2010年6月6日(日)
#124 ビージー・アデール「Fly Me to the Moon」(Swingin' With Sinatra/Green Hill Productions)
#124 ビージー・アデール「Fly Me to the Moon」(Swingin' With Sinatra/Green Hill Productions)
1937年生まれのベテラン白人女性ジャズピアニスト、ビージー・アデールの最新作より。バート・ハワードの作品。
ケンタッキー州ケイブシティに育ち、5才からピアノを習った彼女は、音楽大学へと進み、セッションミュージシャンとなる。
30代前半にはジョニー・キャッシュのバックを務めていたが、彼女の本来のバックグラウンドはジャズで、80年代にはサックス奏者デニス・ソリーとともにカルテットを結成。
彼女自身のファースト・リーダー・アルバムを録音するのは、1990年代に入ってから。ビージー・アデール・クルーザー名義の「Escape to New York」('90録音)だが、これを発表するのは98年。その前に「Frank Sinatra Collection」で97年ソロ・デビューというかたちとなった。
きょう聴いていただく(映像だから観ていただくでもあるが)一曲は、シナトラのみならず、歌ではアニタ・オデイ、ナンシー・ウィルスン、演奏ではオスカー・ピータースンなど、さまざまなアーティストが取り上げ、好評を博したスタンダード中のスタンダード。
もともとは54年に「In Other Words」という原題でバート・ハワードが作曲したものだが、次第に最初のフレーズからとった「Fly Me to the Moon」というタイトルのほうが通りがよくなり、現在ではもっぱらそのタイトルで知られている。
このロマンティックな歌詞をもつ極上のラブソングを、ビージーもひたすら美しくメロディアスに奏であげている。
一聴するに、有名なオスカー・ピータースン版あたりの影響はもちろんだが、さらにいえば昨年77才で亡くなったエディ・ヒギンズの影響も感じられる。
ヒギンズ同様、非常に端正で、破綻のない演奏。ジャズピアノを志す全ての人々にとってよきお手本になる、そんな感じのプレイなのである。
裏を返せば、スリリングな要素、実験的な要素といった面白みはないのだが、ジャズというものが既に「完成期」に入ってしまった、つまりこれ以上新しいものを取り込んで変化していく可能性がほとんどなくなってしまった現在において、こういう決まりきったスタイルの演奏も、またありかなと思う。
こういうスタイルは、昔よく「カクテル・ピアノ」などと揶揄されていたものだが、ジャズがこの先もしっかり生き残っていくためには、一般大衆に好まれるカクテル・ジャズ的なありようも必要なのではなかろうか。
事実、彼女のCDは、現在ほとんど目立った売りもののない、日本のジャズ市場では、珍しくコンスタントに売れているらしい。それもコアなジャズファンというよりは、ごくフツーのリスナーに。
映像の冒頭で自己紹介をするビージーを観るに、アメリカのどこにでもいそうなおばあちゃん、って感じなのだが、いったんピアノに向き合うと、70年近いキャリアなくしては出せない、端正で優美な響きのピアノ・プレイを聴かせてくれる。
よい音楽は、一日にして成らず。何十年もの経験をへて、熟成していくものだということを感じる。
ほどよく歌い、かつスイングするビージーの演奏を聴いて、こころも体もリラックスしてほしい。