NEST OF BLUESMANIA

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音盤日誌「一日一枚」#137 YAN楽団「横浜の海と空」(YAN-0210)

2022-03-31 05:09:00 | Weblog

2003年1月28日(火)



YAN楽団「横浜の海と空」(YAN-0210)

(1)KODOMOたちへ (2)男のモットー、「もっと!」 (3)すっとボケ (4)貧乏な恋 (5)忘れないで (6)吾輩は営業マンである (7)雨の中へ (8)なんちゃってブルース3 (9)An Injured Bird (10)なすがままで矛盾だらけで (11)どうしようもない (12)なんちゃってブルース(Reprise)

「青春は美しき季節」なんて、どこかの作家か詩人がほざいていたような記憶があるが(歌手かも知れない)、現実には、絵に描いたように美しい青春、ロマンティックな青春なんてのは、そうあるもんじゃない。

若者の日常では、仕事も恋愛も、醜悪なこと、イヤ~なこと、理不尽なことがテンコ盛りだったりする。

ここに登場するのは、「前途洋々」どころか、前途はただただ多難な、不況下のヤング・サラリーマン。

会社には安サラリーでこきつかわれ、ノルマ、ノルマで追いまくられる毎日。

ただ先に入社したというだけで偉そうにしている、無教養でエロオヤジな上司に、「業績が伸びないのはおまえのせいだ」などと怒鳴られ、リストラの恐怖におびえつつサービス残業にいそしむ、いとあはれなり。

仕事が終わったら終わったで、付き合っている彼女のごキゲンうかがいもせにゃならん。

ところがこの女、毎回おごってやっても当然って顔をして、「ありがとう」「ごちそうさま」の一言さえいいやしない。

むこうのほうが高給取りで、年に二回もブランド品を漁りに海外旅行に行くくせして、である。

それでも将来はこいつと結婚しようと思っているのだが、こちとら結婚資金などまったく貯まらない。

もちろん、家を買うなんて、夢のまた夢。

そのうち彼女から、「そんな甲斐性のないあんたとなんか、結婚したくないわ」とか言われそう。

でも、そんな自己チュー女でも、ふられたら次のがなかなか見つからないから、ワガママを聞いてやるしかない。クソッ!

でも生きてりゃなんかいいことあるべさと、上司のクドい小言もさらりと聞き流し、しぶとくしたたかに世間をば渡る。

これぞヤン・サラの生きる道と見つけたり!(なんちゃって)

先日、厚木ファッツ・ブルースバンドの対バンとして、横浜日ノ出町「GUPPY」に登場したバンド、YAN楽団。

彼らの自主制作CDを、知人のCさんから頂戴したのだが、これがなかなか面白い。

このバンドは彼の率いるバンド同様、横浜をホームグラウンドとしている。

リーダーのYAN(ヤン)こと秋山幸人はバンドの楽曲の大半を書き、リード・ヴォーカルとギターを担当。

その他はリードギター、ベース、サックス、男性ヴォーカル1、女性ヴォーカル1、キーボード、ドラムスという総勢8人の大所帯だ。

音のほうは、わりとオーソドックスな(米国系)ロック、ソウル、ブルースが中心で、カッチリとしたバンド・サウンドなのだが、なにより魅力的なのが、その歌詞だ。

キレイごとなんかクソくらえ!とばかり、本音120%で綴られた歌詞に、なんとも好感が持てるのである。

ピアノ・インストの(1)に続いて始まる(2)は、まさにYAN楽団サウンドのショーケース的一曲。

アップテンポの軽快なビートにのってYANが歌うのは、言ってみれば自分自身への応援歌だ。

「もっと もっと モットー!」「短い人生だから/いいたいこと言っちまえーよ!」というアジテーションを自らに投げつける気弱な男の心情は、筆者にもわかりすぎるほどよくわかる。

あのとき、勇気があれば○○が出来たのに…みたいな情けない状況は、20代のころの筆者そのまんまでもあるからネ。

また、テンポ・チェンジをしてブルース調になってからの後半は、セクハラ厚顔オヤジを揶揄した歌詞が超笑えます。

リーダーYANの歌声は、ラフでザラッとした感じではあるが、むしろそのビターな声質が、このバンドの辛口な味わいの楽曲にはしっくりとくるし、説得力もある。

フォービートのジャズィなアレンジにのって歌われるのは(3)。曲調とは裏腹の「C調」な歌詞がいい。

もうバレバレでもいいから、舌先三寸、でまかせでこの土壇場を乗りきれと、YANがアジる。奇妙な味わいのユーモアが光る一曲。

(4)は音こそSAS風の湘南サウンドだが、けっしてさわやか一辺倒な内容ではなく、これからお別れしようというのに、金がないので行き場所もなく、ただただ公園のベンチに座っているしかないという、悲しき貧乏カップルを歌ったもの。

しみじみとした、でもどこかおかしな世界。曲と詞の、独特のミスマッチ感覚が、面白い。

(5)は紅一点のメンバー、ケツ子こと植村結子のリード・ヴォーカルによる、他の曲とはだいぶん趣きの異なる、叙情的なバラード・ナンバー。

少しハスキーな彼女の歌声はどこか懐かしく、聴く者の心を和ませるものがあってなかなかいい。グループ中では、一服の清涼剤のような存在だ。

(6)は、これまたいかにもYAN楽団らしいナンバー。ゴリゴリのファンク・サウンドにのせたラップで、スチャラカ営業マンの日常を歌うナンバー。

ここではもうひとりの男性ヴォーカル、鈴木敏弥も活躍。おまけに、大サービスでケツ子嬢によるセクシー・ヴォイスまで入ってます(笑)。

(7)は、アコースティック・ギターをフィーチャ-したバラード。一種独特のメランコリックでグルーミィな雰囲気を持つ小品。

これを聴けば、YANのもつ幅広い音楽性を感じることが出来るだろう。

(8)はへヴィーなビートでグイグイ押しまくる、ブルース。しかし歌の内容は、見事に軽い(笑)。この対照がまたいい(笑)。

重たいネタを重たく歌ったんじゃ、クドすぎる。ここは「なんちゃって」精神で、ヒョイヒョイと相手をはぐらかしつつ、調子よくいくべし。

現代という「先の見えない時代」においては、それもまたひとつの処世訓だろう。YANはそれを皮膚感覚で見事に会得している。

(9)は唯一、英語詞によるフォーキーなナンバー。ここでは日本人らしからぬYANのメロディ・センスを感じる。まるで、英米産の曲のように聴こえるのである。歌いぶりも、実にシブカッコいい。

さて、アルバムもいよいよ佳境に入り、(10)、(11)と、なかなかリキの入ったナンバーが続く。

(10)はとりとめのない歌詞の中に、作者の偽らざる心境を映し出しているように思える、陽気なロック・ナンバー。

「なすがままで矛盾だらけで今のままでいい」。この詞は決して卑屈な居直りなどでなく、もっと自分のことを大切にしよう、愛そうじゃないかという主張だと思う。

挫折だらけの青春でも、凹んでばかりいないでポジティヴに生きていくことで、何か光明が見えてくるもの、そういうことを言ってるような気がする。

そういう意味で、YANの曲は、よく歌詞を聴き込めば、単なるオチャラケ、コミック・ソングではなく、どこか深遠な哲学さえ匂わせるところがある。

続く(11)も、アメリカン・ロックの王道的サウンドが心地よいナンバー。メンバー全員、実に伸び伸びと豪快に演奏しているのがグッド。

この歌により、青春を過ごした者なら誰でも感じたことのあるであろう「無力感」を、叙情感あふれる言葉にまとめあげたYANは、本当に"詩人"だと思う。美しいメロディに負けず劣らず、歌詞がいいのだ。

ラストの(12)は、(8)のアコースティック・ヴァージョン。メロディも、カントリー・ブルース風にいなたくアレンジしている。

見事に肩の力の抜けたサウンド、そして言葉。なかなかええですね。

以上、YAN、そしてその仲間たちの、実にさまざまな音楽性が詰め込まれたこのアルバムは、聴くたびにさまざまな発見があり、味わいがさらに深くなる。

だから、今後も末長くお付き合いできる一枚になりそうだ。

(余談)今月18日のグッピー・ライヴのとき偶然、YAN楽団のヴォーカル、トシヤ君とうちのバンドのドラマー、K君がかつての仕事仲間であったことが判明してしまった。まったく世間は狭いね(笑)。

<独断評価>★★★☆



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