
(2014.12.07訪問)
空模様が少々怪しくなってきましたが飛鳥寺を訪ねます。岡寺から西北に少しの所、我が国黎明期の政の中
心飛鳥の地に善悪織り交ぜた蘇我馬子が建立したと伝わる法興寺です。厩戸皇子をはじめ炊屋姫天皇、蘇我
馬子、少し下って蘇我氏打倒のクーデターの主役、中大兄皇子や中臣鎌足が歴史に名を留める飛鳥時代、同
族同士の権力者達同士の権力闘争が絶え間なく繰り返されたこの地に我が国初の本格寺院が建立されたのが
法興寺なんです。時の為政者達は完成したこの大寺院を見てどんな感慨を持ったのか、特に厩戸皇子こと聖
徳太子にインタビューしたい気がします。
▼1400年間歴史を見つめてきた御眼です。

[ 飛鳥寺 ]
●山号 鳥形山 (ちょうけいさん)
●寺号 飛鳥寺 (あすかでら) 創建時 法興寺 (ほうこうじ) 現在称 安居院 (あんごいん)
●開基 蘇我馬子 (そがのうまこ)
●開創 伝 推古天皇四年 (596年)
●宗派 真言宗豊山派
●本尊 釈迦如来坐像
▲拝観料 300円 朱印300円 駐車場 無料
▲拝観時間 9:00~17:00
▲奈良県高市郡明日香村飛鳥682 Tel.0744-54-2126
▲近鉄「橿原神宮前」下車 東口から周遊バスにて「飛鳥大仏前」下車スグ
▼東門。

飛鳥寺縁起 (飛鳥寺パンフより抄出)
第三十二代崇峻天皇元年 (588年) 蘇我馬子が発願し、第三十三代推古天皇四年 (596年) に創建された日本
最初の寺であり、寺名を法興寺、元興寺、飛鳥寺とも呼んだ。昭和三十一年の発掘調査により創建時の寺は
塔を中心に東西と北に金堂を配する最初の本格寺院で、外側に廻廊を巡らし、北に講堂を含む壮大な伽藍で
あった。本尊飛鳥大仏 (釈迦如来坐像) は推古天皇十七年 (609年) 天皇が詔して鞍作鳥 (止利仏師) 造らせた
日本最古の仏像である。旧伽藍は平安、鎌倉期の火災により焼失、室町以降荒廃したが、江戸期に再建され
今日に至っている。
▼飛鳥寺創建時の復元図。(明日香村資料より)

▼残る礎石の夢のあと。

▼思惟殿。観音堂です。

▼鐘楼。

▼放生池。

▼サインや寺標など全て飛鳥大仏とあります。

▼本堂。創建時の中金堂趾に建ちます。

▼本尊飛鳥大仏 (重文) 釈迦如来坐像。
創建当初の中金堂趾に現本堂があり、本尊は当初のままの位置に今も坐しています。補修で後補の跡だら
け、飛鳥の面影は僅かしか残ってないそうです。

▼こんなお顔です。

▼右脇壇に阿弥陀如来坐像。

▼左脇壇お厨子に聖徳太子十六歳孝養像。

▼なんと凛々しいお顔なんでしょう。

▼中庭。

▼西参道、この手前に西門と槻の広場があったそうです。

▼南から飛鳥寺を見ると。

▼飛鳥寺の南、真神原といわれた地域。
物部守屋を滅ぼした蘇我馬子は、寺院建立のためこの真神原を寺地とし整地を始めたそうです。
乙巳のクーデターの時もこんな天気だったんでしょうか、雨が降ってたそうですね。
飛鳥板蓋宮趾はもう少し南にあります。

▼乙巳の変の生々しい現場。入鹿の首が飛んでいるの見えます?
皇極天皇四年 (645年) 六月十二日、飛鳥板蓋宮で中大兄皇子が中臣鎌足と蘇我入鹿を殺害するというクー
デター。(談山神社多武峰縁起絵巻より)

▼その入鹿の首がここまで飛んで来たんです。その跡に建つ入鹿首塚。

▼御朱印です。往時の礎石に置いて。

六十年ほど前の発掘調査で法興寺の全容が解明されましたが、我が国初の大寺院の面影は今地上を見渡して
も何もありません。僅かに今の境内に数個の礎石が往時を物語るのみです。
↓ ポチッと押していただければたいへん嬉しいのですが。
