読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【閑古堂の映画千本ノック】5本目『関東大震災【返還映画版】』 発災後間もない都内の被災状況をつぶさに記録した一本

2023-10-15 21:03:00 | ドキュメンタリーのお噂

『関東大震災【返還映画版】』(1923年 日本)
モノクロ、13分
監督:不詳
国立映画アーカイブの特設サイト「関東大震災映像デジタルアーカイブ」にて配信中


大正十二年九月一日
 午前十一時五十八分三十二秒
突然起りし
 大地震‼︎
 大火災‼︎
と共に・・・・・・
 帝都三百年の文化
 一朝の夢と化す

猛火の裡に突かれ・・・・・・
激震を物ともせず・・・・・・
幾度か死を決して
遂に撮影完成せる
本映畫(画)

そんなものものしい口上から始まる、13分ほどの関東大震災の記録映画です。
とはいえ、現存する本作の映像は完全な形ではないようです。国立映画アーカイブの「関東大震災映像デジタルアーカイブ」に記されている本作の説明によれば、「メインタイトルやクレジットタイトルがなく、他の作品と重複するカットが多いため、現時点で作品を同定するまでに至っていない」(ゆえに、監督や製作会社などについても、現時点では不明のままです)とのこと。そのため、付されている題名も、あくまで「仮の」題名ということになります。その「仮の」題名にある【返還映画版】というのは、本作のフィルム素材がアメリカ議会図書館より返還されたことから来ているのでしょう。

本作で特徴的なのが、発災から間もない時間帯に撮影されたと思われる映像が多く含まれていることです。激しく燃え盛る家屋や商店を間近から撮影した映像や、煙が街を覆っている様子を捉えた映像からは、震災被害の大きさが伝わってくるようです(燃え盛る家屋の前を、犬が走っていく印象的なカットあり)。
震災に直面した人びとの姿も克明に映し出されています。家財道具を持ち出して避難する人びとによってぎっしりと埋め尽くされ、電車や車が動けない状況となっている大通りを俯瞰から捉えたカットなどからは、大火災に直面した人びとがパニックに陥っていたであろうことが窺えます。
その一方で、発災直後に撮影されたと思われる映像には、丸の内のビル街の向こうから煙が上がっているにも関わらず、撮影しているカメラに気づいて笑顔を見せながら通り過ぎていく女性の姿や、濛々と煙が上がる住宅街で談笑しているかのような2人の男性の姿もあり(いずれの映像も、前回の記事で触れたNHKスペシャル『映像記録 関東大震災』の中で印象的に使われておりました)、被害の全体像が見えていなかった発災直後はまだ、緊迫した状況には至っていなかったこともわかるのです。

フィルムの後半では、余燼がくすぶる焼け野原と化した東京各所の惨状が映し出されていきます。一面の焼け野原の中に虚しく佇む浅草十二階や三越百貨店、焼けて土台部分だけが残った路面電車を広瀬中佐の銅像が見下ろす須田町、立ち並んでいたはずの仲見世がすっかり焼け落ちてしまった浅草寺境内・・・。
そして、この震災で最大の死者が出た本所被服廠跡に、黒焦げになった遺体が累々と横たわっている悲惨な光景が10秒ほど映し出されると、映画はブツンと途切れるかのように唐突に終わるのです。おそらくはこの後に続く映像があったのではないかと思われますが、その行方はまだわからないままです。

このほかに、同じカットが重複して使われている箇所もあったりして、一本の映画としては不完全な形となっている本作ではありますが、関東大震災の映像記録として、貴重な一本であることは確かでしょう。

【閑古堂の映画千本ノック】4本目『關東大震大火實況』 関東大震災の被災状況と復興の動きを網羅的にまとめた記録映画の代表作

2023-10-12 19:30:00 | ドキュメンタリーのお噂

『關東大震大火實況』(1923年 日本)
モノクロ、63分
撮影監督:文部省社会教育課
撮影:東京シネマ商会
国立映画アーカイブの特設サイト「関東大震災映像デジタルアーカイブ」にて配信中


今年(2023年)は、関東大震災の発災からちょうど100年ということで、発災した日である9月1日の前後を中心に、テレビ・新聞・出版などの各メディアはこぞって、関東大震災を振り返る特集や企画に飛びついておりました。
(それらの動きも、時期が過ぎるやパタリと見られなくなってしまった・・・というのもまた、熱しやすくも冷めやすいメディアの常ではあるのですが)
それらの中で、個人的に一番注目したのが、9月2日と3日の2日にわたって放送されたNHKスペシャル『映像記録 関東大震災 帝都壊滅の三日間』(前編・後編)。関東大震災を記録したモノクロのフィルム映像を高精細・カラー化して、当時の状況を追体験してもらおう、という試みでありました。
過去のモノクロ映像のカラー化というのは、いまやそれほど珍しいことでもなくなりましたが、高精細化されて細部のディテールまで鮮明になった映像の数々には目を見開かされました。この高精細化により、不鮮明であった映像から多くの情報が引き出され、これまではっきりしていなかった映像の撮影場所や日時を、かなりのところまで特定することができたのは、大きな収穫といえるでしょう。埋もれていた古い記録映像の活かし方を見せつけた企画でありました。

そのNスペ『映像記録 関東大震災』で高精細・カラー化された素材となった記録映像の多くは、現在国立映画アーカイブの特設サイト「関東大震災映像デジタルアーカイブ」にて公開・配信されております。
ここでは、国立映画アーカイブが保存している震災関連の記録映画20本を全篇観ることができるのですが、今回取り上げる『關東大震大火實況』も、その中の一本であります。文部省(当時)社会教育課の指揮のもとに撮影・製作された全五巻、1時間ほどのこの映画は、関東大震災の映像記録としては最も知られている作品でしょう。
わたしがこの映画の存在を知ったのは14年前のこと。岩波書店から刊行された『シリーズ 日本のドキュメンタリー』(佐藤忠男編著、全5巻)の第1巻に添付されていたDVDに、古いドキュメンタリー映画のダイジェスト映像が収録されていて、その中に『關東大震大火實況』の映像の一部があったのです。このたび、「関東大震災映像デジタルアーカイブ」のおかげで、その全篇を観る機会に恵まれたというわけであります。

全五巻からなる『關東大震大火實況』。まず第一巻では、東京都内の被災状況がつぶさに記録されます。
地を走る地割れや崩壊した建物、燃え盛る街の様子、消防士らによる懸命の消火活動、そして空しく一面の焼け野原と化した街の光景・・・。中でも、土蔵と思われる建物が燃え盛り、崩れ落ちていくまでを、ほぼ固定したアングルで捉え続けた映像が印象に残りました。「皇道少年団」なる名称のボーイスカウトの少年たちによる、負傷者の救護や飲料水の提供といった活動の様子も紹介されています。

第二巻では、傷つき多くのものを失った中で、必死に生き抜こうとする被災者たちの姿を映し出します。尋ね人の張り紙で埋め尽くされた、上野公園の西郷隆盛の銅像。倒れてしまった石灯籠をかまど代わりにして飯を炊く男。故郷に帰ろうと列車や船に鈴なりになって乗りこむ人びと・・・。
この中には、焼け残った列車を借りの宿にしている家族の姿を捉えた映像が含まれているのですが、この家族こそ、のちに作詞作曲家、放送作家などとしてマルチに活躍することになる、子ども時代の三木鶏郎とその一家。この映像も、先のNスペ『映像記録 関東大震災』の中で取り上げられておりました。

第三巻では、被災した人たちに対する、さまざまな形での救護や支援活動の様子が綴られます。善後策を立てるべく閣議に集まる、時の内閣の大臣たち。全国各地はもちろん、海外からも集まる義援物資。病院で治療を受ける負傷者や、保護されている震災孤児たちの姿・・・道路を封鎖して、道ゆく人の検問にあたる自警団の姿も捉えられています。
文部省の指揮によって製作された映画ということで、悲惨な状況を映した映像はほとんど使われていない本作ですが、ここでは脚に重い火傷を負った負傷者の姿や、最大の死者が出た本所被服廠跡に山となった白骨を捉えた映像が含まれていて、震災の悲惨さを垣間見ることができます。

そして第四巻では、被害を受けた建物の取り壊し、仮設住宅の組み立てやインフラの復旧、生活の再建、子どもたちへの教育の再開といった、復興へ向けての動きがまとめられているほか、横浜における被害の状況も紹介されています。
ここでは、震災により途中から折れてしまっていた浅草十二階が、爆破により取り壊される過程の記録が含まれています。根元に爆薬が仕掛けられ、建物の残骸は濛々たる土煙とともに崩壊するのですが、壁の一部分は崩れることなく残ります。それがあたかも墓標のように見えて、強く印象に残ります。
第四巻の最後は、発災時刻の午前11時58分を指したまま止まってしまった、中央気象台の時計を映し出します。ここで映画としては終わってもおかしくはないところですが、このあとさらに第五巻となり、当時の皇族方による支援の動きが綴られていくのには、いささか唐突な感じを受けます。このあたり、文部省としては国民に向けて皇族の「聖恩」を強調しておきたかったのかなあ・・・という気がいたします。

文部省=国家による、いわば「公式記録映画」としての性格が色濃いこともあってか、いささか「きれいごと」を強調しているきらいのある『關東大震大火實況』。ですが、関東大震災の被災状況から復旧、復興への動きまでを網羅的に記録した、貴重な映像記録であることに変わりはないでしょう。
なお、国立映画アーカイブの「関東大震災映像デジタルアーカイブ」内では、本作の上映当時に使われた説明台本をもとに、活動弁士による説明と音楽を付した【弁士説明版】も公開されております。サイレントの映像だけではわかりにくい映像の中身が、活弁によって生き生きと観るものに伝わってきますので、観比べてみるのも一興ではないでしょうか。
動画『關東大震大火實況』【弁士説明版】→ https://kantodaishinsai.filmarchives.jp/special/m01_benshi.html

これからしばらくは、同アーカイブにて公開されている関東大震災関連の記録映画を(別の映画紹介を挟みつつ)何作か取り上げてみたいと考えております。

【閑古堂の映画千本ノック】3本目『サイコ・ゴアマン』 特撮魂あふれるつくりが嬉しい、SF &スプラッター&アドベンチャー&コメディの快作

2023-10-11 19:33:00 | 映画のお噂

『サイコ・ゴアマン』PG(Psycho Goreman)(2020年 カナダ)
カラー、95分
監督:スティーヴン・コスタンスキ
製作:スティーヴン・コスタンスキ、スチュアート・F・アンドリューズ、シャノン・ハンマー
製作総指揮:ジェシー・クリステンセン
脚本:スティーヴン・コスタンスキ
撮影:アンドリュー・アッペル
音楽:ブリッツ//ベルリン
出演者:ニタ=ジョゼ・ハンナ、オーウェン・マイヤー、アダム・ブルックス、アレクシス・ハンシー、マシュー・ニネバー
Blu-ray発売元:キングレコード


その無慈悲で短気な性質と底知れぬパワーから「悪夢の公爵」と呼ばれ、宇宙を恐怖に陥れてきた名前のない残虐宇宙人(マシュー・ニネバー)。正義の勢力「テンプル騎士団」により囚われの身となり、地球に封印されてしまうが、極悪自己中な性格の少女ミミ(ニタ=ジョゼ・ハンナ)が、赤く光る不思議な宝石を見つけたことから封印を解かれる。さっそく3人のチンピラを血祭りにあげ、その力を見せつける残虐宇宙人。だが、自身を意のままに操ることのできる赤い宝石をミミに独占されてしまったことで、宇宙人はミミの家来のように扱われた上、「サイコ・ゴアマン」(略してPG)なる名前を勝手に押しつけられるハメに。かくてしぶしぶ、ミミの「友達」あるいは「家来」としての身分に甘んじる残虐宇宙人。一方、彼の覚醒を知った「テンプル騎士団」は、PGを抹殺すべく最強の戦士・パンドラを地球に送りこむのであった・・・。

恐怖の存在として恐れられている残虐宇宙人が、ひょんなことから極悪自己中な少女の「家来」にさせられたことから起こる騒動を描いた、カナダ産SF&スプラッター&アドベンチャー&コメディ映画の快作です。監督は、主にB級のSF映画やホラー映画を製作している、カナダの過激映像集団「アストロン6」の一員で、特殊効果のエキスパートでもあるスティーヴン・コスタンスキ。
おととし、宮崎キネマ館で上映された時に観て、いっぺんで気に入った作品であります。このたび廉価版Blu-rayが発売されたということで、喜んで購入し改めて堪能いたしました。

残虐宇宙人と主人公の兄妹が、さまざまな冒険をする中で友情(らしきもの)を育んでいく・・・というストーリー展開は、いわばダークな『E.T.』(1982)あるいは『グーニーズ』(1985年)といったところで、眠っていた子ども心を大いに刺激してくれます。「サイコ流血男」というタイトルらしく、劇中にもスプラッター描写がちょいちょい入るものの、そこには陰惨さやどぎつさはなく、それほど不快な感じはいたしません。
極悪自己中な性格でPGや、兄であるルーク(オーウェン・マイヤー)をアゴで扱う少女ミミを演じる、本作が映画初出演というニタ=ジョゼ・ハンナちゃんのぶっ飛び演技はまことに痛快。劇場パンフレットに収められているコスタンスキ監督へのインタビューによれば、ニタちゃん本人が「ミミそのまま」で、演じるにあたって唯一お願いしたのは、静かなシーンでは「もう少し抑えた感じで」ということくらいだったとか。そんなニタちゃんの弾けるような元気っぷりが、作品に活気と勢いを与えています。
ミミの父親で、なんだか情けないけど憎めないグレッグを演じるのが、コスタンスキ監督と同じく「アストロン6」のメンバーであるアダム・ブルックス。「アストロン6」のほかのメンバーも、端役やクリーチャー役で出演したりしております。

本作がなによりも嬉しいのは、何かにつけてCG頼りの昨今にあって、特殊メイクにミニチュア、コマ撮りといった、手づくり感あふれるアナログ特撮にこだわっているところ。自ら本作の特殊効果も手がけたコスタンスキ監督は、『仮面ライダー』やスーパー戦隊シリーズなどの特撮ものや、映画『リング』(1998年)などの日本の映像作品の大ファンでもあるということで、それらからの影響やリスペクトが随所に見られるのも、また嬉しいですねえ。
(映像特典の監督インタビューの中で、ちゃんと「スーパーセンタイ」って言ってるのにはカンドーしたなあ。あと、パンフレット収録のインタビューで『ゴジラ対メガロ』に登場したロボット・ジェットジャガー好きを公言しているところも最高であります)
映画自体は低予算だったようですが、そんな中でも主役のPGをはじめとして、総勢16体ものバラエティ豊かな宇宙人、クリーチャーを(もちろんCGは使わずにすべて造形で)登場させている頑張りっぷりにも拍手したくなります。
正義を守るといいながら、PG抹殺のためには手段を選ばない、天使と悪魔を合わせたような容姿の最強戦士パンドラ。PGの覚醒にうろたえつつ、彼を倒すべくあれこれと画策する「宇宙会議」の面々。PG奪還に来たと見せかけて、彼を捕らえようと襲いかかる5体の「暗黒の勇士たち」。PGの超能力によって、触手の生えたでかい脳みそのような姿に変えられてしまったニタのボーイフレンド・アラスターや、身体がドロドロに溶けてしまった警官「バイオコップ」(コスタンスキ監督が手がけた短篇映画の登場キャラでもあります)・・・。
このうち、「暗黒の勇士たち」の一員であるギョロ目の魔法使い「ウィッチマスター」の声を演じているのが、塚本晋也監督の『六月の蛇』(2002年)や、園子温監督の『冷たい熱帯魚』(2010年)などに出演している日本の俳優、黒沢あすかさん。劇中でも、「まったく悪夢の公爵だ!」などと、日本語でセリフを演じているのがまた、愉しいですねえ。

特撮好きの皆さま、そして子ども心を忘れないオトナの皆さまには、愉しめること間違いなしの快作であります。

【閑古堂の映画千本ノック】2本目『エクソシスト』 超自然的な装いで描き出された、普遍的な「善」と「悪」とのせめぎ合いの物語

2023-10-09 14:42:00 | 映画のお噂

『エクソシスト』The Exorcist(1973年 アメリカ、ディレクターズカット版は2000年)
カラー、122分(ディレクターズカット版は132分)
監督:ウィリアム・フリードキン
製作・原作・脚本:ウィリアム・ピーター・ブラッティ
製作総指揮:ノエル・マーシャル
撮影:オーウェン・ロイズマン
音楽:マイク・オールドフィールド、ジャック・ニッチェ
出演者:エレン・バースティン、リンダ・ブレア、ジェイソン・ミラー、マックス・フォン・シドー、リー・J・コッブ、ジャック・マッゴーラン、マーセデス・マッケンブリッジ(声の出演)
Blu-ray発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

映画の撮影のため、ワシントン近郊のジョージタウンに家を借りて暮らしている女優クリス(エレン・バースティン)。その一人娘であるリーガン(リンダ・ブレア)の身に、奇怪な異変が起こりはじめる。ベッドが激しく揺れたり、部屋が異常に寒くなったり、醜い形相で卑猥な言葉をわめき散らしたり・・・。病院で検査を受けさせるものの、医学的にはなんの異常も見出されない。リーガンの異常がエスカレートしていく中、クリスは“エクソシスト”(悪魔祓い師)の存在を知り、精神科医でもある若い神父カラス(ジェイソン・ミラー)に悪魔祓いを依頼する。はじめは“悪魔”の存在に懐疑的だったカラスだったが、経験豊富なベテラン神父メリン(マックス・フォン・シドー)とともに、悪魔祓いの儀式に臨むことを決意する。かくて、2人の神父と悪魔との壮絶な闘いが始まる・・・。

『フレンチ・コネクション』(1971年)によって、興行面でも批評面でも大成功をおさめたウィリアム・フリードキン監督が次に手がけたのが、本作『エクソシスト』です。
実際にあった出来事をもとに書かれたという、ウィリアム・ピーター・ブラッティのベストセラー小説を、ブラッティ自らの製作・脚本により映画化したもので、こちらもまた興行・批評の両方で大成功。ホラー映画としては異例の、アカデミー作品賞へのノミネートという快挙も果たしました(ほかにも監督賞など9部門でノミネートされ、うち脚本賞と録音賞を受賞)。
2000年には、リーガンがブリッジ姿勢のまま「蜘蛛歩き」で階段を降りてきて血を吐く、などのカットされた場面を追加・再編集したディレクターズカット版も公開されました。現在では、オリジナル劇場版とディレクターズカット版の両方を、Blu-rayやDVDで鑑賞することができます。

本作でなんと言っても目を奪われるのが、当時まだ12歳だったというリーガン役、リンダ・ブレアの熱演ぶり。序盤で見せる、少女らしい利発で可憐なキャラクターのリーガンと、中盤以降の悪魔に取り憑かれ恐ろしい形相で大暴れするリーガンを見事に演じ分け、アカデミー助演女優賞にもノミネートされたその演技力には、あらためて舌を巻くばかりでした。ジョン・ブアマン監督が手がけた続篇『エクソシスト2』(1977年)でもリーガン役で出演しましたが、その後はB級エロ映画『チェーンヒート』(1983年)などといった、いささかキワモノめいた作品ばかりに出ることになってしまったのは、少々残念ではあります。
もっとも、悪魔に取り憑かれたリーガンが発するドスの効いた太い声はブレアではなく、『オール・ザ・キングスメン』(1949年)や『ジャイアンツ』(1956年)などに出演したベテラン女優、マーセデス・マッケンブリッジが演じています。マッケンブリッジといえば、スティーヴン・スピルバーグ製作総指揮のTVシリーズ『世にも不思議なアメージング・ストーリー』で唯一のアニメーション・エピソードである「ワンワン騒動記」(1987年。監督はブラッド・バードで、ティム・バートンもキャラクター設定として参加)でも、どこか魔女めいたブキミな老婆の声を演じていたのが、個人的には記憶に残っておりますねえ。

傷だらけの恐ろしい形相となり、緑色の液体を吐きかけたり首を180度回転させたりするリーガンの特殊メイクや造形を手がけたのは、『タクシードライバー』(1976年)や『スキャナーズ』(1981年)、黒沢清監督の日本映画『スウィートホーム』(1989年。現在は諸事情により「封印」状態にあるのですが・・・)などなど、数多くの映画で腕を振るい、後進にも多大なる影響を与え続けた特殊メイクアップアーティスト、ディック・スミス。
スミスは変貌したリーガンのメイクに加えて、『ゴッドファーザー』(1972年)や『アマデウス』(1984年)でも見せたテクニックでもって、当時まだ40代前半だったメリン神父役のマックス・フォン・シドーを完璧なまでの老人に仕立て上げています。その手腕にもまた、つくづく感心させられるばかりでありました。

映画のクライマックス。悪魔との対決に臨もうとするカラス神父に、メリン神父は「絶対に悪霊と会話をしてはならぬ」とのアドバイスを与えます。そのときのセリフが、わたしの胸に強く響きました(以下は字幕より)。

悪魔はウソつきだ 我々を混乱させ そのウソに真実を混ぜて我々を攻めるのだ デミアン(註:カラス神父のこと) それは心理的で非常に強力だ だから聞くな 耳を傾けてはならぬ

ウソに真実を混ぜて心理的に混乱させ、我々を攻めてくる「ウソつき」。そのような存在は「悪魔」のみならず、現実の人間社会にもわんさかといるのではないでしょうか。そのような人間たちによって心理的に混乱させられ、判断を狂わされることがいかに多いことか。
メリン神父のセリフは、現実の人間社会にもはびこっている「悪魔」的な「ウソつき」に惑わされないための有益なアドバイスでもあるように、思われてなりませんでした。
そもそも、人間における「善」と「悪」との境目じたいが紙一重というもの。たとえリーガンのような「いい子」であっても、人間は何かの拍子で「悪」に取り憑かれ、豹変してしまうことがあり得るのだ・・・。
『エクソシスト』は超自然的オカルト・ホラーという装いの中で、「善」と「悪」のせめぎ合いの背後にある、普遍的な人間の真理を描き出している作品でもあるように思います。ゆえに、製作から時が経ってもまったく色褪せることなく、観ているわれわれの心に響いてくるのです。

【閑古堂の映画千本ノック】1本目『フレンチ・コネクション』 フリードキン監督の乾いたタッチが魅力的な刑事映画の傑作

2023-10-08 17:10:00 | 映画のお噂
突然ではございますが、これから「閑古堂の映画千本ノック」と称する、個人的なイベントを始めることにいたします。
原則として1日に1本映画を観ては、その紹介と感想、あるいは映画をダシにした雑談や勝手なことを綴っていく・・・というものであります。取り上げる作品はその時その時の気分次第。手持ちのBlu-ray、DVDをメインにしつつ、映画館やデジタル配信で観た作品も対象に加えることにいたします。

なんでまた、そのような酔狂なコトを始めることにしたのかといえば、「映画好き」などと言っているくせに、キチンと観ていない作品があまりにも多いことに、自分でもげんなりしたからであります。
誰もが知っているような、映画史に輝く名作、傑作、ヒット作と言われている作品であっても、まともに観ていないままになっている作品がなんと多いことか。そこで、これからしばらくは本腰を入れ、集中して映画を観ていくことにしようと思い立ちました。
とはいえ、根がめんどくさがりにできているゆえ、あまりハードルを上げると続かなくなる可能性大であります。なので、過去に観た作品の再鑑賞や、長篇だけでなく短篇・中篇作品も1本としてカウントすることにいたします。また、別の都合や事情により映画を観ることができない日も出てくることでしょうから、そういう時にはことさら無理や無茶はせず、まずは気長に続けていくことを優先させたいと思います。

そういうわけで当分のあいだ、読書量のほうがガタ減りしてしまうのは避けられないでしょう。ですが、限りある時間とエネルギーの中で何かに力を入れようとするのであれば、別の何かを犠牲にせざるを得ません。いっぺんに2つ以上のことがやれるはずもないのですから。なので、これからしばらくは映画中心の生活にシフトしていきたいと考えております。
(などと言いつつ、映画の合間合間に細々ながら、本も読むことになるでしょうけど)
なお、なるべく幅広いジャンルの作品を観ていくつもりではありますが、それでも普段からよく観ているジャンル(具体的にはSFものや特撮もの、ドキュメンタリーなど)に偏りがちなラインナップになるかと思います。そこはどうか平にご容赦を。

前置きが長くなりました。1本目に取り上げるのは、8月に逝去した巨匠ウィリアム・フリードキン監督の代表作のひとつである『フレンチ・コネクション』であります。
『フレンチ・コネクション』The French Connection(1971年 アメリカ)
カラー、104分
監督:ウィリアム・フリードキン
製作:フィリップ・ダントニ
製作総指揮:G・デイヴィッド・シャイン
原作:ロビン・ムーア
脚本:アーネスト・タイディマン
撮影:オーウェン・ロイズマン
音楽:ドン・エリス
出演者:ジーン・ハックマン、ロイ・シャイダー、フェルナンド・レイ、マルセル・ボサッフィ、フレデリック・ド・パスカル、トニー・ロー・ビアンコ
Blu-ray発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント(現:ウォルト・ディズニー・ジャパン)

ニューヨーク警察薬物対策課の敏腕捜査官で、強引な捜査手法から「ポパイ」とあだ名されるドイル刑事(ジーン・ハックマン)。相棒であるラソー刑事(ロイ・シャイダー)とともに麻薬密売を摘発していく中で、フランス・マルセイユに拠点を置く麻薬密輸組織の黒幕シャルニエ(フェルナンド・レイ)により、3200万ドル相当のヘロインが密輸されるということを知ったドイルは、マフィアとの取引のためアメリカに潜入したシャルニエの行方を執念深く追っていく・・・。

1960年代初頭に実際に起こったという、麻薬密輸組織の摘発劇をモデルにして作られた刑事アクション映画の傑作。興行的に大ヒットしただけでなく、批評面でも高く評価され、アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、編集賞の5部門で受賞する栄誉に浴しました。
悪を追い詰めるためには手段を選ばず、猪突猛進で突っ走る「ポパイ」ことドイル刑事を演じるジーン・ハックマンは、エネルギッシュな風貌と相まってこれ以上ないくらいのハマりっぷりで、アカデミー主演男優賞受賞も当然というべきでしょう。
その猪突猛進ぶりが頂点に達するのが、語り草になっているクライマックスのカーチェイス場面です。シャルニエが差し向けた殺し屋が乗り込んだ列車を追って(一般人から強引に奪った)車に乗りこみ、派手にクラクションを鳴らしつつ高架下を猛スピードで飛ばしまくるドイル・・・。あらためて観てもスリリングで迫力満点な場面で、よくこんな撮影ができたもんだなあと感心させられました。
ドイルの相棒・ラソーを演じるのが、のちに『JAWS/ジョーズ』(1975年)の主演で大スターとなるロイ・シャイダー。本作ではドイルとは対照的な、沈着冷静に捜査にあたるラソーを好演して、アカデミー助演男優賞にノミネートされました。
そして、マルセイユの麻薬密輸組織の黒幕・シャルニエを演じているのが、フェルナンド・レイ。スペイン生まれの役者さんですが、ここではいかにもフランスっぽい洒脱さを持った黒幕を貫禄たっぷりに魅せてくれています。尾行してくるドイルを巧みにかわし、地下鉄でまいてしまうシーンは傑作であります。

もともとはドキュメンタリーを手がけていたというフリードキン監督は、リアルで乾いたタッチの演出を丹念に積み重ねることにより、作品に深みと陰影をもたらしております。
本作をとりわけ忘れ難いものにしているのが、ラストのシークエンス。ドイル率いる警官隊が、ついにシャルニエ一味とその取引相手を廃墟に追い詰めて一網打尽でめでたしめでたし・・・と思いきや、意想外のアクシデントによってダークな幕切れに・・・。この突き放したかのようなラストによって、本作は単純明快な刑事アクションにはない余韻を残してくれます。
50年近く経っても色褪せることのない、実に魅力的な映画であります。