『コロナマニア 「ウイルス以外のコロナ」一大コレクション』
岩田宇伯著、パブリブ、2020年
世の中のあらゆる方面が、新型コロナをめぐるパニック状況一色となってしまった2020年。出版の分野でも、新型コロナがらみの書物が陸続と出され続けておりますが、今回ご紹介する『コロナマニア』は、その中でもひときわ異彩を放つ一冊であります。
過剰なまでのコロナパニックにより、もともと「コロナ」の語を冠していた社名や商品名は、好奇の目にさらされることとなってしまいました。その中には、嫌がらせや誹謗中傷といった、理不尽きわまりない風評被害を被ったところもあります。
コロナ騒動のせいで妙な形の注目を集めることとなった、名称に「コロナ」を冠した企業や店舗、商品やブランド、地名、歌手やバンド、曲名、映画やテレビのタイトルに加え、新型コロナ騒動に便乗した楽曲やバンド、さらには新型コロナ騒動の震源地となった中国のコロナ制圧キャンペーンソングを集め、網羅したのが本書『コロナマニア』です。取り上げられている物件の総数は、なんと918件。いやはや、よくぞここまで集めまくったものだと感心させられます。
著者の岩田宇伯(たかのり)さんは、内外のサブカルチャー、とりわけ中国の大衆文化に精通した方で、自身のTwitterアカウントでもコロナがらみの珍ニュースをはじめ、中国のドラマやB級ニュースをネタにした投稿を積極的になさっておられます。2018年には、戦時中の日本軍を悪役にしながらも、時代背景などお構いなしの荒唐無稽な設定や描写が続出する、中国の「抗日ドラマ」を紹介した『中国抗日ドラマ読本』を、『コロナマニア』と同じ版元であるパブリブから刊行しています。
ついでながら、版元のパブリブは「珍書プロデューサー」として知る人ぞ知る存在である編集者、濱崎誉史朗さんが立ち上げた出版社。以前当ブログでもご紹介した、パクリキャラの宝庫である中国の遊園地を多数取り上げた『中国遊園地大図鑑』(関上武司著、全3巻。当ブログの紹介記事はこちら)や、実は人気渡航地であるウクライナの見どころを詳しく紹介した『ウクライナ・ファンブック』(平野高志著)、さらに中国や韓国、インドネシア、アフリカなど、世界各地のデスメタルミュージックを紹介するシリーズ企画などなど、ニッチかつエッジの効いた企画を次々と本にしている、新進気鋭の版元であります。『コロナマニア』もまた、この著者と版元の組み合わせだからこそできた怪&快企画といえましょう。
日本国内の企業・店舗名で代表的なのは、新潟県三条市にある冷熱機器メーカー「株式会社コロナ」。ファンヒーターやエアコンのCMで、子どもの時から馴染み深かったメーカーですが、今般のコロナ騒動のとばっちりで、社員の子どもさんがいじめられるという事態に発展。社名の「コロナ」に込めた誇りを訴える新聞広告を出したことが話題にもなりました。なんともやりきれないことであります。
「コロナ」を冠した国内の企業・店舗名で驚かされるのは、理容&美容院の数の多さ。北は岩手県から南は沖縄県まで、その数55軒!本来「コロナ」の語が持っていた、太陽や王冠からくる高貴なイメージが、ヘアスタイルを整える業種に好まれていた、ということなのでしょうか。
そして案の定、出版社の「株式会社コロナ社」も取り上げられておりました。土木、バイオ、自然科学といった理工学系の本を専門に出している、1927年創業の老舗出版社です。同社の紹介部分には、公式Twitterアカウントに「お心遣いくださりありがとうございます」という「意味深な」言葉が記されていることにも触れております(この文言はわたしも目にいたしましたが、現在の同社アカウントからは消えてしまっております)。
海外の企業・店舗では、オランダのハーグにある「ブティック・ホテル・コロナ」が目を引きました。このホテル、有名リゾート地である「スケベニンゲン」の徒歩圏内に位置しているんだとか。日中は「スケベニンゲン」で観光を楽しみ、夜は「ブティック・ホテル・コロナ」でゆっくりくつろぐ・・・実に魅力的なプランではありますまいか。
商品・ブランド名では、なんといっても「トヨペット(トヨタ)コロナ」が有名どころでしょう。1957年の初代から1996年の11代目まで、長きにわたって親しまれてきた乗用車のブランド。旧車ファンには、国内販売台数1位になった3代目(本書の表紙にもあしらわれております)が馴染み深いでしょう。また、1960年に発売された2代目のときには、日本で初めてとなるカラー映像のCMが製作されたりもいたしました。カースタントでコロナの耐久性をアピールするというこのCMは、今の目で見てもなかなかの迫力。新型コロナ怖い怖いと怯える気分を吹き飛ばしてくれるようなパワーに溢れていて、必見であります(YouTube動画「トヨペット コロナ1500デラックス」)。
1992年の10代目コロナのときには、中村雅俊さん扮する大学教授「コロナ氏」なるキャラクターを登場させたCMが放送されましたが、本書にはこの車種を特集した雑誌『モーターファン』別冊の表紙が掲げられております。タイトルはズバリ「新型コロナのすべて」(笑)。
商品名でほかによく知られているのが、メキシコを代表するビールのブランド「コロナビール」。こちらも、感染拡大防止策として2週間の操業停止を余儀なくされたり、「消費者がコロナビール離れを起こしている」という根拠薄弱なプレスリリースを広告代理店から流されたりと、いろいろ大変だったようです。
余談ながら、コロナ騒動が持ち上がって以降のわたしは、行きつけのバーでときどきコロナビールを注文しては、「コロナを飲み干せ!」と叫びつつグビグビ飲んだりしたものです。どちらかといえば濃厚な味わいのビールを好むわたしですが、ビンの口に差し込まれたライムを浸しながら飲むコロナビールの爽快さも、実に捨てがたいものがありますな。
中国文化に精通した著者・岩田さんの面目躍如ともいえそうなのが、新型コロナ騒動の震源地である中国で作られている、数多くのコロナ制圧キャンペーンソングのリスト。有名なミュージシャンや俳優を動員し、封鎖された武漢を応援したり、最前線で戦う医療関係者や人民解放軍を称える内容を歌い上げる曲の数々は、本書で紹介されているだけでも何と120曲に及びます。タイトルも「中国一定強」「家国英雄」「誓死不退」「啊、白衣天使」などと力が入りまくっていて、ああこういうところは一党独裁国家ならではだなあ、と思わせてくれます。
また、タイトルに「コロナ」の入った映画・テレビを扱った章では、その名も『CORONA ZOMBIES』(コロナゾンビ)なるコロナ騒動便乗映画も取り上げられています。文字通り、コロナウイルスで人々がゾンビ化するというお話で、ホラー、SFといったジャンルでB級映画を量産したチャールズ・バンドが製作総指揮として関わっています。とはいっても、ニュース映像や過去のホラー映画を「切った貼った」でつなげた上、セリフを吹き替えた部分がほとんどという代物だそうで、いかにもおバカ映画という感じですが、ちょっとだけ観てみたい気がいたします。
このほかにも、風俗業界にいる「ころな」という源氏名や、かつて存在していたAVメーカー「コロナ社」といったスケベ方面もしっかり押さえていて、その下世話なまでの好奇心と探究心には大いに脱帽なのであります。
918におよぶコロナ物件コレクションも圧巻の本書ですが、合間に挟まれているコラムや企画ページもなかなか充実しています。
著者の岩田さんは、名称に「コロナ」の語を冠していたことで理不尽な風評被害にさらされた店舗や企業を取材し、コラムとして組み込んでいます。長野県にある食堂の店主によれば、コロナ騒動が持ち上がって以降は無言電話による嫌がらせに困らされたものの、そのことがニュースとして取り上げられてからは全国から応援の手紙が寄せられたり、お店に直接出向いて気遣ってくれる人が現れたりしたとか。また、Twitterでの中傷を逆手にとった対応が評判となり、結果として風評被害を封じ込めることに成功した大阪のホテルの広報担当者は、宿泊に来たお客さんからの励ましに勇気づけられ、運営を続けていると語っています。
両者とも、実に理不尽な目に遭いながら、これからも「コロナ」という言葉に誇りを持って営業を続けたい、と語っておられることに、救われる思いがいたしました。
岩田さんの地元・愛知県にある、ボーリングやパチンコ、映画館、フードコート、さらにスーパー銭湯「コロナの湯」などが一体となった総合アミューズメント施設「コロナワールド」の訪問ルポでは、政府からの緊急事態宣言の前後にかけて、閑散としてしまった施設の様子が綴られています。
ここで岩田さんは、閑散としてしまった商業施設が賑わいを取り戻すにあたっては、「マインドの問題」が根本の課題であることを指摘します。その上で、「こういった負の空気感に負けない民衆の図太さと、危機の際、政府が力強いメッセージを出せるお隣の中国が少々羨ましくも感じる」と記します。専門家やマスコミが煽り立てる「コロナの脅威」にいつまでも怯えて萎縮するばかりの国民と、それを宥めることすらできずに迷走する政府・・・という、わが日本の情けない状況を見るにつけ、岩田さんのおっしゃることには肯かざるを得ませんでした。
本書には、自分がコロナ感染者だと偽って業務を妨害したりする「俺コロナ」事件、あるいは特定の人物をコロナだと言って中傷する「あいつコロナ」事件の一覧も収められております。こういった事案もなぜか、岩田さんの地元である愛知県がダントツに多いのですが、その背景を地元民の立場から考察したくだりも、なかなか面白いものがございました。「俺コロナ」「あいつコロナ」もまた、コロナパニックが引き起こしたバカバカしくも情けないB級事件といえましょう。
目下のコロナパニックによりさまざまな社会的混乱が生じ、それが深刻な事態を引き起こしていることは、誰の目にも明らかでしょう。しかしその一方で、冷静な目で見れば実にバカバカしくも滑稽な事態がいろいろと引き起こされていることも、また事実であります。
コロナパニックを受けて、コロナ後の世界はどうなるなどといった、高尚で形而上学的な議論が盛んであります。もちろん、それにも意味はあるでしょうが、コロナパニックの本質のようなものは、不安と恐怖で見境のつかなくなった人間の愚かさが引き起こした、いわば下世話で形而下的な事象にこそ現れているのではないか、とわたしは思うのです。それがまさしく「コロナ」を冠した店舗や事業所への誹謗中傷であり、「俺コロナ」「あいつコロナ」事件でありましょう。
本書『コロナマニア』は、下世話なまでの好奇心と探究心で、コロナパニックの滑稽な側面を可視化させ、その本質に迫った一冊として、そしてコロナ騒動で視野狭窄となり硬直しきった世の中に、いい意味で「水を差す」一冊としても、価値があるように思いました。
本書刊行後も、岩田さんは引き続き「コロナ」がらみのネタを収集しては、Twitterを通して発信しておられます。岩田さんには是非とも本書の姉妹篇として、コロナパニック下で起った滑稽な珍ニュースやB級事件を集め、記録する本を出していただけたら・・・と勝手にお願いしたいのであります。タイトルは『日本コロナ珍百景』、もしくは『日本珍コロ遺産』なんてどうでしょう(笑)。