(2010.11.13 訪問)
群青の蔵王権現にお会いするためひたすら吉野を目指しました。電車ですけど。
今日の天気予報は、近畿全域、ハレ・ハレ・ハレのはず。
空は墨絵流しの失敗作のよう、兎に角ひどいくもりよ~だよ。
「気象予報士はなにしてるの」 と女房が怒ってました。
近鉄電車情報では、紅葉状況、みごろ・みごろ・みごろのはず。
紅葉みごろどころか緑のなかに赤が点々。紅葉を楽しみに来たのにムリ!
「誰か現地に来て調べたの」 と女房が怒ってました。
そして変な国からへんな砂が飛んできたらしい。こいつが美しき日本の空を…。
困ったもんです。
そんな我が物顔の自然界をしり目に、群青の蔵王権現三体は見事なけんけんの
一足立ち。憤怒の眼で我が閻浮提に睨みをきかせているように感じ……ました。
●秘仏御開帳パンフから。
[ 金峯山寺 ] きんぷせんじ
山号 国軸山(こくじくさん)
寺号 金峯山寺
開基 役行者
宗派 金峯山修験本宗 総本山
本尊 金剛蔵王大権現立像三体
金峯山寺縁起
吉野山から大峯山山上ケ岳は古代より聖域と云われ、役行者がこの山で修行に入
り、金剛蔵王大権現を感得したといいます。この姿を桜に刻んで、山上ケ岳と山
麓の吉野山に祭祀、これが金峯山寺の開創と伝えられているそうです。
●近鉄吉野駅。かなりの人で賑わっています。紅葉はまだまだとは知らないで。
●黒門。
金峯山寺の高麗門式総門、吉野一山の総門だそうです。のわりにはついでに建て
たという感じ。
●仁王門。(国宝)
偏額に金峯山と揮毫されています。重層入母屋造、瓦葺。大きな仁王門です。
●金剛力士阿形像と吽形像。(重文)
1338年大仏師康成(運慶の曽孫)が造像。像高5.7m。大きいです。
●蔵王堂。(国宝)
金峯山寺の本堂。
重層入母屋造り、桧皮葺き、高さ34m、四方36m。東大寺大仏殿に次ぐ大きな
木造建造物。
本尊 金剛蔵王大権現立像三体。中尊 像高7m超、脇尊 像高6m超。
金剛蔵王大権現立像三体は1592年頃の造像といい彩色群青は見事!大きさに
も像形迫力にも圧倒されますヨ。巨体の割にお厨子が小さくかなり窮屈そう、で
した、が。
権現とは。
仏が衆生を救うために、神など仮の姿をもってこの世に現れることといい、寺伝
では中尊が釈迦如来、向かって右尊が千手観音、左尊が弥勒菩薩が本地仏、それ
ぞれ過去・現世・来世を象徴するといいます。
本地仏で衆生は救えないのですか?
神仏習合とか本地垂迹とか、なんと都合のよい言葉なのでしょう。と思っても口
に出したらダメですよ。
●蔵王堂偏額。
●金峯山寺塔頭、東南院多宝塔。
●金峯山寺塔頭、喜蔵院、山門。
●金峯山寺塔頭、喜蔵院、本堂。
●金峯山寺塔頭、桜本坊、山門。
●金峯山寺塔頭、桜本坊、本堂。
このお寺は天武天皇に縁が深いそうです。
●金峯山寺塔頭、桜本坊、聖天堂。
●吉水神社、山門。
吉水神社は元は吉水院と云う金峯山寺の塔頭の一つです。明治八年に他の修験系
寺院ともども神仏分離令、修験道廃止令の危機時に祭神後醍醐天皇を迎え神社と
して存続、危機一髪セーフだったそうです。
●吉水神社、本殿と書院。(重文)
日本最古の書院と云われ、南朝の行宮が置かれていました。後醍醐天皇玉座があ
ります。
●竹林院。
竹林院群芳園は當麻寺中之坊、郡山慈光院の庭園と共に、大和三庭園と云われて
いる名園です。
宿坊とは云えすでに旅館の風情、内で仲居さんがウロウロしています。
●竹林院群芳園。
紅葉の紅葉らしさはこのお寺だけ。けど色づきは数本のみです。
特別開扉と紅葉を期待して吉野を訪ねましたが、紅葉はまだまだ、見頃は今月
末から来月初め辺りでしょうか。責任は持てませんので念のため。
女房にもう一回来るか?と聞きますとゼッタイ来ないと云ってました。
それでは悲劇の匂いに包まれた如意輪寺につづく。