読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

別府→日田・2年ぶりの湯けむり紀行(第2回) 楽しかったけど、寂しさとほろ苦さも覚えた別府の夜

2022-02-28 18:46:00 | 旅のお噂
(第1回の記事はこちらであります)

別府タワーからの眺めを堪能したわたしは、タワーの北側に広がる的ヶ浜公園に隣接する「北浜温泉テルマス」に立ち寄りました。


海を目の前にした開放感あふれる温泉施設で、屋内の大浴場のほかに、男女共用で水着を着用して入る「屋外健康浴場」が目玉となっています。こちらも、何年か前に一度入ったことがありました。
脱衣場に入って着ているモノを脱ぎはじめたとき、壁に別府市温泉課からの「お知らせ」が貼られているのが目にとまりました。そこにはなんと、この「北浜温泉テルマス」が廃止される、と記されているではありませんか。
それによれば、利用者の減少や多額の維持管理コストの負担が課題だったため、民間事業者による指定管理者制度を導入したものの抜本的な経営改善には至らず、継続するのは困難と判断したことから、今年の3月いっぱいをもって廃止することになった・・・とのこと。泉都別府とはいえ、温泉施設を維持管理していくことはなかなか大変なのだなあ・・・と思いました。まことに残念なことであります。
屋内の大浴場でゆっくりと湯に浸かり、一度は上がろうと思ったものの、ここはやはり屋外の大浴場にも入っておかなければ、と思い、ロビーで水着を借り、それを着用して屋外の大浴場に入りました。ちょっとしたプールくらいはある広々とした浴槽には、先客の4人家族が楽しそうに入浴しておりました。目の前には、下の画像とほぼ同じような、風光明媚な別府湾と高崎山の景観が青空の下に広がっていて、思わず「ほぉ〜〜〜っ」と声が出ました。


ただ、目を左の方角に転じると、そこにはご当地にキャンパスのあるAPU=立命館アジア太平洋大学の関連施設らしき大きな建物がドーンと建てられていて、それがいささか、景観を損なっているようにも思われたのですが・・・。とはいえ、絶好の天気の中で入る開放感バツグンの大浴場は、やはり最高でありました。
大きな浴槽に張られていたお湯はけっこうぬるめで、アツアツの共同浴場のお湯に浸かった後では少々物足りなさを覚えましたが、しばらく浸かっていると気分が良くなってまいりました。ときどき別の浴槽に移っては少し熱めのお湯に浸かり、またぬるめの大浴槽へ・・・という具合で、気がつけばついつい長居してしまっておりました。もうこの大浴場でお湯に浸かることはできないんだなあ・・・という名残惜しさとともに、お湯から上がりました。
ロビーで水着を返却したあと、自販機で売られていたコーヒー牛乳をゴクリ。やっぱり湯上がりはコーヒー牛乳、それもビン入りに限りますなあ。


「北浜温泉テルマス」をあとにしたわたしは、海岸沿いの遊歩道をしばし散策いたしました。潮風はちょいと冷たかったものの、日差しがたっぷり降り注ぐ別府湾のパノラマは、大いに目を喜ばせてくれました。高崎山の方角には、白い帆のヨットが幾槽か浮かんでおりました。




日が少し傾きかけたころ、この日の宿泊先である「ホテルアーサー」さんにチェックイン。別府駅から歩いてすぐ、そして別府の呑み屋街が目と鼻の先にあるという好立地のホテルであります。チェックインして一息ついたあと、ホテルの大浴場でこの日4ヶ所目となる温泉に浸かったのでありました。

別府の街に灯がともる頃合いとなりました。さあ、お待ちかねの別府呑み歩きのときがやってまいりました。2年ぶりということもあり、気持ちもいっそう高ぶるのであります。
お目当てのお店へ向かいつつ、別府の繁華街を散策。アーケード街の中で、野菜や果物、お花などを並べて売っている露店があったりする、別府らしい生活感のある光景を久々に目にするのも嬉しいですねえ。


そしてたどり着いたのが「美乃里」さん。かつて別府にあった名大衆酒場にして食堂「うれしや」さんで働いておられたご主人が開業したお店で(「うれしや」さんで呑み食いしたときのことはこちらの拙ブログ記事に、2014年に惜しまれつつ閉店したときのことについてはこちらの記事に綴りました)、気取らない家庭料理や居酒屋料理を手頃なお値段で提供してくれる、別府でのお気に入りの一軒であります。


カウンターについてから、さっそく生ビールで別府さんぽの疲れを癒やします。カウンターの中におられたご主人が「ひさしぶり」と声をかけてくださいました。2年のブランクはありましたが、しっかりこちらを憶えていただいていて嬉しいのです。いやー、いろいろありましたけどようやく来れましたよー、と言いつつ、生ビールをグビリと飲みました。
カウンターに並んだ大皿料理から気になる品を選ぶのも、このお店でのお楽しみ。わたしはまず、鶏肉と里芋、大根の煮物とポテトサラダを注文。


しっかりと味の染みた、庶民的で懐かしい美味しさの煮物と、「うれしや」時代からのお気に入りである余計なモノのない正統派ポテサラでビールも進み、お次は大分の麦焼酎をお湯割りで。スッキリした飲み口の麦焼酎もまた、別府で呑むことのヨロコビを感じさせてくれるのであります。


このあたりまでくると、週末の「美乃里」の店内は地元の常連さんを中心にしたお客さんで満席状態になっていて大賑わいに・・・となるはずなのですが、店内はわたしのほかには先客の男性おひとりさまと、ご常連と思しきご夫婦のみ。それらの方々が帰ってからは、なんと店内の客はわたしひとりという状態になってしまったのです。なんだなんだ、いったいどうしたというのか・・・。
「いやこりゃいかんわ・・・。週末の、しかも3連休の初日というのにこれとは・・・。いままでコロナがひどかった時でも、こんなにヒマだったことはなかったわ・・・」ご主人が思わず、そう嘆き節を口にされました。ご主人によれば、街中にもほとんど人が歩いていないというのです。たしかにここにきて、大分県を含めた全国でコロナ陽性者が増加傾向に転じてはいたのですが、それがこうまでストレートに呑み屋さんや繁華街の人出に響くとは。
いやもうほんと、みんなあまりにもビビり過ぎだと思いますよ・・・とわたしは言いました。コロナ騒ぎは実際の感染状況の問題という以上に、人々の気分や空気の問題であるということを、あらためて実感させられ、なんだか情けなさとやるせなさが湧いてくるのを覚えました。
おりしも店内にあったテレビからは、地元テレビ局のローカルニュースが大分での「感染者」の増加を伝えておりました。こうやってマスコミがわーわー騒ぐのもいけないんですよホント!と思わずわたしがわめくと、ご主人とともにカウンターの中におられたお店の女性が苦笑いされました。
ええい、こうなったらせめてお店にいるあいだは美味しく呑み食いしなければ・・・そう思ったわたしは、「本日のおすすめ」が記されたホワイトボードから、あさりの酒蒸しを注文いたしました。あさりの旨味が詰まった出汁とともに美味しくいただいたあと、さらに大皿に乗っていたおでんを注文し、麦焼酎をおかわりいたしました。



わたしは呑み食いしながら、しばしご主人と会話を交わしました。宮崎にはだいぶ前にゴルフで来たことがある、とおっしゃるご主人に、わたしはかつてお気に入りだった「うれしや」さんの流れを汲むお店ということを知って、こちらにお邪魔するようになったんですよ・・・ということを申し上げると、ご主人は「おお、そうかあ」とおっしゃりつつ少々照れくさそうにお笑いになりました。このあと「オードビー」という老舗のバーに行くのが楽しみでして・・・とわたしが言うと、ご主人は「地元なのにその店は知らんかったな。こんど探してみようか」とおっしゃいました。
考えてみれば、こうやってご主人とゆっくりと会話を交わしたことはあまりなかったなあ・・・と思いました。これまで訪ねたときにはいつもお店は大賑わいで、ご主人らとゆっくりと話すことはなかなか難しいものがありましたから(それでもちょこちょこ、気さくに声をかけてはいただけましたけども)。こうやっていろいろと話せたことが嬉しかった反面、そうせざるを得なかった目下の状況には、やはり寂しさを覚えずにはいられませんでした。近くに住んでいたならば、コロナだろうがなんだろうがちょくちょく、このお店に通いたいところなのですが・・・。
また来年もぜひ来るつもりですので、それまでなんとか持ちこたえていただけたら・・・お勘定のとき、わたしはそう申し上げるのが精一杯でした。ご主人は「どうもありがとうございます」と言いつつ、元気に送り出してくださったのでありました・・・。

それからしばし、別府の呑み屋街をぶらついたのですが、たくさんの細い路地が入り組んでいる、実に魅力的な別府の呑み屋街を歩く人は、「美乃里」のご主人がおっしゃっていたようにたしかにまばらでありました。これほどまでに人がまばらな夜の別府の呑み屋街を目にするのはわたしにとっても初めてのことで、さらにやるせない気分が湧いてまいりました。





このやるせない気分を、次の「オードビー」で晴らさなければ・・・わたしはそう思いつつ、期待を込めて「オードビー」に向かいました。しかし、そこで目にしたのは思いもよらない、そして信じられない光景でありました。


2年前まで「オードビー」があったはずの雑居ビル一階の入り口横には、「入居者募集」のプレートがかかり、入り口は固く冷たいシャッターが下されていました。むろん、中に人がいる気配などありません。信じられない思いとともにGoogleで「別府 オードビー」と検索をかけると、そこには見たくもなかった「閉業」という2文字が・・・。
「オードビー」はすでにお店を畳んでいたのです。ウソやろウソやろ・・・と、わたしの頭の中は真っ白になりました。つい2年前には、普通に元気に営業していたはずだったのに・・・2年前の旅の記事【その2】を参照)。
70代ながらもバリバリの現役だったマスターさんと、明るくて気さくだったその娘さんとで切り盛りしていた、別府でも老舗の本格派バーであった「オードビー」。「美乃里」で呑み食いを楽しみ、夜の別府の呑み屋街をぶらついたあとは、このお店で別府八湯をイメージしたマスターさんオリジナルのカクテルを何杯か呑んでは別府情緒に浸り、それからウイスキーの水割りをじっくりと傾ける・・・というのが、夜の別府における大きな楽しみでありました。カウンターにおられた他のお客さんたちと、ふとしたことで意気投合して会話を楽しむことができるのも、また大きな楽しみでした。思い返すほどに、楽しい思い出ばかりが蘇ってきます。
コロナ騒ぎによるお客さんの減少や休業要請が閉店の原因なのか、あるいは何かほかの要因があったのか、それを知る由はありません。いずれにせよ、わたしにとって、そしておそらくは多くの方々にとってもかけがえのない場であった貴重なお店が、別府から失われてしまったのです。
いつしか、わたしの目には涙が浮かんでまいりました。1ヶ月半が経ったいまも、その時のことを思い返すと悲しく寂しい気持ちがして仕方ありません・・・。

でも、このままホテルに引き揚げるわけにはいきません。せっかく2年ぶりに訪れた別府での夜が、ただただ寂しく悲しい思い出になってしまうことは、なんとしてもイヤでした。わたしはもう一軒、心当たりのあるバーに向けて歩き出しました。
そのバーへ向かう途中、もう一度「美乃里」さんの前を通ってみました。店内を覗くと、カウンターには3人のお客さんが。少ないとはいえ、まったくお客さんがいないわけではなかったことを確認できて、ほんの少しだけホッといたしました。
そこからしばらく歩いた先に、そのバーが見えてきました。

昭和レトロな懐かしさのある遊園地「別府ラクテンチ」へと一直線に伸びる、流川通り沿いにある「MILK HALL」(ミルクホール)が、そのお店でした。呑み屋街のはずれに位置する、1階に家電量販店「エディオン」が入ったマンションの2階。一見、呑み屋さんなどなさそうなところにあるお店なのですが、ここも別府で長く営業しているバーであります。
古き良き酒場の雰囲気を感じさせつつも、けっこう広々とした店内。カウンターに腰をかけると、マスターさんは「前にも来られたことがあったのでは・・・たしか6〜7年ぶりですよね」とおっしゃいました。
そう、実は「オードビー」を知る前は、別府での2軒目にはもっぱらこのお店に寄っていたのです。あとで確認したら、前回お邪魔したのはまさしく6年前のこと。マスターさんの記憶力のスゴさに驚かされます。なにはともあれ、しばらく不義理だったわたしのことも憶えていてくださっていて、実に嬉しいことでありました。
最初の一杯にラムベースのカクテルをいただいたあと、数種類のウイスキーを選んでゆっくりと飲みました。あまり馴染みのない銘柄も含め、たくさんのウイスキーが揃っていて選ぶのに迷うくらいであります。
(飲んだ銘柄を覚えていればよかったのですが・・・酔いにまかせてすっかり忘れてしまいました・・・。嗚呼)



おつまみとして、このお店の自家製というレーズンバターを。レーズンの甘味に、バターのコクと塩気が相まって、洋酒のおともにうってつけなのであります。


ふと、「オードビー」の件について何かご存じかもしれない・・・と思い、マスターさんに訊ねてみようとも思いましたが、これ以上悲しく寂しい気分になりたくはなかったのでやめました。それに、この夜の「MILK HALL」はお客さん(そのほとんどが地元のご常連さんのようでした)がけっこう入っていて、マスターさんと久しぶりの会話をゆっくり楽しむというわけにもいきませんでした。
とはいえ、活気のあるざわめきに溢れた店内でゆっくりお酒を傾けているうちに、いつしか悲しく寂しい気分はだいぶ和らいでいきました。やっぱり、ここに来てよかったなあ・・・そう思いました。
楽しかったけど、ちょっと寂しくほろ苦い思いも味わった別府の夜は、こうして更けていったのでありました・・・。

翌朝。6時ごろには起床して身支度をしたあと、ホテルの最上階にある展望レストランで朝食をいただきました。朝食を美味しくいただきながら、日が昇っていく朝の別府の風景を窓から眺めるのは、まことに気分のいいものでした。




朝食のあと、すぐさまわたしはホテルをチェックアウトして、まだ8時にもならない早い時刻に別府をあとにいたしました。次なる目的地である日田へと向かうために。


遠ざかっていく朝の別府に別れを告げながら、来年別府に来るときには楽しい思い出ばかりになるといいなあ・・・という思いが募ってきたのでありました。

                              (第3回につづく)




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