土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

如意輪寺で悲劇の帝王、後醍醐天皇陵に。

2010年11月17日 | 奈良の古寺巡り


(2010.11.13 訪問)
河内金剛寺、観心寺とここ吉野は、南朝四代と楠木一族の哀しみの地として今に
名を残しています。如意輪寺は、帝王後醍醐の吉野行宮の勅願所として寺格がな
され、天皇崩御後このお寺の裏山に葬られ、塔尾陵を造営、その守護寺院として
このお寺はあります。南朝次帝後村上天皇と忠臣楠木正成の長子正行の関係も涙
を誘う語りとして今も継がれているようです。
如意輪寺は、金峯山寺境内から谷一つ隔てた塔尾山腹に位置し、桜吉野山の中千
本、一目千本に囲まれたところです。行宮の置かれた吉水神社からの眺望は凄い
です。悲運の中での後醍醐帝も一刻のやすらぎをも求めたのでは。
今は凄くないです。ただの山です。

[ 如意輪寺 ] にょいりんじ
山号 塔尾山(とおのざん)
院号 椿花院(ちんかいん)
寺号 如意輪寺
開基 日蔵道賢上人  
宗派 浄土宗
本尊 如意輪観音菩薩坐像

●如意輪寺への道。
近鉄吉野駅から如意輪寺直行の古道。僅かの民家と温泉旅館があるだけでお寺ま
で終始こんな情景です。



●参道石段。



●山門。



●如意輪堂(本堂)
本尊 如意輪観音菩薩
このお堂が名を残したのは、楠木正行四条畷決戦出陣のおり次帝後村上帝に別れ
を告げ、塔尾陵参拝後、お堂扉に辞世の歌を残していること。この扉は今宝物館
で見ることができます。
辞世「かえらじと かねておもへば 梓弓 なき数に入る 名をぞとどむる」
二十三歳青年の歌。



●不動堂と本尊難切不動尊石像。





●鐘楼。



●手水鉢。



●多宝塔。
本尊 阿弥陀如来像。
塔にかかる枝垂れもこうなると寂しさをとおり越して、云いようのない儚さを感
じませんか。



●宝物館。
ご本尊如意輪観音菩薩をモデルに天井に描かれた油絵像です。かなりの大きさで、
下の台に寝て上を向いて拝する。馬堀喜孝画伯作。楠木正行のお堂扉に残した辞
世の扉も見ることができます。



●後醍醐天皇御霊殿。



この日は秋期御霊殿特別公開日で、天皇自作像を拝見出来ました。



●後醍醐天皇塔尾陵(とおののみささぎ)。
境内横の御陵参道六十数段上ったところ北向きに造られている円墳。
京都帰還を願っていた天皇の意志
「身はたとへ南山の苔に埋むるとも魂魄は常に北闕の天を望まん」
どおり天皇陵としては唯一北向き(京都方向)になっており、「北面の御陵」と
呼ばれているそうです。



春の華やかな賑々しいピンクのうねりに較べ、秋の桜葉はなんとうら寂しいもの
でしょう。桜葉の紅葉は今年は期待できないと聞きます。このお寺の桜木も殆ど
裸木、茶色の落ち葉となっていました。錦秋の印象がまるでない今日の如意輪寺
は、金峯山寺の賑わいにをよそに、南朝の哀しみにつつまれ、訪れる人も少なく
閑かな刻が流れていました。