読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【映画】『遺体 明日への十日間』 ~真摯な姿勢で描かれた鎮魂のドラマ

2013-04-28 23:07:11 | 映画のお噂

『遺体 明日への十日間』(2013年、日本)
監督・脚本=君塚良一、製作=亀山千広、原作=石井光太『遺体 震災、津波の果てに』、音楽=村松崇継、製作=フジテレビジョン
出演=西田敏行、緒形直人、勝地涼、國村隼、酒井若菜、佐藤浩市、佐野史郎、沢村一樹、志田未来、筒井道隆、柳葉敏郎


2011年3月11日、未曾有の大地震と巨大津波に襲われた岩手県釜石市。
混乱を極める中、廃校となった中学校の体育館が遺体安置所として使われることになった。続々と運び込まれてくる遺体。その数の多さと凄惨な状況に、市の職員も衝撃を受け、戸惑うばかりだった。
警察からの依頼を受け、遺体の検案・検歯を引き受けた地元の医師、歯科医とその助手の3人は、時折襲ってくる余震の中でいつ終わるともしれない検案・検歯を続けていく。つとめて冷静に職務にあたる彼らだったが、自分が受け持っていた患者や、親しかった友人や知人の遺体に接し、慟哭することも。
その遺体安置所を訪れた民生委員の相葉は、混乱の中で遺体が「物」のように扱われていることに衝撃を受ける。かつて葬儀の仕事に就き、遺体の扱いや遺族への対応を心得ている相葉は市長に嘆願し、安置所の世話役としてボランティアで働くことになった。
生きている人と同じように、尊厳を持った存在として遺体に接する相葉は、一体一体の遺体に優しく語りかけていく。それを目にした市職員たちは、はじめは戸惑いつつも遺体へ語りかけ、遺族たちを支えていくようになった。火葬場も停止し、遺体が増え続けていく中、相葉たちは一人でも多くの遺体を家族のもとへと帰すために懸命に働くのだった。
相葉の知人である僧侶は安置所を訪れ、ささやかながら設けられた祭壇を前に読経を始めた。あまりの惨状に声を詰まらせながらも読経を続ける僧侶。それを耳にして、居合わせていた相葉たちや、収容にあたっていた消防団員や警察官、そして遺族は自然と手を合わせるのだった。
やがて、葬儀社のはからいによって棺が用意され、遺体はそれに安置されていった。火葬場もようやく再開し、少しずつ遺体は見送られていった。
震災から2ヶ月後、遺体安置所は役目を終え、閉鎖された。しかし、遺体はその後も見つかり続けている•••。

原作となったのは、震災直後の釜石市に取材し、多くの方々の証言をもとに書き上げられた石井光太さんのルポルタージュ『遺体 震災、津波の果てに』(新潮社)。それをもとに、ドラマ『ずっとあなたが好きだった』(1992)『踊る大捜査線』シリーズ(1997~)などの脚本を手がけ、『誰も守ってくれない』(1998)などで映画監督業にも進出した君塚良一さんが監督と脚本を兼任し、釜石への現地取材を重ねた上で映画化を果たしました。
観ている途中から、ずっと涙を止めることができませんでした。
亡くなった娘の遺体からずっと離れようとしない母親。苦しい表情のままになっていた父親を、穏やかな表情にしてあげてほしいと相葉に懇願する息子。母親の遺体をきれいにしてあげたいと化粧を施す娘•••。
あの震災で奪われた数多くの命、そのひとつひとつがいかにかけがえのない存在だったのかを、映画に織り込まれたエピソードはしっかりと伝えるものになっていました。
同時に、自ら被災しながらも過酷な職務にあたった、市の職員をはじめとした人たちの心労と使命感にも思いをめぐらせました。
映画では勝地涼さんが演じていた若い市職員。住んでいたアパートを津波で流された上、親友の行方もわからない状況での遺体安置所の役目に耐えられなくなり、体育館の中にも入ろうとはしなくなりますが、やがて自らの使命を自覚し、遺体と遺族のために尽くすことになります。
この職員のように、自らも被災して辛い状況にありながらも、亡くなった方々とその家族、被災した人びとのために尽力された方々が、被災した地域には数多くおられたことと思います。そういった方々にも、ひたすら頭が下がる思いが湧きました。

驚かされたのは、想像していた以上に、遺体安置所における悲惨な状況をリアルに再現していたことでした。
おそらく、実際にはもっとひどい状況だったのだろうと察するのですが、それでもあえて、真正面から安置所で起きたことを商業映画の中で描いたことに、震災を風化させてはならないという作り手の真摯な姿勢を感じました。人情味あふれる民生委員を全身全霊で熱演した西田敏行さんをはじめとした俳優陣も、それに見事に応えていたと思います。
震災にかこつけ、ことさらに何事かを主張するようなことは一切せず、事実を伝えるための描写に徹したことで、本作は震災で亡くなった方々への真摯な鎮魂の思いが込められたものとなりました。そのことが、観ている我々にも深い思いをもたらせてくれたように感じました。

あらためて、本作を作り上げた君塚監督と、その思いに応えたキャストとスタッフに敬意を表したいと思います。
この映画が末長く多くの人たちに観られ、震災を後世へと語り継ぐための礎となっていくことを、願ってやみません。

『遺体 明日への十日間』は、宮崎では宮崎キネマ館にて5月3日まで上映予定です。


『SWITCHインタビュー 達人達』 ~異なる分野の達人の語り合いが生む面白さ

2013-04-28 17:26:28 | ドキュメンタリーのお噂
『SWITCHインタビュー 達人達』
毎週土曜日午後10:00~11:00、NHK・Eテレにて放送


今月から放送が始まった新番組『SWITCHインタビュー 達人達』。
異なる分野で活躍している「達人」2人が、途中から聞き手をスイッチ=交代しながら、互いの生き方や仕事の流儀について語り合うというトークドキュメント番組であります。
異なる世界に生きる人間同士の語り合いから、それぞれの世界を垣間見ることができるとともに、意外な共通点や響き合いなどが見られたりもして、なかなか興味深く面白い番組となっています。放送が始まって以降、けっこうハマって観続けております(といいつつ、昨夜放送されたアスリート・為末大さんと、移植外科医・加藤友朗さんの回は飲みに出かけていて観られませんでしたが•••)。
きょうの午後、第1回放送(初回放送は4月6日)となった格闘家・アントニオ猪木さんと心臓外科医・天野篤さんの回が再放送されました。お二方の話はけっこう面白かったので、あらためて再放送を観ました。

昨年、天皇陛下の心臓手術を執刀した天野篤さん。難易度の高い冠動脈バイパス手術を得意とし、年間400件、通算で6000件もの手術を手がけてきた「手術の鬼」です。
その天野さんが尊敬してやまないのがアントニオ猪木さん。猪木さんから贈られた「危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし」とのことばが、天野さんを支えているといいます。
プロレスと心臓手術、それぞれの分野で闘ってきた2人の男の語り合いには、あらためて心に響いてくるものがありました。•••こうして番組の内容を思い返していても、なんだかテンションが上がってきそうな気が(笑)。
天野さんは、自らが行ってきた手術を振り返りつつ、こう語ります。
「思いつきでうまくいったというのは認めない主義。物事がうまくいくときには根拠がある。高い再現性をもって、手術が完成していく」
猪木さんはこれまでの経験から、戦わずして勝敗がわかってくるようになった、と言います。
「人の試合を見ていても、どっちが勝つかよくわかる。顔を見ていればわかる。いくら意気がっていても隠している部分がある」

「信頼関係」をめぐるお二人のやりとりも興味深いものでした。天野さんは、患者の身体を傷つけることになる手術にあたっては、「患者になりきる力『患者力』が大事。医者と患者、お互いの率直な気持ちのやりとり」が、互いの信頼関係を築くことになる、と語ります。
それを受けた猪木さんは、1989年に旧ソ連のレスラーを招聘したときのことを語り出します。
猪木さんは、旧ソ連のレスラーたちに、プロレスで大事な“4つの柱”について話したといいます。それは「ケガをしないための受け身」「攻めの技術」「感性と表現力」そして「戦いを超えた信頼関係」だった、と。それは、旧ソ連のレスラーたちの気持ちをも動かした、といいます。

もっとも心に残ったのは、“一歩を踏み出す”ことの大切さをめぐる話でした。
天野さんは、自分ができることをやらなかったことで後悔することが怖い、といい、
「一歩を踏み出す勇気が、今ほど必要だと思えるときはない」
と語ります。
そして猪木さんは、これまでのレスラー人生や、興行やビジネスを通じての海外との結びつきを振り返りながら、こう言います。
「お客さんより意表を突く冒険心がなければ。猪木の常識=非常識」「一歩を踏み出そうという意識を持っていないと」
昨年観た『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、その生き方と哲学に深く魅せられた天野さんのことばにあらためて頷かされるとともに、猪木さんという方もなかなか興味深く面白い人だなあ、と認識を新たにしたのでした。

第2回(4月13日放送)は日産とルノーのCEOであるカルロス・ゴーンさんと、宇宙飛行士の山崎直子さんでした。
ともに異文化が混じり合う場で仕事をしているお二方。異文化コミュニケーションについての話で山崎さんが、
「文化が違うからこそ、言うべきことをちゃんと口に出さなければ」
と語ると、ゴーンさんは、
「共通の目標さえあれば、多様性は強みだ」
と言います。
さらにリーダーシップをめぐるやりとり。ゴーンさんはこう言います。
「(リーダーの下す決断は)チームにとって予想外の決断であってはならない」
そして、山崎さんはこう言います。
「誰が決定し、責任を持つのかを明確にしておくことが必要」

第3回(4月20日放送)は、『ジョジョの奇妙な冒険』で知られる漫画家・荒木飛呂彦さんと、作曲家・千住明さん。
キャラクターの詳細な“身上書”まで準備して、魅力的なキャラクターを創り上げていくという荒木さん。
「極端なことをいえば、いいキャラがいればストーリーもいらないし、絵も下手でいい」
と言います。
そして千住さん。父親から教わったという、「すいている電車に乗れ、というパイオニア精神」という話や、
「一番大切なのは、いろんな人たちから影響されること」
ということばが印象に残りました。

次回(5月4日)は構成作家・脚本家の小山薫堂さんと、アートディレクターの佐藤可士和さんの組み合わせ。どんな興味深いお話が聞けるのか、すごく楽しみであります。