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ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

平川克美 21世紀の楕円幻想論―その日暮らしの哲学 ミシマ社

2019-01-06 12:39:45 | エッセイ

 平川克美氏の本は、何冊目だろうか。「小商いのすすめ」は、衝撃的な本であった。今回の本も、そのシリーズと言っていいのだろう。出版社も同じミシマ社。

 ミシマ社は、いちど訪れてみたいものだと思っている。ミシマ社長の書いた本を読んで。自由が丘にあるらしい。

 あ、そうだ、行きたいと言えば、その前に「隣町珈琲」だな。荏原中延にある。

 東急池上線の荏原中延は、その昔、従兄が住んでいたので、何度か行ったことがある。40年前の話だ。東京の私鉄沿線の、よくある感じの街、とりたてて特長のあるというのではない街、という印象があるが、実のところはよく覚えていない。

 年に数度上京する機会はあるが、ほぼ1泊2日で、目的の所用を済ませると、東京駅への道すがら、あと、1~2か所回れるのが関の山。

 高校卒業後、学校に進んでそのまま東京近辺に暮らしている友人たちや、大学時代の友人たちに会いたいと思ってはいるのだが、果たせないでいる。

 隣町珈琲は、もちろん平川氏の著作で知って、すぐにでも行きたい、と思ったところだが、なにぶんにも、東京は遠い。次回には必ず、とは思う。いっそ、隣町珈琲への訪問のみを目的として行く、というふうでもいいのかもしれない。

 ああ、そうだ、昨年、平川氏が、鷲田清一氏と仙台で対談なさったおり、メディアテークの一階に聴きには行った。

 内田樹氏は、我が師と勝手に仰いでいるが、最近は、必ずしもすべての著作は追いかけていなくて、というのも、結構、冊数が出ているし、まあ、だいたいおっしゃることは分かってきた感じがして、読んでみると、やっぱりそう来たな、というところで、いちいち得心はするのだが、いまいち、新たな発見が少ない、というふうにもなっている。

 それに比べれば、平川氏は、ほとんど読んでいるといっていい。端的に出版点数の問題でもある。ただ、「俺に似たひと」だけは、手が伸びないでいる。

 いずれ、内田氏、平川氏のおっしゃることは、信頼できる。

 そうだな。

 経済ということで言えば、等価交換と贈与と再分配の3つの要素のうち、等価交換のみが突出したように見える、つまり、市場至上主義的、新自由主義な最近の流れを修正するべきであろうという行論に与する立場。行き過ぎたグローバルにたいして、ローカルを対峙する立場、地方分権を推進する立場。一方、行き過ぎたグローバルにたいして、改めて国民国家の枠組みを考え直し、再評価しようとする立場。

 ちょっと前まで、グローバルという言葉は、押し並べて同じ、にしてしまう、等質化してしまう日本というナショナルに対して、もっと別の価値観がある、別の道があるという多様性を指し示すポジティブな意味合いのものとして用いられることが多かったはずだが、今では、いつのまにか、米国流の市場至上主義、新自由主義の単一の物差しですべてを順番づける、強力な等質化を指す言葉になり下がってしまっている。

 ナショナルという言葉について言えば、日本を愛するとして、明治以降戦前までを突出して重視するのではなく、江戸時代以前、中世、古代以前まで遡った日本というエリアの歴史社会文化を含めて見て行こうとする立場。

 共同体というものに、贈与しあう相互扶助の暖かさのみでなく、がんじがらめの桎梏をも感じてしまう立場。自由を謳歌しながら、過度の競争を厭う立場。

 私が、このところ読む本は、ほぼすべてこういう考え方、感じ方に収まっていると私は思っている。好みとして、あからさまに別の考えと分かってしまっているひとの著作は読まない、という選択が働いているから、とも言えるかもしれない。しかし、上記のような立場は、穏当で、日本人の過半数は同意してくれそうな立場だと思うのだが、どうだろうか?

 さて、本書の副題は「その日暮らしの哲学」である。まえがきに氏の勧める「小商い」について、こんなことが書いてある。ビジネスプロセスに「全責任を負う」とは、「その日暮らし」とは一見相反するように見える言葉である。

 

「そうか、小商いとは、自分がその全責任を負って行うビジネスプロセスのことを言うのか。…(中略)…それが何であれ、どんな種類の商いであれ、本来自分に責任のないようなビジネスプロセスにまで、責任を負う態度のことを、わたしは小商いと呼びたいのだと思ったのであった。」(まえがき 9ページ)

 

 しかし、実は、その直前にこう書いてある。

 

「あるとき「偶然と必然」というテーマが頭に浮かび、わたしたちがこの世に生を享け、今こうしていることはほとんど偶然で、結局ひとは偶然に生まれて偶然に成功したり失敗したりして、偶然に死んでいくんじゃないかという考えに取りつかれた。だとするならば、この偶然の結果としてのろくでもない現実に対して、わたしには何の責任もないだろう。この自分には責任のない偶然を必然に変えることが、本来の生きるという意味なのかもしれないと考えるようになった。」(8ページ)

 

 あらかじめ割り当てられた責任などはない。義務感からの責任ではない。最近流行りの「自己責任論」のように、実は、他を責め立てるための責任論とは別である。なにか晴れ晴れとした境地から、自ら責任を取ろうとする態度のことである。

 

「下手をすれば、日々の釜の蓋もあかなくなり、一夜の宿にも困窮するということになりかねない。それでも、その日暮らしというのは、なかなか味のある生き方だと思うし、これからの成長しない経済の時代に適合した生き方になり得るようにも思う。そのために必要なものは何か。それが問題だ。/その答えは本書をお読みいただきたいと思う。」(10ページ)

 

 楕円幻想ということについては、歴史学者・網野善彦の「無縁」の考え方を参照している。

 

「網野善彦によれば、列島の沿岸部、周縁部には、自分の持ち場を持たない遍歴する商人が行き交い、犯罪者、芸能者、遊女、連歌師、勧進僧といった列島を漂流して生きている人々が集まる場所が、吹き溜まりのようにできてきます。それこそ、「逃れの町」ですね。その場所は中央権力の影響圏から隔離され、それゆえにアジールとしての性格を持つようになった。衆生に縁なきものも、この場所でなら、自分の才覚次第で生きていけるところ。そして、これこそが市の始まりだというのが網野説であり、私は深く同意するものです。

 市とは、「無縁」の原理によって貫徹されている場所であり、それは、今日の市場の原理と同じ発想だろうと思います。

 そして「無縁」の原理で動いている最も典型的な場所が、賭場なんですね。

 それに対して本来我々の世俗の社会は「有縁」の社会です。縁でがんじがらめにつながっている社会です。」(138ページ)

 

 網野善彦の「無縁・公界・楽」を読んで何年たつだろうか。20年以上前だったと思う。当時は、当然のように、「無縁」の世界こそが素晴らしい世界、これからの世の中をよりよくしていくのは「無縁」の場所が広がっていくことだ、というふうに読んでいたと思う。

 しかし、いま、市場至上主義がはびこり、人間味のない荒涼とした世界が広がっているようにも見える。「無縁」の世界は、金の切れ目は縁の切れ目であるような殺伐とした世界でしかなかったとも言えるのではないか。

 逆に「有縁」の共同体、地域のコミュニティが価値を復活している。あの我々が疎んじた、がんじがらめの地域社会こそが、実はユートピアだった、みたいな話にもなっているのかもしれない。

 そこで、平川氏は、「無縁」と「有縁」は、択一式に一方だけを選ぶ、ということではないのだとおっしゃる。

 

「渡世の「縁」が及ばない場所という装置を、人間社会はどこかで必要としている。

 「有縁」の場と「無縁」の場は、社会が形成される過程で、自然に二つの焦点になって行ったのだろうと思います。

 逆に言えば、二つの焦点の周りに、社会が形成されてきたのです。」(141ページ)

 

「江戸時代は、厳しい身分制社会でしたが、立場が弱ければ弱いほど、その共同体の内側では、相互扶助的なものが息づいていたということです。

…(中略)…

とにかく、わたしたちの生活の場は、そうした「有縁」の原理を基本として組み立てていくことが大切だと思います。

しかし、それは、「無縁」の原理を否定するということではないのです。わたしたちは、生活の場とは異なる原理を否定したくとも、否定しようがない。二つの、異なる原理によって、わたしたちの社会は成立しているからです。

新自由主義は、「有縁」の原理を否定し、「無縁」の原理だけでやっていこうとしています。「無縁」の原理を「有縁」の娑婆に導入したんですよ。」(150ページ)

 

 ひとつの中心しか持たない「真円」ではなく、二つの焦点をもつ「楕円」で比喩される社会。

 

 「楕円幻想」という言葉は、花田清輝の著作から借りた言葉である。また、マルセル・モースの「贈与論」、マイケル・ポランニーの経済人類学、玉野井芳郎。

 人名は出てこないが、南方熊楠、柄谷行人、中沢新一、内山節…

 最後の参考文献には、國分功一郎「中動態の世界」も挙げられている。

 

「選べないものを選ぶよりは逡巡せよ。

 わたしは、そう思います。

 …(中略)…

 選べない現実の前で、立ち止まり、戸惑うことの中から、思ってもいなかった風景が目の前に開けるということもある。選べない理由の意味は、ためらい、逡巡しなければ見えてこないのです。」(209ページ)

 

 この引用については、松本隆作詞の「木綿のハンカチーフ」が参照されている。

 さて、次は、高橋源一郎と辻信一の対談「「雑」の思想」の紹介か。ここにも山崎亮氏が、登場している。


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