2023年3月1日(水)
#469 CHRIS SPEDDING「ENEMY WITHIN」(テイチク/New Rose TECP-25190)
英国のギタリスト/シンガー、クリス・スペディングのスタジオ・アルバム。86年リリース。彼自身によるプロデュース。NY録音。
クリス・スペディングは44年ダービーシャー生まれ。もともとはジャズ寄りのギタリストで、バタード・オーナメンツ、次いでフランク・リコッティ・カルテットに参加してプロとなる。
筆者の記憶では、ジャック・ブルースの69年のソロ・アルバム「ソング・フォー・ア・テイラー」に参加していたのが、スペディングの名前を知った最初だったかな。
その後ハーヴェストより「Song Without Words(無言歌)」というソロ・アルバムを70年に日・欧限定でリリースしている。
そのジャケット写真がいまだに印象深い。いかにもヒッピー然とした、長髪とヒゲ面、そしてサングラスだった。
ジャズ・ロックなギターを弾く、ヒッピー青年。ずっとそういうイメージで彼のことを見ていたら、75年、いきなりそれをひっくり返された。
ヒット曲「モーターバイキン」での出立ちは、革ジャンにグリースで固めたバイカー・スタイル。とても同一人物には見えなかった。
翌76年、アルバム「クリス・スペディング」をリリース。このジャケットでも、彼はまるで米国のロカビリー・スターのようなコスチュームをまとい、デカいアメ車を従えていた。
そしてそのサウンドも、ミッキー・モストのプロデュースということもあり、ポップ、キャッチーでどこかオールディーズな匂いのするものだった。
そのアルバムでは「ギター・ジャンボリー」がことに話題を集めた。アルバート・キング、チャック・ベリー、ジミ・ヘンドリクス、ピート・タウンゼント、キース・リチャーズといった、彼が影響を受けたギタリストたちのスタイルを巧みに再現してみせたからだ。
その変幻自在の器用なギター・プレイに、注目が集まった。
「ギター・ジャンボリー」はいまだにスペディングのステージでは人気を集める定番ナンバーで、近年のプレイはYoutubeでも観ることが出来る。
76年のソロ・アルバムの成功により、スペディングはギタリストとしての活躍の場を大きく広げ、ロキシー・ミュージック、ブライアン・フェリー、エルトン・ジョンなどのバッキングをつとめるようになる。
今日取り上げる「エネミー・ウィズイン」はその10年後の作品。
サウンドの基本は大きくは変わっていない。英米の新旧ギター・ロックを総ざらいするようなスタイルは、この一枚にも続いている。
「ホログラム」はスペディングの作品。ゆったりとしたテンポのロック・ナンバー。米国のサザン・ロックに近いサウンド。カントリー、フォーク、そしてロックンロール。彼の好むそういったエレメントが散りばめられている。
新しさとか古さとか、超越している感じだな。エヴァグリーンってヤツです。
「ラヴズ・メイド・ア・フール・オブ・ユー」はバディ・ホリー、ボブ・モンゴメリーの作品。
ホリーの生前にはレコーディングされなかったが、死後サニー・カーティス&クリケッツやボビー・フラー・フォーによってヒットしたいわく付きのナンバー。
サウンドはザ・フーの「マジック・バス」とか、ボ・ディドリーとかを想起させる、ジャングル・ビートのR&Bである。
白人、黒人、いずれでもないハイ・ブリッドなロックンロール。ホリーのセンスと、スペディングの技巧が融合した一曲だ。
「愛のサイン」はスペディングの作品。アコースティック・ギター、ピアノ演奏に漂うカントリー・フレーバー、そしてスペディングのリラックスしたプレイを楽しむナンバーだ。
「ストリート・ウォーキン」もスペディングの作品。以下、「ゴー・ウェスト」に至るまで、彼のオリジナルが続く。
こちらは今風のAOR。スペディングのギターも、エコーを効かせたスペーシーなサウンドに衣替えしている。
「エネミー・ウィズイン」は翳りのある曲調がいかにもブリティッシュ・ロックだなと感じさせる。
ギターもほとんどシンプルなリフの繰り返しに終始しているが、それがむしろ陰鬱なムードを高めている。
「ハイヒール・シューズ」はどことなくストーンズっぽい、ロックンロール・ナンバー。
スペディングのボーカルは、いわゆる上手い歌、テクニックのある歌ではないが、その独特のダルな感じが、キース・リチャーズにも通じる不思議なカッコよさがある。
ロックとは上手さで勝負する音楽じゃない、存在感、味で勝負する音楽。だから、これでいいのだ。
「カウンターフィット」は、シンセやコーラスの使い方に80年代っぽさを感じるロック・ナンバー。
ギター・リフが力強いグルーヴを生み出しているが、それがこの曲のメインの魅力といえるのではないかな。
「ガール」は、スライド・ギターのサウンドが印象的なナンバー。ストーンズ、というかキースの影響がモロに出ていますな。筆者的には嫌いじゃない。
「アメリカン・ドリーム」はスロー・テンポのフォーク・ロック。オーバーダビングによる深いギター・サウンドが展開される。スペディングの米国への強い憧憬がそこにはある。
本盤を本国ではなく、ニューヨークでレコーディングしたのも、そういうことなのだろう。
「ゴー・ウェスト」は前曲からシームレスでつながるフォーク・ロック・ナンバー。
開放感のあるメロディとサウンド。これが、頑固な英国人が追求するアメリカン・ミュージックだ。
「シェイキン・オール・オーヴァー」は、60年に英国のバンド、ジョニー・キッド&ザ・パイレーツが放った大ヒットのカバー。
多くのリスナーにとっては、ザ・フーのライブ・バージョンの方がよく知られているだろうが、スペディングの世代ならオリジナルを思春期のど真ん中で聴いてハマったのだろう。
特徴的なギター・リフを生かしつつ、80年代風のニューウェーブなアレンジも加えたスペディング・バージョン。ザ・フーのハード・ロックなアレンジに負けず劣らず、イカしている。
ラストの「メリー・ルー」はカナダで活躍した米国のロックンローラー、ロニー・ホーキンスのヒット曲のカバー。ザ・リッツでのライブ録音。
派手な演奏で場を盛り上げるというよりは、ディープなギター・プレイをオーディエンスにじっくりと聴かせるスタイル。
シンプルなリズムをバックに、黙々と弾き続けるスペディング。
ザ・ギタリストの風格がある。
そのギター・テクニックは、どんなスタイルでも弾けるくらいのハイ・レベル。
でも、自分が本当に気に入った音楽しかやらない。そういう一徹さもあり、それこそが彼の真の面目だと思う。
なかなか正当に評価されないクリス・スペディングだが、その作品を丁寧に聴き込めば、よさが分かるはず。
ただのイロモノと思ったら、大間違いですぞ。
<独断評価>★★★☆
英国のギタリスト/シンガー、クリス・スペディングのスタジオ・アルバム。86年リリース。彼自身によるプロデュース。NY録音。
クリス・スペディングは44年ダービーシャー生まれ。もともとはジャズ寄りのギタリストで、バタード・オーナメンツ、次いでフランク・リコッティ・カルテットに参加してプロとなる。
筆者の記憶では、ジャック・ブルースの69年のソロ・アルバム「ソング・フォー・ア・テイラー」に参加していたのが、スペディングの名前を知った最初だったかな。
その後ハーヴェストより「Song Without Words(無言歌)」というソロ・アルバムを70年に日・欧限定でリリースしている。
そのジャケット写真がいまだに印象深い。いかにもヒッピー然とした、長髪とヒゲ面、そしてサングラスだった。
ジャズ・ロックなギターを弾く、ヒッピー青年。ずっとそういうイメージで彼のことを見ていたら、75年、いきなりそれをひっくり返された。
ヒット曲「モーターバイキン」での出立ちは、革ジャンにグリースで固めたバイカー・スタイル。とても同一人物には見えなかった。
翌76年、アルバム「クリス・スペディング」をリリース。このジャケットでも、彼はまるで米国のロカビリー・スターのようなコスチュームをまとい、デカいアメ車を従えていた。
そしてそのサウンドも、ミッキー・モストのプロデュースということもあり、ポップ、キャッチーでどこかオールディーズな匂いのするものだった。
そのアルバムでは「ギター・ジャンボリー」がことに話題を集めた。アルバート・キング、チャック・ベリー、ジミ・ヘンドリクス、ピート・タウンゼント、キース・リチャーズといった、彼が影響を受けたギタリストたちのスタイルを巧みに再現してみせたからだ。
その変幻自在の器用なギター・プレイに、注目が集まった。
「ギター・ジャンボリー」はいまだにスペディングのステージでは人気を集める定番ナンバーで、近年のプレイはYoutubeでも観ることが出来る。
76年のソロ・アルバムの成功により、スペディングはギタリストとしての活躍の場を大きく広げ、ロキシー・ミュージック、ブライアン・フェリー、エルトン・ジョンなどのバッキングをつとめるようになる。
今日取り上げる「エネミー・ウィズイン」はその10年後の作品。
サウンドの基本は大きくは変わっていない。英米の新旧ギター・ロックを総ざらいするようなスタイルは、この一枚にも続いている。
「ホログラム」はスペディングの作品。ゆったりとしたテンポのロック・ナンバー。米国のサザン・ロックに近いサウンド。カントリー、フォーク、そしてロックンロール。彼の好むそういったエレメントが散りばめられている。
新しさとか古さとか、超越している感じだな。エヴァグリーンってヤツです。
「ラヴズ・メイド・ア・フール・オブ・ユー」はバディ・ホリー、ボブ・モンゴメリーの作品。
ホリーの生前にはレコーディングされなかったが、死後サニー・カーティス&クリケッツやボビー・フラー・フォーによってヒットしたいわく付きのナンバー。
サウンドはザ・フーの「マジック・バス」とか、ボ・ディドリーとかを想起させる、ジャングル・ビートのR&Bである。
白人、黒人、いずれでもないハイ・ブリッドなロックンロール。ホリーのセンスと、スペディングの技巧が融合した一曲だ。
「愛のサイン」はスペディングの作品。アコースティック・ギター、ピアノ演奏に漂うカントリー・フレーバー、そしてスペディングのリラックスしたプレイを楽しむナンバーだ。
「ストリート・ウォーキン」もスペディングの作品。以下、「ゴー・ウェスト」に至るまで、彼のオリジナルが続く。
こちらは今風のAOR。スペディングのギターも、エコーを効かせたスペーシーなサウンドに衣替えしている。
「エネミー・ウィズイン」は翳りのある曲調がいかにもブリティッシュ・ロックだなと感じさせる。
ギターもほとんどシンプルなリフの繰り返しに終始しているが、それがむしろ陰鬱なムードを高めている。
「ハイヒール・シューズ」はどことなくストーンズっぽい、ロックンロール・ナンバー。
スペディングのボーカルは、いわゆる上手い歌、テクニックのある歌ではないが、その独特のダルな感じが、キース・リチャーズにも通じる不思議なカッコよさがある。
ロックとは上手さで勝負する音楽じゃない、存在感、味で勝負する音楽。だから、これでいいのだ。
「カウンターフィット」は、シンセやコーラスの使い方に80年代っぽさを感じるロック・ナンバー。
ギター・リフが力強いグルーヴを生み出しているが、それがこの曲のメインの魅力といえるのではないかな。
「ガール」は、スライド・ギターのサウンドが印象的なナンバー。ストーンズ、というかキースの影響がモロに出ていますな。筆者的には嫌いじゃない。
「アメリカン・ドリーム」はスロー・テンポのフォーク・ロック。オーバーダビングによる深いギター・サウンドが展開される。スペディングの米国への強い憧憬がそこにはある。
本盤を本国ではなく、ニューヨークでレコーディングしたのも、そういうことなのだろう。
「ゴー・ウェスト」は前曲からシームレスでつながるフォーク・ロック・ナンバー。
開放感のあるメロディとサウンド。これが、頑固な英国人が追求するアメリカン・ミュージックだ。
「シェイキン・オール・オーヴァー」は、60年に英国のバンド、ジョニー・キッド&ザ・パイレーツが放った大ヒットのカバー。
多くのリスナーにとっては、ザ・フーのライブ・バージョンの方がよく知られているだろうが、スペディングの世代ならオリジナルを思春期のど真ん中で聴いてハマったのだろう。
特徴的なギター・リフを生かしつつ、80年代風のニューウェーブなアレンジも加えたスペディング・バージョン。ザ・フーのハード・ロックなアレンジに負けず劣らず、イカしている。
ラストの「メリー・ルー」はカナダで活躍した米国のロックンローラー、ロニー・ホーキンスのヒット曲のカバー。ザ・リッツでのライブ録音。
派手な演奏で場を盛り上げるというよりは、ディープなギター・プレイをオーディエンスにじっくりと聴かせるスタイル。
シンプルなリズムをバックに、黙々と弾き続けるスペディング。
ザ・ギタリストの風格がある。
そのギター・テクニックは、どんなスタイルでも弾けるくらいのハイ・レベル。
でも、自分が本当に気に入った音楽しかやらない。そういう一徹さもあり、それこそが彼の真の面目だと思う。
なかなか正当に評価されないクリス・スペディングだが、その作品を丁寧に聴き込めば、よさが分かるはず。
ただのイロモノと思ったら、大間違いですぞ。
<独断評価>★★★☆