『古典酒場 特別編集 熊本 酒援酒場 VOL.1』
発行=クラシマ・プロダクツ、発売=三栄書房(サンエイムック)、2016年
2007年に創刊し、古き良き雰囲気を保ち続ける酒場と、美味しい酒と肴、そして酒場に集う人びとが紡ぐ縁を伝えてきたムック『古典酒場』。
酒場ブームを後押しする存在として多くの酒場ファンに愛されながらも、2013年にひとまず休刊となっていた『古典酒場』が、このたび税込定価500円のワンコインで買える特別編という形で帰ってきました。テーマは「熊本の酒と酒場」。4月に起こった熊本地震から立ち上がろうとしている熊本を、呑むことで支援しようではないか、という思いのもとで企画されたものです。
同誌の編集長である倉嶋紀和子さんは、他ならぬ熊本のご出身。今回刊行された特別編『熊本 酒援酒場』は、呑むことを通じて少しでも、故郷である熊本が復興へと向かっていけたら、という倉嶋さんの願いがしっかりと感じられる一冊に仕上がっております。
前半のメインとなる特集は、熊本県内にある9ヶ所の日本酒蔵の探訪特集。球磨焼酎で名高い熊本ですが、実はさまざまな銘酒を生み出している日本酒どころでもあるのです。その上、いずれの蔵元も江戸から昭和初期にかけて創業した歴史あるところばかり。
熊本市内にある蔵元「瑞鷹」は、空襲の時ですら崩れなかったという由緒ある酒蔵が、地震により倒壊寸前となってしまっていました。にもかかわらず、地震から9日後の時点で、今年の仕込みに使う酒米の仕入れ量を決めていたのだとか。
「農家さんたちも、これから作付けが始まりますから、決まっていないと困っちゃいますもんね」というのが、その理由でした。酒米への想いの深さと、それを育む農家さんとの結びつきを大事にするその姿勢、見上げたものだなあと感銘を受けました。
254年もの長い歴史を持つ、阿蘇郡高森町の蔵元「山村酒造」。ここが醸している「れいざん」は、わたしも9月に熊本を訪れたおりに賞味して、そのスッキリとした呑み口に魅了されました。
地震が起こったあと、山村酒造には東北の酒蔵さんたちから、東日本大震災の経験を踏まえての対処法について連絡が入ったほか、九州の酒蔵さんたちからも支援の声が届いたといいます。地震により周囲との交通の要所が遮断される中で、他の地域と繋がっているという実感が心の拠り所だったとか。
熊本を代表する日本酒ブランドである「美少年」。2008年の事故米をめぐる一連の騒動によりイメージダウンを蒙り、蔵主や蔵人も変わった「美少年」が再出発の場所に選んだのが、菊池市にある小学校だった校舎の建物でした。廊下に沿って一直線に並んだ室の配置が、酒造りのラインにもぴったり合うのだとか。なるほど。
かつて世間を騒がせた「美少年」ブランドを敢えて復活させた理由を語った、製造責任者のことばが実に印象的でした。
「海外のお客様たちにも愛されていたブランドです。なのに、一度ダメになったからそれで全部ダメという現在の風潮は違うんじゃないかと思うんです。苦しい努力をしながら再生をしていく。その姿を、かつてのファンの方々に見ていただくことに意味があるんじゃないかと」
その「美少年」も、震災により仕込み用のタンクが全て倒壊するというダメージを受けました。しかし、そのような中で来季に向けての酒造りに意欲を燃やしているという姿勢は、震災をはじめとするさまざまな困難から立ち上がり、復興と再生に向かおうとしている熊本全体の象徴のようにも思えました。
そのほかにも、伝説の刀をモチーフにしたお酒を支持する刀剣や歴史好きの若者たちが震災後も買い支えてくれたという「通潤酒造」や、保管場所を数カ所に分けるなどのリスクヘッジにより「熊本酵母」を守り抜いた「熊本県酒造研究所」、地元の玉名郡和水町を無農薬米の一大テロワールにするという夢を抱く「花の香酒造」、5月の伊勢志摩サミットの夕食会での晩餐酒にも選ばれた熊本最南端の蔵元「亀萬酒造」、昔ながらの手作業にこだわって酒造りに勤しむ「河津酒造」、熊本における純米酒復活の中心的な存在となった「千代の園酒造」が取り上げられております。
震災によって大なり小なり影響を受けながらも、しっかりと美味い酒を醸し、人びとに呑んでもらおうという気概が溢れる、それぞれの蔵元の蔵人さんたちのお言葉一つ一つに、胸の熱くなる思いがいたしました。
特集では、それぞれの蔵元を代表するお酒も紹介されているほか、蔵元オススメの地元酒場の紹介もあったりして、呑み歩きの参考にもありそうです。
呑み歩きといえば、熊本市内の繁華街にある美味しいお酒が呑める酒場や、地元のお酒の魅力を伝える酒屋さんを紹介するページもあります。これもまた、熊本呑み歩きの強〜い味方になってくれそうであります。
さらに、53年にわたって熊本の台所として食を支える、水産と青果の総合卸売市場「田崎市場」の探訪ルポも。ここでも、美味しそうな「市場めし」が食べられるお店が2軒紹介されているというのが、嬉しいですねえ。
後半のメインとなるのが、熊本城と熊本駅のあいだに広がる城下町エリア「古町」のミニ特集です。
昔をしのぶ古く趣きある建物がそこかしこに残る古町。碁盤目状の町のところどころに寺を配した、独特の「一町一寺」の町並みは、震災の少し前に放送されたNHKのテレビ番組『ブラタモリ』でも取り上げられておりました。
そんな古い建物の多くが、震災によりダメージを受けました。わたしも9月に古町を訪れたおりに、それらの傷ついた建物を目にして辛い気持ちになったものでした。それでも、貴重な町並みを残す形での復興を遂げたいという想いから、地元有志による「まち案内」が5月には再開したのだとか。
古町ミニ特集では、ご当地で長きにわたって営業を続けておられる老舗のお店も紹介されています。明治期創業のかつお節店や肥後駒下駄屋、大正初期創業のこんにゃく店、昭和初期創業の八百屋・・・。これらのお店の存在もやはり、町の長い歴史を感じさせてくれます。これもまた、次回の古町散策の参考になりそうですね。
本誌には、酒場詩人の吉田類さんと、ホフディランの小宮山雄飛さんのお二人も寄稿されていて、ともども熊本への想いを語っておられます。
吉田類さんがよくお使いになることばに「酒縁」というのがあります。文字通り、お酒を介した人と人との縁を指すことばであります。
この『熊本 酒援酒場』の中にも、熊本の蔵人さんたちと酒米を育む農家さん、そして呑み手とが紡ぐ「酒縁」を見ることができました。さらには、熊本と他の九州各県、そして東北とで紡がれた「酒縁」をも。
これらの「酒縁」が「酒援」となってさらに広がっていって、熊本の復興と再生を後押しする力になっていくことを、願ってやみません。そしてわたしも微力ながら、その「酒縁」と「酒援」に繋がっていきたいと思っております。
本誌をめぐる「酒縁」と「酒援」の話を、最後にもう二つ。
本誌に使用されている紙は、東日本大震災による大津波で甚大な被害を受けながらも、その半年後に奇跡的といえる復活劇を成し遂げた、宮城県石巻市の日本製紙石巻工場で開発された「b7バルキー」という紙だとか。震災から立ち上がった製紙工場で生まれた白さが映える紙が、復興へ立ち上がろうとする熊本のお酒と酒場を紹介した誌面を引き立てていることもまた、感慨深いものがあります。
(日本製紙石巻工場の復活劇については、佐々涼子さんがお書きになった『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』をぜひご一読を。拙ブログにも紹介記事を書かせていただきました。「【読了本】『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』 苦難を乗り越え、つながったものの重さと大切さ」)
そして本誌の刊行には、発行元が出しているもう一つの雑誌『Car Goods Magazine』で関わりのあるカー用品の企業も、支援という形で関わっているといいます。本来なら相性が悪い、クルマと酒の間にある垣根を超えた企業による支援もまた、素敵な「酒援」の形ではないかと、大いに拍手したい思いがいたします。
今回刊行された『熊本 酒援酒場』は「VOL.1」とのことなので、VOL.2以降の刊行も大いに楽しみであります。