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『描かれた病』 技巧を凝らした衝撃的な細密イラストの数々が物語る、病との格闘と知的探求の歴史

2017-08-14 22:22:41 | 本のお噂

『描かれた病 疾病および芸術としての医学挿画』
リチャード・バーネット著、中里京子訳、河出書房新社、2016年


まだ写真がなかった時代、さまざまな病の症状を記録し、伝達するための有力な手段だったのは、絵画でした。
現代に残る過去の時代の貴重な医学書から、それらの疾病を記録したイラストの数々を集め、医学と社会との関わりから解説していくのが、この『描かれた病』です。
疾病により生じた症状を、微に入り細に入り描いたイラストをこれでもかと集め、オールカラーで収録した本書は、見る人によってはかなり「悪趣味」なものに映ってしまうかもしれません。正直に白状すれば、わたしが本書をわざわざ取り寄せて購入した主な動機も、興味本位の「怖いもの見たさ」といったものでした。

表紙になっている、真っ青な顔色にどす黒い唇をした女性の肖像画は、1831年にヨーロッパで流行したコレラに罹患したヴェニスの23歳の女性を描いたもの。罹患する前の健康な姿と対比する形で描かれたこの絵からは、当時猛威を振るい多くの人々の命を奪ったコレラの恐ろしさが、端的に表れているように思えました。キャプションによれば、この絵は罹患1時間後の姿で、この4時間後に死亡したのだとか。
でも、これはまだほんの序の口程度。「皮膚病」の章では、全身が湿疹のようなものにビッシリと覆われている患者や、胴体から腕にかけて魚鱗癬(ぎょりんせん)による腫瘍が広がっている患者の姿を事細かに描いたイラストが出ていて、見ているだけで体がかゆくなりそうな気になってきました。
中には、皮膚をひっかくとその部位が腫れてかゆみをもたらすという「皮膚描記症」なる蕁麻疹の一種を記録したイラストもあり、体表には意図的につけられたとみられる模様や “UP” などの文字が浮き出ていたりしていて、そんな症状があったのかと驚くばかりでした。

「がん」の章では、中国の広東省で病院を開設したアメリカ人医師が中国人画家に描かせたという、体に腫瘍が生じた患者たちのイラストが出ています。首や胴体から巨大な腫瘍がぶら下がっていたりする、にわかには信じがたいような姿をした患者たちの姿にも、また驚かされました。また、乳がんにより乳房組織が壊死してしまい、中の胸筋や肋骨があらわになっている女性の姿も。
そして極めつけなのが「性感染症」の章。ここでは、梅毒によって生じる「牡蠣殻疹」により、文字通り体表が牡蠣の殻のような状態となっている患者の姿や、先天性の梅毒になってしまっている乳児の姿、さらには梅毒に罹患した男女の性器を描いたイラストまで収録されていて、さすがにこれには引いてしまいそうになりましたが・・・。
しかし、おぞましいだけではなく、奇妙に美しさを感じさせられるようなイラストも少なからずありました。結核やコレラ、がん、心臓病の章に収められた臓器の解剖図や組織の切片図は、いずれも精緻な色づかいがなされていたりしていて、なんだか妙に美しく思えるものがありました。

収録されている図版のほとんどが西欧の医学書からのものなのですが、その中で唯一東洋から選ばれているのが、17世紀から18世紀初頭にかけて日本で刊行された天然痘に関する書物『痘疹精要』の挿画です。ここでは体表に生じた天然痘を、紙の上に凹凸をつけるという独特な技法で表現していて、これまた驚かされました。
この図版のキャプションで著者は、「これらのすばらしい挿画(中略)は、視覚以外にも触覚を活用するという、非常に異なる疾病の記述方法を示している」と、その独自性を高く評価しています。うーむ、妙なところで発揮されるわが日本の独自性が、こういうところにも現れていたとは。

絵だけを取り出すとおぞましいだけにしか見えないような、細密に病態を記録した医学挿画の数々。それらの背景となった医学と芸術、そして社会との関わりを含蓄のある記述で解説していく著者は、これら医学挿画が「人体の形状と動作、そしてこれらを2次元の平面に、いかに説得力をもたせて表現できるかという点に共通の関心を抱いていた」解剖学者と芸術家とのコラボレーションの産物であることを語ります。

「身体構造の探求が簡単であったことは一度もない。人をモノ ーー解剖台に横たわる死体、瓶の中の標本、教科書の挿図ーー に変えるには労働を伴う。それも単に人体にメスを入れたり、標本を作成したり、保存処理を施したり、印刷用の版画を刻んだり、といった物理的な技術だけではない。それには、混乱と不完全さを理解可能な秩序のもとにまとめる知的労働、および生と死、人間性と物体、会話と沈黙、といった議論の多い領域を結びつける文化的労働も必要になる」

コラボレーションに加わるのは解剖学者や画家だけではありません。描かれた絵を正確に木版や銅板に起こす彫版工、文章と挿画のレイアウトを行う植字工、色鮮やかな印刷を手がける印刷工や、本の形を作り上げる製本工、そして完成した本を販売して世に広める出版社・・・。それぞれの段階において、一級の技巧や専門知識が凝らされた末に、これらの精緻な医学書の挿画が生まれたのです。
病の実態を正確に把握し、その知見を広く共有しようとした、近代における病との知的格闘。その歴史を語る一級の資料としてこれらの医学挿画を見直すと、また違った見え方がしてくるのを感じました。

とはいえ、病との格闘の歴史には「光」だけではなく「影」の部分もありました。本書はそんな「影」の部分もしっかりと掘り起こします。解剖図の「素材」(すなわち死んだ人間のなきがら)がどのようにして入手されていたのかについて述べたくだりでは、19世紀においては病院や救貧院で落命した引き取り手のない遺体の供与を受けたり、貧しい地区にあるアフリカ系アメリカ人の墓地から死体を入手したりもしていたということが語られます。
ハンセン病を取り上げた章では、道徳的堕落と身体の腐敗の双方を示すとされた患者たちに対する差別と偏見の歴史に触れます。中世の頃には、病院に入れなかった貧困患者は、自分が近づいていることを人々に知らせる鐘や鳴子と松葉づえ、それと物乞いに使う柄杓を持たされたといいます(本書にはそれらの実物および複製の写真も掲載されています)。19世紀に入っても偏見は根強く残り、「帝国の危機」を招く病というかたちで、植民地でのハンセン病の取り扱いに影響を与え続けたのだとか。
日本においても、ハンセン病の患者を強制的に隔離した悲しい歴史がありましたが、本書で初めて知ることになった、ヨーロッパにおけるハンセン病患者への偏見の歴史の一端も、実に衝撃的でした。

興味本位の「怖いもの見たさ」という動機で購入して読んだ本書でしたが、病をめぐる医学と芸術、そして社会のかかわりの歴史について、大いに有益な視点を与えてくれる一冊となりました。
本書の原書は、「ブリティッシュ・ブック・デザイン・アンド・プロダクション・アワード」なるブックデザイン関係の賞で最優秀作品賞を受賞したそうですが、日本語版のデザインやレイアウトもなかなかよくできていて、書物としても魅力的なつくりとなっていました。
今年の10月には、同じ著者が外科手術にまつわる医学挿画を集めて紹介した姉妹編『描かれた手術 19世紀外科学の原理と実際およびその挿画』が、これまた同じ訳者と版元により刊行予定とのこと。こちらの刊行も楽しみであります。

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