2006年4月23日(日)
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#316 本田美奈子「キャンセル」(東芝EMI WTP-90433)
本田美奈子の四枚目のアルバム(オリジナル・アルバムとしてはサード)。86年リリース。ロンドン録音、田中アキラによるプロデュース。
すでにこの世にはいない彼女であるが、弱冠19才(渡英中に誕生日を迎えたようだ)にして果たしたロンドン・レコーディングである。もちろん、そんな例は、ザ・タイガースをおいて他にはない。
バックはアレンジも担当した難波正司をのぞけば、すべて現地のHR/HM系ミュ-ジシャン、モーリス・マイケル(g)、マシュー・レットリー(ds)、ガイ・フレッチャー(kb,arr)、キック・ホーンズ(b)ら。
で、目玉はギターのゲイリー・ムーアだ。
アルバムに先行してリリースされた8thシングル「the Cross -愛の十字架- 」に曲を提供(残念ながらアルバムには未収録)しているだけでなく、本アルバムのタイトル・チューン「キャンセル」でもリード・ギターで参加、おなじみのゲイリー節をたっぷりと聴かせてくれる。
皆さんご存じのように、美奈子はアイドル系ポップス・シンガーとして85年「殺意のバカンス」でデビュー。翌年の「1986年のマリリン」で大ブレイク。マドンナ・ライクなへそ出しコスチュームが、当時の彼女のトレードマークだった。一年間で立て続けに4枚のシングル、そして3枚(!)のアルバムを発表。
いってみれば、ちょうど上昇気流に乗ったところで大きな「勝負」に出てきた、そんなフル・スロットルな86年版美奈子の、最大のモニュメントがこの一枚であった。
20年の歳月を経て聴き直してみたが、超多忙なスケジュールの中で生み出されたアルバムであるにもかかわらず、実にしっかりした作りなので感心した。
やはり、ロックの本場、英国のミュージシャンでバックをかためたことが、大いに功を奏したのだろう。
そしてもちろん、美奈子自身の度量によることは間違いない。単なるアイドルにしておくにはもったいないくらいの表現力を備えた歌声。そしてそのチャーミングなルックスと、愛すべき自然体なキャラクター。当時ほとんどの女性アイドルは、当然のことのように「キャラ作り」をしていたことを思えば、彼女の革新性がよくわかる。
あえて「ニコパチ」を避けたジャケ写に、彼女の「脱アイドル/アーティスト指向」が既に読みとれるように思う。
80年代には、浜田麻里、本城美沙子、早川めぐみら何人もの「メタドル=HMを歌うアイドル」が出てきたが、彼女たちの「ケバい(化粧濃い)」「やさぐれた」ネガティブなイメージとも全然違って、美奈子はあくまでもキュートでポジティブ。ワン・アンド・オンリーな存在だった。
本盤の楽曲はデビュ-当初からのライン、秋元康=筒美京平コンビによるものが4曲。クイーンのジョン・ディーコン、リマール(元カジャグーグー)など、あちらのロック・ミュージシャンの曲に秋元が日本語詞をつけたものが6曲と、かなり本格洋楽指向が強い。
そう、「脱・歌謡曲」の試みがはっきりとなされている一枚でもあるのだ。ヒット・シングルをあえてフィーチャーせず、未発表曲でかためている姿勢にも、それは感じられる。
思えば、美奈子のようなシンガーは、それまでまったく存在しなかった。
アイドル女性歌手といえば、成長不良のちんちくりんでコンプレックスの強そうな女か、元ヤンキーなのに無理にそれを隠しているようなぶりっ子か、あるいはやさぐれキャラに居直ったS女のどれかみたいなみたいな感じだった。美奈子のようにのびやかな四肢をもち、よく笑い、物怖じせずに発言し、あてがわれたイメージを演じるようなこともなく、のびのびと行動する、そんなアイドルはいなかった。こうなると、アイドルという呼称でさえ、似つかわしくない。
当然の流れというか、美奈子は翌年末にはアイドル歌手稼業をいったん休止し、その後はガールズバンドを結成したり、ミュージカルにチャレンジしたりするなど、マイペースな活動にシフトしていく。90年代には新譜リリースの間隔もだいぶん空き、いわゆるヒットチャートの流れからは遠ざかるようになる。たまにアニメの主題歌やタイアップもののシングルを出す程度で、活動の重心はあきらかに本格的ミュージカルのほうに置くようになる。アルバムも、クラシックやミュージカル系の曲のカバーが中心になる。
2005年11月6日、38歳で逝去。その死を悼む声は、海外のロック・アーティストからも寄せられる。ことに、クイーンのブライアン・メイとは、ミュージカルやオペラへの指向がともにあったことも手伝い、よき音楽上のパートナーだったようで、彼はその後もミナコ・トリビュートを続けている。
本作でのベスト・トラックは、むろんゲイリーのギターが暴れまくる「キャンセル」だと思うが、他にも佳曲は多い。
秋元=筒美コンビの「止まらないRAILWAY」、リマール他によるB面トップの「24時間の反抗」、ジョン・ディーコン他による「ルーレット」、アイドル=清純の公式を打ち壊すラジカルな歌詞が印象的な「NO PROBLEM」など、永遠のランナウェイ・ガール、ミナコの魅力がつまったナンバーが多数だ。
彼女の魅力の本質とは「あやうさ」にあると思う。それは、安定したもののもつ魅力とは対極にある。ポッキリと折れてしまいそうな細ーい体から発される、意外なほどパワフルな歌声。それがなんともアンバランス、そしてミステリアスなのだ。
けっして「完成形」ではなく、今後さらに成長していくであろうことを予感させる「未完の大器」なんだと思う。
「ロックやな~」というのは、つんく♂氏お得意のフレーズだが、もっともロックやな~と思わせる女性シンガーといえば、彼女だったという気がする。
つまり、ひとところにとどまらない、常に転がり、変化し続けて行く、その生き方において、ロックを体現していた、数少ない女性シンガーだった。本田美奈子というひとは。
あの澄んだ歌声も、またロック。ロックな歌をうたうには、酒やタバコで声をつぶさないとイカンとか本気で思い込んでいるような、「かたち」から入るひとには、ちょっと理解できないと思うけどね。
38歳の生涯を、全速力で、でもにこやかに駆け抜けていった美奈子。ほんの19歳で、これだけの仕事を易々とこなしてしまった彼女だけに、その短い人生も、80、90年と長生きした人以上に充実していたに違いないと思う。合掌。
<独断評価>★★★☆