読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

倉敷・2年半ぶりの浪漫紀行(その2) 味わい深い古本屋と銭湯、そして倉敷呑み歩き第1ラウンド

2022-05-15 23:08:00 | 旅のお噂
(倉敷への旅のお噂、「その1」はこちらであります↓)

2年ぶりとなる倉敷の旅。かつての街道らしさを残す、本町通りの散策が続いております。
この本町通りに来たらぜひ寄ってみたいのが、「蟲(むし)文庫」という古本屋さんであります。今回も人の波をかき分けつつ、2年半ぶりに立ち寄ってみました。


全国の本好きにもその存在が知られている、明治中期に建てられたという町屋建築も味わい深いお店です。店主である田中美穂さんは、コケ(苔)についての研究家でもあり、その方面の著作もいろいろとお出しになっておられます。
店内に入れば、さほど広いともいえないスペースに文学・芸術・思想・哲学・自然科学を中心とした古本に加え、田中さんがセレクトした通好みの新刊書や同人誌、CD、グッズなどがぎっしり。端から見ていくと、欲しいもの気になるものがいろいろと目に入ってきます。
映画に関する本が並んでいる棚に、かつて勁文社から出されていた『全怪獣怪人』上・下セットを見つけたときには、買って帰ろうかどうかちょいと悩みました。とはいえ、手持ちの予算と帰りの荷物との兼ね合いもありましたので、購入するものを絞らなければなりませんでした。
あれこれ考えた末に、以下の3冊を購入いたしました。愛読している寺田寅彦と中谷宇吉郎の随筆3篇を、京都の古書店主でエッセイストでもある山本善行さんが選んでまとめた『どんぐり』(灯光舎)と、田中さんご自身の著書である『ときめくコケ図鑑』(山と溪谷社)、そしてオーライタローさんやミロコマチコさん、加藤休ミさんなどの画家の皆さんの同人誌である『画家のノート 四月と十月』の第45号。・・・って、いずれも古本ではないのですが(笑)。でもいずれも、この「蟲文庫」で買うことに意味がある、と考えて購入いたしました。

帳場でお会計をしているとき、いやあ2年半ぶりにようやく来られましたよ〜、などとわたしが言うと、田中さんは「いろいろありましたからねえ・・・」とおっしゃいました。そして、「骨折したのでいろいろとままならないところがありまして・・・」とお続けになりました。しばらく前に骨折なさっていたことは、田中さんご自身のTwitterで存じておりました。気がかりではあったのですが、まだ松葉杖は離せないもののだいぶ良くはなってきているとのことで、ちょっと安心しつつ「ぜひまた来ます」と申し上げてお店を後にいたしました。
店内を見て回っているとき、ほかのお客さんが「ここにいると本が読みたくなってくるね〜」とおっしゃっているのが耳に入りました。「蟲文庫」というお店が持つ魅力を、実に的確に言い表している言葉だなあ・・・と思ったのでありました。

初日の倉敷散策も一区切りつき、宿泊の予約を入れているホテルにチェックインする前にもう1ヶ所、ぜひとも寄っておきたいところがありました。倉敷駅からほど近いところにある銭湯「えびす湯」です。
外見からして、古き良き銭湯の雰囲気を色濃く残している「えびす湯」。2年半前の倉敷旅のときにその存在を知り、倉敷にはこういう味わい深い銭湯まであるとは!と大感激した場所なのであります。
中に入ると、番台には2年半前にも見かけた記憶がある女性の方が座っておられました。どうやらこちらのことはご記憶にはなかったようでしたが、ヨソからノコノコとやってきたわたしを愛想よく迎えて下さりながら、「きょうは普段とは違うお湯にしてますから、どうぞゆっくりなさってくださいね〜」とおっしゃってくださいました。
「えびす湯」は外見もさることながら、脱衣場もまた昔のままの雰囲気。木製の脱衣箱には、黒々とした筆文字で書かれた漢数字。なかでも「一」は、難しいほうの「壹」が書かれているのが感激であります。

脱衣場で着ているモノを脱いでいると、入浴室の入り口のところに入浴客に向けての「お願い」が貼り出されているのに気づきました。
そこには、コロナ騒ぎによって入浴客が減少していることに加え、老朽化した浴槽などの修繕のためにお金がかかることもあって、一時は閉鎖することも考えたものの、やはりなんとかして続けていきたいので、よろしければご寄付などでご協力いただけたら・・・という趣旨のことが記されていました。そのことを報じた地元紙の記事の切り抜きも、貼り紙の横に添えられておりました。
ああ、ここもいろいろと苦労なさってるんだなあ・・・複雑な思いとともに浴室に入ると、地元の方と思しき先客がお一人。カラダを洗ってお湯に浸かると、かすかに薬草っぽい香りがしてきました。広々とした浴槽で手足を伸ばしながらお湯に浸かるのは、まことに気分のいいものでありました。トイレと一緒になったホテルのユニットバスでは、こういう気分は味わえませんよ。
お湯から上がったあと、番台の女性に礼を申し上げつつ、いろいろと大変なんですねえ・・・ほんの気持ち程度で恐縮なのですが・・・と、ささやかながら募金をさせていただきました。番台の女性はお礼とともにそれをお受け取りになりながら、「近々クラウドファンディングを始めようと思ってますので、よろしければそちらも・・・」とおっしゃいました。昔ながらの銭湯を、今ならではのクラウドファンディングで残そうという挑戦、いいですねえ。ぜひ協力させていただきたいですよ。
「募金してくださった方には、お名前と将来の夢を書いていただいてるんですよ。よろしければどうぞ」と、番台の女性はペンと紙をお渡しになりました。わたしはそれにこう記しました。
「いつの日か倉敷に住みたい!」
いや、これはお世辞でもお愛想でもございません。半ば本気で、こう考えているのでありますよ。
書いた紙を壁に貼ろうとすると、そこにはすでにたくさんの紙片で埋まっておりました。この「えびす湯」がいかに多くの人たちから愛されているかを、雄弁に物語っているように思えたのでありました。

ひとっ風呂浴びたあと、予約していたホテルにチェックインいたしました。倉敷駅からも至近距離にある「倉敷ステーションホテル」。今回はここに連泊いたします。
チェックインを済ませ、割り当てられた部屋でひと息つくと、もう夕方となる頃合い。さあさあ、倉敷呑み歩きの第1ラウンドの開始であります!
ホテルを出ると、まずは近くにある「えびす通商店街」へ。どこか懐かしい雰囲気で、きっと倉敷の皆さんの生活に密着した存在なのであろう、と思わせるアーケード街であります。

まずは、この商店街の中にある薬屋さん「みどり薬局」で、呑む前と呑んだ後に服用するためのドリンク剤を2本買いました。このお店の方も気さくで親切な方で、「呑む前と後にこういうのを飲むのは良いということは、ちゃーんと証明されてますからねえ」などと、心強くなるようなことをおっしゃいました。
買ったドリンク剤のうちの1本を飲んで、再び美観地区の方へ。そろそろ夕方の5時になろうという時間帯にもかかわらず、まだまだ数多くの観光客が散歩を楽しんでいて驚きました。いやはやすごいもんだねえ。


このぶんだと、お目当ての居酒屋も人でいっぱいかもしれんなあ・・・と思いつつ、最初のお目当てであったお店に入ってみると・・・果たせるかな、そのお店はすでに予約でいっぱいとのことで入れませんでした。ああ・・・やっぱり。
それなら仕方がないなということで、もう一軒お目当てだった居酒屋を目指しました。本町通りにある「民芸茶屋 新粋」で、大正6年に料理旅館として創業し、その後居酒屋になったというお店です。外観からも、その当時の風情が伝わってまいります。過去2回の倉敷訪問でも立ち寄った、わたしのお気に入りの酒場のひとつであります。

とはいえ、こちらも倉敷内外の人たちから高い人気を得ているお店です。もしかしたらここも入れないかもなあ・・・と、なかばダメもとで入ってみると、ラッキーなことにカウンターに入れていただくことができました。よかったよかった。
こみ上げてくる嬉しさとヨロコビに包まれながら、まずは生ビールをぐびり。冷たさとともにカラダに沁み渡る苦味と旨味が、倉敷散歩の疲れをほぐし、癒してくれました。

さて何を食べようかなあ・・・とあれこれ迷った末、季節の刺身盛り合わせと、このお店の看板メニューでもある、しょうゆを使わない「倉敷風おでん」を3品注文いたしました。


いずれも美味しいだけではなく、盛り付けが実におしゃれな感じで目も楽しませてくれます。純日本風の外観としつらえでありながら、店内に流れるBGMはクラシックのピアノ曲という、このお店が持つハイカラな感覚が、料理の盛り付けにも活きているように思われました。
わたしが入ったときにはまだ空席があったものの、いつしか店内はお客さんでいっぱいになり、入ろうとしても入れない人たちも。ああなんだか申し訳ないなあ・・・申し訳ないけどありがたいなあ・・・ここはひとつ、奮発していいものを注文しないとなあ・・・。そう思いつつ、このお店のオリジナルラベルである純米大吟醸「吟粋」を注文いたしました。

鼻をくすぐるいい香りとキリッとした呑み口の中から、米の旨味がじわじわと立ち上がってくる「吟粋」。その美味しさは、倉敷の地で吞めることの喜びを最大限に高めてくれました。
最高にいい気分となったわたしはもう一品、穴子の白焼きを注文いたしました。淡白ながらも旨味を感じるこちらもまた、「吟粋」の良き引き立て役となってくれました。

至福のひとときを堪能させていただき、お勘定を済ませて出ようとすると、それまで黙々と調理に打ち込んでおられたご主人と思しき方が、「どうも、ずーっとバタバタしてましてすみません・・・」とおっしゃってくださいました。いえいえ、こちらこそ気ままな一人客だったにもかかわらず、美味しいお酒と料理でいい時間を過ごさせていただき、ありがとうございました。
お店を出ると、薄暗くなりかけた中で店先に灯った提灯が、またいい雰囲気だったのでありました。


「新粋」をあとにしたわたしはしばし、日が沈んで夜へと移っていく本町通り、そして美観地区を散策いたしました。多くの観光客が行き交う昼間の喧騒から一転、ライトアップされた風景や町屋から漏れる灯りが、倉敷旅情を掻き立ててやみません。
(実のところ、これらの画像よりも実際に目で見る光景の方が何十倍、いや何百倍も風情があって美しいのです)




しばし夜歩きを楽しんだあと、美観地区の一角にある「Salon de Ric’s(サロン・ド・リックス)」というバーに寄りました。

倉敷川沿いの通りから、ちょっと奥まったところにある隠れ家的雰囲気のバー。築100年という古民家の蔵を改装して、2014年にオープンしたわりと新しいお店です。実はここも2年半前にはじめて立ち寄り、たちまちお気に入りとなった一軒なのであります。
とはいえ、久しぶりの訪問ということもあって、少々緊張気味に扉を開けて中に入ると、2年半前にもいらっしゃったマスター氏と、この日が初めての出勤だというヘルプの若い女性スタッフさんが、愛想よく出迎えてくださいました。マスター氏はどうやら、わたしのことを憶えていてくださっていたようでした。
このお店の一番の売りとなっているのが、季節のフルーツを使ったオリジナルのカクテル。ということでまずは、「5月のおすすめカクテル」の中にあった「びわとオレンジのフローズン・ダイキリ」を注文いたしました。フルーティな甘さとしゃりしゃりしたシャーベット感が心地よく、お口直しにはうってつけの一杯でした。

2杯目に注文したのはモヒート。ミントの爽快さが、新緑の時期である5月はじめの気分を盛り上げてくれます。

店内を見回すと、カウンターには地元のご常連と思しき方が数人。奥のテーブル席には、おそらく観光で来られたと思われるグループの皆さんが、楽しそうに飲みながら歓談に興じておられました。
カウンターでグラスを傾けているうち、お隣で飲んでおられた地元のご常連さんが話しかけてこられて、そのまま親しくお話することができました。近くでインテリアのお仕事をなさっておられる男性の方で、倉敷駅の近くにあったこのお店の本店(残念ながら、その後閉店してしまったとのこと)の内装を手がけたことが機縁となり、このお店の元となった蔵をバーとして活かすよう勧めた上で、その内装も手がけたんですよ・・・という趣旨の話をなさいました。なんと、このお店のいわば「生みの親」ともいえる方と巡り会えるとは!
ひとしきりお話したあと、その方は一足先にお店を出られたのですが、去り際にご自身がキープしておられるウイスキーを一杯、わたしに進呈してくださいました。ありがたかったですねえ。
そう、このお店がいいなあと思えるのは、こうやって地元のご常連の方々と、お酒を介して交流できるところなのです。地元にお住まいの方々とのお話は、ガイドブックなどでは知ることができない、倉敷の素顔を垣間見ることができる貴重な機会となるのですから。そもそも、地元の皆さんから愛されているお店ということ自体、立ち寄るだけの価値があると思うのです。

気がつけば、すでに3時間近くが経っておりました。居心地が良かったのをいいことに、ずいぶん長っ尻をいたしました。
お勘定を払って外に出ると、夜もすっかり更け、人影もまばらとなった美観地区の一日が、静かに終わろうとしていたのでありました・・・。


                             (「その3」へ続く)


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