2023年1月29日(日)
#438 JOHN LENNON「Walls and Bridges(心の壁、愛の橋)」(ユニバーサル ミュージック Universal Music 535-7100)
ジョン・レノンのスタジオ・アルバム。74年リリース。彼自身によるプロデュース。
前年に「マインド・ゲームス」をリリースしたレノンは、次回作としてオールディーズをカバーしたアルバムに着手していたのだが、この制作がうまくいかず、妻ヨーコと別居して住んでいたロサンゼルスから、ニューヨークへ5月に戻っていた。
7月よりリハーサルを始めて、8月中に完成させたのが、この「Walls and Bridges」だ。
カバー・アルバムの制作はその後年末まで行い、リリースは翌年となった。いうまでもない、本欄でも取り上げた「Rock ‘n’ Roll」である。
「Walls and Bridges」は、先行シングル「真夜中を突っ走れ」が全米1位の大ヒットとなった勢いもあって、アルバムもたちまち全米1位を獲得した。これは71年のアルバム「イマジン」以来の快挙であった。
レノンの第一線復活のきっかけとなった一枚を、久しぶりに聴いてみよう。一曲を除いて作詞・作曲はレノン自身による。
「愛を生き抜こう(Going Down On Love)」は、ミディアム・テンポのロック・ナンバー。
タイトルの本当の意味は「愛を放棄しろ」ということなので、アレレって感じだが、ここはこう考えてはどうだろうか。
妻ヨーコと別居していた背景に、レノンの秘書のメイ・パンとの不倫関係がある。約1年半にわたり続いていた彼女との関係を断ち切ろうというのが「放棄」の意味することではないだろうか。
つまり、過去のあやまちとの、決別表明なのである。
「真夜中を突っ走れ(Whatever Gets You Thru the Night)」はアップ・テンポのロックンロール・ナンバー。
ピアノとボーカルにエルトン・ジョンが参加したことで話題となり、大ヒットにも繋がった。さすが当時人気絶頂のエルトン大明神である。
印象的なサックス・ブローは、ストーンズのバックでおなじみのボビー・キーズ。
ヒットするのも当然の、アドレナリン全開の一曲だ。
「枯れた道(Old Dirt Road)」はロサンゼルス時代の荒んだ生活を回想するナンバー。ハリー・ニルスンとの共作。
ヨーコと離れて暮らしていた時期は、酒浸り、そしてトラブル続きで本当にヤバい状態だったらしい。
回想出来る、客体化出来るということは、その状態からしっかり抜け出せたということだろう。このアルバムのレコーディングも、かつてと違ってノー・アルコール、ノー・ドラッグで臨んだという。
落ち着いたムードで、心がホッコリとする曲だ。
「ホワット・ユー・ガット(What You Got)」は2枚目のシングル「夢の夢」のB面となった曲。
ニューオリンズR&Bの流れを汲む、激しいファンク・ロック・ナンバー。次作の「Rock ‘n’ Roll」にもそのまま繋がっていくサウンドだ。
全てを失ってから、自分が裸の王様に過ぎなかったことを悟り、過去のわだかまりを捨てて一からやり直したいという意志が、歌詞の中に読み取れる。
レノンはいつも真摯に自分と向き合って来たが、これもまたその表れである。
「果てしなき愛(Bless You)」はスローなバラード。ラヴ」や「オー・マイ・ラヴ」などの流れにある、愛とはどういうものかを語るナンバー。
愛とはすなわち、全ての人類同胞に対してその幸せを願うことなのだ。
メロウなエレクトリック・ピアノの響きが、とても美しい。
A面ラストの「心のしとねは何処(Scared)」は、レノンの心の闇が垣間見られるナンバー。狼の咆哮から始まる。
神経症的なメロディ・ラインといい、Scared(こわい)を繰り返す歌詞といい、ロサンゼルス時代の不安定な精神状態がそのまま反映された作風は、聴いていてこちらまで心を病みそうになるほどだ。
しかし、この曲作りを経ることでレノンは過去をきちんと清算し、再びヨーコとの生活に戻っていく。
だから、これもまた大切な一曲なのである。
「夢の夢(#9 Dream)」はセカンド・シングルとなった一曲。夢のまた夢という言葉があるように、幻想的な雰囲気のナンバーだ。
途中、レノンを呼ぶ女性のささやき声が聴こえるが、これは当時のレノンの愛人パンが、「私の声だ」と証言していた。が、ヨーコは「いや違う、私の声だ」と主張している。
レノン亡き後は神のみぞ知るというところだが、レノンがヨーコの元に戻っていった以上、ヨーコの声だと考えた方が自然な気がする。
パンだったとしたら、それはそれでスキャンダラスで興味深いけどね。
「予期せぬ驚き(Surprise, Surprise (Sweet Bird Of Paradox))」は、そのパンとの甘美な情事について歌ったものらしい、アップ・テンポのロック・ナンバー。
彼女との不倫関係も、レノンが望んでそうなったというより、パン側が仕掛けたものかもしれない。
終盤、ビートルズ時代の「ドライヴ・マイ・カー」の一節が聴こえてくる。
明るい曲調だが、それゆえに背徳的なものも強く感じてしまうのは筆者だけだろうか。
「鋼のように、ガラスの如く(Steel And Glass)」は、レノンの過去が色濃く反映されたナンバー。
アコースティック・ギター、ストリングスのサウンドに乗せて語られる、ビートルズやプラスティック・オノ・バンドの仲間たちとの話。
懐かしいというよりは、ほろ苦い思い出なのだろう。
「ビーフ・ジャーキー(Beef Jerky)」は、歌詞がビーフ・ジャーキーのみの実質インスト・ナンバー。シングル「真夜中を突っ走れ」のB面でもある。
歌うだけでなく、ギターも聴かせたいという思いの強い「ギタリスト」レノンがそこに現れている。
「愛の不毛(Nobody Loves you (When You’re Down And Out))」は、実質的なラスト・ソング。ストリングスを加えたバラード。
タイトルはブルース・ナンバーを連想させるが、レノンとしてはフランク・シナトラを意識したらしい。
幼少時より孤独と常に向き合って来た男、レノンならではの歌。後半のうら悲しい口笛が、心に沁みてくる。
「ヤ・ヤ(Ya Ya)」はニューオリンズのシンガー、リー・ドーシーのヒット曲。本盤唯一のカバー・ナンバー。
レノンは当時11歳の長男ジュリアンと共に、もっぱら遊びとしてこの曲をレコーディングしている。父はピアノ、息子はドラムス。
いかにも拙い演奏だが、レノンの子煩悩な一面が見られて、微笑ましい。
同曲は次のアルバムで正式にレコーディングし直すことになるのは、皆さまご存知の通りだ。
夫婦の危機のさなかに作られた一枚だが、意志の力でなんとかそれを乗り切れたからこそ、本盤の音楽はスケールもひとまわり大きくなったのだと思う。
人間ジョン・レノンの喜び、悲しみ、悩み、苦しみ。
弱さも強さも全部さらけ出して語っているからこそ、多くのリスナーの共感を獲得出来たのだろう。
制作の背景をより詳しく知ることで、かつて何の気なしに聴いていたレコードにも、深い味わいが生まれてくる。音楽とはそういうものなのだ。
<独断評価>★★★★★
ジョン・レノンのスタジオ・アルバム。74年リリース。彼自身によるプロデュース。
前年に「マインド・ゲームス」をリリースしたレノンは、次回作としてオールディーズをカバーしたアルバムに着手していたのだが、この制作がうまくいかず、妻ヨーコと別居して住んでいたロサンゼルスから、ニューヨークへ5月に戻っていた。
7月よりリハーサルを始めて、8月中に完成させたのが、この「Walls and Bridges」だ。
カバー・アルバムの制作はその後年末まで行い、リリースは翌年となった。いうまでもない、本欄でも取り上げた「Rock ‘n’ Roll」である。
「Walls and Bridges」は、先行シングル「真夜中を突っ走れ」が全米1位の大ヒットとなった勢いもあって、アルバムもたちまち全米1位を獲得した。これは71年のアルバム「イマジン」以来の快挙であった。
レノンの第一線復活のきっかけとなった一枚を、久しぶりに聴いてみよう。一曲を除いて作詞・作曲はレノン自身による。
「愛を生き抜こう(Going Down On Love)」は、ミディアム・テンポのロック・ナンバー。
タイトルの本当の意味は「愛を放棄しろ」ということなので、アレレって感じだが、ここはこう考えてはどうだろうか。
妻ヨーコと別居していた背景に、レノンの秘書のメイ・パンとの不倫関係がある。約1年半にわたり続いていた彼女との関係を断ち切ろうというのが「放棄」の意味することではないだろうか。
つまり、過去のあやまちとの、決別表明なのである。
「真夜中を突っ走れ(Whatever Gets You Thru the Night)」はアップ・テンポのロックンロール・ナンバー。
ピアノとボーカルにエルトン・ジョンが参加したことで話題となり、大ヒットにも繋がった。さすが当時人気絶頂のエルトン大明神である。
印象的なサックス・ブローは、ストーンズのバックでおなじみのボビー・キーズ。
ヒットするのも当然の、アドレナリン全開の一曲だ。
「枯れた道(Old Dirt Road)」はロサンゼルス時代の荒んだ生活を回想するナンバー。ハリー・ニルスンとの共作。
ヨーコと離れて暮らしていた時期は、酒浸り、そしてトラブル続きで本当にヤバい状態だったらしい。
回想出来る、客体化出来るということは、その状態からしっかり抜け出せたということだろう。このアルバムのレコーディングも、かつてと違ってノー・アルコール、ノー・ドラッグで臨んだという。
落ち着いたムードで、心がホッコリとする曲だ。
「ホワット・ユー・ガット(What You Got)」は2枚目のシングル「夢の夢」のB面となった曲。
ニューオリンズR&Bの流れを汲む、激しいファンク・ロック・ナンバー。次作の「Rock ‘n’ Roll」にもそのまま繋がっていくサウンドだ。
全てを失ってから、自分が裸の王様に過ぎなかったことを悟り、過去のわだかまりを捨てて一からやり直したいという意志が、歌詞の中に読み取れる。
レノンはいつも真摯に自分と向き合って来たが、これもまたその表れである。
「果てしなき愛(Bless You)」はスローなバラード。ラヴ」や「オー・マイ・ラヴ」などの流れにある、愛とはどういうものかを語るナンバー。
愛とはすなわち、全ての人類同胞に対してその幸せを願うことなのだ。
メロウなエレクトリック・ピアノの響きが、とても美しい。
A面ラストの「心のしとねは何処(Scared)」は、レノンの心の闇が垣間見られるナンバー。狼の咆哮から始まる。
神経症的なメロディ・ラインといい、Scared(こわい)を繰り返す歌詞といい、ロサンゼルス時代の不安定な精神状態がそのまま反映された作風は、聴いていてこちらまで心を病みそうになるほどだ。
しかし、この曲作りを経ることでレノンは過去をきちんと清算し、再びヨーコとの生活に戻っていく。
だから、これもまた大切な一曲なのである。
「夢の夢(#9 Dream)」はセカンド・シングルとなった一曲。夢のまた夢という言葉があるように、幻想的な雰囲気のナンバーだ。
途中、レノンを呼ぶ女性のささやき声が聴こえるが、これは当時のレノンの愛人パンが、「私の声だ」と証言していた。が、ヨーコは「いや違う、私の声だ」と主張している。
レノン亡き後は神のみぞ知るというところだが、レノンがヨーコの元に戻っていった以上、ヨーコの声だと考えた方が自然な気がする。
パンだったとしたら、それはそれでスキャンダラスで興味深いけどね。
「予期せぬ驚き(Surprise, Surprise (Sweet Bird Of Paradox))」は、そのパンとの甘美な情事について歌ったものらしい、アップ・テンポのロック・ナンバー。
彼女との不倫関係も、レノンが望んでそうなったというより、パン側が仕掛けたものかもしれない。
終盤、ビートルズ時代の「ドライヴ・マイ・カー」の一節が聴こえてくる。
明るい曲調だが、それゆえに背徳的なものも強く感じてしまうのは筆者だけだろうか。
「鋼のように、ガラスの如く(Steel And Glass)」は、レノンの過去が色濃く反映されたナンバー。
アコースティック・ギター、ストリングスのサウンドに乗せて語られる、ビートルズやプラスティック・オノ・バンドの仲間たちとの話。
懐かしいというよりは、ほろ苦い思い出なのだろう。
「ビーフ・ジャーキー(Beef Jerky)」は、歌詞がビーフ・ジャーキーのみの実質インスト・ナンバー。シングル「真夜中を突っ走れ」のB面でもある。
歌うだけでなく、ギターも聴かせたいという思いの強い「ギタリスト」レノンがそこに現れている。
「愛の不毛(Nobody Loves you (When You’re Down And Out))」は、実質的なラスト・ソング。ストリングスを加えたバラード。
タイトルはブルース・ナンバーを連想させるが、レノンとしてはフランク・シナトラを意識したらしい。
幼少時より孤独と常に向き合って来た男、レノンならではの歌。後半のうら悲しい口笛が、心に沁みてくる。
「ヤ・ヤ(Ya Ya)」はニューオリンズのシンガー、リー・ドーシーのヒット曲。本盤唯一のカバー・ナンバー。
レノンは当時11歳の長男ジュリアンと共に、もっぱら遊びとしてこの曲をレコーディングしている。父はピアノ、息子はドラムス。
いかにも拙い演奏だが、レノンの子煩悩な一面が見られて、微笑ましい。
同曲は次のアルバムで正式にレコーディングし直すことになるのは、皆さまご存知の通りだ。
夫婦の危機のさなかに作られた一枚だが、意志の力でなんとかそれを乗り切れたからこそ、本盤の音楽はスケールもひとまわり大きくなったのだと思う。
人間ジョン・レノンの喜び、悲しみ、悩み、苦しみ。
弱さも強さも全部さらけ出して語っているからこそ、多くのリスナーの共感を獲得出来たのだろう。
制作の背景をより詳しく知ることで、かつて何の気なしに聴いていたレコードにも、深い味わいが生まれてくる。音楽とはそういうものなのだ。
<独断評価>★★★★★