TOMATOの手帖

日々の生活の中で出会う滑稽なこと、葛藤、違和感、喪失感……などをとりとめもなく綴っていけたらと思っています。

たかが爪、されど爪

2024年08月23日 | エッセイ
父の両手の指が伸びている。
訪問リハビリのスタッフがくると、「〇〇さん、爪が伸びてますねえ」と指摘するのだが、そのたびに父曰く、「うん。今日切ろうと思っている」。
が、一向に切ろうとしない。
もちろん家族にも切らせない。
「身を切られそうで危なっかしい」のだとか。
確かに以前、足の指を切ってあげたら、他人の爪は切りづらいことがわかった。
だったら自分で切ればいいものを、「そのうちに切る」という身のない返事ばかりが返ってくるだけである。

先日、訪問リハのスタッフに、「看護師さんに爪切りをお願いすることはできますか」と尋ねると、なんでも「爪切り」は医療行為なので、それをお願いするとなると、また別個に主治医の指示書が必要となるのだそうだ。
現在、3か月に1度ほど来てくれる看護師は、あくまでも体調の聞き取りのために訪問するのであって、そうした医療行為は含まれないのだとか。
たかが爪といえど、からだの1部である。
これを切るとなると、医師がメスを持ってお腹を開けたり、歯科医師が歯を削ったりするのと同じであると言われればそうかもしれない。
以前、親戚が入所していた特養では、靴下を片っぽはかせてもらうごとに、別料金が発生したと聞いたことがある。
介護保険サービスができて有り難い部分も大きいが、日常行為のひとつひとつが、「制度」の枠にはいることで、より厳密に、ワルク言えば、融通がきかなくなったこともあるのかもしれない。

命に関わることでなければ無理強いしないほうがいいというようなことが、介護のマニュアルに書いてあった。
読んだ時は、頭で理解したつもりだった。
しかしいざ目の前に展開すると、「切る、切る」とお返事ばかりで、頑なに切ろうとしないことに腹が立ち、なんとしてでも切らせようと、こちらも意地になってしまう。
そればかりか、昔っから口先ばかり調子よかったよね、などと過去からの葛藤まで蘇ってしまう。身内介護がむずかしい所以だ。

あまりにもまわりがうるさく言うので、従いたくなくなっているのだろうか。
(父の性分からいってそれは大いにあり得る)。
それとも、切りたいのは山々だが、手の微妙な力加減がうまくいかなくなっていて、不安があるのだろうか。
本音を言わないのも、彼の性分なのである。


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