2022年12月13日(火)
#394 レベッカ「ワイルド&ハニー」(CBSソニー/Fitzbeat 33DH 234)
ロック・バンド、レベッカのサード・アルバム。85年リリース。稲垣博司、後藤次利によるプロデュース。
レベッカはギタリストの木暮武彦が中心となって82年、埼玉にて結成。83年にFitzbeatレーベルのオーディションに合格、84年にシングル「ウェラム・ボートクラブ」でデビュー。
アルバムを2枚出した頃までは、ヒット曲もなくマイナーなバンドのひとつに過ぎなかったが、本アルバムからの先行シングル「ラブ イズ Cash」がヒット、勢いでアルバムもオリコン6位となり、一躍注目を浴びるようになる。
筆者も当時、テレビの歌番組で初めてレベッカのパフォーマンス(曲はもちろん「ラブ イズ Cash」)を見て、俄然彼らが気になる存在になった。
理由はシンプル。リード・ボーカルの女のコが、メチャクチャ可愛かった、それに尽きた(笑)。
サウンドとか、メロディとか、歌詞とかどうこう言う以前に、フロントのコが可愛いかどうか、それだけでした。
まことにミーハーですみません(笑)。
要するに、リードボーカルのNOKKOが出て歌うだけで「つかみはOK」だったのデス。
そして、この出世曲がブレイクしたのには、NOKKOのルックスやコケティッシュなファッション(特に髪飾りのリボンやウルトラミニなスカートだな)以外にも、明確な理由がひとつあった。
それは、あからさまなまでの「マドンナ」へのトリビュートの姿勢であった。
底意地の悪い言い方をすると「パクり」と言われても仕方ないくらいの寄せ方だったのである。
言わなくとも皆さまにはお分かりかと思うが、元ネタは「マテリアル・ガール」。マドンナの84〜85年の大ヒット。全米2位である。
この最新ヒット曲の音楽的なスタイルをほぼ完璧に模倣、ただし歌詞はNOKKOのセンスにまかせており、マドンナの曲とは違って自由な恋愛への讃歌みたいになっている。
「あー、これ完全に狙っているだろ」と、当時の洋楽ファンなら誰しも感じたはずだ。
でも、それを不思議と「許せない」とは思えなかったのは、NOKKOが可愛いかったからだろうな。
「可愛い」はいつの世でも「正義」なんである。
ともあれ、このシングル、アルバムのヒットによって、レベッカは80年代のトップ・バンドのひとつとなるための礎を築いたと言える。
さて、アルバムの内容を久しぶりにチェックしていくと「ラブ イズ Cash」以外にも実はシングルにふさわしい、むしろこちらをシングルカットすべきだったのではないかという曲が存在する。
それは「ラブ パッション」である。
明るい曲調の「ラブ イズ Cash」に比べて影のあるマイナー調なれど、よく練られたメロディやリフ、メリハリの利いたアレンジ、そしてなんといってもダイナミックな歌声と、シングルにしないのがもったいないくらいの佳曲なのだ。
たぶん、シングル化すれば、後の「フレンズ」に匹敵するヒットになったという気がする。
実際、この曲は現在に至るまでファンの人気は高く、カラオケでもシングル曲同様によく歌われているそうだから、隠れヒットと言える。
「なぜ、ラブパで勝負しなかったのか」
これを考えることは、レベッカの「売れるロック・バンド戦略」を知ることになる。
もともとは、木暮武彦が「華のあるNOKKOと組めば、天下を取れる」とふんだからこそ、レベッカはスタートした。
ムサい男が4、5人寄り集まっただけじゃ、いかに音楽性が高かろうがダメ、華のないバンドが売れるわけがないとふんだのは、まことに正しい。
だが、その木暮にもどこか「バンドは売れて欲しいが、オレも目立ちたい」という自己顕示欲があった。
「カッコよくギターを弾くオレも見てくれ」という思いがあると、どうしても主役であるシンガーを「立てる」ということが出来なくなる。
アルバム2枚をリリースして、リーダー、作曲者、実質的なプロデューサー役の座を降りてしまったのも、自分の我をある程度おさえて、NOKKOを売るための戦略に徹することに疲れたからだと推測出来る。
代わりに彼の後任を引き受けたのは、キーボードの土橋安騎夫だ。
彼はレベッカのプロデビューに際して追加で加入したメンバー、いわば中途採用組。
オリジナル・メンバーほどの気負いもなく、あくまでもバンドの歯車、一部品として、やるべきことをやるだけ。
そういう「実務家」的な姿勢を、土橋はとることができた。
バンドが売れるためには、何をやるべきか。そして、それをどういう手順でやるべきか。
その辺を、新リーダーとなった土橋は実に的確に判断していく。
まずは、レベッカ=NOKKOのバンドであることを世間の人々に知ってもらうために、彼女のビジュアル的な魅力を最も効果的に訴求できる、「名刺代わりの一曲」を出すことにした。そういうことだと思う。
最新ヒット曲の「モロパク」というあざといやり方も、おそらく確信犯なのだ。
「マドンナじゃん、あれ。でもマドンナより可愛いよな」とミーちゃん、ハーちゃんたちにネタにされることも、当然折り込み済みだったと思う。
そうやって、男ならNOKKOガチ恋勢、女ならマドンナワナビーならぬNOKKOワナビーを、瞬く間に増やしていき、まずはミーハー層、先物買いが好きな層の取り込みに成功する。
名刺渡しに成功し、知名度を上げたそのあとは、もっと一般的な層にウケる曲を、地道に作っていけばいい。
NOKKOの実力ならば、いつでも勝負をかけられるから、知名度の低い現在、一番音楽性の高い曲を投入しようなどと焦る必要はないと考えた。
だがらこそ、「ラブ パッション」ではなく、「ラブ イズ Cash」だったのである。
「勝負」の時は意外と早く、約半年後にやって来る。
テレビドラマ「ハーフポテトな俺たち」のオープニング、エンディング主題歌として、「ガールズ ブラボー!」「フレンズ」が使われたことで、レベッカは一気にトップ・バンドへと躍進したのである。
この2曲の両面ヒット、そしてまもなくリリースされた5枚目のアルバム「REBECCA IV 〜Maybe Tomorrow〜」の大ヒットは、皆さん記憶に残っていることだろう。
今回、シングルのA面だったのは、メジャー調の「ガールズ ブラボー」ではなく、「フレンズ」だった。
レベッカ、そしてNOKKOの真骨頂は、明るいナンバーよりも哀感のあるマイナー調の曲をしっかりと歌い上げる歌唱力にあると考えたからこそ、こういうディレクションになったのだと思う。
ロック・バンドというサウンド・カテゴリには入るものの、ポピュラリティは常に意識して、どうすれば売れるかを考えていく。
レベッカはそういう、セールスのための戦略をきちんととることが出来た、数少ないロック・バンドだったと思う。
当時日本のロックはギター・サウンドが主流ではあったが、いわゆるテクノ・ポップ、英米でいうところのエレクトロ・ポップを基本にしたのが、レベッカ。
大物のクラフトワーク、YMOだけでなく、ヒューマン・リーグ、ウルトラ・ヴォックス、ユーリズミックスなど当時最新のバンドのサウンドも導入しながらも、決してマニアックな方向に流れず、一般リスナーにも受け入れやすいロックを生み出していったレベッカ。
男性ファンだけでなく、その自由で綺麗ごととは無縁の歌詞に共感する女性ファンも多かったことで、ファン層も極めて厚かった。
現在、さまざまなかたちに発展を遂げたガール・ポップの源流とも言えるそのサウンド、もう一度たどってみてはいかがだろうか。
洋楽ファンなら、いろいろとネタ元を探して楽しめる一枚だと思うよ。
<独断評価>★★★★
ロック・バンド、レベッカのサード・アルバム。85年リリース。稲垣博司、後藤次利によるプロデュース。
レベッカはギタリストの木暮武彦が中心となって82年、埼玉にて結成。83年にFitzbeatレーベルのオーディションに合格、84年にシングル「ウェラム・ボートクラブ」でデビュー。
アルバムを2枚出した頃までは、ヒット曲もなくマイナーなバンドのひとつに過ぎなかったが、本アルバムからの先行シングル「ラブ イズ Cash」がヒット、勢いでアルバムもオリコン6位となり、一躍注目を浴びるようになる。
筆者も当時、テレビの歌番組で初めてレベッカのパフォーマンス(曲はもちろん「ラブ イズ Cash」)を見て、俄然彼らが気になる存在になった。
理由はシンプル。リード・ボーカルの女のコが、メチャクチャ可愛かった、それに尽きた(笑)。
サウンドとか、メロディとか、歌詞とかどうこう言う以前に、フロントのコが可愛いかどうか、それだけでした。
まことにミーハーですみません(笑)。
要するに、リードボーカルのNOKKOが出て歌うだけで「つかみはOK」だったのデス。
そして、この出世曲がブレイクしたのには、NOKKOのルックスやコケティッシュなファッション(特に髪飾りのリボンやウルトラミニなスカートだな)以外にも、明確な理由がひとつあった。
それは、あからさまなまでの「マドンナ」へのトリビュートの姿勢であった。
底意地の悪い言い方をすると「パクり」と言われても仕方ないくらいの寄せ方だったのである。
言わなくとも皆さまにはお分かりかと思うが、元ネタは「マテリアル・ガール」。マドンナの84〜85年の大ヒット。全米2位である。
この最新ヒット曲の音楽的なスタイルをほぼ完璧に模倣、ただし歌詞はNOKKOのセンスにまかせており、マドンナの曲とは違って自由な恋愛への讃歌みたいになっている。
「あー、これ完全に狙っているだろ」と、当時の洋楽ファンなら誰しも感じたはずだ。
でも、それを不思議と「許せない」とは思えなかったのは、NOKKOが可愛いかったからだろうな。
「可愛い」はいつの世でも「正義」なんである。
ともあれ、このシングル、アルバムのヒットによって、レベッカは80年代のトップ・バンドのひとつとなるための礎を築いたと言える。
さて、アルバムの内容を久しぶりにチェックしていくと「ラブ イズ Cash」以外にも実はシングルにふさわしい、むしろこちらをシングルカットすべきだったのではないかという曲が存在する。
それは「ラブ パッション」である。
明るい曲調の「ラブ イズ Cash」に比べて影のあるマイナー調なれど、よく練られたメロディやリフ、メリハリの利いたアレンジ、そしてなんといってもダイナミックな歌声と、シングルにしないのがもったいないくらいの佳曲なのだ。
たぶん、シングル化すれば、後の「フレンズ」に匹敵するヒットになったという気がする。
実際、この曲は現在に至るまでファンの人気は高く、カラオケでもシングル曲同様によく歌われているそうだから、隠れヒットと言える。
「なぜ、ラブパで勝負しなかったのか」
これを考えることは、レベッカの「売れるロック・バンド戦略」を知ることになる。
もともとは、木暮武彦が「華のあるNOKKOと組めば、天下を取れる」とふんだからこそ、レベッカはスタートした。
ムサい男が4、5人寄り集まっただけじゃ、いかに音楽性が高かろうがダメ、華のないバンドが売れるわけがないとふんだのは、まことに正しい。
だが、その木暮にもどこか「バンドは売れて欲しいが、オレも目立ちたい」という自己顕示欲があった。
「カッコよくギターを弾くオレも見てくれ」という思いがあると、どうしても主役であるシンガーを「立てる」ということが出来なくなる。
アルバム2枚をリリースして、リーダー、作曲者、実質的なプロデューサー役の座を降りてしまったのも、自分の我をある程度おさえて、NOKKOを売るための戦略に徹することに疲れたからだと推測出来る。
代わりに彼の後任を引き受けたのは、キーボードの土橋安騎夫だ。
彼はレベッカのプロデビューに際して追加で加入したメンバー、いわば中途採用組。
オリジナル・メンバーほどの気負いもなく、あくまでもバンドの歯車、一部品として、やるべきことをやるだけ。
そういう「実務家」的な姿勢を、土橋はとることができた。
バンドが売れるためには、何をやるべきか。そして、それをどういう手順でやるべきか。
その辺を、新リーダーとなった土橋は実に的確に判断していく。
まずは、レベッカ=NOKKOのバンドであることを世間の人々に知ってもらうために、彼女のビジュアル的な魅力を最も効果的に訴求できる、「名刺代わりの一曲」を出すことにした。そういうことだと思う。
最新ヒット曲の「モロパク」というあざといやり方も、おそらく確信犯なのだ。
「マドンナじゃん、あれ。でもマドンナより可愛いよな」とミーちゃん、ハーちゃんたちにネタにされることも、当然折り込み済みだったと思う。
そうやって、男ならNOKKOガチ恋勢、女ならマドンナワナビーならぬNOKKOワナビーを、瞬く間に増やしていき、まずはミーハー層、先物買いが好きな層の取り込みに成功する。
名刺渡しに成功し、知名度を上げたそのあとは、もっと一般的な層にウケる曲を、地道に作っていけばいい。
NOKKOの実力ならば、いつでも勝負をかけられるから、知名度の低い現在、一番音楽性の高い曲を投入しようなどと焦る必要はないと考えた。
だがらこそ、「ラブ パッション」ではなく、「ラブ イズ Cash」だったのである。
「勝負」の時は意外と早く、約半年後にやって来る。
テレビドラマ「ハーフポテトな俺たち」のオープニング、エンディング主題歌として、「ガールズ ブラボー!」「フレンズ」が使われたことで、レベッカは一気にトップ・バンドへと躍進したのである。
この2曲の両面ヒット、そしてまもなくリリースされた5枚目のアルバム「REBECCA IV 〜Maybe Tomorrow〜」の大ヒットは、皆さん記憶に残っていることだろう。
今回、シングルのA面だったのは、メジャー調の「ガールズ ブラボー」ではなく、「フレンズ」だった。
レベッカ、そしてNOKKOの真骨頂は、明るいナンバーよりも哀感のあるマイナー調の曲をしっかりと歌い上げる歌唱力にあると考えたからこそ、こういうディレクションになったのだと思う。
ロック・バンドというサウンド・カテゴリには入るものの、ポピュラリティは常に意識して、どうすれば売れるかを考えていく。
レベッカはそういう、セールスのための戦略をきちんととることが出来た、数少ないロック・バンドだったと思う。
当時日本のロックはギター・サウンドが主流ではあったが、いわゆるテクノ・ポップ、英米でいうところのエレクトロ・ポップを基本にしたのが、レベッカ。
大物のクラフトワーク、YMOだけでなく、ヒューマン・リーグ、ウルトラ・ヴォックス、ユーリズミックスなど当時最新のバンドのサウンドも導入しながらも、決してマニアックな方向に流れず、一般リスナーにも受け入れやすいロックを生み出していったレベッカ。
男性ファンだけでなく、その自由で綺麗ごととは無縁の歌詞に共感する女性ファンも多かったことで、ファン層も極めて厚かった。
現在、さまざまなかたちに発展を遂げたガール・ポップの源流とも言えるそのサウンド、もう一度たどってみてはいかがだろうか。
洋楽ファンなら、いろいろとネタ元を探して楽しめる一枚だと思うよ。
<独断評価>★★★★