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『自省録』
マルクス・アウレーリウス著、神谷美恵子訳、岩波書店(岩波文庫)、1956年
(書影はわたくしの手元にある旧カバーのものです)
古代ローマ帝国の「五賢帝」のひとりで、今もなお「哲人皇帝」と称えられるマルクス・アウレーリウス(在位161年~180年)。不安定な内外の情勢と対峙しつつ、わずかに得られた独りの時間に自分を省み、思索を深めて記したのが、この『自省録』です。
静かな瞑想の中で、あくまでも自分自身に向けて綴られたという断章集です。記述はまとまっているというわけではなく、今のわれわれから見るとわかりにくい記述も散見されます。
だから、最初から最後まで通読しなくてもいいでしょう。心が屈したときや、腹に据えかねるころがあったときなどに、この本をとりとめもなく開いていけば、そのときの自分の気持ちにヒットする言葉が見つかり、励まされるに違いありません。少なくとも、わたくしの場合はそうでした。
ぶしつけで無神経な人間のふるまいに腹がたって(実際、近頃はこんなことが多くあるのです)しょうがないときには、この言葉になだめられ、怒りを鎮めることができました。
「他人の厚顔無恥に腹のたつとき、ただちに自ら問うて見よ、『世の中に恥知らずの人間が存在しないということがありうるだろうか』と。ありえない。それならばありえぬことを求めるな。」
あやしげな言説に惑わされることなく、物事の本質をつかもうとする上では、この言葉に示唆深いものを感じました。
「君に害を与える人間がいだいている意見や、その人間が君にいだかせたいと思っている意見をいだくな。あるがままの姿で物事を見よ。」
仕事などで行き詰まるようなことがあれば、きっとこの言葉に励まされることでしょう。
「或ることが君にとってやりにくいからといって、これが人間にとって不可能であると考えるな。しかしもし或ることが人間にとって可能であり、その性質にかなったことであるならば、それは君にも到達しうることだと考えるべし。」
生きる時代や場所が違っていても、人間が抱える怒り、苦しみ、そして悩みに本質的な違いはありません。だからこそ、1900年ほども昔のローマ皇帝が発した、等身大の言葉の数々は、今を生きるわれわれの心にもストレートに伝わり、響いてきます。そして、読む者に勇気と希望を与えてくれます。
そして、すべての人に「心の糧」としてとどめておいていただきたいと思う言葉は、この二つです。
「君の肉体がこの人生にへこたれないのに、魂のほうが先にへこたれるとは恥ずかしいことだ。」
「未来のことで心を悩ますな。必要ならば君は今現在のことに用いているのと同じ理性をたずさえて未来のことに立ち向かうであろう。」
混迷と閉塞感に取り囲まれた世の中にあって、われわれはともすれば、あまりにも「未来」に対して不安や怯えに囚われてしまい、結果として「今」をより良く生きることすら放棄してしまってはいないでしょうか。
もちろん、それは理解できることではあるのですが、そんな時こそ、もっともっと自分を信じて「今」をより良く生きていくことが、「未来」に立ち向かうための最良の方法なのではないかと、強く思います。
『自省録』は、より良い「今」と「未来」を生きたいと願う、すべての人たちの道しるべとして、これからもずっと読まれ続けていってほしい一冊です。
ドウサレテイルノカナト思っていましたが、お元気で良かったです。
スマホからの入力は、苦手なのでいつも寝ながら読むときはコメントスルーしているのですが(行儀悪くてすみません)、思わず起き上がって書き込みしてしまいました。
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