鹿児島旅行2日目の5月5日、こどもの日。宿泊していたホテルの窓から空を見ると、やはり曇り空でした。ですが、ひとまず雨の心配はしなくて良さそうに見えました。
この日は串木野へと足を伸ばす予定でありました。実はわたくし、いままで薩摩半島の西、東シナ海側には一度も行ったことがございませんでした。昨夜は、南部にあるカツオの街・枕崎へと行ってみたい気がちょっと湧いたりはいたしましたが、ここはやはり浮気などはせず、一途にいちき串木野市を目指すことにしたのであります。
朝食を食べたあと、部屋のキーをフロントに預けて鹿児島中央駅へと向かいました。駅の入り口で「おはよーございまーーす!」と、えらく元気に出入りする人びとに挨拶している、笑顔も過剰なおにいちゃんおねえちゃんの集団に迎えられつつ駅の構内に入ると、わたしは8時少し前の普通列車に乗り込んで、一路いちき串木野市へと向かったのでありました。
カラダとココロを癒してくれた、海を眺める絶景露天風呂
鹿児島中央駅から40分ほどで、列車は串木野駅に到着いたしました。
列車を降りて駅を出ると、駅の前に広がっていた光景は・・・率直にいってずいぶん静かで、閑散とした印象でありました。わたしと一緒にドヤドヤと列車を降りた、どこかの学生さんたちの一群がタクシーに分乗して立ち去ったあとは、余計ヒトケもなくなってしまって寂しいくらいになってしまいました。前日の夜、居酒屋「はる日」のママさんが口にしていた「串木野?なんかいいところ、あったかねえ」という、これまた率直すぎるコトバが思い出されました。
ううむ、これはやはり枕崎を目指したほうが良かったかのう・・・まことに失礼ながら、そのような思いが脳裏をかすめたのではありましたが、せっかく来たのだからここは串木野を楽しまなければ、と思い直すと、わたしはやってきた路線バスに乗り込んで、町の中心部から少し北のほうにある白浜海岸に向かいました。乗客は、わたし一人だけでありました。
バスに揺られること20分ほどで、白浜海岸に到着いたしました。バスを降りてすぐ目の前に広がっていた砂浜からは、生まれて初めてじかに目にする東シナ海の光景が。空こそ曇ってはいたものの、なかなかいい眺めでありました。
砂浜には、車で遊びにやってきた家族連れの楽しそうな姿が。ああ、こういう場所で家族とともにに休日を過ごすというのも、いいもんだろうなあ。
わたしはしばし砂浜からの眺めを楽しむと、砂浜の真向かいの高台にある天然温泉「くしき野白浜温泉」にお邪魔いたしました。露天風呂や大浴場をはじめ、家族風呂や食事処もあり、宿泊もできるという温泉施設であります。さらには、挽きたての豆で入れるコーヒーが売りというカフェも設けられておりました。
大人330円という、銭湯よりも安いくらいの手頃な料金で入浴券を買って、さっそく浴場へ。広々とした浴槽の向こうには、窓を隔てて海の景色が見えます。わたしはカラダを洗ったあと、浴槽になみなみと溢れるお湯に身を沈めました。うう〜、極楽極楽〜〜。
大きな浴槽の隣には小さめの浴槽が2つ並んでいて、そこには「源湯」との札がかかっておりました。源泉そのままのお湯、ということでしょうか。お湯は幾分濁っていて、確かに「効きそう」な感じがいたしましたね。あつ湯とぬる湯に別れていたので、ひとまずぬる湯のほうに浸かってみますと、ぬる湯とはいえそこそこの熱さ。ほどなくカラダがアツアツになってまいりましたので、わたしは早々に「源湯」を出て露天風呂に移りました。
露天風呂からは、さきほど砂浜から眺めた東シナ海の景色を一望することができました。聞こえてくる波の音と、潮の香りを運んでくる海風に吹かれながらの入浴は実に気分が良く、カラダとココロをしっかりと癒してくれました。ううう〜、より一層の極楽極楽〜〜〜〜。わたしは何度も出たり入ったりしながら、西の果ての風景の中で温泉に浸かる(こちらは “つかる” )ヨロコビに浸り(で、こちらは “ひたり” )ました。いやー、これはやって来た甲斐があったなあ、としみじみ思いました。
露天風呂の隣には歩行浴用の浴槽もあり、そこではおじさんが一人、黙々と歩行浴にいそしんでおられました。それが終わると、おじさんは露天風呂の縁に腰かけて、何かにじーっと目を落としている様子。見ると、おじさんはハードカバーの本を持ち込んで、それをせっせと読んでおられたのでありました。うーむ、こういう温泉の楽しみ方もいいもんだなあ。
「くしき野白浜温泉」から再び町の中心部に戻ろうとしたのですが、バスは本数が少なく、ちょうどいい時間帯にはやって来ません。やむなく、温泉のフロントにタクシーを呼んでいただき、それに乗って町まで戻ることにいたしました。
乗り込んだタクシーの運転手さんは、まことに気さくで話好きのお方でした。バスの本数が少ないことを話題にすると、運転手さんは「このあたりはもうすっかり高齢化が進んでしまってましてねー、それでバスの利用客も高齢者ばかりで本数も少なくなってるし、タクシーを利用するのもほとんどが高齢者なんですよ」と説明してくれました。
「昔は串木野だけでも人口が3万人はいたんだけど、今は合併した隣の市来を合わせて、3万になるかならないか、なんですわ、ええ」と運転手さん。・・・ああ、ここいちき串木野市も、いまの地方が抱えている共通の問題に晒されているんだなあ。
「でもね、わたし以前京都に住んでたことがあるんですけどね、あすこじゃなかなか、美味しい魚が食べられなかったんですよ。でもね、地元のこっちに帰ってきてからは、いつでも美味しい魚がいっぱい食べられるし、そういうところはホント、ありがたいなあって思いますわ、ええ」
そう語る運転手さんのことばからは、地元の串木野をこよなく愛する思いがじんわりと伝わってきて、なんだか胸が熱くなるのを感じたのでありました。
あっさりながらも旨味たっぷりのご当地グルメ、まぐろラーメンに舌鼓
再び、串木野の中心部へと戻ってまいりました。昼食を食べようと立ち寄ったのは、ラーメンと中華料理のお店である「味工房みその」さん。ここで、いちき串木野のご当地グルメである「まぐろラーメン」をいただきました。
ここ串木野で水揚げ量の多いまぐろを活かし、スープのダシやトッピングにまぐろを使用したのが「まぐろラーメン」であります。市内ではいくつかのお店が、それぞれに工夫を凝らしたまぐろラーメンを提供しているんだとか。この「味工房みその」は市の内外でよく知られている人気店のようで、わたしが入店したあとも続々とお客さんがやってきて、店内はずいぶん活気がございました。
運ばれてきたまぐろラーメンをさっそく賞味してみると、まぐろからダシをとったスープはあっさりしていながら旨味もしっかりあって、それがちぢれ麺によく絡んでなかなかの美味しさでありました。トッピングされていたまぐろのヅケもよく味が染みていて、そのままでも良し、添えられたワサビをつけて食べてもまた良しで、生ビールのいいおつまみになってくれました。・・・ええ、また真っ昼間から呑んでたのでありますが。
一緒に注文したジューシーな黒豚餃子もまた、生ビールの良きおともとなってくれたのでありました。
昼食後、しばし串木野の町を散策してみました。確かに観光地っぽさがあまりなくて静かではありますが、歩いていると人びとの暮らしの息づかいがしみじみと感じられてきました。なんだか、噛めば噛むほど味わいが出てくる町、とでも申しましょうか。ああ、これはこれでなんだかいい感じだなあ、と思いました。
「薩摩金山蔵」で生まれて初めてのトロッコ体験にワクワク
お腹が満たされたわたしは再びタクシーを拾い、町の北のほうにある「薩摩金山蔵」を訪ねました。
かつては金を採掘するために設けられていた坑道を利用して、焼酎を製造している地元の酒造メーカー「濱田酒造」が運営しているテーマパーク。呼びものは、トロッコ列車に乗って地下にある焼酎の仕込みと熟成貯蔵の現場を見学し、合わせてここの金山の歴史を辿っていくという約1時間コースのツアーであります。
入場料を払って中に入ると、トロッコの出発時刻までまだ1時間程度ございました。わたしはまず、イベントスペースのような場所で行われていた盆栽の展示を見て歩きました。手のひらサイズの小さいものから、子どもの背丈くらいありそうな大作まで、おそらくは地元の愛好家が丹精込めて作り上げたのであろう盆栽の数々は、いずれも見事でありました。
続いて売店を覗いてみると、ここで生産している焼酎をはじめ、日本酒、リキュール類がズラリと並んで販売されておりました。前日の夜に天文館で呑んだ「篤姫」も、ここの商品だったんですねえ。
そして売店の隅にはしっかり、焼酎の試飲コーナーもございました。
金山にちなんで金箔が入った銘柄など、全部で3種類の焼酎を順ぐりに試飲させていただきました。どっしりした味わいの芋焼酎から、軽快な飲み口の麦焼酎まで、それぞれ個性ある美味さでよかったですねえ。トロッコに乗る前から、もうすっかりほろ酔い気分になってしまいましたです、ハイ。
そうこうするうちに、トロッコ列車の発車時刻となりました。わたしはほろ酔い気分のカラダをのそのそと、トロッコ乗り場へと運ばせたのでございました。
乗り場にはけっこう人が集まっておりました。家族連れやカップルなどのグループがほとんどで、一人客はワタクシくらい。でも、生まれて初めてのトロッコ体験でありましたから、もうワクワクものでしたよ。おまけに焼酎ですっかりほろ酔い気分でしたし。ハハハ。
集まったお客さんが全員乗り込んだところで、トロッコは警笛を鳴らしつつガッタン・・・ゴットン、ゴットンと動き出し、坑道へと突入いたしました。
いやあ、なかなかいい雰囲気でしたねえ。トロッコということで、映画『インディ・ジョーンズ 魔球の伝説』あたりを思い出したりなんかして、ワクワク感がさらに高まってきたのでございます。・・・いえ、別に映画のように猛スピードで走り回ったりなんぞはしないのですが、それでもやっぱりワクワクしてきたのであります。
しばし地下に潜ったトロッコは、ホームのような場所に停車いたしました。ここで乗客が全員下車して、係の方の案内による金山蔵探訪のはじまりであります。外は蒸し暑さを感じるくらいでしたが、地下はまことにヒンヤリとしていて、半袖では少々寒く感じるくらいでありました。
300年の歴史があるという串木野の金採掘。江戸時代には薩摩藩の財政を支え、明治から昭和にかけては近代日本が発展する礎のひとつでもあったといいます。坑内には、そんな金採掘の歴史を物語る施設が当時のまま保存されておりました。
係の方の説明によれば、金鉱自体は閉山したわけではなく、やろうと思えばまだまだ、金は採掘できるといいます。ただ、金の採掘や精錬にかかるコストがかかるために、現在は採掘を休んでいる状態だとか。
ちなみに、トロッコの貨車に乗せられている金の鉱石は正真正銘のホンモノだそうですが、貨車いっぱいの金鉱石から取れる金は、わずかに小指の先程度くらいなもの、とのこと。ふー。それじゃあなかなか、採算が合わんわけだわなあ。
そんな、金山の歴史を物語る施設を過ぎたところで、焼酎の製造と熟成が行われておりました。
坑道だった場所には、焼酎を詰めた大きな甕がズラーッと並んでいて、静かに出荷される時を待っておりました。係の方の説明では、この中にはサントリーやセブンイレブンといった大手からの注文分も含まれているんだそうな。
それにしてもこの案内係の男性、語り口がまことに流暢で、かつ無性に面白いのでありますよ。お客さんの中に小さい男の子がいると見てとるや、
「はーいボク、ちょっとお仕事手伝ってね〜」
と、その子に焼酎の製造過程を説明したジオラマのボタンを押すよう促したりするのですよ。で、ボタンを押すとジオラマが動き出すものだから、その男の子も喜んで何度もボタンを押したりなんかして、まわりのお客さんからドッと笑いが起きておりました。いやあ実に見事な進行っぷりだなあと、わたしも大いに楽しい気持ちになりましたよ。
坑内にはほかに、金鉱石がご神体という小さな神社や、坑内の安全を祈願するために建立されたという「黄金の観音像」なんて “パワースポット” があったりして、けっこう楽しい坑内めぐりとなったのでありました。
1時間ほどのトロッコによる見学が終わり、金山蔵を後にしようとした時、受付のところにさきほどの案内係の男性がいらっしゃいました。
「ご説明、すっごくわかりやすくて面白かったですよ!」
わたしがそう声をかけると、その方はちょっと照れ臭そうな笑顔で「あ・・・どうもありがとうございます」と応じてくださいました。その表情が、まことにいい感じでございました。
こうして、初めて訪ねた串木野で立ち寄った場所では、いずれも楽しい思い出をつくることができたのでありました。ありがとう串木野。そして、やっぱり枕崎のほうがよかったかなあ・・・なんて思ってしまって悪かった。すまぬ。
お気に入りの酒場でゆっくり過ごした、天文館呑み歩き第2ラウンド
串木野から再び、鹿児島市内へと戻ってまいりました。連泊していたホテルでシャワーを浴びたあと、呑み歩き第2ラウンドに臨むべく、暮れなずむ天文館界隈へと出陣したのであります。この日の天文館も、たくさんの人で活気づいておりました。
わたしは最初、この日の呑み歩きは前夜とは別のお店に行くつもりでおりました。でも、もういっそのこと自分が心からくつろげるお気に入りのお店でゆっくり過ごそう、と方針転換。前夜も訪ねた「味の四季」に入りました。
まず生ビールとともに味わったのは、地鶏とキビナゴの串焼き。キビナゴは刺身でも美味しいのですが、焼いて食べるとより一層美味しさが際立って生ビールがグイグイと進み、おもわずビールをお代わりしてしまいました。
焼酎を進ませてくれたのは、揚げたてアツアツのさつま揚げ。見た目はドテッとしていて不格好でしたが、すり身本来の旨みがストレートに口の中に広がってこたえられませんでした。
そしてやはり、このお店に来たらおでん。前夜味わっていなかったタネを注文して、また違った美味しさを堪能させていただきました。焼酎もいつの間にか、2杯3杯と重なっていきました。
お客さんで活気づく店内も、お店の方のお心遣いも前夜と変わることがありませんでした。やっぱり、このお店が自分の性に合ってるんだなあということを、心地酔い、もとい、心地良い気分の中で再確認したのでありました。
「味の四季」を出たあと、前夜お客さんでいっぱいだったので入ることができなかった、別のお気に入りのお店へと足を運びました。しかし、なんということでしょう。そのお店はこの夜、お休みだったのでありました。まあ、こういうこともあるのは仕方がないところではあるのですが・・・でも、昨夜カオを出した時に、せめて明日はお休みだということくらい伝えて欲しかったなあ・・・。
ちょっと寂しい気分になったわたしは、このあとどうしようかと考えあぐねておりました。時刻はまだ7時台でしたが、ひとまずここでラーメンでも食べるとするか・・・と「らーめん小金太」というお店に入りました。
こちらのラーメンのスープは一見、こってりした感じがするのですが、豚骨のほかに魚介系のダシも加えているそうで、あっさりしていながらもいろいろな旨味が凝縮されていて実に美味しく、これまたスープをあらかた飲み干してしまいました。チャーシュー麺ではない普通のラーメンを注文したにもかかわらず、チャーシューが5枚も入っているというところにも、なんだか男気を感じてうれしゅうございました。
さてどうしようかなあ・・・美味いラーメンも食べたことだし、もういっそのことホテルに戻って早めに寝ようかなあ・・・そんな思いがチラリと、わたしの頭をかすめました。
そんなわたしの目に飛び込んできたのは、「らーめん小金太」の目の前にある天文館公園の噴水でした。
色とりどりにライトアップされたその噴水は実に華やかで、わたしはしばし惹きつけられるように眺めておりました。眺めていると、なんだかまた楽しい気分になってまいりました。
よし、天文館の夜はまだまだこれから、もう一軒行くぞー!わたしは再び、さんざめく天文館界隈へと足を進めたのでありました。
しばし繁華街を散策したわたしが最後にたどり着いたのは・・・
ハイ、こちらも前夜と同じく「はる日」でありました。もう今夜はとことん、お気に入りのお店でゆっくりしようということでありましたよ。
鹿児島ならではの酒肴である、カツオの腹皮焼きをつつきながら、ママさんに串木野はけっこう楽しかったですよ〜、などと報告いたしました。ママさんはニコニコしつつ、わたしの話に耳を傾けてくださいました。
この日の「はる日」は、前夜以上に多くのお客さんで賑わっておりました。前夜もお見かけした常連の男性が、お仲間さんを連れて再びお越しになっておられました。そしてわたしは、隣り合った佐賀から来た青年と、地元の常連さんである看護師の女性と言葉を交わしつつ、焼酎の杯を重ねました。
少し離れたところから、これまた地元の常連さん同士の会話が聞こえてまいります。
「新聞をとっとかないと、もし孤独死してもわからないからねえ」
「いままで新聞は毎日(新聞)をとってたんだけど、やっぱり南(地元鹿児島のローカル紙「南日本新聞」のこと)のほうがいいのかなあ、って。死亡欄は南のほうがいいみたいだし」
・・・ううむ、なんだか切実感のある話題ではありますが、こういう話題を耳にできるのも、旅先での一人呑みの醍醐味だったりするのでありますよ。
次々に舞い込む注文をせっせとさばきつつも、こちらのコップに焼酎があるかどうかをさりげなく確かめるというママさんの気くばりは、この夜も変わることはありませんでした。
ああやっぱりここも、オレの性に合ったお店なんだなあ・・・。わたしは再び心地酔い、もとい(くどいって)、心地良い気分になりつつ、そんなことを思っていたのでありました。
(最終日につづく)
この日は串木野へと足を伸ばす予定でありました。実はわたくし、いままで薩摩半島の西、東シナ海側には一度も行ったことがございませんでした。昨夜は、南部にあるカツオの街・枕崎へと行ってみたい気がちょっと湧いたりはいたしましたが、ここはやはり浮気などはせず、一途にいちき串木野市を目指すことにしたのであります。
朝食を食べたあと、部屋のキーをフロントに預けて鹿児島中央駅へと向かいました。駅の入り口で「おはよーございまーーす!」と、えらく元気に出入りする人びとに挨拶している、笑顔も過剰なおにいちゃんおねえちゃんの集団に迎えられつつ駅の構内に入ると、わたしは8時少し前の普通列車に乗り込んで、一路いちき串木野市へと向かったのでありました。
カラダとココロを癒してくれた、海を眺める絶景露天風呂
鹿児島中央駅から40分ほどで、列車は串木野駅に到着いたしました。
列車を降りて駅を出ると、駅の前に広がっていた光景は・・・率直にいってずいぶん静かで、閑散とした印象でありました。わたしと一緒にドヤドヤと列車を降りた、どこかの学生さんたちの一群がタクシーに分乗して立ち去ったあとは、余計ヒトケもなくなってしまって寂しいくらいになってしまいました。前日の夜、居酒屋「はる日」のママさんが口にしていた「串木野?なんかいいところ、あったかねえ」という、これまた率直すぎるコトバが思い出されました。
ううむ、これはやはり枕崎を目指したほうが良かったかのう・・・まことに失礼ながら、そのような思いが脳裏をかすめたのではありましたが、せっかく来たのだからここは串木野を楽しまなければ、と思い直すと、わたしはやってきた路線バスに乗り込んで、町の中心部から少し北のほうにある白浜海岸に向かいました。乗客は、わたし一人だけでありました。
バスに揺られること20分ほどで、白浜海岸に到着いたしました。バスを降りてすぐ目の前に広がっていた砂浜からは、生まれて初めてじかに目にする東シナ海の光景が。空こそ曇ってはいたものの、なかなかいい眺めでありました。
砂浜には、車で遊びにやってきた家族連れの楽しそうな姿が。ああ、こういう場所で家族とともにに休日を過ごすというのも、いいもんだろうなあ。
わたしはしばし砂浜からの眺めを楽しむと、砂浜の真向かいの高台にある天然温泉「くしき野白浜温泉」にお邪魔いたしました。露天風呂や大浴場をはじめ、家族風呂や食事処もあり、宿泊もできるという温泉施設であります。さらには、挽きたての豆で入れるコーヒーが売りというカフェも設けられておりました。
大人330円という、銭湯よりも安いくらいの手頃な料金で入浴券を買って、さっそく浴場へ。広々とした浴槽の向こうには、窓を隔てて海の景色が見えます。わたしはカラダを洗ったあと、浴槽になみなみと溢れるお湯に身を沈めました。うう〜、極楽極楽〜〜。
大きな浴槽の隣には小さめの浴槽が2つ並んでいて、そこには「源湯」との札がかかっておりました。源泉そのままのお湯、ということでしょうか。お湯は幾分濁っていて、確かに「効きそう」な感じがいたしましたね。あつ湯とぬる湯に別れていたので、ひとまずぬる湯のほうに浸かってみますと、ぬる湯とはいえそこそこの熱さ。ほどなくカラダがアツアツになってまいりましたので、わたしは早々に「源湯」を出て露天風呂に移りました。
露天風呂からは、さきほど砂浜から眺めた東シナ海の景色を一望することができました。聞こえてくる波の音と、潮の香りを運んでくる海風に吹かれながらの入浴は実に気分が良く、カラダとココロをしっかりと癒してくれました。ううう〜、より一層の極楽極楽〜〜〜〜。わたしは何度も出たり入ったりしながら、西の果ての風景の中で温泉に浸かる(こちらは “つかる” )ヨロコビに浸り(で、こちらは “ひたり” )ました。いやー、これはやって来た甲斐があったなあ、としみじみ思いました。
露天風呂の隣には歩行浴用の浴槽もあり、そこではおじさんが一人、黙々と歩行浴にいそしんでおられました。それが終わると、おじさんは露天風呂の縁に腰かけて、何かにじーっと目を落としている様子。見ると、おじさんはハードカバーの本を持ち込んで、それをせっせと読んでおられたのでありました。うーむ、こういう温泉の楽しみ方もいいもんだなあ。
「くしき野白浜温泉」から再び町の中心部に戻ろうとしたのですが、バスは本数が少なく、ちょうどいい時間帯にはやって来ません。やむなく、温泉のフロントにタクシーを呼んでいただき、それに乗って町まで戻ることにいたしました。
乗り込んだタクシーの運転手さんは、まことに気さくで話好きのお方でした。バスの本数が少ないことを話題にすると、運転手さんは「このあたりはもうすっかり高齢化が進んでしまってましてねー、それでバスの利用客も高齢者ばかりで本数も少なくなってるし、タクシーを利用するのもほとんどが高齢者なんですよ」と説明してくれました。
「昔は串木野だけでも人口が3万人はいたんだけど、今は合併した隣の市来を合わせて、3万になるかならないか、なんですわ、ええ」と運転手さん。・・・ああ、ここいちき串木野市も、いまの地方が抱えている共通の問題に晒されているんだなあ。
「でもね、わたし以前京都に住んでたことがあるんですけどね、あすこじゃなかなか、美味しい魚が食べられなかったんですよ。でもね、地元のこっちに帰ってきてからは、いつでも美味しい魚がいっぱい食べられるし、そういうところはホント、ありがたいなあって思いますわ、ええ」
そう語る運転手さんのことばからは、地元の串木野をこよなく愛する思いがじんわりと伝わってきて、なんだか胸が熱くなるのを感じたのでありました。
あっさりながらも旨味たっぷりのご当地グルメ、まぐろラーメンに舌鼓
再び、串木野の中心部へと戻ってまいりました。昼食を食べようと立ち寄ったのは、ラーメンと中華料理のお店である「味工房みその」さん。ここで、いちき串木野のご当地グルメである「まぐろラーメン」をいただきました。
ここ串木野で水揚げ量の多いまぐろを活かし、スープのダシやトッピングにまぐろを使用したのが「まぐろラーメン」であります。市内ではいくつかのお店が、それぞれに工夫を凝らしたまぐろラーメンを提供しているんだとか。この「味工房みその」は市の内外でよく知られている人気店のようで、わたしが入店したあとも続々とお客さんがやってきて、店内はずいぶん活気がございました。
運ばれてきたまぐろラーメンをさっそく賞味してみると、まぐろからダシをとったスープはあっさりしていながら旨味もしっかりあって、それがちぢれ麺によく絡んでなかなかの美味しさでありました。トッピングされていたまぐろのヅケもよく味が染みていて、そのままでも良し、添えられたワサビをつけて食べてもまた良しで、生ビールのいいおつまみになってくれました。・・・ええ、また真っ昼間から呑んでたのでありますが。
一緒に注文したジューシーな黒豚餃子もまた、生ビールの良きおともとなってくれたのでありました。
昼食後、しばし串木野の町を散策してみました。確かに観光地っぽさがあまりなくて静かではありますが、歩いていると人びとの暮らしの息づかいがしみじみと感じられてきました。なんだか、噛めば噛むほど味わいが出てくる町、とでも申しましょうか。ああ、これはこれでなんだかいい感じだなあ、と思いました。
「薩摩金山蔵」で生まれて初めてのトロッコ体験にワクワク
お腹が満たされたわたしは再びタクシーを拾い、町の北のほうにある「薩摩金山蔵」を訪ねました。
かつては金を採掘するために設けられていた坑道を利用して、焼酎を製造している地元の酒造メーカー「濱田酒造」が運営しているテーマパーク。呼びものは、トロッコ列車に乗って地下にある焼酎の仕込みと熟成貯蔵の現場を見学し、合わせてここの金山の歴史を辿っていくという約1時間コースのツアーであります。
入場料を払って中に入ると、トロッコの出発時刻までまだ1時間程度ございました。わたしはまず、イベントスペースのような場所で行われていた盆栽の展示を見て歩きました。手のひらサイズの小さいものから、子どもの背丈くらいありそうな大作まで、おそらくは地元の愛好家が丹精込めて作り上げたのであろう盆栽の数々は、いずれも見事でありました。
続いて売店を覗いてみると、ここで生産している焼酎をはじめ、日本酒、リキュール類がズラリと並んで販売されておりました。前日の夜に天文館で呑んだ「篤姫」も、ここの商品だったんですねえ。
そして売店の隅にはしっかり、焼酎の試飲コーナーもございました。
金山にちなんで金箔が入った銘柄など、全部で3種類の焼酎を順ぐりに試飲させていただきました。どっしりした味わいの芋焼酎から、軽快な飲み口の麦焼酎まで、それぞれ個性ある美味さでよかったですねえ。トロッコに乗る前から、もうすっかりほろ酔い気分になってしまいましたです、ハイ。
そうこうするうちに、トロッコ列車の発車時刻となりました。わたしはほろ酔い気分のカラダをのそのそと、トロッコ乗り場へと運ばせたのでございました。
乗り場にはけっこう人が集まっておりました。家族連れやカップルなどのグループがほとんどで、一人客はワタクシくらい。でも、生まれて初めてのトロッコ体験でありましたから、もうワクワクものでしたよ。おまけに焼酎ですっかりほろ酔い気分でしたし。ハハハ。
集まったお客さんが全員乗り込んだところで、トロッコは警笛を鳴らしつつガッタン・・・ゴットン、ゴットンと動き出し、坑道へと突入いたしました。
いやあ、なかなかいい雰囲気でしたねえ。トロッコということで、映画『インディ・ジョーンズ 魔球の伝説』あたりを思い出したりなんかして、ワクワク感がさらに高まってきたのでございます。・・・いえ、別に映画のように猛スピードで走り回ったりなんぞはしないのですが、それでもやっぱりワクワクしてきたのであります。
しばし地下に潜ったトロッコは、ホームのような場所に停車いたしました。ここで乗客が全員下車して、係の方の案内による金山蔵探訪のはじまりであります。外は蒸し暑さを感じるくらいでしたが、地下はまことにヒンヤリとしていて、半袖では少々寒く感じるくらいでありました。
300年の歴史があるという串木野の金採掘。江戸時代には薩摩藩の財政を支え、明治から昭和にかけては近代日本が発展する礎のひとつでもあったといいます。坑内には、そんな金採掘の歴史を物語る施設が当時のまま保存されておりました。
係の方の説明によれば、金鉱自体は閉山したわけではなく、やろうと思えばまだまだ、金は採掘できるといいます。ただ、金の採掘や精錬にかかるコストがかかるために、現在は採掘を休んでいる状態だとか。
ちなみに、トロッコの貨車に乗せられている金の鉱石は正真正銘のホンモノだそうですが、貨車いっぱいの金鉱石から取れる金は、わずかに小指の先程度くらいなもの、とのこと。ふー。それじゃあなかなか、採算が合わんわけだわなあ。
そんな、金山の歴史を物語る施設を過ぎたところで、焼酎の製造と熟成が行われておりました。
坑道だった場所には、焼酎を詰めた大きな甕がズラーッと並んでいて、静かに出荷される時を待っておりました。係の方の説明では、この中にはサントリーやセブンイレブンといった大手からの注文分も含まれているんだそうな。
それにしてもこの案内係の男性、語り口がまことに流暢で、かつ無性に面白いのでありますよ。お客さんの中に小さい男の子がいると見てとるや、
「はーいボク、ちょっとお仕事手伝ってね〜」
と、その子に焼酎の製造過程を説明したジオラマのボタンを押すよう促したりするのですよ。で、ボタンを押すとジオラマが動き出すものだから、その男の子も喜んで何度もボタンを押したりなんかして、まわりのお客さんからドッと笑いが起きておりました。いやあ実に見事な進行っぷりだなあと、わたしも大いに楽しい気持ちになりましたよ。
坑内にはほかに、金鉱石がご神体という小さな神社や、坑内の安全を祈願するために建立されたという「黄金の観音像」なんて “パワースポット” があったりして、けっこう楽しい坑内めぐりとなったのでありました。
1時間ほどのトロッコによる見学が終わり、金山蔵を後にしようとした時、受付のところにさきほどの案内係の男性がいらっしゃいました。
「ご説明、すっごくわかりやすくて面白かったですよ!」
わたしがそう声をかけると、その方はちょっと照れ臭そうな笑顔で「あ・・・どうもありがとうございます」と応じてくださいました。その表情が、まことにいい感じでございました。
こうして、初めて訪ねた串木野で立ち寄った場所では、いずれも楽しい思い出をつくることができたのでありました。ありがとう串木野。そして、やっぱり枕崎のほうがよかったかなあ・・・なんて思ってしまって悪かった。すまぬ。
お気に入りの酒場でゆっくり過ごした、天文館呑み歩き第2ラウンド
串木野から再び、鹿児島市内へと戻ってまいりました。連泊していたホテルでシャワーを浴びたあと、呑み歩き第2ラウンドに臨むべく、暮れなずむ天文館界隈へと出陣したのであります。この日の天文館も、たくさんの人で活気づいておりました。
わたしは最初、この日の呑み歩きは前夜とは別のお店に行くつもりでおりました。でも、もういっそのこと自分が心からくつろげるお気に入りのお店でゆっくり過ごそう、と方針転換。前夜も訪ねた「味の四季」に入りました。
まず生ビールとともに味わったのは、地鶏とキビナゴの串焼き。キビナゴは刺身でも美味しいのですが、焼いて食べるとより一層美味しさが際立って生ビールがグイグイと進み、おもわずビールをお代わりしてしまいました。
焼酎を進ませてくれたのは、揚げたてアツアツのさつま揚げ。見た目はドテッとしていて不格好でしたが、すり身本来の旨みがストレートに口の中に広がってこたえられませんでした。
そしてやはり、このお店に来たらおでん。前夜味わっていなかったタネを注文して、また違った美味しさを堪能させていただきました。焼酎もいつの間にか、2杯3杯と重なっていきました。
お客さんで活気づく店内も、お店の方のお心遣いも前夜と変わることがありませんでした。やっぱり、このお店が自分の性に合ってるんだなあということを、心地酔い、もとい、心地良い気分の中で再確認したのでありました。
「味の四季」を出たあと、前夜お客さんでいっぱいだったので入ることができなかった、別のお気に入りのお店へと足を運びました。しかし、なんということでしょう。そのお店はこの夜、お休みだったのでありました。まあ、こういうこともあるのは仕方がないところではあるのですが・・・でも、昨夜カオを出した時に、せめて明日はお休みだということくらい伝えて欲しかったなあ・・・。
ちょっと寂しい気分になったわたしは、このあとどうしようかと考えあぐねておりました。時刻はまだ7時台でしたが、ひとまずここでラーメンでも食べるとするか・・・と「らーめん小金太」というお店に入りました。
こちらのラーメンのスープは一見、こってりした感じがするのですが、豚骨のほかに魚介系のダシも加えているそうで、あっさりしていながらもいろいろな旨味が凝縮されていて実に美味しく、これまたスープをあらかた飲み干してしまいました。チャーシュー麺ではない普通のラーメンを注文したにもかかわらず、チャーシューが5枚も入っているというところにも、なんだか男気を感じてうれしゅうございました。
さてどうしようかなあ・・・美味いラーメンも食べたことだし、もういっそのことホテルに戻って早めに寝ようかなあ・・・そんな思いがチラリと、わたしの頭をかすめました。
そんなわたしの目に飛び込んできたのは、「らーめん小金太」の目の前にある天文館公園の噴水でした。
色とりどりにライトアップされたその噴水は実に華やかで、わたしはしばし惹きつけられるように眺めておりました。眺めていると、なんだかまた楽しい気分になってまいりました。
よし、天文館の夜はまだまだこれから、もう一軒行くぞー!わたしは再び、さんざめく天文館界隈へと足を進めたのでありました。
しばし繁華街を散策したわたしが最後にたどり着いたのは・・・
ハイ、こちらも前夜と同じく「はる日」でありました。もう今夜はとことん、お気に入りのお店でゆっくりしようということでありましたよ。
鹿児島ならではの酒肴である、カツオの腹皮焼きをつつきながら、ママさんに串木野はけっこう楽しかったですよ〜、などと報告いたしました。ママさんはニコニコしつつ、わたしの話に耳を傾けてくださいました。
この日の「はる日」は、前夜以上に多くのお客さんで賑わっておりました。前夜もお見かけした常連の男性が、お仲間さんを連れて再びお越しになっておられました。そしてわたしは、隣り合った佐賀から来た青年と、地元の常連さんである看護師の女性と言葉を交わしつつ、焼酎の杯を重ねました。
少し離れたところから、これまた地元の常連さん同士の会話が聞こえてまいります。
「新聞をとっとかないと、もし孤独死してもわからないからねえ」
「いままで新聞は毎日(新聞)をとってたんだけど、やっぱり南(地元鹿児島のローカル紙「南日本新聞」のこと)のほうがいいのかなあ、って。死亡欄は南のほうがいいみたいだし」
・・・ううむ、なんだか切実感のある話題ではありますが、こういう話題を耳にできるのも、旅先での一人呑みの醍醐味だったりするのでありますよ。
次々に舞い込む注文をせっせとさばきつつも、こちらのコップに焼酎があるかどうかをさりげなく確かめるというママさんの気くばりは、この夜も変わることはありませんでした。
ああやっぱりここも、オレの性に合ったお店なんだなあ・・・。わたしは再び心地酔い、もとい(くどいって)、心地良い気分になりつつ、そんなことを思っていたのでありました。
(最終日につづく)