NEST OF BLUESMANIA

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音盤日誌「一日一枚」#436 細川綾子「MR. WONDERFUL」(three blind mice TBM CD 3008)

2023-01-27 06:30:00 | Weblog
2023年1月27日(金)


#436 細川綾子「MR. WONDERFUL」(three blind mice TBM CD 3008)

日本のジャズ・シンガー、細川綾子のスタジオ・アルバム。77年リリース。

筆者が思うに、彼女は日本では数少ない、リアル・ジャズを歌えるシンガーのひとりである。

細川は1939年生まれ。14歳で浜口庫之助に師事し、在日米軍キャンプでライブ活動を始める。56年渡辺晋とシックス・ジョーズの「チェリー・ピンク・マンボ」でレコード・デビュー。

61年に渡米して、サンフランシスコを中心に活動。60年代後半にアール・ハインズのバンドに専属シンガーとして参加。

77年一時帰国。スリー・ブラインド・マイス・レーベル(以下TBM)より「NO TEARS」ほか数枚のアルバムをリリース。

85年に日本に拠点を移し活動していたが、97年より再びサンフランシスコに住んで新アルバムもリリースしている。

つまりそのキャリアは、80年代にポコポコと出てきた若手のジャズ・シンガーたちなどとは比べものにならないくらい、本場アメリカでの経験が豊富なのだ。

実力のわりにはレコード・リリースが少なく、ずっと知る人ぞ知る的な存在であったのだが、70年代後半に、質の高いジャズ・レコードの制作で頭角をあらわしてきたTBMにおいてレコーディングしたことで、日本のジャズ・ファンにも俄然注目されるようになった。

とはいえ、その時点で細川はすでに38歳。結婚していて娘もいたので、いわゆる「アイドル売り」は無理だった。あくまでも、歌の実力のみで勝負したのである。

筆者は当時大学生。大学生協のレコード・コーナーにあった「NO TEARS」を何気なく手に取り、今田勝をはじめとするバッキング・ミュージシャンの顔ぶれに惹かれて即購入したのだった。

そして、彼女の歌声にハマった。

それまで聴いてきた日本の女性ジャズ・シンガーたちといえば、いわゆるアルト・ボイス、やたらと声が低くて太いタイプのひとが多くて、あまり可愛げを感じなかったのだが、細川は珍しくソプラノ系で、キュートさすら感じさせる声だった。雪村いづみの声にも少し似ている。

それでいて、発音は本場仕込みで正確、リズム感、表現力、アドリブ力も実に豊かだ。

つまり、ホンモノ。

だから、何年後かに阿川某、秋本某、真梨邑某といった歌の実力よりルックス先行型のなんちゃってジャズ・シンガーが続出してきた時も、「全然、ジャズになってないじゃん」と思えた。

本物を知ってしまった耳には、ごまかしが効かない。

アルバムは「Wrap Your Troubles In Dream」からスタートする。シナトラの歌で知られる、陽気なスウィング・ナンバー。

ちょっと聴いたぶんには軽ーく歌っているように思えるが、じっくりと聴き込めば、細川の細やかな表現力が徐々に分かってくる。

一音、一音にポッと出のシンガーには出せないニュアンスが込められているのだ。

「Misty」はエロール・ガーナー作のバラード・ナンバー。カバー・アーティストの多さでは、横綱級の一曲。

細川は山本剛のピアノをバックに、情感をこめて歌う。そのしなやかさは、まるでシルクのようだ。

「Our Love Is Here To Stay」はガーシュウィン兄弟の作品。シナトラ、フォー・フレッシュメンらの名唱が記憶に残っている。

全曲のアレンジも担当している、横内章次のギター・ソロが印象的な、よくスウィングするナンバー。細川もノリノリで、歌のフェイクに鋭い切れ味が感じられる。

「My Foolish Heart」はヴィクター・ヤング、ネッド・ワシントン作のバラード。

ジャズではビル・エヴァンス・トリオの名演があまりにも有名だが、ここでの山本のピアノ・ソロもなかなかのもの。少ない音数で、溢れるような熱情を表現している。

細川もそれに触発されたのであろう、このうえなく繊細で優しい歌唱を聴かせてくれる。

「Bridge Over Troubled Water」はサイモン&ガーファンクルの大ヒット曲。スタンダードだけにこだわらず、流行のポップ・ナンバーも歌うのが、細川スタイルだ。

ストリングスの調べにのって、ゆったりと歌い始める細川。次第に力強さを増していく歌声。西條孝之介のテナーサックスの響きが、それをあたたかくバックアップする。

ガーファンクルの歌声とはまったくタッチは違うが、ハート・ウォーミングということでは変わりがない。

「When You Smile」は、アルバム「NO TEARS」でも数曲取り上げているパーカッショニストにして作曲家、ラルフ・マクドナルドとウィリアム・ソルターの作品。

ウキウキワクワクするような曲調の、ポップ・ナンバー。スタンダード以外でもさまざまな名曲を見つけてきて、自分なりの解釈で消化する細川のセンス。さすがである。

「Mr. Wonderful」はアルバム・タイトルにもなった、ジョージ・デイヴィッド・ワイスとラリー・フォロスナーによる55年のバラード・ナンバー。

ワイスは「バードランドの子守唄」で知られる作曲家。その曲同様、「Mr. Wonderful」もロマンティックで夢見るような作風だ。

この至高のラブ・ソングを、細川は甘く、優しく歌い上げる。いやー、極楽、極楽。

エラ・フィッツジェラルドにも引けを取らないその歌声に、魂まで持っていかれそうだ。いやマジで。

再び、コンテンポラリー路線の選曲。「Feel Like Makin’ Love」はR&B、ソウルのスタンダードともなったヒット曲。ユージーン・B・マクダニエルズ作。ロバータ・フラックの代表曲となった。

ファンク系のセッションでも演奏されることの多い、お馴染みのメロディだ。

細川はフュージョンなアレンジに乗って軽く明るく、このナンバーを歌いこなしている。

ラストの「The Lady Is A Tramp」はロジャーズ=ハートコンビの作品。フォービートで軽快にスウィングするナンバー。

作中の気まぐれな淑女になりきって歌いまくり、お転婆ぶりを発揮する細川。

粋でお洒落で、カッコいい。まさにジャズが理想とする世界を、体現した一曲だな。

歌、演奏、アレンジ、そして録音。どれも従来の和製ジャズ・レコードのイメージを大きく塗り替える、高いレベルにある佳作。

何より、細川綾子のキャリアを感じさせる表現力が、本盤の最大のウリだ。

やはり、デビューして20年の積み重ねは、あなどれないね。

<独断評価>★★★☆


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