『關東大震大火實況』(1923年 日本)
モノクロ、63分
撮影監督:文部省社会教育課
撮影:東京シネマ商会
国立映画アーカイブの特設サイト「関東大震災映像デジタルアーカイブ」にて配信中
今年(2023年)は、関東大震災の発災からちょうど100年ということで、発災した日である9月1日の前後を中心に、テレビ・新聞・出版などの各メディアはこぞって、関東大震災を振り返る特集や企画に飛びついておりました。
(それらの動きも、時期が過ぎるやパタリと見られなくなってしまった・・・というのもまた、熱しやすくも冷めやすいメディアの常ではあるのですが)
それらの中で、個人的に一番注目したのが、9月2日と3日の2日にわたって放送されたNHKスペシャル『映像記録 関東大震災 帝都壊滅の三日間』(前編・後編)。関東大震災を記録したモノクロのフィルム映像を高精細・カラー化して、当時の状況を追体験してもらおう、という試みでありました。
過去のモノクロ映像のカラー化というのは、いまやそれほど珍しいことでもなくなりましたが、高精細化されて細部のディテールまで鮮明になった映像の数々には目を見開かされました。この高精細化により、不鮮明であった映像から多くの情報が引き出され、これまではっきりしていなかった映像の撮影場所や日時を、かなりのところまで特定することができたのは、大きな収穫といえるでしょう。埋もれていた古い記録映像の活かし方を見せつけた企画でありました。
そのNスペ『映像記録 関東大震災』で高精細・カラー化された素材となった記録映像の多くは、現在国立映画アーカイブの特設サイト「関東大震災映像デジタルアーカイブ」にて公開・配信されております。
ここでは、国立映画アーカイブが保存している震災関連の記録映画20本を全篇観ることができるのですが、今回取り上げる『關東大震大火實況』も、その中の一本であります。文部省(当時)社会教育課の指揮のもとに撮影・製作された全五巻、1時間ほどのこの映画は、関東大震災の映像記録としては最も知られている作品でしょう。
わたしがこの映画の存在を知ったのは14年前のこと。岩波書店から刊行された『シリーズ 日本のドキュメンタリー』(佐藤忠男編著、全5巻)の第1巻に添付されていたDVDに、古いドキュメンタリー映画のダイジェスト映像が収録されていて、その中に『關東大震大火實況』の映像の一部があったのです。このたび、「関東大震災映像デジタルアーカイブ」のおかげで、その全篇を観る機会に恵まれたというわけであります。
全五巻からなる『關東大震大火實況』。まず第一巻では、東京都内の被災状況がつぶさに記録されます。
地を走る地割れや崩壊した建物、燃え盛る街の様子、消防士らによる懸命の消火活動、そして空しく一面の焼け野原と化した街の光景・・・。中でも、土蔵と思われる建物が燃え盛り、崩れ落ちていくまでを、ほぼ固定したアングルで捉え続けた映像が印象に残りました。「皇道少年団」なる名称のボーイスカウトの少年たちによる、負傷者の救護や飲料水の提供といった活動の様子も紹介されています。
第二巻では、傷つき多くのものを失った中で、必死に生き抜こうとする被災者たちの姿を映し出します。尋ね人の張り紙で埋め尽くされた、上野公園の西郷隆盛の銅像。倒れてしまった石灯籠をかまど代わりにして飯を炊く男。故郷に帰ろうと列車や船に鈴なりになって乗りこむ人びと・・・。
この中には、焼け残った列車を借りの宿にしている家族の姿を捉えた映像が含まれているのですが、この家族こそ、のちに作詞作曲家、放送作家などとしてマルチに活躍することになる、子ども時代の三木鶏郎とその一家。この映像も、先のNスペ『映像記録 関東大震災』の中で取り上げられておりました。
第三巻では、被災した人たちに対する、さまざまな形での救護や支援活動の様子が綴られます。善後策を立てるべく閣議に集まる、時の内閣の大臣たち。全国各地はもちろん、海外からも集まる義援物資。病院で治療を受ける負傷者や、保護されている震災孤児たちの姿・・・道路を封鎖して、道ゆく人の検問にあたる自警団の姿も捉えられています。
文部省の指揮によって製作された映画ということで、悲惨な状況を映した映像はほとんど使われていない本作ですが、ここでは脚に重い火傷を負った負傷者の姿や、最大の死者が出た本所被服廠跡に山となった白骨を捉えた映像が含まれていて、震災の悲惨さを垣間見ることができます。
そして第四巻では、被害を受けた建物の取り壊し、仮設住宅の組み立てやインフラの復旧、生活の再建、子どもたちへの教育の再開といった、復興へ向けての動きがまとめられているほか、横浜における被害の状況も紹介されています。
ここでは、震災により途中から折れてしまっていた浅草十二階が、爆破により取り壊される過程の記録が含まれています。根元に爆薬が仕掛けられ、建物の残骸は濛々たる土煙とともに崩壊するのですが、壁の一部分は崩れることなく残ります。それがあたかも墓標のように見えて、強く印象に残ります。
第四巻の最後は、発災時刻の午前11時58分を指したまま止まってしまった、中央気象台の時計を映し出します。ここで映画としては終わってもおかしくはないところですが、このあとさらに第五巻となり、当時の皇族方による支援の動きが綴られていくのには、いささか唐突な感じを受けます。このあたり、文部省としては国民に向けて皇族の「聖恩」を強調しておきたかったのかなあ・・・という気がいたします。
文部省=国家による、いわば「公式記録映画」としての性格が色濃いこともあってか、いささか「きれいごと」を強調しているきらいのある『關東大震大火實況』。ですが、関東大震災の被災状況から復旧、復興への動きまでを網羅的に記録した、貴重な映像記録であることに変わりはないでしょう。
なお、国立映画アーカイブの「関東大震災映像デジタルアーカイブ」内では、本作の上映当時に使われた説明台本をもとに、活動弁士による説明と音楽を付した【弁士説明版】も公開されております。サイレントの映像だけではわかりにくい映像の中身が、活弁によって生き生きと観るものに伝わってきますので、観比べてみるのも一興ではないでしょうか。
動画『關東大震大火實況』【弁士説明版】→ https://kantodaishinsai.filmarchives.jp/special/m01_benshi.html
これからしばらくは、同アーカイブにて公開されている関東大震災関連の記録映画を(別の映画紹介を挟みつつ)何作か取り上げてみたいと考えております。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます