箕面の森の小さなできごと&四季の風景 *みのおハイキングガイド 

明治の森・箕面国定公園の散策日誌から
みのおの山々を歩き始めて三千余回、季節の小さな風景を綴ってます 頑爺<肇&K>

送られてきた漬物! (1)

2014-09-11 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

みのおの森の小さな物語 (創作ものがたり) NO-4

 

 

送られてきた漬物!  (1)

 

 

 

 流通業界に勤める斉藤 健太が、会社の労働組合支部で

 機関紙発行の担当者に任ぜられたのは10月のことだった。

 全国の支部が持ち回りで年一回発行の労組機関誌を編集し、

 4月に組合員約2万人ほどへ配布するもので、今年は健太の

 支部がその担当だった。 

と言っても責任者と健太の二人だけで編集しなければならない

大変な作業だ。

  しかし 機関誌の内容の8割方は毎年恒例のもので、その年の

 会社資料や偉いさんの記事で決まっていたのでその点は楽だった

 が、後の2割は自分達で記事を作り編集して埋めなければ

 ならなかった。 

その中でも特に毎年好評なのは組合員の一人に

 スポットを当て、その生身の日常生活をルポするコーナーが人気の

 ようで、その担当を健太がするように指示された。

 

それから知り合いの先輩や後輩に次々と当ってみるが中々

 いい返事がもらえない・・・

 年が開け2月になっても候補者さえ決められないでいた。

 そしていよいよ原稿締め間じかになったある日のこと

 責任者から・・・ 

 

  「仕方ないな・・・そんなら斉藤 お前が自分自身のことを

     何か書け・・・」

 

と 指示された。

 

  「私が・・・ですか? まさか そんな・・・」

 

 健太はそうは言ったものの自分の責任上 紙面に穴をあける

 ワケにもいかず渋々引き受けたものの・・・ 

 

   「どうしよう~?」

 

寝ずに考えた末、数年前にあの出来事を素直に書いてみよう・・・

と思いついた。

 

 そして次の日 眠い目をこすりながら机に向かった。

 何しろ中学、高校と作文は5段階中 (2)と評価はさんざんだった

 ので、その作業は四苦八苦だった。

 

 健太はやっと出来上がった原稿を責任者に読んでもらった。

 

 

 

 

              <送られてきた漬物> 

                                

                           MD事業部物資第一課

                                斉藤  健太

                      

 

「 私は週末になると家の近くの箕面の山歩きを何よりの趣味と

しています。  

時には里山を妻や子供達を連れて歩くものの、その日はたまたま一人で

歩いていました。

 勝尾寺から清水谷を通り林道から府道にで、 そこから高山村経由で

明ケ田尾山へ向かう途中のことでした。

 

予定より遅れていたので少し早足で歩いていた時のことです・・・

東側を流れる箕面川の少し広くなったところに、二人のご夫婦らしき人が  

しきりに川石を重そうに持ち上げては・・ 首をひねったり ああでもない~ 

こうでもない~ と いった感じで笑っていました。                                                

私は二人が腰をさすっている姿につい 「何か手伝いましょうか・・・」 と、 

大きな声で声をかけてみました。

 

 お二人は少しビックリした顔で見合わせていたが、 私がそう言いながら

さっさと土手から川へ降りていったので・・・ 

   「仕方なく ?  頼んでみるか・・・」

という様子でした。

 腰にぶら下げたタオルで額の汗をぬぐい乍ら、 私がヨロヨロしつつ足場の

悪い中州を渡るのを心配そうに見ておられたが・・・  

私も何をされているのか興味半分、お助けマン半分で、とにかく近ずいて

いきました。

お二人は道から見たときよりは若かったけれど、それでも70才代後半か?

ニコニコとされ、 いかにも人のよさそうなお爺さんとお婆さんだった。

 

  「何をされているんですか・・・?  

   腰 ?  痛そうにされてたので何か手伝いましょうか?   

   若いですから・・・ハハハ・・・!」 と、何か自分でも

お節介いだったかな・・・  と思いながら、それが苦笑いになってしまった。

 

  「いやいや ありがとう! 心配かけてすまんですね・・・   

   実は婆さんの漬物石を探しとったんですわ・・・」 と。

  「なるほど漬物石ですか・・・ 」

  

 昔 田舎にいたときよく祖母が大根や、白菜 キューリ 茄子 ウリや

ゴボウなどまで、季節の野菜をいっぱい大きな漬物樽に何個も漬けていて、 

それが一冬中の家族の食卓を賑わせていたし、子供ながらに祖母のものは

特別美味しかった思いがある。

 祖母が亡くなり、自分も大阪に来て就職し家族を持ってからは妻に

たまに頼んでみるが、あの子供の頃の漬物の美味しさはいつも味わえ

なかった。

 

  「じゃ! 私が手伝いますよ・・・これでも昔は柔道部で力持ちです

   からね・・・ ハハハ! ハハハ! 」  

また、違和感を感じる自分の笑い声に心の中で苦笑する。

  「そうかね・・・じゃ!  婆さんや・・・せっかくだからさっき重くて

   持てそうになかったあの石はどうかな・・・ 

   丁度底が平たくて安定しとるじゃろ・・・」  

おばあさんはうなずいて・・・

  「大丈夫かね・・あれでも!?」 と言う顔つき・・・ 

  ・・・それはそうと  これどこへ運ぶの?  

     いくらなんでも手で持って家まで・・・か? ・・・ 

 

 そんな心配を察知したのか、お爺さんは西の道端に停めてある

軽トラック車(これは”田舎のベンツ”と言うそうだが・・・) を指さした。

   ・・・あんなところに車があったのか・・・ よかった!  

一瞬  ほっとする。 

   ・・・約20m位だから大丈夫だ・・・

私はまた調子に乗って 「軽い・・軽いですよ!  ハハハ! ハハハ! 」 

と笑ってしまった。

 

 それから15分位は、それまでにお爺さんが選んであった小さな小石も

含め10個ほどの川石を田舎のベンツに運んだ・・・ 

しかし さすが一番大きな石だけは正直重かった・・・ 

若いときと違って腕力が落ちていることを実感した。

 

 恐縮し頭をペコペコ下げてお礼を言うお二人に、こちらの方が恐縮して

しまったけれど、とにかく喜んでもらってよかった。

  どうしても名前を聞かせてくれ・・・ と言う・・・ 

なんでもばあさんの漬物は天下一品だからその内 送ってやるから・・・

とのこと。

   「そんなの・・・ いいですよ・・・」

 と、言い乍ら私は根が素直なもんで?   もう腰の名刺入れに手を

やっている自分にまた苦笑!  ハハハ!   

   「そうですか・・・ じゃ! これ・・・」 

つい仕事での習慣で名刺を出したが, 後で考えてみたらこの場で名刺は

ないだろう・・・ と これも自分で苦笑い!  

しかし住所を書く適当な紙もなく、これしかなかった。

お爺さんは名刺を受け取り  ほ~!  としばし眺めてはポケットにしま

われた。 

 

  「これからどこ行くのかね・・・?」 

   「あっちの・・・ 高山の方です・・」   

  「丁度いいわ! 乗ってケ・・・」  

 

私はそれから田舎のベンツの荷台に揺られ、山への登り口まで送って

もらいました。

座ったお尻は痛かったけど、時間は早くに着いて予定通りになりました。

 

 

それから数ヶ月ほど経ったある日のこと・・・

会社に戻ると、同僚が私の顔を見て 

皆が一様に変な顔をする・・・

   「何?   どうしたの?  なにかあったの?」   

席に近づくと鼻を抑えている人がいる。

 

の時、自分のデスクの上に デン! と大きな樽が置かれているでは

ないか・・・ 

  「うん?   なに?   なに?」 

                                                                                                            近代的な本社オフィスビルのモダンなインテリア机の上に・・・ 何か?

しかもそこのパソコンを端によけて置かれているのは、紛れもなく大きな

漬物樽だった。 

 

 糠味噌のその匂いは半端じゃない・・・

田舎とて家屋とは別の納屋に入れたりして隔離してあるのに、

よりによってこの俺の机の上に何とした事を・・・  

でも瞬間的に思い出した・・・ 

  ・・・ひょっとしてあの時の あのお婆ちゃんの漬物かな?・・・ 

分かったとたんすぐ周りの人々に弁解をして回った。

 

  「すまん! すまん! 

   田舎の婆ちゃんがな・・・ 間違えて会社に漬けモン送った・・・ と

   言うとったな・・・ これやな  ホンマ嫌んなるわ・・・  

   ハハハ!   ハハハ!  臭いな・・・俺もたまらんわ!  ハハハ」 

 

もう笑うしかなかった。

 その内、自分の笑いが事務所全体に笑いとなって広がり、鼻を押さえて

いた人も・・・

 

   「しゃーないな・・・ハハハ!  でも早よ何とかしてよ・・・」 

    「なんとかな?  そうや通勤の車に入れとこ・・・」  

 

私の慌てぶりとドタバタはしばらく続いたが、帰宅する頃にはもうみんな

忘れたような顔をしていてほっとした。 

 

 

(2) へ続く・・・

 

 

 

 

 

 


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送られてきた漬物! (2)

2014-09-11 | *みのおの森の小さな物語(創作短編)

 

送られてきた漬物! (2)

 

 

 

家に帰る車の中は田舎の匂いでいっぱい!  

最初は地獄だったが、その内あの時のことを思い出した。

 あれからお婆さんは一所懸命に寒い中、この漬物を漬けたんだろうな・・・

そしてやっとあの時に約束したことを忘れずに覚えていてくれて私の所へ

送ってきてくれたんだな・・・ ありがとうございます・・・

それを思うと、ふっと亡くなった祖母のあの田舎と漬物の味を思い出して・・・

その内、とうとう涙で顔がグシャグシャニなってしまった。

 

 家に帰って樽を家に持ち込む前に、私は妻にいきさつを話した。

ニヤニヤ聞いていた妻は、その内こらえきれずに吹き出してしまった。

  「そんなにな笑うことないやろ~ ええか?   

   じゃ!  樽はガレージに置いとくからな・・・」  

やっと了解をとって家に入った。

 妻は 「早速今晩の夕食に頂いてみましょうよ・・・」 と言う。 

二人で恐る恐る樽の蓋を取ってみる・・・ 

事情を聞いた子供達も初めてみる漬物樽に

   「これ臭いな・・・ ! 」   

   「これ食べれるのん? 腐ってんのとちゃうの?」

と言いながらも、興味しんしんの目で見ている。 

やがて蓋が開いた・・

妻は慣れた手つきでぬかの中に手をいて大根 白菜漬けなどいくつかを

取り出した。  

 その日の夕食は話題いっぱいで、みんなの笑い声に溢れた。

漬物は実に美味しかった・・・

 妻は 「これはスーパーで売ってるものと違い、野菜のうまみを上手に

引き出しいるわ・・・」 なんて、評論家のような事を言って誉めてるし、

親が嬉しそうに うまい! 美味しい!  と言うせいか?  

3人の子供達も 日頃食べた事もないのに おいしい!  おいしい! と

騒いでいる・・・ 

 私は味もさることながら、懐かしい自分の田舎と祖母の思いとが重なって

胸がいっぱいになっていた・・・ 

涙ぐむ私にまた妻が大笑いし、子供達は不思議そうな顔をして私の顔を

見ていた。

樽の蓋の上に手紙がそえてありました。

 

  「・・・その節はありがとうございました。 遅くなりましたがお陰で

   美味しい漬物ができましたので送ります。

   足りなくなったらまた送ります・・・ 」

 

この言葉に私は一瞬昼間の会社での光景を思いあわてて・・・

再びはごめんだよ! と叫んだ・・・  そして

 

  「私たちには子供がいないので寂しくしています。  

   何もないですがよかったらみんなで遊びに来てください・・・ 」 

 

と 鉛筆書きで住所や簡単な地図も書いてあった。

 

 

 翌月の日曜日 私たち一家5人は、早速あのお爺さんとお婆さんと

連絡を取り合い、お二人のの家を尋ねる事にしました。 

 そこは私の箕面の家から車で僅30分足らずの山の中でしたが、

古い趣のある昔の家で、まさに懐かしい田舎の家そのものでした。

裏山を背にして、南向きの縁側に座って私たちを待っていてくれたようで、

それはそれは私には嬉しい再会でした。

 何と言っても自然の中で子供達が大喜び・・・ なんでも興味津々・・・

放って置いても3人で歓声を上げながら遊んでいる・・・ 

妻は沢山の漬物を置いた納屋を見せてもらいながらお婆さんと漬物談義を

したりして談笑している・・・ 

 なんでも箕面の市場でお婆さんの漬物が売られていて大変評判が

いいのだそうだ・・・ 分かる 分かる とみんなで納得したものです。

 私はお爺さんが許可をもらって持っているといると言うイノシシ狩り用の

猟銃を見せてもらったり、その武勇伝を聞いたりして、各々がみんな大満足! 

懐かしい田舎料理をご馳走になりながら、あの会社での漬物騒ぎが話題に

なり、皆で腹の底から大笑いをしました。

 

 来月には、初めてお爺さんとお婆さんが我が家を訪れることに・・・ 

すでに私たち夫婦には両親がいなく、 したがって子供たちにも祖父母が

いないだけに この交わりは大切にしていきたい。

我が家に温かい田舎ができた・・・ 素直に心からうれしい!

あの時 箕面川で声を掛けた時から、私たちには何か目に見えない

不思議なご縁があったようです。

 

いま私は  ハハハ  ハハハ と 素直に心の底から大声で笑えるように

なりました。

                                   (終)    」

 

 

 労組の機関誌担当責任者は健太の原稿を読み終えると・・・

  「 なんたるち~や やな! ちょっと稚拙な文章やけど、まあ今年は

    これでいこか・・・」

と あっさり承認された。

 そりてギリギリ締め切りに間に合い、4月 この記事は全国の組合員に

配布された。

 そしてその日から健太のあだ名は 「箕面の漬物君」 と呼ばれるように

なり、上司や先輩からは可愛がられ、同輩や後輩からも慕われる大いなる

役得となった。 

 

 

(完)

 

 

 

 

 

 

 

 


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