(2014.11.29訪問)
依然霧時雨のなか、些か消化不良のまま長谷寺を辞し、参道を下ったところにある番外札所の法起院に寄り
ました。行も帰りも常に見逃される小さなお寺も、長谷寺塔頭開山坊で西国三十三カ所観音霊場生みの親、
徳道上人の御廟寺、見逃すわけにはいきません。番外と云えど観音霊場、しかし不思議なことにこのお寺の
ご本尊は観音さんではありません。上人自ら彫ったと伝わるお像です。閻魔大王の教示を受け、三十三カ所
霊場を定めた上人の決意の源がこの小さなお寺にあったのでしょうか。
それにしても御朱印をいただく時間の方が長かったくらい、10分もあれば拝観オシマイの小さなお寺です。
▼与喜の山の色付きも今日は冴えません。
[ 法起院 ]
●寺号 法起院 (ほうきいん)
●開基 伝 徳道上人 (とくどうしょうにん)
●開創 伝 天平五年 (733年)
●宗派 真言宗豊山派 長谷寺塔頭
●本尊 木造徳道上人
▲拝観料 無料 朱印300円 駐車場 無料
▲拝観時間 9:00~16:30 (12月~3月)
▲西国三十三カ所観音霊場番外札所
▲http://www.houkiin.or.jp/
▲奈良県桜井市初瀬776番地 Tel.0744-47-8032
▲近鉄大阪線「長谷寺駅」下車 徒歩15分
▼寺標。
法起院縁起 (法起院HPより抄出)
徳道上人は、当時我が国随一の名僧であった大和長谷寺の道明大徳との間に師弟の契りをお結びになり、約
十年間の修行の後、名僧となられた上人は、大和長谷寺、鎌倉長谷寺をはじめ諸国に四十九カ所の寺院を建
立、その中でも大和長谷寺では本尊大観音を造立されました。養老二年の春、病のため仮死状態の上人は、
夢の中で閻魔大王にお会いになり、人々を救う為に三十三カ所の観音菩薩の霊場を広めるように委嘱され、
三十三カ所の宝印を与えられ仮死状態から解放されました。上人は三十三カ所の霊場を設けましたが、人々
は上人を信用しなかったので、やむなく宝印を摂津中山寺にお埋めになったと伝えられています。二百七十
年後の永延二年(988年) 、花山法皇がこの宝印を掘り出し、今日の三十三カ所を復興しました。
▼山門。
▼半浮き金泥塗りの立派な寺号札。
▼開山堂、本堂です。
▼扁額。
▼徳道上人が本尊として祀られています。
▼徳道上人廟。
▼徳道上人十三重塔廟。
▼本堂横の仏足石。
▼よう来たなァと布袋さん。
▼あまりにリアルなお地蔵さん。少々引きそうになりました。
▼境内一角のお稲荷さん、ココだけ赤が目立っております。
▼番外札所の御朱印です。上人塔廟に置かせていただきました。
で法起院オシマイであります。
法起院に向かって参道の草餅処寿屋さんの前を通っていると、お店のお姉さんが「お兄さん、味見して」と
出来立てホヤホヤの草餅を一個いただきました。
当然、名物草餅三箱、お土産に買ったことは云うまでもありません。
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