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音盤日誌「一日一枚」#430 DR. JOHN「IN A SENTIMENTAL MOOD」(Warner Bros. 9 25889-2)

2023-01-21 06:18:00 | Weblog
2023年1月21日(土)



#430 DR. JOHN「IN A SENTIMENTAL MOOD」(Warner Bros. 9 25889-2)

米国のミュージシャン、ドクター・ジョン、89年リリースのアルバム。トミー・リピューマによるプロデュース。

ドクター・ジョンは60年代から70年代にかけてアトランティック・レコードと契約し、「ガンボ」に代表されるアルバムを7枚出してその名を高めたが、その後は大手レコード会社との契約はほとんど無く、ローカルレーベル中心となり、アルバムのリリースも83年以後はしばらく止まっていた。

そんなドクターが6年ぶりに発表したのが、このアルバムだ。

内容は一枚まるごと、過去のジャズ・スタンダードのカバーというもの。

これって、オリジナルを出すより確実に売れるから、という方針なのかねー?

でも、ジャズとドクターの相性は悪くない。その証拠に本盤は15年ぶりにビルボードにチャート・インし(142位)、ジャズ・アルバム・チャートでは初の1位を獲得したほどだ。

世間はドクターにジャズ的なものを求めていた、ということでセールス的には成功。

しかもおまけがついてきて、収録曲の「メイキン・フーピー」でグラミー賞の最優秀ジャズ・ボーカル・パフォーマンス賞をゲットしたのである。

ドクター復活のきっかけとなった一枚を聴いてみよう。

そのグラミー受賞曲「メイキン・フーピー」がオープニング。

これはガス・カーン、ウォルター・ドナルドスンによる作品。といっても、知る人はほとんどいないか(笑)。

1928年に「フーピー!」というミュージカルでエディ・キャンターが歌ったのがオリジナル。なんと、一世紀近く昔の曲なのだ。

でもその後、歌とインスト両方でさまざまなアーティストがカバーして、それで知られるようになった。

例を挙げると、レイ・チャールズ、フランク・シナトラ、ルイ・アームストロング、ジェリー・マリガンなどなど。

ドクターはこの曲を、昨日本欄で取り上げたリッキー・リー・ジョーンズと共に、デュエットしている。ルイ・アームストロングとエラ・フィッツジェラルドのデュエットを意識したみたいだね。

ドクターはジョーンズのデビュー盤のバックに参加していたので、10年来の知り合いだ。そのせいか、和気あいあいとした雰囲気でレコーディングされている。まるで恋人同士のように、ふざけ合うドクターとジョーンズ。

この仲睦まじい、ごっつええ感じが、グラミー受賞の理由なんだろうね。

「キャンディ」はアレックス・クラマー、ジョーン・ホワイティ、マック・デイヴィッドの作品。44年に書かれ、ジョニー・マーサーのバンドとジョー・スタッフォードによって翌年ヒットしたバラード・ナンバー。ダイナ・ショアもレコードをだしている。

だが筆者の世代でいうと、マンハッタン・トランスファーの75年のバージョンが圧倒的に有名だな。

ドクターはオーケストラのスローなサウンドをバックにソロで歌い、ピアノ演奏も聴かせる。

訥々と語るように歌う「キャンディ」、深い味わいがある。

「アクセンチュエイト・ザ・ポジティブ」は前述のジョニー・マーサー、そしてハロルド・アーレン44年の作品。

マーサーの楽団のほか、ビング・クロスビーとアンドリュー・シスターズ、ダイナ・ワシントン、コニー・フランシス、ペリー・コモ、ペギー・リーらがレコーディング。そのリズミカルでゴスペルっぽい曲調がソウル系シンガーにもウケたのか、アレサ・フランクリン、サム・クックまでが取り上げている。

いささか変わったところでは、アル・ジャロウ、ポール・マッカートニー、クリフ・リチャードのバージョンもある。

ドクターは、バースに続けて威勢よくコーラス・パートを歌い始める。ホーンも入ってノリノリ。ソロもビシッと決めて、ご満悦の様子が目に浮かぶ。

ニューオリンズ・サウンド同様に、ジャズな音もしっかりと彼に馴染んでいる。

「マイ・バディ」は再びカーン=ドナルドスンのコンビによる作品。本盤中では一番古い22年の作品。

ヘンリー・バーやアル・ジョルスンによる同年のレコーディングが最初のバージョンで、のちにフランク・シナトラ、ビング・クロスビー、ドリス・デイ、イーディ・ゴーメ、ボビー・ダーリン、コニー・フランシスらが歌い、カウント・ベイシーをはじめとする数多くのジャズミュージシャンがインストでカバーしている。

ドクターはピアノを弾きながら、ゆったりとこの曲を歌う。かつての友人(あるいは恋人?)を懐かしむように。ソフトな歌い口が、この曲にぴったりだ。

「イン・ア・センチメンタル・ムード」はジャズ・ファンなら知らぬ者もない、エリントン・ナンバー。

エリントン楽団により幾度となくレコーディングされたほか、ジョン・コルトレーンとの共演版も名演との誉れが高い、バラード・ナンバー。

ピアニストならば一度は挑戦してみたいであろうこの曲を、ドクターは一音、一音、思い入れたっぷりに弾いてみせる。響きが実に美しい。

本盤唯一の、インストゥルメンタル・ナンバーでもある。

「ブラック・ナイト」は黒人女性作曲家ジェシー・メイ・ロビンンスンの作品。51年にシンガー/ピアニスト、チャールズ・ブラウンがヒットさせている。

ジャズとブルース、両方のセンスがひとつとなったブラウンの世界を、ドクターが継承して歌い、弾く。

夜の濃厚なムードが横溢するナンバー。子供にゃこの良さはわかるめぇ。

「ドント・レット・ザ・サン・キャッチ・ユー・クライン」は黒人作曲家ジョニー・グリーンの作品。46年にルイ・ジョーダンとその楽団がヒットさせている。

のちにレイ・チャールズ、ポール・マッカートニーらによっでもカバーされたナンバーでもある。

ゆったりとしたテンポで、ブルーズィなメロディを喉から絞り出すように歌うドクター。なんとも粋だ。

レイ・チャールズ・サウンドを彷彿とさせるストリングス・アレンジもいい。

「ラヴ・フォー・セール」は、20世紀を代表するコンポーザーのひとり、コール・ポーターの作品。

30年初演のミュージカル「ザ・ニューヨーカーズ」中のナンバー。実に90年以上の長きにわたり愛されてきた、スタンダード中のスタンダード。歌詞がちょっと際どいのが特徴だ。

ジャズ・ファンにとっては、キャノンポール・アダレイとマイルス・デイヴィスの演奏が最も著名だろう。

ドクターは最初から、ビートに乗ってピアノ・ソロを弾きまくる。実に生き生きと。

終盤だけ彼のボーカルが聴けるが、これは曲を歌うというよりは喋りに近い。ピアノこそがこの曲の主役なのだ。

「モア・ザン・ユー・ノウ」はヴィンセント・ユーマンス、ビリー・ローズ、エドワード・エリスキュの29年の作品。ミュージカル「グレイト・デイ」中の曲である。

ユーマンスといえば、「二人でお茶を」の作者としてあまりにも有名だが、それと同じくらい名曲といえそうなのが、この曲だ。

優美なメロディで片思いの辛さを歌う、ラヴ・バラード。古き良き時代のロマンスが香るナンバー。

これをドクターは、あの塩辛い声で切々と歌い上げる。

リー・ワイリー、シェール、バーブラ・ストライザント、あるいはミシェル・ファイファーといった女性シンガーの美声によるバージョンとはまた違った、別のニュアンスがこの曲に生まれている。そう、報われないおとこ心の切なさだ。

ドクター・ジョンという祈祷師にかかれば、どんなに古くさいスタンダードも、現在進行形の音楽としてよみがえる。

あなたもぜひ、その秘儀の現場に立ち会ってみてほしい。

<独断評価>★★★★

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