新宮駅のバスターミナル付近から、直ぐに中華風の楼門が見えます
徐福とは、紀元前3世紀の中国、秦の時代の人物で
道教方士として始皇帝に仕えていました
徐福は始皇帝の「不老不死の仙薬を探して来い」との命令を受けて
少年少女3000人を伴う大船団で東海に船出し、そして2度と秦に戻ることはなかったといいます
興味のある方は クリック どうぞ! 古代史の扉より
獅子が面白くて撮ったのですが、公園内の木々はテンダイウヤクでしょうか?
テンダイウヤク(天台烏薬)
クスノキ科クロモジ属 中国原産
烏のように黒い実がなり、根には身体の悪い物を取り除く、万能の薬効があるといわれています
2200年前中国の秦の始皇帝が徐福に命じて探させた不老不死の秘薬と言われる
中国の太いお線香が焚かれていました
お茶を供えているのや、取っ手の獅子細工に目がいき・・・
肝心なテンダイウヤクを撮るのを忘れました
獅子の狛犬
新宮駅前
次は「阿須賀神社」
この日は土曜日で、皆さま清掃中でした
新宮「熊野速玉神社」の境外摂社とされた阿須賀神社
御祭神はそうそうたる神様です ↓
阿須賀神社は、じつは熊野発祥の地であるといわれています。古伝によると、
熊野大神は初め神倉山に降臨し、次に阿須賀の森に遷り、
熊野大神のうち家津美御子はさらに貴袮谷に遷ったが、
結速玉の二神はそのまま阿須賀の森に留まった。
第十代崇神天皇の御代に家津美御子はさらに熊野川上流の音無の里(本宮)に遷り、
結速玉は第十二代景行天皇の御代に今の新宮に遷座した。
阿須賀神社が本宮・新宮よりさらに古い歴史をもつことを主張しています。
実際、そうであったのかもしれませんが、熊野信仰の大きなうねりに巻き込まれて
阿須賀神社は熊野速玉大社の摂社という立場に落ち着いたのでしょう。
み熊野ネット:抜粋
阿須賀王子が、、車が前に停まって、、地元の人は普通の生活圏なのでしょうね
ツユクサ
初めて見ました、マツゲのように花弁の後ろから4本の雌蕊?
黄色の飾り雄蕊、その下に2本の雄蕊
この場所に咲いていたツユクサは、すべて後ろにマツゲのような優雅な飾り?が、、
次は伊勢神宮へ
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