土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

蔵王権現を訪ねて吉野の金峯山寺へ。

2010年11月16日 | 奈良の古寺巡り


(2010.11.13 訪問)
群青の蔵王権現にお会いするためひたすら吉野を目指しました。電車ですけど。

今日の天気予報は、近畿全域、ハレ・ハレ・ハレのはず。
空は墨絵流しの失敗作のよう、兎に角ひどいくもりよ~だよ。
「気象予報士はなにしてるの」 と女房が怒ってました。

近鉄電車情報では、紅葉状況、みごろ・みごろ・みごろのはず。
紅葉みごろどころか緑のなかに赤が点々。紅葉を楽しみに来たのにムリ!
「誰か現地に来て調べたの」 と女房が怒ってました。

そして変な国からへんな砂が飛んできたらしい。こいつが美しき日本の空を…。
困ったもんです。

そんな我が物顔の自然界をしり目に、群青の蔵王権現三体は見事なけんけんの
一足立ち。憤怒の眼で我が閻浮提に睨みをきかせているように感じ……ました。

●秘仏御開帳パンフから。



[ 金峯山寺 ] きんぷせんじ
山号 国軸山(こくじくさん)
寺号 金峯山寺
開基 役行者  
宗派 金峯山修験本宗 総本山
本尊 金剛蔵王大権現立像三体

金峯山寺縁起
吉野山から大峯山山上ケ岳は古代より聖域と云われ、役行者がこの山で修行に入
り、金剛蔵王大権現を感得したといいます。この姿を桜に刻んで、山上ケ岳と山
麓の吉野山に祭祀、これが金峯山寺の開創と伝えられているそうです。

●近鉄吉野駅。かなりの人で賑わっています。紅葉はまだまだとは知らないで。



●黒門。
金峯山寺の高麗門式総門、吉野一山の総門だそうです。のわりにはついでに建て
たという感じ。



●仁王門。(国宝)
偏額に金峯山と揮毫されています。重層入母屋造、瓦葺。大きな仁王門です。



●金剛力士阿形像と吽形像。(重文)
1338年大仏師康成(運慶の曽孫)が造像。像高5.7m。大きいです。





●蔵王堂。(国宝)
金峯山寺の本堂。
重層入母屋造り、桧皮葺き、高さ34m、四方36m。東大寺大仏殿に次ぐ大きな
木造建造物。
本尊 金剛蔵王大権現立像三体。中尊 像高7m超、脇尊 像高6m超。
金剛蔵王大権現立像三体は1592年頃の造像といい彩色群青は見事!大きさに
も像形迫力にも圧倒されますヨ。巨体の割にお厨子が小さくかなり窮屈そう、で
した、が。
権現とは。
仏が衆生を救うために、神など仮の姿をもってこの世に現れることといい、寺伝
では中尊が釈迦如来、向かって右尊が千手観音、左尊が弥勒菩薩が本地仏、それ
ぞれ過去・現世・来世を象徴するといいます。
本地仏で衆生は救えないのですか?
神仏習合とか本地垂迹とか、なんと都合のよい言葉なのでしょう。と思っても口
に出したらダメですよ。



●蔵王堂偏額。



●金峯山寺塔頭、東南院多宝塔。



●金峯山寺塔頭、喜蔵院、山門。



●金峯山寺塔頭、喜蔵院、本堂。



●金峯山寺塔頭、桜本坊、山門。



●金峯山寺塔頭、桜本坊、本堂。
このお寺は天武天皇に縁が深いそうです。



●金峯山寺塔頭、桜本坊、聖天堂。



●吉水神社、山門。
吉水神社は元は吉水院と云う金峯山寺の塔頭の一つです。明治八年に他の修験系
寺院ともども神仏分離令、修験道廃止令の危機時に祭神後醍醐天皇を迎え神社と
して存続、危機一髪セーフだったそうです。



●吉水神社、本殿と書院。(重文)
日本最古の書院と云われ、南朝の行宮が置かれていました。後醍醐天皇玉座があ
ります。



●竹林院。
竹林院群芳園は當麻寺中之坊、郡山慈光院の庭園と共に、大和三庭園と云われて
いる名園です。
宿坊とは云えすでに旅館の風情、内で仲居さんがウロウロしています。



●竹林院群芳園。
紅葉の紅葉らしさはこのお寺だけ。けど色づきは数本のみです。







特別開扉と紅葉を期待して吉野を訪ねましたが、紅葉はまだまだ、見頃は今月
末から来月初め辺りでしょうか。責任は持てませんので念のため。
女房にもう一回来るか?と聞きますとゼッタイ来ないと云ってました。

それでは悲劇の匂いに包まれた如意輪寺につづく。

現世、鑑真さん精神の息吹きは…。唐招提寺を訪ねました。

2010年11月09日 | 奈良の古寺巡り


(2010.11.6 訪問)

名刹に余計な言葉は要りませんネ。

●南大門。




●金堂。




●講堂。


●鼓楼。


●鐘楼。


●礼堂。


●境内。




●経蔵。


●宝蔵。


●本願殿。


●芭蕉句碑(左)と会津八一歌碑。


●鑑真廟への道。


●鑑真廟。


●鑑真廟庭。






●戒壇。


●世界遺産碑。


愛染明王に会いに西大寺へ。

2010年11月08日 | 奈良の古寺巡り


(2010.11.6 訪問)
明日7日で平城遷都1300年祭平城宮蹟会場がお終いになる6日朝9時過ぎ近鉄西
大寺駅に着きました。奈良の朝はピーカン!!いまだに気持ちのワルいヘンな着
ぐるみがウロウロしているところは止めて、ただちに、西大寺へ向かいます。駅
からほんの二分ほどのところに東門が在りますが、この日は正式に?南門から入
山しました。

[ 西大寺 ] さいだいじ
山号 勝寶山(しょうほうざん)
院号 四王院 
寺号 西大寺  
宗派 真言律宗 総本山
本尊 釈迦如来立像 像高167cm(重文)



西大寺縁起
聖武天皇の東大寺の向こうを張って、娘の称徳天皇が鎮護国家と仲麻呂反乱鎮圧
を求め四天王造立を発願。十五年余の歳月で寺容が整い、広大な寺域に百数十の
堂宇が建ち並んでいたと伝えています。
平安衰退後鎌倉時代、叡尊上人が復興、真言律宗の教えに基づく戒律を重視、弟
子の忍性上人と共に社会福祉事業にも力を尽くしたことは特に著名です。

●南門。



●南門屋根のハト。称徳天皇の願いをこめて境内を眺めているのでしょうか。



●南門一直線に東塔址越しに本堂。



●本堂と東塔址基壇。



●本堂(重文)
江戸後期の再建。土壁は無く総板壁のお堂。内陣は仰々しい荘厳はなく質素であ
るけれど非常に上質な感性豊かな荘厳です。



●本尊釈迦如来立像(重文)
中央須弥壇上御厨子に本尊釈迦如来立像が佇立。スラリとしたプロポーションに
しばらく見とれていました。
京嵯峨の清涼寺の三国伝来本尊迦如来立像の模刻とはいえ、叡尊さんプロデュー
スで鎌倉後期第一級の仏師の手になる像、もはや模刻を越えた名作といえそうで
す。



●興正菩薩叡尊坐像。
本堂西脇室に空海さん坐像と並んで安置されています。西大寺中興の祖叡尊さん
は当代随一真言律の名僧。真言律宗のお寺には必ずと言っていいほど叡尊さん寿
像が残っています。



 

●四王金堂。
草創期の由緒が残るお堂。
本尊、十一面観音立像(重文)長谷寺式十一面観音で右手に錫杖を持ち右手に蓮
華、像高590cm、長谷寺ほどでないにしろかなり大きい。漆箔は見事に残ってい
ます。天平期唯一残る四天王立像は足下の邪鬼だけが創建時のものらしいです。
邪鬼曰わく「邪険にするからだ、ざまあみろ!ケッケッケッ」



●四王金堂扁額。



●境内。



●愛染堂。
江戸中期、京近衛御殿を移築した宸殿造りのお堂。
本尊 愛染明王坐像(重文)通常秘仏ですが特別開扉中で初めてお会いしました。
このお像は本堂本尊釈迦如来立像と同じ仏師(仏師善円)の作と云うことで小粒
ながら迫力満点、赤という梵名の由来から全身朱色が鮮明、衣文にのこる載金や
墨文様も見事です。仏師善円さんはさしずめ叡尊さん専属の仏師の感があります。



護摩堂。不動明王を祀っています。覗いてみましたが内部は真っ黒け。



●少し色づいています。



●鐘楼堂。



●東門。
通常こちらから入山される方が多いようです。写真右へ2分のところに近鉄西大寺
駅があります。



この日どうしても拝観しておきたかった体性院(西大寺奥の院)の叡尊さん五輪
塔に向かいます。

●体性院山門。



●叡尊さん五輪塔。
総高342cm。日本一大きい五輪塔といい叡尊さん90歳で示寂した年に建立され
たらしいです。非常に開放感のある境内に叡尊さん以外に西大寺長老の五輪塔が
三基建てられ、いずれも大きな五輪塔です。





それでは西大寺駅に戻って西の京へ向かいま~す。

珍しいものを発見しましたヨ、久米田寺。

2010年11月02日 | 大阪の古寺巡り


(2010.10.30 訪問)
牛滝山は大阪府道40号線のドン突きなので岸和田市街へは逆行一直線、街中に近
づくほど明るくなってきました。台風来てたの?という感じ、雨模様はどこかへ
行きました。
(台風被害に遭われた皆さまお見舞い申し上げます。)
二十数年前、このお寺の前の久米田池には幾度か来たことがあるのですが、お寺
を訪ねるのは初めて、付近の変わりようにはビックリ、ようもまあこれだけ変わ
るもんです。印象が全くありません。そりゃ四半世紀前ですものね。

[ 久米田寺 ] くめだじ
山号 龍臥山(りゅうがさん)
院号 隆池院 
寺号 久米田寺  
宗派 高野山真言宗
本尊 釈迦三尊像(釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩)

久米田寺縁起
奈良朝聖武天皇勅願、行基さん開創。奈良時代のお寺の開基定型文がここにもあ
ります。そうそうあの橘諸兄さんが大壇越とも云われるそうです。
往時の寺域は相当広大で、奈良から平安にかけては学問寺として確固たる地位を
築いたそうですが、時代の波は栄枯盛衰を繰り返し、悠久の時は大寺といえども
幾度もの悲哀を被ったと寺伝は伝えているそうです。現在の寺景と堂宇群は江戸
初期に復興整備されたものといいます。

●大門。
旧道に沿って建つ立派な瓦葺き二層門。二層には花頭窓が見えます。



●大門横の寺標。



●石製境内案内図。陰刻してます。こんな案内板は初めて見ました。
イイデスネ~、オシャレですね~、



●金堂。
大門の一直線上に位置しています。
本尊 釈迦三尊像(釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩)
毎月20日、21日には開扉されるそうです。



●開山堂(行基堂)。
開創行基さんを祀っています。



●大師堂。
唯一開扉されていたお堂です。弘法大師空海さんを中心に不動明王、毘沙門天を
祀っています。
須弥壇ばかりに気が向き、格天井に立派な仏画が描かれているのに気付きません
でした。アトの祭りです。



●観音堂。
本尊 千手観音菩薩。



●多宝塔。
2003年再建。仏舎利二粒をお祀りしているそうです。





●手水舎。



●鐘楼。



●聖天堂と八十八か所巡り堂。



●宝蔵。ミニ校倉造り風の宝蔵です。



●塔頭、明王院。



●塔頭、五大院と華厳院。



●鎮守社。白髭稲荷大明神と白龍弁才天



●靖霊殿。
法隆寺の夢殿を模して建立され、戦没者の霊をお祀りする八角円堂。



★ジャジャ~ン!! 猫饅頭発見!! こんなの初めて!!
靖霊殿参道前で子猫ばかりが遊んでいましたが、急にドドッ~と集合、下へもぐ
ったり、上に登ったりおしくら饅頭の状態。1匹冷めた目でボクを見ているのがい
ますネ。
何匹の小猫ちゃんがいると思います?



答え、左の1匹を除いてなんとなんと12匹。

岸和田のお寺歩き お・し・ま・い。今日の収穫、猫饅頭。

赤が織りなす錦秋はさぞやの大威徳寺。しかし今は滝の音のみ…。

2010年11月01日 | 大阪の古寺巡り


(2010.10.30 訪問)
台風14号が紀伊半島沖から東海沖を通過中の30日、大阪は比較的影響が少なかっ
たので岸和田牛滝山中の大威徳寺を訪ねました。紅葉の名所と云われるだけにま
だまだ青もみじですが全山もみじにに覆われています。小雨とはいえ雨の山中、
薄暗く人の気配なし、静かすぎる古寺を訪ねるのはいささか勇気が…。

こんな天気でした。



[ 大威徳寺 ] だいいとくじ
山号 牛滝山(うしたきさん) 
寺号 大威徳寺  
宗派 天台宗
本尊 大威徳明王

大威徳寺縁起
役行者の開基と伝えられ、空海さんも修行したといいます。現在天台宗のお寺で
すが、往時は真言・天台兼学寺院といい修験道場として寺勢を誇ったらしいです
が、秀吉の根来攻めで兵火にかかり数十坊あった塔頭寺院は炎上消滅したと伝わ
ります。

●山門参道。



●山門。



●山門偏額。牛滝山と揮毫されています。



●牛滝山キャラクター、立派な牛が山門を入るとスグのところに。



●鐘楼。1681年の建立。



●手水鉢。竹樋で引かれた山水はさすがに冷たかったです。



●境内からの山容。



●本堂正面。
本尊 大威徳明王、前扉はガッチリ施錠されています。



●本堂裏面。



●本堂前のお地蔵さんと牛像。



●本堂前の長命不動明王の石像。



●多宝塔。(重文)
塔高 13m。本瓦葺。
内部の墨書に1513年銘があり、460年前の建立が証明されているそうです。珍し
いことに本堂の背面に塔の配置は例が少ないそうです。





●大師堂。



一部赤みをさしてきたもみじ。



●本坊。この日はやはりどなたもいらっしゃら無いようで…。



●境内から牛滝川の上流に向って牛滝園地渓流歩道が整備され葛城登山道へ続いて
います。石ころだらけの河原ではキャンプが出来るそうですが、もちろん今日は
誰もいません。
滝の音が聞こえてきます。境内からスグのところに一の滝、二、三と三段滝が姿
を見せます。



●真新しい吊り橋がありました。



渓流歩道は細く濡れていますので足下がおぼつきません。ボクはここから引き返
しました。境内にもどって園地案内板を見ると「雨天時は渓流歩道の通行を禁止
します」とありました。

歩く前に先ず案内板をじっくり見ましょうネ、皆さん!!

それでは、街中の久米田寺に向かいます。