2005年9月19日(月)
#283 ムーヴィング・ハーツ「エンド・オブ・ザ・ストリ-ト」(ワーナー・パイオニア P-11365)
アイルランドの7人組バンド、ムーヴィング・ハーツのセカンド・アルバム。82年リリース。グループのリ-ダー格にあたる、ドーナル・ムーニーのプロデュース。
アイルランドという国は、ヴァン・モリスンをはじめとして、ロリー・ギャラガー、オアシスなどユニークなロッカーたちを生み出してきたが、このムーヴィング・ハーツ(以下MH)はその中でも群を抜いて個性的な一団だ。
いかにも「ご当地バンド」の典型という感じ。ジャケ写を見るに、シブい面構えのおっさん及びおっさん予備軍が勢揃い。パッと見には、芸能人的な華やかさはみじんもないが、その音楽性はきわめて高い。
実際、地元での人気、評価は高く、81年にWEAアイルランドと契約し、全世界でデビュー、こうして日本にまで紹介されるに至ったのである。
もともとトラッド/フォーク系のバンドであった「ブランクシティ」を母体に結成されただけあって、MHも非常にフォーク色が濃厚だ。
アイルランドといえば、いつぞや本欄でも取り上げた「ザ・コミットメンツ」がどうしても思い起こされてしまうのだが、コミットメンツが映画中演奏していた、モーマン=ぺン・コンビ作の「ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリ-ト」をMHもまた、2曲目でカバーしている。
これを聴くに、ご本家アレサ・フランクリン的なソウル色はほとんど感じられず、後続のフライング・ブリトゥ・ブラザーズあたりの、白人フォーク・ロック系のアレンジに近い。かなりのスロー・テンポで、まったりとしたバラード。
キース・ドナルドの優しいサックス・ソロがいい。癒し系の音である。
ヴァン・モリスンやコミットメンツからくるイメージだと、アイルランド=黒人音楽全盛ということになってしまうのだが、もちろん、そんな単純なくくりかたは出来ない。
彼の地では、アイルランド固有の音楽がベースにあり、そこに外来のR&Bやロックやフォークやらが溶け込んで、独自の音世界が創出されているのだ。
さて、当アルバムは他にもオリジナル、カバーとりまぜて、個性的で魅力的な楽曲が揃っている。
トップの「想い出の戦士」は彼らと同じくアイルランド出身のシンガー、バリー・ムーアの作品。シンセのアレンジが鮮やかな、軽快なテンポのナンバー。彼らのコーラスが美しい。
3曲目の「オール・アイ・リメンバー」はMHのコンサート・サポート・メンバーでもあるシンガー、ミック・ハンリーの作品。アップテンポで、メロもアレンジも民族色濃厚なナンバー。
1曲目でもそうだったが、デイヴィー・スピランによるアイルランドの民族楽器「ユーリアン・パイプ(英国におけるバグ・パイプ)」の演奏が効果的に配されている。ときにはソロで、ときにはシンセとユニゾンで。
このユーリアン・パイプ、あるいは他の曲でドーナル・ルーニーが演奏する8弦のブズーキ、こういった非エレクトリックな民族楽器の音色こそが、このバンドが、英米音楽のコピーとは一線を画す「アイデンティティ」のようなものなのだと思う。
A面最後の「レット・サムバディ・ノウ」はメンバーのひとり、デクラン・シノットの作品。歌も彼がつとめる。ゆったりとしたテンポのバラード。
曲調はフォーキー、でも演奏のほうは、ギターといい、ベースといい、結構フュージョンっぽい。かなり高度なレベルのことを、さらりとやっている。さすが実力派。
B面トップは「エールの誇り」。米国のフォーク・ロック・バンド、クイックシルバー・メッセンジャー・サービスのメンバー、ディノ・ヴァレンティ(ジェシ・オリス・ファーロウ名義)作、アップテンポの、エレクトリックなビートが印象的なナンバー。
でもそれに、フォ-キーで骨太なメッセ-ジ・ソングやアコースティック楽器のソロがのっかっていくから、面白い。取り合わせの妙といいますか。
続く「ダウンタウン」は。彼らのオリジナル・インストゥルメンタル・ナンバー。民族色を前面に押し出した曲調。ブルーグラスにおけるブレイクダウンを思わせる、ハイ・テクニックなアンサンブル。
サックス、パイプ、ブズーキ、いずれもスピーディで完璧な演奏を聴かせてくれます。
「大統領アジェンデ」はタイトル通り、暗殺されたチリの大統領、アジェンデをテーマに歌ったカントリー調のナンバー。フォーク・シンガー、ドン・レインジ(詳細不明、スマソ)の作品。
辛口のメッセージ・ソングなれど、そのメロディはあくまでも美しく、コーラスもまたスウィート。このへんのサウンドは、イーグルスあたりに通じるものがあったりする。
当アルバム、CD版では他に「ヒロシマ・ナガサキ・ロシアン・ル-レット」、ジャクスン・ブラウンの「ビフォー・ザ・デルージ」もボーナス・トラックとして入っているが、そういう社会性、メッセージ性の強いナンバーを好んで取り上げるのが、このMHのもうひとつの特色、個性のようだ。
ラストの「ハーフ・ムーン」も、オリジナルのインスト・ナンバー。
オーアン・オニールのフレットレス・ベース・ソロから始まる本曲は、まるでプロパーなフュージョン・バンドの演奏かと思われる出来ばえ。そのプレイは、ジャコも舌を巻きそう。某所でウェザー・リポートと間違われたというのも、納得できてしまう。
この一曲をとって見ても、MHのミュージシャンとしてのレベルの高さは明らかですな。
民族音楽をベースにしながらも、そこにとどまらず、ありとあらゆるジャンルの音楽を飲み込んで、消化してしまうウワバミのようなモンスター・グループ。
ムーヴィング・ハーツはその後、85年ころまで活動を続けたようだが、解散してしまった。だが、歴史の流れの中に埋もれさせてしまうには、あまりに惜しいバンドだ。
されば、せめて、こういった彼らの「遺産」を、時折り取り出して聴き直してみよう。流行りものにはない、ホンモノの音楽をそこに発見出来るはずだ。おすすめです。
<独断評価>★★★★