読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【閑古堂アーカイブス】永六輔さん追悼・著書で振り返る永さんの世界 その3「本と本屋」

2016-07-16 10:56:28 | 本のお噂
ラジオを聴くことと本を読むことは、想像力を鍛え、育むということを繰り返し説いてこられた永六輔さん。その著作をあらためて繙いていると、本と本屋についても、気持ちに響くようなお話を残しておられました。
永さんのご著書からその遺徳を偲ぶ続きものの最後は、そんな本と本屋についてのお言葉を(若干手前味噌的なところがあるのですが・・・)取り上げることにいたします。出典は、『嫁と姑』(岩波新書、2001年刊)と『親と子』(同、2000年刊)の2冊であります。


『嫁と姑』に、さる書店にて行われたという、永さんのご著書のサイン会でのトーク・ショーの口述が収められています。
その中で、親友の俳優・小沢昭一さんについての、このようなエピソードが語られています。

ぼくの友だちに小沢昭一という人がいます。
彼は、ブラッと本屋さんに行ったときは、自分がまったく関心のないジャンルの書棚のところに行って、そこに並んだ本の背表紙を見るんですって。
そうすると、いままで知らなかったものが見えて、世界が広がると言うんです。
「面白い本の見方だな」と思いませんか。
ふだん本屋さんに行くとき、自分の好きな作家のところとか、興味のあるジャンルのところへ行くのがふつうでしょう。
関心のない書棚には近づきもしませんね。
ところが、自分が関心のないジャンルの書棚を見ていると、なんでこんな本が世の中にあるんだろうとか、どうしてこういうことを書く人がいるんだろうとか、いままで思ってもみなかったことが次々に浮かんでくるんです。
ですから、本屋さんにただ本を買いに来るだけじゃなく、いろんな利用の仕方があるんだなと思ってください。


続いて永さんは、紅茶が世界を動かしたという近代の歴史について語ります。
東洋のものに憧れたヨーロッパ近代の貴族たちが、東洋のお茶を飲もうと東インド会社を通じてロンドンにお茶を運ばせる。しかし、ロンドンに着くまでに緑茶は蒸れて紅茶となってしまっていたので、それを飲もうということでレモンや砂糖、ミルクを入れたことで紅茶が盛んに飲まれるようになった。一方で東インド会社は、紅茶の代金をインドの阿片を中国に売りつけて得た金で支払ったことがきっかけとなって阿片戦争が起こる。さらにイギリスは、アメリカ大陸に移住した人びとにとても高い税金をかけて紅茶を売ったため、それに反発した人びとがイギリスからの紅茶を海にたたき込む「ボストン茶会事件」が起き、それがアメリカ独立戦争のきっかけとなった・・・。
このように紅茶をめぐる世界史の流れを振り返ったあと、永さんはこう語ります。

ただ一杯の紅茶から、近代史が見えてきます。
そのことがわかって紅茶を飲むという飲み方のほうが、ぼくは大事だと思います。
こういうことは、本屋さんに行って、紅茶の本のコーナーを見ているだけではダメ。
世界史の本を読むと、えっ、ここにも紅茶が出てくる、こんなところにも紅茶が出てくるというふうに、見えてくるんですね。
そのことも含めて、ぜひ本屋さんの本の選び方、本の買い方を楽しんでください。
見たい本、読みたい本だけではなくて、背表紙だけでいいから、他のコーナーをのぞいてみる。
そうすると、そこから世界が見えてくるようなお茶の飲み方ができます。


あらためて繙いたこれらのお話に、わたしは再度大きな刺激を受けました。ふだんはまったく関心のない事柄にもあえて目を向け、自分の世界を広げていたことが、永さん、そして小沢昭一さんの幅広い好奇心の源だったんだな、と。
自分の世界を広げながら、人生を楽しく豊かにする、本と本屋とのつき合い方。もっと多くの方々に共有されるといいなあ、とつくづく思うのです。

その一方で、本に関わる人間としては、実に耳の痛い言葉もありました。
『親と子』には、永さんのお父上である永忠順さんについて触れた章があります。それによれば、忠順さんは調べごとのときはもちろん、調べごとがないときにも、図書館に行くのがお好きだったといいます。
そして、永さんは忠順さんが残したこのようなお言葉を引きます。

近頃の本屋さんはヤだね。
魚や野菜のように本が積んであって、しかも、新刊のものばかり。
ちょっと前の本だと、もう、並んでないんだ。
・・・・・・腐るわけじゃあるまいし。


このお言葉には、本屋(といっても、店舗を持たない外商専業の店、ですが)で仕事をする身として、はたと考えさせられました。
確かに、話題の新刊やベストセラー、人気の高い作家の作品を扱い、売っていくのもわれわれ本屋の人間の大事な仕事です。ですが、やはりそれだけで終わっているようではいけないのではないか、と。
過去に出ている本であれ、さして売れているというわけでもない本であっても、面白いものは面白い、いいものはいい、ということを伝えていくのも、われわれ本屋の大事な仕事なのだと思います。
そのためにも、狭い範囲の世界だけに引きこもらずに、自分の世界を広げていかなければ、とも思っております。そう、永さんの姿勢を見習いながら。

手元にある永さんのご著書をあらためて繙いて、それらに込められた知恵やメッセージの多くが、いまでも十分すぎるほど価値があるということを認識いたしました。
永さんは、親しかった小沢昭一さんや秋山ちえ子さん、加藤武さん、中村八大さん、いずみたくさん、そして坂本九さんたちとともに「夜空の星」となりました。でも、永さんが遺したものの価値は、これからも輝きを失うことはない、と思います。
永さん、本当にお疲れさまでした。そして、ありがとうございます・・・。