2023年4月1日(土)
#500 U2「THE JOSHUA TREE」(Island 7 90581-2)
アイルランドのロック・バンド、U2の5枚目のスタジオ・アルバム。97年リリース。ブライアン・イーノ、ダニエル・ラノワによるプロデュース。
本欄もついに500回目を迎えた。記念すべき一枚は、このベストセラー・アルバムにしたいと思う。
「ヨシュア・トゥリー」はまる1年をかけて制作された力作。全英で1位、全米で9週連続1位を記録し、全世界で2500万枚以上が売れた、彼ら最大のヒット・アルバムである。
この作品については、おそらく研究書一冊が軽く書けるくらい、多くのことが語られている。
だから本盤をレビューするのはとても気後れしてしまうのだが、気負わずに筆者なりの素朴な感想を書かせていただく。
オープニングの「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネーム(約束の地)」はアルバム3枚目のシングルともなったナンバー。
作詞はボーカルのボノ、作曲はメンバー全員(全曲共通)。全英4位、全米13位。
日本のTVニュース番組「ニュースステーション」でもテーマ曲として使われたので、耳に覚えがある人が多いだろう。
ジ・エッジによるきめ細かなギター・サウンドが印象的だ。これにアダム・クレイトンのベース、ラリー・マレン・ジュニアのドラムスが加わることで、盤石のビートが完成する。
U2はサウンドと同じくらい、歌詞の内容に重きを置いているバンドだが、この曲は北アイルランドのベルファストについてボノが聞いた「住民の宗教と生活程度が、住む場所によって決まっている」という話から生まれているという。テーマは政治や文化の問題なのだ。
かつての白人のポピュラー・ミュージックではほとんど取り上げることのなかった差別や分断の問題にも、ボノは遠慮なく切り込んでいったのである。
社会派ロックバンド、U2らしさがよく出た一曲である。
「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー(終わりなき旅)」はアルバムで2枚目のシングルとなった曲。全英6位、全米1位の大ヒット。
アメリカ・ミュージックの影響が色濃いナンバーだ。とりわけ、ゴスペルがボノの歌に息づいている。バックコーラスの深い響きも然り。
歌詞は具体的な社会問題というよりは、個人の心の求めるものをテーマにしていて、どのリスナーにもすんなりと受け入れられるような普遍性がある。そこもヒットの理由といえるだろう。
「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」はアルバムから初のシングルとなったナンバー。
U2として初めて全米1位を獲得して、彼らの代表曲となった。全英4位。
歌詞は、見かけ上は男女の恋のもつれを描いたように思えるが、根底にはボノ自身の「自分はロックスターとしての生活と、普通の家庭人としての生活、どちらをとるべきか」という葛藤がある。
このふたつの間を行き来することが、自分の生きる道なのだとボノは悟ったのだろう。
ラヴソングとしても多くのひとの共感を得たことでヒット、そして現在はロック・スタンダードにもなったのである。
「ブレット・ザ・ブルー・スカイ」はハードでヘヴィーなビートが特徴的なナンバー。
この曲は、ボノがニカラグアとエルサルバドルに旅した時の経験が元になっている。
そこでの見聞、米国がかの地域へ軍事介入したせいで農民たちがどのような苦況に陥っているかを歌詞で訴えたのだ。
豊かな国、米国の歪んだ姿への抗議が、込められている。当アルバムでは最も政治的なナンバーといえる。
ボノのシャウトが、アメリカを鋭く抉る一曲。
「ランニング・トゥ・スタンド・スティル」はピアノ、アコースティック・ギターをフィーチャーしたスロー・バラード。
フォーク、ブルースなど米国のルーツ・ミュージックへの傾倒から生まれたサウンド。
ロック・ビートにこだわってきたU2が到達した新境地を示す一曲だ。
後半では、ボノが吹く素朴な味わいのハープを聴くことが出来る。
ダブリンのヘロイン中毒のカップルを描いた歌詞が、心に強く突き刺さる。アイルランドのミュージシャンにもヘロイン中毒者が多くいた。社会問題を提起する一曲。
「レッド・ヒル・マイニング・ダウン」は2番目のシングルとしてリリースの予定だったが、上記の「終わりなき旅」に変更になったナンバー。2017年にはリミックスされ、シングルとなっている。
84年の英国の炭鉱労働者のストライキ問題をモチーフとした歌詞である。
労組と警察の対立、市民紛争をクローズ・アップして歌う姿勢は、84年にU2が初共演したボブ・ディランの影響も強いのだろう。
力強いビートをバックに従えて激しくシャウトするボノの説得力は、ハンパない。
「神の国」は北米のみで4枚目のシングルとしてリリースされたナンバー。全米44位。
アップ・テンポのロック・ビート、エッジのスピーディなギター・プレイが印象的だ。
神の国とは、米国のことである。豊かでありながら、荒廃し切った国。
その矛盾した性格を象徴しているのが、アルバム・ジャケットにも撮影された、カリフォルニア州のモハベ砂漠なのであろう。
その砂漠に生える植物が、最初の預言者ヨシュアの名前を持つユッカの木なのだ。
旧約聖書の「約束の地」カナンを米国になずらえたこの作品は、最もふさわしいジャケット写真を得て、アートワークとしても優れたものになった。
「トリップ・スルー・ユア・ワイヤーズ」はフォーク、ブルース色の濃いナンバー。ここでもボノはハープを吹いている。
歌詞は男女の恋愛について書いたように見えるが、砂漠の中で渇きをおぼえていた男に、神か悪魔(である女)が降臨したのだとも思える。
アルバムの流れから言えば、そういう聖書みたいなシチュエーションもありかもしれないね。
「ワン・トゥリー・ヒル」はニュージーランドとオーストラリア限定でアルバム4枚目のシングルとしてリリース、ニュージーランドでは1位を獲得するヒットとなったナンバー。
U2は84年世界ツアーの途中、ニュージーランドでグレッグ・キャロルというローディーと知り合いになり、彼をその後もツアー・メンバーとした。
そのキャロルがオートバイ事故で亡くなったのを偲んで書いた作品だ。
ワン・トゥリー・ヒルとはオークランドの最大の火山であり、キャロルがボノをそこに案内したのである。
ワンテイクで取られたというボノのボーカルは亡き友への哀惜の情に満ちていて、聴くものの胸を締めつける。
「エグジット」は、ささやくような歌から始まり、次第にトーンを上げていくナンバー。殺人シーンを思わせる不穏な雰囲気に満ちている。
連続殺人犯の心情を描いたこの曲は、米国の小説家ノーマン・メイラーの「死刑執行人の歌」、トゥルーマン・カポーティの「冷血」などにインスパイアされて出来たという。
ジャム・セッションから生まれたような偶発的な音が、他のかっちり構成されたトラックとは大きく違って、実に生々しい。
人間の狂気というものを表現してみせる、ボノのパフォーマンスがスゴいのひとこと。
ラストの「マザーズ・オブ・ザ・ディサピアード」も、「ブレット・ザ・ブルー・スカイ」同様、ボノのニカラグアとエルサルバドル旅行での見聞が下敷きになっている。
アルゼンチンやエルサルバドルの子供たちが誘拐された事件を知り、その被害者女性らの団体とも交流を持ち、彼女たちに同情して書かれた。
ゆったりとしたビートを持つナンバー。悲しみに満ちたハイトーンの歌声がまことに美しい。
スケールの大きい本アルバムの、締めくくりとして最もふさわしい曲だと感じる。
アメリカという、U2のメンバーにとって憧憬の対象であると同時に反感、嫌悪の対象ともなっている巨大な存在をテーマに綴られた曲群。
単なるポピュラー・ミュージックの域をとうに超えて、それはもう文学であると言ってよい。ボブ・ディランの作品が本質的に文学であるように。
つまり、言葉抜きではU2を理解したことにはならない。
英語を得意としないわれわれ日本人のU2リスナーが、ボノの意図するところ、歌詞のニュアンスをどれだけ理解出来ているか、はなはだ疑問がある。
とはいえ、少なくとも言えることは、彼らの作品を聴くときは、サウンドだけをさらっと聴き流していてはダメだと思う。
歌詞の英語が分からなければ調べてみる。英米の音楽サイトで、U2について調べる。
そのくらいは気合いをいれて、彼らの音楽と付き合いたいものだ。
そういった作業を一度はしてみれば、彼らの音楽が倍は魅力的に感じられるに違いない。
<独断評価>★★★★☆
【筆者あいさつ】
毎日更新を重ねてまいりました本欄、音盤日誌「一日一枚」も、ついに連載500回を迎えることが出来ました。
これまで愛読、応援してくださった皆さまには、感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます。
明日からは「一日一枚」に変わる連載といたしまして、毎日一曲ずつをクローズアップする企画を始めたいと思います。
題して、音曲日誌「一日一曲」。
ジャンルや時代、国を問わず、私がいいと思ったポピュラー・ナンバーはどんどん取り上げていきたいと思います。
引き続きご愛顧を賜りますよう、何卒よろしくお願いいたします。筆者敬白
アイルランドのロック・バンド、U2の5枚目のスタジオ・アルバム。97年リリース。ブライアン・イーノ、ダニエル・ラノワによるプロデュース。
本欄もついに500回目を迎えた。記念すべき一枚は、このベストセラー・アルバムにしたいと思う。
「ヨシュア・トゥリー」はまる1年をかけて制作された力作。全英で1位、全米で9週連続1位を記録し、全世界で2500万枚以上が売れた、彼ら最大のヒット・アルバムである。
この作品については、おそらく研究書一冊が軽く書けるくらい、多くのことが語られている。
だから本盤をレビューするのはとても気後れしてしまうのだが、気負わずに筆者なりの素朴な感想を書かせていただく。
オープニングの「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネーム(約束の地)」はアルバム3枚目のシングルともなったナンバー。
作詞はボーカルのボノ、作曲はメンバー全員(全曲共通)。全英4位、全米13位。
日本のTVニュース番組「ニュースステーション」でもテーマ曲として使われたので、耳に覚えがある人が多いだろう。
ジ・エッジによるきめ細かなギター・サウンドが印象的だ。これにアダム・クレイトンのベース、ラリー・マレン・ジュニアのドラムスが加わることで、盤石のビートが完成する。
U2はサウンドと同じくらい、歌詞の内容に重きを置いているバンドだが、この曲は北アイルランドのベルファストについてボノが聞いた「住民の宗教と生活程度が、住む場所によって決まっている」という話から生まれているという。テーマは政治や文化の問題なのだ。
かつての白人のポピュラー・ミュージックではほとんど取り上げることのなかった差別や分断の問題にも、ボノは遠慮なく切り込んでいったのである。
社会派ロックバンド、U2らしさがよく出た一曲である。
「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー(終わりなき旅)」はアルバムで2枚目のシングルとなった曲。全英6位、全米1位の大ヒット。
アメリカ・ミュージックの影響が色濃いナンバーだ。とりわけ、ゴスペルがボノの歌に息づいている。バックコーラスの深い響きも然り。
歌詞は具体的な社会問題というよりは、個人の心の求めるものをテーマにしていて、どのリスナーにもすんなりと受け入れられるような普遍性がある。そこもヒットの理由といえるだろう。
「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」はアルバムから初のシングルとなったナンバー。
U2として初めて全米1位を獲得して、彼らの代表曲となった。全英4位。
歌詞は、見かけ上は男女の恋のもつれを描いたように思えるが、根底にはボノ自身の「自分はロックスターとしての生活と、普通の家庭人としての生活、どちらをとるべきか」という葛藤がある。
このふたつの間を行き来することが、自分の生きる道なのだとボノは悟ったのだろう。
ラヴソングとしても多くのひとの共感を得たことでヒット、そして現在はロック・スタンダードにもなったのである。
「ブレット・ザ・ブルー・スカイ」はハードでヘヴィーなビートが特徴的なナンバー。
この曲は、ボノがニカラグアとエルサルバドルに旅した時の経験が元になっている。
そこでの見聞、米国がかの地域へ軍事介入したせいで農民たちがどのような苦況に陥っているかを歌詞で訴えたのだ。
豊かな国、米国の歪んだ姿への抗議が、込められている。当アルバムでは最も政治的なナンバーといえる。
ボノのシャウトが、アメリカを鋭く抉る一曲。
「ランニング・トゥ・スタンド・スティル」はピアノ、アコースティック・ギターをフィーチャーしたスロー・バラード。
フォーク、ブルースなど米国のルーツ・ミュージックへの傾倒から生まれたサウンド。
ロック・ビートにこだわってきたU2が到達した新境地を示す一曲だ。
後半では、ボノが吹く素朴な味わいのハープを聴くことが出来る。
ダブリンのヘロイン中毒のカップルを描いた歌詞が、心に強く突き刺さる。アイルランドのミュージシャンにもヘロイン中毒者が多くいた。社会問題を提起する一曲。
「レッド・ヒル・マイニング・ダウン」は2番目のシングルとしてリリースの予定だったが、上記の「終わりなき旅」に変更になったナンバー。2017年にはリミックスされ、シングルとなっている。
84年の英国の炭鉱労働者のストライキ問題をモチーフとした歌詞である。
労組と警察の対立、市民紛争をクローズ・アップして歌う姿勢は、84年にU2が初共演したボブ・ディランの影響も強いのだろう。
力強いビートをバックに従えて激しくシャウトするボノの説得力は、ハンパない。
「神の国」は北米のみで4枚目のシングルとしてリリースされたナンバー。全米44位。
アップ・テンポのロック・ビート、エッジのスピーディなギター・プレイが印象的だ。
神の国とは、米国のことである。豊かでありながら、荒廃し切った国。
その矛盾した性格を象徴しているのが、アルバム・ジャケットにも撮影された、カリフォルニア州のモハベ砂漠なのであろう。
その砂漠に生える植物が、最初の預言者ヨシュアの名前を持つユッカの木なのだ。
旧約聖書の「約束の地」カナンを米国になずらえたこの作品は、最もふさわしいジャケット写真を得て、アートワークとしても優れたものになった。
「トリップ・スルー・ユア・ワイヤーズ」はフォーク、ブルース色の濃いナンバー。ここでもボノはハープを吹いている。
歌詞は男女の恋愛について書いたように見えるが、砂漠の中で渇きをおぼえていた男に、神か悪魔(である女)が降臨したのだとも思える。
アルバムの流れから言えば、そういう聖書みたいなシチュエーションもありかもしれないね。
「ワン・トゥリー・ヒル」はニュージーランドとオーストラリア限定でアルバム4枚目のシングルとしてリリース、ニュージーランドでは1位を獲得するヒットとなったナンバー。
U2は84年世界ツアーの途中、ニュージーランドでグレッグ・キャロルというローディーと知り合いになり、彼をその後もツアー・メンバーとした。
そのキャロルがオートバイ事故で亡くなったのを偲んで書いた作品だ。
ワン・トゥリー・ヒルとはオークランドの最大の火山であり、キャロルがボノをそこに案内したのである。
ワンテイクで取られたというボノのボーカルは亡き友への哀惜の情に満ちていて、聴くものの胸を締めつける。
「エグジット」は、ささやくような歌から始まり、次第にトーンを上げていくナンバー。殺人シーンを思わせる不穏な雰囲気に満ちている。
連続殺人犯の心情を描いたこの曲は、米国の小説家ノーマン・メイラーの「死刑執行人の歌」、トゥルーマン・カポーティの「冷血」などにインスパイアされて出来たという。
ジャム・セッションから生まれたような偶発的な音が、他のかっちり構成されたトラックとは大きく違って、実に生々しい。
人間の狂気というものを表現してみせる、ボノのパフォーマンスがスゴいのひとこと。
ラストの「マザーズ・オブ・ザ・ディサピアード」も、「ブレット・ザ・ブルー・スカイ」同様、ボノのニカラグアとエルサルバドル旅行での見聞が下敷きになっている。
アルゼンチンやエルサルバドルの子供たちが誘拐された事件を知り、その被害者女性らの団体とも交流を持ち、彼女たちに同情して書かれた。
ゆったりとしたビートを持つナンバー。悲しみに満ちたハイトーンの歌声がまことに美しい。
スケールの大きい本アルバムの、締めくくりとして最もふさわしい曲だと感じる。
アメリカという、U2のメンバーにとって憧憬の対象であると同時に反感、嫌悪の対象ともなっている巨大な存在をテーマに綴られた曲群。
単なるポピュラー・ミュージックの域をとうに超えて、それはもう文学であると言ってよい。ボブ・ディランの作品が本質的に文学であるように。
つまり、言葉抜きではU2を理解したことにはならない。
英語を得意としないわれわれ日本人のU2リスナーが、ボノの意図するところ、歌詞のニュアンスをどれだけ理解出来ているか、はなはだ疑問がある。
とはいえ、少なくとも言えることは、彼らの作品を聴くときは、サウンドだけをさらっと聴き流していてはダメだと思う。
歌詞の英語が分からなければ調べてみる。英米の音楽サイトで、U2について調べる。
そのくらいは気合いをいれて、彼らの音楽と付き合いたいものだ。
そういった作業を一度はしてみれば、彼らの音楽が倍は魅力的に感じられるに違いない。
<独断評価>★★★★☆
【筆者あいさつ】
毎日更新を重ねてまいりました本欄、音盤日誌「一日一枚」も、ついに連載500回を迎えることが出来ました。
これまで愛読、応援してくださった皆さまには、感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます。
明日からは「一日一枚」に変わる連載といたしまして、毎日一曲ずつをクローズアップする企画を始めたいと思います。
題して、音曲日誌「一日一曲」。
ジャンルや時代、国を問わず、私がいいと思ったポピュラー・ナンバーはどんどん取り上げていきたいと思います。
引き続きご愛顧を賜りますよう、何卒よろしくお願いいたします。筆者敬白