読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【閑古堂アーカイブス】永六輔さん追悼・著書で振り返る永さんの世界 その1「旅」

2016-07-12 23:36:39 | 本のお噂
放送作家、タレント、作詞家、エッセイストなど、多方面で才能を発揮しておられた永六輔さんが、今月(7月)の7日に逝去されていたことが、昨日(11日)に伝えられました。享年83歳。
テレビとラジオの礎を築いた偉大なる放送人であり、「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」などの名曲を生み出したヒットメーカーであり、200万部を越す大ベストセラーとなった『大往生』をはじめとする、数多くの著書を上梓し続けた卓抜なエッセイスト・・・。各方面に残した業績の大きさに、あらためて畏敬の念が湧いてまいります。
長年続けてこられたラジオ番組『誰かとどこかで』などで耳にした、軽妙な話術と全国各地での見聞に基づいた博識ぶりが織りなす「六輔節」に、わたしも大いに魅了されてきました。また、デュークエイセスが歌った「フェニックス・ハネムーン」を作詞されたり、宮崎交通創業者の岩切章太郎氏の功績を称え、観光振興に尽力した個人や団体を顕彰した、宮崎市主催の「岩切章太郎賞」(2008年に終了)の選考をお務めになるなど、わが宮崎にも大変縁の深いお方でありました。
数年前に亡くなった永さんの親友、小沢昭一さんともども尊敬していた存在だっただけに、訃報を知ったときにはショックでしたし、喪失感も大きいものがあります。

エッセイストとしての永さんも大好きで、一時期はけっこう、永さんのご著書を読み漁っておりました。
そこで拙ブログではこれから3回にわけて、現在わたしの手元に残るご著書から印象に残っていることばを拾いつつ、永さんの遺徳を偲ぶ記事を綴っていきたいと思います。
永さんを語る上で重要なテーマはたくさんあるのですが、その中からわたしにとって関心の深い事柄を3つに絞り込むことにいたします。今回のキーワードは「旅」であります。
生涯を旅とともに生きてこられた旅の達人、永さん。旅をテーマにした著書も数多くありましたが、残念ながら現在わたしの手元にあるのは『一泊二食三千円』(中公文庫、1977年)と『六輔流旅人生』(講談社+α文庫、1996年)の2冊のみです。

はなはだ不充分な中からではございますが、上の2冊を中心にしつつ、永さんの旅人生から紡ぎ出されたお言葉を、いくつか選んでいくことにいたします。

東京にはいろいろな博物館があって、目黒には寄生虫博物館があります、という紹介と、その寄生虫博物館には、マスコミの寄生虫・永六輔の写真も飾ってありますという情報があるとする。
僕の写真をみに博物館に行くことも無駄ではないだろうが、そんな時に、その博物館は目黒のどこにあるんでしょう、などときかれるとガッカリしてしまう。
まず、目黒に行くべきなのだ。
目黒で聞くべきなのだ。
(中略)
何から何まで聞こうとする。
何から何まで知らせようとする。
そこにはつながりがあるようで、実はなんにもない。
まず、出かけるという行為があって、出かけた先の街角で道を訪ねる。そこで、人に触れあう。やっと街の暮しとつながるのだ。

(『一泊二食三千円』所収「ぼくの東京見物」より)

ホテルにしても船にしてもルールがあるわけで、そのルールを不自由に感じるようだったら、旅をすること、泊まることは諦めるべきなのである。
不自由さを楽しめない人は、旅を楽しむ資格がない。

(『六輔流旅人生』所収「ホテルの『試泊』」より)

このごろは、休みなんかに家族そろって旅に行きますね。あれはあれで意味があるかもしれないけど、家族はやっぱりばらばらに旅をすべきだと思うんです。子どもは子どもなりの冒険をしてほしいし、奥さんは奥さんなりの旅をしてほしい。その旅をまとめるところが家なんで、一家そろって旅というものの中には、ぼくは何かいんちきがあるような気がしてならないんです。
(『一泊二食三千円』所収「信越放送で」より)

日本人は仕事ばかりして遊びを知らないのではなく、仕事と遊びを両立させているのである。
だから遊びだけを切り離して、リゾート法に熱中するのは無駄だと思う。
仕事を休んで遊ぼうというより、仕事の中に遊びを持ちこむ特技のほうを世界に広めるべきだ。
なにも働きすぎだと批判されることはない。
ちゃんと遊んでもいるということを知らせればいい。
事実、日本人ほど遊んでいる民族はいないと思う。
これ以上、遊ばせたって意味がない。

(『六輔流旅人生』所収「移動型旅志向」より)

私は、外国に十人に一人が行っているということであらためてびっくりしているわけですが、日本国内でも皆さんが住んでいる町、皆さんが歩いている町で、「あっ、ここ!この横丁は曲がったことがないなぁ。よし!今日は曲がってみよう」ということを、ぜひやってみてください。
何回も何回も海外に行っているのに一人旅ができないという、みっともない現実を何とか打破していくために、「海外に行く前に、皆さんのご近所の曲がったことのない横丁を曲がる時に胸がドキドキする」ーーそういう人であってほしいと思うんです。
そういう方だったらば、団体で出かけても行った国の文化・伝統、あるいは暮らしに触れる努力、あるいは感動する気持ちを何とか持って、旅ができると思うんですね。

(『もっとしっかり、日本人』所収「別冊・観光白書」より。NHKライブラリー、1997年)

いつだってぼくらの目というのは、一部分しか見られない。それをそこへ行ってきたことで全部を見たつもりになり、あそこはよかったというような言い方をするんではなくて、一部分しか見てこなかったということを確認する。
全部じゃない。ほかにももっともっといろいろなことがあるのに、ぼくはそこのちょっとした部分しか見てこられなかったんだということを確認することが、全体を理解する第一歩だと思うんです。

(『一泊二食三千円』所収「信越放送で」より)

テレビに紹介された店や宿が、押し寄せる客と対応しながら、質を落とさないというのは奇蹟なのである。
客の数が増えれば、客の質は必ず落ちてくる。
客の質が落ちれば、店の質は必ず落ちるのである。
客に育てられる宿があり、宿に育てられる客があるように、佳い旅は両者がつくりだすものなのだ。

(『六輔流旅人生』所収「お土産ランド」より)

旅はする人と迎える人、どちらにとっても心地よい風のようでありたい。
その風が通りすぎると、ホッとするような旅でありたい。それは無名人の旅でなければならない。護衛がつくような旅では、その土地の風土や歴史に触れることはできないが、無名人なら「ふるさと」は「創生」しなくても健在していることがわかるのだ。

(『六輔流旅人生』所収「投げ銭の会」より)

ちょっぴり厳しいながらも、人間とその営みに対する温かみのある視点が根底にある、永さんのお言葉の数々。こうして読み直してみると、旅好きの端くれ(といっても、しょっちゅう出かけられるというわけではないのですが・・・)であるわたしにとっても、ところどころで耳の痛い指摘があったりもいたしました。これから旅する機会があれば、心地よいホッとするような「佳い旅」をしていきたいなあ。

『六輔流旅人生』には、わが宮崎について語っておられるエッセイも収められています。題して「観光のメッカ」。
「昔、といってはいけないのだろうけれど、宮崎は観光のメッカだった」
という書き出しで始まるこのエッセイで永さんはまず、日本中からの新婚旅行客で賑わっていた頃の宮崎のことを「すべて過去形」で振り返ります。
その後、海外旅行にお株を奪われ、すっかり色あせてしまった宮崎の観光のあり方を見直そうと創設された、前述の「岩切章太郎賞」の選考に関わることになった永さんは、「大地はキャンバス、そこに美しい絵を描くのだという岩切精神」を生かしたユニークな賞になれば、と「岩切賞」への意気込みを語っています。
永さんは、以下のような文章でこのエッセイを締めくくっています。

どうしても観光行政の貧しさが目につくが、最近、やっぱり違うなと思ったところに大分県の由布院がある。
観光、活性化、すべての点で評価の高い由布院の旅館で、有名になりすぎたことを反省し、初めからやり直そうという運動である。
芸人の言葉だが「人気スターになるための努力なんて、その人気を保つための努力に比べたら、ものの数じゃない」というのがある。
観光地がやっていることは人気スターになるための努力ばかりである。
由布院のやっていることを宮崎はやらなかったのだ。
その反省の中から出てきた岩切賞なのである。


わが宮崎に対しても、厳しくも温かみのあるまなざしを向け続けてくださった永さん。宮崎人の端くれとして、そのことをとても嬉しく思います。
あらためて永さんに感謝するとともに、そのお志を忘れないようにしなければ。

『辞書には載らなかった 不採用語辞典』 「不採用語」から見えてくる時代と人びとの営み、そして辞書編纂の舞台裏

2016-07-10 20:33:45 | 本のお噂

『辞書には載らなかった 不採用語辞典』
飯間浩明著、発行=PHPエディターズ・グループ、発売=PHP研究所、2014年


ちょっと込み入った内容の本を読むときなどに「ウォーミングアップ」として読む本があります。どこからでも読み始めることができ、適当なところで中断もできて、読むとちょっと得するような知識や情報が得られるような書物です。
そんな「ウォーミングアップ」のつもりで読み始めてみたら、あまりの面白さにそのまま一気に読み切ってしまったのが、この『辞書には載らなかった不採用語辞典』であります。
著者の飯間浩明さんは、『三省堂国語辞典』(以下『三国』)の編纂者の一人。本書は辞書への収録を前提として採集されながらも、最終的には収録が見送られたことば151語を、その用例と意味、背景、そして不採用の理由をユーモア溢れる語り口で解説した辞典風の読みものです。

「はじめに」によれば、2014年に『三国』の第7版を作るにあたって飯間さんが集めたことばは、1万数千語。その半分以上を自ら「不採用」にして数千語にまで絞り込み、編集会議で提案されたそれらの何割かが、さらに不採用となってしまうのだとか。
では、不採用になったことばはムダなものなのかといえば、けっしてそんなことはないと飯間さんは言います。現在は定着していないようなことばでも、後になって広まる可能性がありますし、既存の項目の改善のために参考になる用例もあり、「気になったら、とにかく採集する」ことが、用例採集の鉄則なのだ、と。
本書で一番最初に紹介されている「アガる」は、まだ定着していない時期に採集されながらも、最終的には用例として採用されたことばの例として、あえて取り上げられております。
逆に、以前は項目として収録されていたものの削られてしまったことばも。まだ海外旅行が制限されていた時代、代議士や芸能人などが箔をつけるためにアメリカへ行く風潮をからかった「アメション」なることばは、いまや現代語として意味をなさなくなったと判断して削ったとのこと。・・・このことばは初めて知ったな、わたしも。

「意味不明」の略語である「イミフ」や、自傷行為を指す「ジショラー」、やるといいつつもなかなかやらないことを指す「やるやる詐欺」・・・。これらは確かにことばとしては面白いけれども、まだまだ辞書に収録するのは早い流行語的な言い回しかなあ、と思えます。
その一方で、これは辞書に載っていてもおかしくないのでは?というようなコトバもいくつかあって興味を引きます。ひとつ例を挙げれば「空き家」。ここでは夫や恋人のいない女性を指す品の悪い言い回しを指し(男性には使われない)、性的な意味も含まれているがゆえに、「性的な俗語はなかったことにする」という『三国』の方針で、その意味を書き加えることは見送られた、とのこと。このように、本書の至るところで辞書編纂の舞台裏を垣間見ることができ、その点でも興味深いものがありました。
辞書編纂者としての飯間さんの矜持がにじみ出ている箇所もありました。飲酒運転防止のため、酒を飲まない運転役をあらかじめ決めておくことを指す、オランダ発祥の「ボブ運動」なることば。飯間さんが教えている大学で授業を取っていた留学生から、「国語辞典に載せて、運動を広めたら」と教えられたこのことばについて飯間さんは、飲んだら運転しないルールは徹底すべきだとしながらも、「ボブ運動」は辞書に載るほど知られているとは言えないとした上で、こう述べます。

「国語辞典は何かの運動のために作るものではありません。あくまで、世の中に広まったことばを載せるのです」

毅然として述べられている、こういった飯間さんの辞書編纂者としての矜持を、わたしは実に好ましく思いました。

見慣れたコトバであっても、思いがけないような意味が付与されていることも本書は教えてくれます。例えば「フンドシ」は、駅売店の夕刊紙のかごに垂らした見出しを示す幕、を指す言い回し。また「サンライズ」は、広島や京都ではメロンパンを指す方言的コトバでもあるんだとか。
方言といえば、地域のみならず雑誌や企業、さらには家庭内における独特の「方言」的な言い回しもいくつか取り上げられているのも面白いところでした。「エレガントな」を縮めた「エレな」は、雑誌『ヴァンサンカン』を中心に使われている「雑誌方言」、「能力増強」の略である「能増」は、トヨタ自動車を発祥として自動車業界や製造業一般で使われている「企業内方言」、といった具合。
宮崎住まいの九州人の端くれとして大きな発見だったのは、「負担」「自腹」を意味する「手出し」ということばが、れっきとした九州の方言であるということでありました。わが宮崎でも、「自腹を切る」という意味で「手出し」という言い回しを普通に用いておりますので、てっきり全国的にも通じる言い回しだと思い込んでおりました。そうか、“九州語” であったのか、「手出し」って・・・。

新聞雑誌、小説、テレビ番組、映画、ネット掲示板、大学生のレポート、バスの車中での会話、さらには著者自身の日記・・・といったバラエティに富んだ用例も面白いものがありました。
お金を賭けるという意味の「握る」の用例は伊丹十三監督の映画『ミンボーの女』(1992年)の1シーン。また、ニュースで良く耳にする「疑いを確認」という言い回しの用例は、2010年にわが宮崎県を襲った口蹄疫の被害を伝えたNHKのニュース番組。ああそういえばあの頃、頻繁にそんな言い回しを耳にしたなあと、宮崎人としては苦い記憶も蘇りましたが・・・「確認」できないからこそ「疑い」なのでは、という著者の見解を読むと、確かにちょっと変な言い回しかなあ、などと思ったりもいたしました。

「ウォーミングアップ」のつもりで軽く読み始めた本書でしたが、ことばは時代や人びとの営みを鮮やかに反映する恰好の資料であることを再認識させてくれるとともに、興味深い辞書編纂の舞台裏も垣間見せてくれる好著でした。
ちょこちょこ読むうちにいろんな発見ができて得した気分になれる本書のような書物って、いいですよねえ。考えてみれば、辞書・事典という書物自体が、そういう性質を持った書物でもあるわけで。
ということで、なんだか『三省堂国語辞典』も拾い読みしてみたくなってきたわたしなのでありました。


【短期集中連載・別府よいとこ美味いとこ】 第6回 湯の町情緒溢れる鉄輪温泉街(前編)

2016-07-09 17:47:06 | 旅のお噂
「別府八湯」と呼ばれる、それぞれに特徴のある別府の8ヶ所の温泉エリアの中でもとりわけ人気があるのが、別府市北部の山側に位置している鉄輪(かんなわ)温泉であります。「地獄めぐり」の中心エリアとして多くの観光客を集める鉄輪は、ちょっと懐かしい湯の町情緒が溢れる温泉街の町並みも、大きな魅力です。
旅館やお土産屋さん、飲食店などが立ち並ぶ石畳の道のところどころからは湯気が立ち昇り、この地の温泉の豊かさを実感することができます。

温泉街には、かつては旅館だったという明治時代の建物や、旅館の女中さんたちが井戸端会議に興じつつ利用していたという洗濯場など、古い建物がいくつか残っていたりするのも、鎌倉時代から続く温泉郷の歴史を偲ばせてくれます。


また、1日に2回上演される大衆演劇の劇場もあり、その色鮮やかな大看板がかかっていたりするのも、古きよき温泉街という雰囲気を高めてくれて、なかなかいい感じであります。

鉄輪温泉にある旅館の看板でよく目にするのが「貸間(かしま)」という文字。もともとは、湯治客が自炊しながら長期滞在するための低料金の宿のことで、この地が昔から湯治場として長く親しまれてきたことが窺えます。

これら「貸間」旅館での自炊で利用されているのが、温泉の噴気で食材を蒸し上げる「地獄蒸し」。高温の噴気で蒸し上げることにより、食材の旨味が凝縮されるというこの「地獄蒸し」を、観光客が気軽に体験できるのが「地獄蒸し工房鉄輪」です。お昼どきになるとたくさんのお客さんで賑わう人気スポットとなっています。
「地獄蒸し工房鉄輪」の隣には、無料で利用できる足湯、それに「足蒸し」がありますので、温泉街散策で疲れた足をゆっくり休ませてみてはいかがでしょうか(足蒸しはけっこう熱いけど)。

やはり温泉街散策の途中で立ち寄ってみたいのが「鉄輪豚まん本舗」。地元の主婦の皆さんがこしらえる豚まんの中には、ちょっぴり辛味を効かせた具がたっぷりで病みつきになりそうな美味さ。もちろん、これも温泉の蒸気で蒸し上げたものです。

温泉のおかげで一年中温かい鉄輪はネコたちにも住みやすいところのようで、温泉街では至るところでネコの姿を見かけることができます。温泉好きはもちろん、ネコ好きにとっても天国のような場所なのであります。


そして、鉄輪に来たらぜひ目にしておきたいのが、「見晴らし坂」のてっぺんから一望する、鉄輪温泉郷と別府の街のパノラマです。温泉街の中心通りである「いでゆ坂」から細い路地に入り、斜面に立ち並ぶ民家の間を縫うように続く、さらに細〜い坂道を登り切ると、あちこちから湯けむりが立ち昇る鉄輪温泉郷と、高崎山をバックにした別府の眺めが視界いっぱいに広がります。



その素晴らしい眺めは、別府の旅で忘れることのできない思い出になることでしょう。

* 記述の内容は、2016年前半の時点に基づいたものとなっております。

(後編に続きます)

【短期集中連載・別府よいとこ美味いとこ】 第5回 「とよ常」と「えいたろう」の極上海鮮料理

2016-07-08 20:00:16 | 旅のお噂
市内に美味しい焼肉店がひしめいている別府は “肉食系” にとっては実に嬉しい街なのですが、近海で獲れる海の幸を美味しく食べることができるお店も多い “おさかな天国” でもあります。今回は別府でも人気のある活魚料理店の一つである「とよ常」と、別府湾の眺めを楽しみながら海鮮料理が味わえる「海鮮料理 えいたろう」をご紹介します。

別府湾を間近にした北浜旅館街の中にある宿「雄飛」の1階と別府駅前の2か所にお店を構える「とよ常」。もともと活魚料理が自慢の宿である「雄飛」が直営しているお店だけに、お魚料理の豊富さと力の入り具合はなかなかのものです。
ここで特に人気のあるメニューは、なんといっても「特上天丼」でしょう。

写真でもおわかりになるかと思いますが、とにかくご飯の上に乗っかる2匹のエビのでっかいことでっかいこと。カボチャやナスなどの野菜ともどもカラリと揚がっていて、サクサクの衣と立ち上るごま油の香りが食欲をそそってくれます。名高い人気メニューだけあって、わたしがこれまで2回立ち寄ったときも、お客さんの多くがこれを注文していたようでした。
今年1月に立ち寄ったときにはちょっと奮発して、憧れの関サバを特上天丼とともに注文して味わいました。

しっかりした食べ応えと、噛むたびに染みてくる上品な旨みに、「おお、まさにこれはサバの王者じゃ!」という感じで堪能させていただきました。ふところに余裕がある皆さまは、ぜひ関サバ(もしくは関アジ)も召し上がってみてはいかがでしょうか。
お酒のお供にオススメしたいのが、ごまやしょうゆなどを合わせたタレで魚の切り身を漬け込んで作る大分の郷土料理「りゅうきゅう」。お店ごとに味つけが異なるのですが、「とよ常」のはしっかりした味わいでお酒も進みます。

人気のあるお店ということで、食事時になると行列ができることもある「とよ常」。お立ち寄りの際には予約しておいたほうがいいかもしれませんね。お店のホームページはこちらです。

別府駅前の繁華街から少し北のほうに位置する上人ヶ浜にあるホテル「潮騒の宿 雄飛」内にも、美味しい海鮮料理が味わえるお店がございます。「海鮮料理 えいたろう」です。
別府の海がすぐ目の前という絶好の立地の宿「晴海」。その中で店を構える「えいたろう」からも、真っ青な海と空が広がる爽快な眺めを見ることができ、目を喜ばせてくれます。

さらに舌を喜ばせてくれるのが、刺身や天ぷら、そして海鮮釜めしがセットになったランチメニューです。

鮮度バッチリの刺身と、カラッと揚がった天ぷらに、食がずんずん進みます。
そして海鮮釜めし。エビやホタテ、イカなどの具が、ご飯が見えないくらいにたっぷりと乗っかります。旨みが染み込んだご飯の美味しさもまた格別。お焦げも残さず味わい尽くしたいところです。

ランチを利用すると、「晴海」の館内にある展望露天風呂に無料で入浴できるというのも嬉しい限りです。青い海と空が広がる爽快な景色を眺めつつ、さらなる極楽気分に浸っていただきたいと思います。
ちなみに夜の部は、予算に応じた会席料理中心のメニュー。また、大分麦焼酎や日本酒などのお酒もいろいろと揃っているようですので、そちらもたっぷりと召し上がってみてはいかがでしょうか。
「海鮮料理えいたろう」のホームページはこちらであります(「潮騒の宿 晴海」のウェブサイト内)。

もちろん飲み屋街にも、美味しいお魚がたっぷり味わえるお店がたくさんございます。どうぞ、心ゆくまで “おさかな天国” 別府を味わい尽くしてくださいませ。

* お店などの情報は、2016年前半の時点に基づいたものとなっております。

【短期集中連載・別府よいとこ美味いとこ】 第4回 竹瓦温泉と竹瓦小路

2016-07-06 20:10:47 | 旅のお噂
別府の街に100か所以上点在しているという共同浴場。100円から200円という低料金で入浴でき、古きよき銭湯そのままの風情に溢れるこれらの共同浴場は、まさに「泉都別府」を実感できる場所であり、地元の皆さんが日々、憩いと交流の場にしている貴重な場所でもあります。
そんな別府の共同浴場、そして別府温泉を象徴するような存在が、今回ご紹介する竹瓦温泉であります。

創設は明治12(1879)年。かつて浴場が竹の瓦で葺かれていたことが、その名前の由来だといわれます。
入り口の上を飾る、ゆるやかなカーブを描く屋根も印象的な、堂々たる唐破風造の現在の建物は昭和13(1938)年、前年開催された国際温泉観光博覧会に併せて改築されたものだとか。別府温泉のシンボル的名所であり、建物の前では記念撮影に興じておられる観光客の方々も多くみられます。

外観はもちろんのこと、内部も重厚でレトロチックな雰囲気がいっぱい。飴色に光った広々とした木のロビーには柱時計がかけられていたり、かつての別府の街を写した古い写真が掲げられていたりと、昔懐かしい気分に浸ることができます。
そして浴室。階段を降りて、地面より少し低いところに設けられている、別府独特の半地下式の浴室に入ると、やはりほとんど昔と変わっていないのであろう、古きよき共同浴場の空間が広がります。明治、大正、昭和、そして平成と、長きにわたって温泉観光都市として繁栄してきた別府の歴史をゆっくりと偲ぶのに、これ以上ふさわしい空間はないといっていいのではないでしょうか。
とはいえ、浴槽に溢れるお湯は少々熱め。あまり熱めのお湯に慣れていないという向きは、ゆっくりのんびり浸かるというわけにはいかないかもしれませんね。実は、軟弱者のわたしも数分浸かるのがやっとで、あとはお湯に浸かったり出たりを繰り返しながら、その場の雰囲気を味わっていたという次第でした・・・。
そんな軟弱者のわたしを尻目に、地元の皆さんはゆっくりのんびりとお湯に浸かりながら憩っておられました。熱めのお湯が、日常の仕事や生活での疲れやストレスを吹き飛ばしてくれるのかもしれませんね。
なお、昔ながらの浴場ということで、洗い場にはシャワーはついておりません。また、石鹸やシャンプーなどのいわゆるアメニティも備えてはおりませんので、タオルともども持参されるか、番台にてご購入の上でお入りになってくださいませ。
通常のお風呂のほかに、浴衣を着用した上から「砂かけさん」が砂をかけてくれる砂蒸し風呂(男女兼用で別料金)もございますので、お時間のある方はそちらもどうぞ。
朝の6時半から夜の10時半まで、別府の皆さんや観光客の皆さんの憩いと癒やしの場として頑張っている竹瓦温泉で、さっぱりと汗を流して鋭気を養ってくださいませ。

竹瓦温泉の真ん前には、アーケードで覆われた文字通りの小さな横丁「竹瓦小路」があります。

大正10(1921)年に建てられた、現存するアーケードでは日本最古という貴重なもので、近代化産業遺産にも認定されております。

現在、ここに軒を並べるお店の多くは飲食店。夜になるとそれらのお店やアーケードに灯がともり、日中とは一味も二味も違った風情が味わえます。竹瓦温泉にお立ち寄りの際には、こちらもどうぞお見逃しなく。

なお、今回の竹瓦温泉の歴史についての記述は、『絵はがきの別府 古城俊秀コレクションより』(古城俊秀監修、松田法子著、左右社、2012年)を参考にさせていただきました。
地元大分で長きにわたって郵便のお仕事に携わってこられた古城俊秀さんの、明治・大正・昭和戦前期にかけての別府の絵はがきコレクションを多数紹介しながら、近代的な観光都市として発展していった別府の歴史を繙いていくこの本はまことに興味深く、別府ファンにはぜひとも座右の書としてオススメしたい一冊であります。ちなみにわたしも、別府に出かける前には予習として本書を繙いております。


* 記述の内容は、2016年前半の時点に基づいたものとなっております。