(2016.12.03訪問)
仁和寺からきぬかけの路を東に、寂を代表する「石庭」で著名な龍安寺があります。参道や拝観受付にはすでに列が出来ています。
「石庭」を前にして拝観の人々が「鈴なり」寂どころか大盛況。ある一点を凝視している方、石の数を数えている方、目を瞑り何か
を瞑想している方などで、なかなか前列に坐ることが出来ません。
砂と石を見て皆さん何を思い、何を感じているのでしょうか。
▼方丈石庭 (特別名勝)。
方丈前庭に東西25m、南北10mの空間に白砂を敷き詰め、15個の石を配した枯山水庭。
室末末期に作庭されたと伝わり作庭者は不明、15個の石の意味も謎のままです。
龍安寺HPで四つの「石庭の謎」を解説してます。
[ 龍安寺 ]
●山号 大雲山 (だいうんざん)
●寺号 龍安寺 (りょうあんじ)
●宗派 臨済宗妙心寺派 (妙心寺塔頭)
●開基 細川勝元
●開山 義天玄承 (ぎてんげんしょう) 妙心寺五世住持
●開創 宝徳二年 (1450年)
●本尊 釈迦牟尼仏
●平成六年 (1994年) 古都京都の文化財として世界文化遺産に登録。
▲京都府京都市右京区龍安寺御陵下町13 TEL.075-463-2216
▲拝観料 500円 御朱印300円
▲拝観時間 8:00~17:00 12月~2月 8:30~16:30
▲HP http://www.ryoanji.jp/
▲JR・近畿日本鉄道 「京都駅」から市バス 50番系統 「立命館大学前」下車 徒歩7分
京阪電鉄「三条駅」から市バス 59番系統「龍安寺前」下車すぐ
▼門前の寺号石柱。道路を挟んだ所の小さな門前に石標ががあります。
龍安寺縁起 (龍安寺パンフレットより抄出)
宝徳二年 (1450年) 室町幕府管領細川勝元が、藤原北家傍流徳大寺家の山荘を譲り受け寺地とし、妙心寺五世住持義天玄承を開山と
して創建された。応仁の乱で全山焼失、明応八年(1499年)勝元の息政元が再興したが寛政9年(1797年)の火災で仏殿など主要伽藍を
焼失したため、塔頭の西源院の方丈を移築して龍安寺の方丈(本堂)とした。方丈前庭は枯山水の石庭として著名で禅苑の名刹である。
▼まだまだ赤の勢い盛んです。
▼庫裡。
▼筆勢豪快な書が迎えてくれます。書家寺西乾山が揮毫した陶淵明の漢詩です。
▼方丈 (重文) のお部屋。
▼石庭。
▼砂と石が語りかけてくれるのが聞こえますか?
▼石庭。
▼方丈扁額もシンプルですネ。
▼方丈西庭の紅葉。
▼さりげなく佇む石灯籠。
▼方丈北庭の紅葉、まだ青葉も混じっています。
▼吾唯足知。
▼方丈東庭。
▼東庭の龍安寺垣と秀吉がことのほか愛したと伝わる侘助椿の老木。
▼庫裡から紅葉のきれいな参道を見ると拝観者が途切れなくやってきます。
▼勅使門 (重文) 前を通って名勝鏡容池へ。
広い鏡容池の周囲は回遊路が巡り、四季の変化する景観を見せ、今こちらは錦繍の美を見せてくれています。
▼真っ赤です。
▼対岸もとりどりの美を見せ……、
▼間もなく真っ赤に彩られる路を歩き……、
▼池色の変化を見ながら……、
▼緑から赤へのグラデのトンネルを抜けると……、
▼鏡容池を見渡せる所まで来ました。池面に映る空のブルー、ことのほかきれいでした。
▼ご朱印です。
禅の心髄が込められた石庭を前にしてしばしの瞑目を、極端に象徴化された石庭と禅の奥義は如何にと、思った所で結論が出るよう
な高級な脳細胞を、ボクは持ち合わせていませんので、間違ってもそんなことは思いません。
白砂に石が15個、この単純な石庭美を「美」ととらえることが出来たらそれでエエでしょう。
謎残る龍安寺石庭、これにて オ シ マ イ
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