオ番組のタイトルにもなっていたビート・ナンバー。彼の劇団スタッフとしての経験が歌詞にも色濃く投影されている。男と女がうまくやっていくことの難しさを、コミカルな表現も交えて歌ってくれる。

中盤からの高中のハジけかたがスゴい。ミカ・バンドが解散してソロになってからの彼を思わせるような、はっちゃけたギター・ソロは圧巻。いわば、トロピカルな高中の予行演習ってところか。

B面最初の「ドラマ」は、力強いビートに支えられたバラード。少しシニカルな歌詞、でも前向きに生きていこうという気にさせる曲だ。

ひとの人生は、それぞれ一編のドラマ、ひとつひとつに価値がある。そんな下田の想いが感じられる。

「哀しい唄」はフォルクローレ調のアレンジのナンバー。物悲しいメロディに、彼の声がマッチしている。

「あなたに会って気づきました ひとりでひとりで飛ぶこと」という最後の歌詞が、なんとも印象的だ。

このアルバムタイトル「陽のあたる翼」にしても前アルバムにしても、他の曲の歌詞にしてもそうなのだが、「翼」「飛ぶ」「鳥」という一連の言葉が、下田の中で重要なキーワードになっているのは明らかだろう。

子鳥が親元を離れてひとり飛び立つように、われわれヒトも飛ぶことを覚えて、どこかへと旅立っていく。

「飛ぶ」とは「自立する」ということをも意味するのだろうな。子供ながら、そんなことをつらつら思った当時の筆者であった。

「時は過ぎて」は「古い愛の唄」と好一対をなすフラメンコ風のコード進行のナンバー。アレンジはラテン・ロック。高中の激しいソロが、曲の持つ緊迫感をさらに高めている。

「好きだよ」は一転してやさしいムードの、ロッカ・バラード。女声コーラスが大人のポップスらしさを演出している。

歌詞のストレートな愛情表現が、当時の少年リスナーには、えらくまぶしく感じられたものだった。

「そんなこともあるのさ」は、オルガンの軽快なサウンドが耳に残るロック・ナンバー。明るくさらっとした歌い方であるが、逆に、そこに避けがたい別れの辛さが表現されているんだろうな、と大人の筆者は気づいた。

B面ラストの「この唄」は、ストリングス・アレンジでオープニングと対をなすナンバー。別れゆく恋人に捧げるバラードだ。

この場を去りがたい思いを抱きつつ、恋人との残るわずかな時間をいとおしむ、そんな風景が目に浮かぶ。

ゆったりとしたテンポで、フェイドアウトしていくような旋律。まさにラストを飾るに相応しい。

1枚を聴き終わると、さまざまな感慨が胸に沸き起こって来る。

思うに、下田逸郎が使う言葉はごくごく平易なのだが、その描く世界は実に奥深く、人生の真実をするどく掬いあげてみせる。

でも、そこで突き放すようなことはせずに、全てに優しい視線を向けている。他人にも、自分にも。

そんなところに、少年の筆者も強く惹かれたのに違いない。

そして本盤の魅力はもうひとつ。サウンドの多彩さ、そしてそのクオリティの高さだ。

なにしろ、バック・ミュージシャンは実力派が勢揃い。これまであげた以外にもドラムスの林立夫、アコギの安田裕美、水谷公生、キーボードの松任谷正隆、岡田徹などがサポートしていて、聴きごたえは十分だ。

そして、21歳ですべての曲をアレンジした高中正義の才能には、敬服するしかない。

ペーター佐藤(佐藤憲吉)のイラスト・ジャケット(特に裏面)も秀逸なので、ぜひ現物を手に取って欲しい1枚だ。

<独断評価>★★★★

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