『仕事に効く教養としての「世界史」』
出口治明著、祥伝社、2014年
ライフネット生命保険の会長兼CEOとして、ビジネスの第一線で活躍しておられる出口治明さんは、無類の読書家としてもつとに知られております。また、読書欲をそそるような卓抜なブックレビューを、ビジネス誌などに発表しているレビュアーでもあります。
とりわけ得意としておられるジャンルが歴史書。簡潔な文章の中に、歴史についての深い教養と識見がギュッと詰まった出口さんの歴史書レビューは、それ自体教えられるところが多くあります。•••もっとも、紹介された本がついつい欲しくなって思わぬ散財をしてしまう、という副作用もあるのですが(笑)。
その出口さんが初めて、歴史をテーマにして出版された本が、この『仕事に効く教養としての「世界史」』であります。
その書名から、ビジネスパーソンに向けたありがちなノウハウ本的内容を想像される向きもあることでしょう。確かに冒頭では、グローバルになったビジネスの世界で、日本の文化や歴史についても問われる機会が増えてきているであろう、ビジネスパーソンたちを意識した言葉が並んでおります。ですが、本書は親しみやすい語り口と、歴史の見方が変わるような新鮮な切り口により、ビジネスパーソン以外の方々にも面白く読めるものとなっています。
本書の基本的なコンセプトは、「日本が歩いてきた道や今日の日本について骨太に把握する鍵」を、世界史の中に見出していく、というもの。総論的な第1章において、出口さんはこう言います。
「世界史の中で日本を見る、そのことは関係する他国のことも同時に見ることになります。国と国との関係から生じてくるダイナミズムを通して、日本を見ることになるので、歴史がより具体的にわかってくるし、相手の国の事情もわかってくると思うのです。すなわち、極論すれば、世界史から独立した日本史はあるのかとも思うのです。」
そのことを示す例の一つとして、出口さんは幕末におけるペリーによる日本への開国要求を挙げます。
学校の歴史の授業では、捕鯨船に使う石炭や水の補給基地として開国を求めた、と教えられたりしていたわけですが、アメリカに残る文書によれば、クジラがどうのこうのというのは「どうでもいい」んだとか。
当時のアメリカのライバルだったのが、対中国貿易をめぐって争っていた大英帝国。新たなルートを開拓して中国と直接交易しない限り、大英帝国には勝てない、ということで、これまでの大西洋航路に替わる太平洋航路の有力な中継地点として、ペリーは日本に開国を迫った、というのです。なるほど、そういうことだったのか!
一国の史実を見ているだけではわからなかった、歴史の持つ大きなうねりやダイナミズムというものが、はっきりと見えてきたように思いました。
以後の章では、「神はなぜ生まれたのか。なぜ宗教はできたのか」や「中国を理解する四つの鍵」「交易の重要性」などのテーマから、過去と現代を見通すための視点が提示されていきます。
「中国を理解する四つの鍵」の章では、四つの鍵の一つである「諸子百家」をめぐる記述に興味深いものがありました。
国を治めるための文書行政に役立ち、中国を動かしていた法家。BC500年代、中国の高度成長の追い風を受けて広まっていった、孔子の教えをもとにした儒家。それに対抗するように、自然との共存と脱成長を指向して「秘密教団的」に支持された墨家。そして、そういった光景を「どっちもどっち」とクールに見つめていた知識人たち。
出口さんは、それらの諸子百家は必ずしも対立していたのではなく、棲み分けていたのではないか、と見ます。
「老子と孔子が対立していたのではなく、それぞれのポジションをきちんと取っていた。法家は霞ヶ関、儒家はアジテーション、墨家は平和デモ、それを冷ややかに見ている知識人は道家というように、棲み分けていたのではないか。」
そして、古代の始皇帝から同じシステムでずっと国が続いているという、世界でも冠たる長さを誇る中国の安定性の秘密は、こういった各種思想のいろいろな棲み分けの賢さにあるのではないか、とします。この見方には目からウロコでしたし、これまであまりよくわかっていなかった、諸子百家を代表する思想のポジションというものも、いくらかはわかったように思いました。
「アメリカとフランスの特異性」という章では、過去からの伝統を断ち切って、理念先行により生み出された「人口国家」としてのアメリカと、フランス革命後のフランスの歴史の流れを追っていきます。そして、アメリカが「グローバルスタンダード的」な「普通の国」ではなく、「とても変わっていて特異かつ例外的」であることを論証していきます。この章も、アメリカという国を理解し、付き合っていく上で、とても重要な視座を提供してくれているように思えました。
この章では、人間の理性を信じたイデオロギー優先のフランス革命やアメリカ建国の精神に対して、
「人間は賢くない。頭で考えることはそれほど役に立たない。何を信じるかといえば、トライ・アンド・エラーでやってきた経験しかない」
との懐疑主義のもと、近代的保守主義が生まれた、との話も面白かったですね。ここでは、理念先行型の国づくりの限界とともに、日本における「保守主義」のあり方についても、考えさせられるものがありました。
膨大な読書量と、豊富な海外経験に裏打ちされた出口さんの歴史に対する見方は、自国中心主義に凝り固まることもなければ、西洋史観におもねることもなく、とてもバランスが取れています。なので、本書からは歴史と人間を知り、現代を見通すための幅広い視座、そしてお飾りではない活きた教養への手がかりを得ることができました。
欧米の方ばかりを向いているような「グローバル」が幅を利かせる中、本当の意味でグローバルなものの見方が、本書にはあるのではないでしょうか。
本書を起点にしながら、さまざまな歴史書に進んでいけば、さらに深みのある歴史の見方ができそうですね。
「歴史を勉強するうえでは、1192(イイクニ)年に鎌倉幕府が成立したのか、いやもっと早かったのか、などという年号のことは、じつはどうでもいい。人間のやってきたことを大きな目で眺めて、将来を考えるよすがや、その視点を得ることが歴史を学ぶ意義であると思います。」
このような出口さんの考え方は、いまやビジネスパーソンのみならず、幅広い立場の人たちにも必要とされているように思います。それだけに、多くの人たちに幅広く読まれて欲しい一冊であります。
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