土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

勝利寺、珍しい寺号でしょう。

2017年07月18日 | 和歌山の古寺巡り





(2017.07.15訪問)


全国にここ一か所だけと云われてる寺号のお寺があります。「勝利寺」と云う名のお寺は真田幸村でお馴染みの九度山町、あの女人
高野慈尊院の裏山手にあるお寺なんです。慈尊院や丹生官省符神社は何度か訪ねているのですが、勝利寺については全くその存在す
ら知りませんでした。今日は久々に慈尊院を訪ねようと、ややこしい道のりを二時間かけてやって来ると、近くで勝利寺案内→を発
見、よしこちらを先に訪ねようと言う訳で、珍しい寺号の「勝利寺」へレッツゴーです。


慈尊院西横の細い山道を登ってゆくと勝利寺の駐車場が有ります。その前に……、

▼恐ろしや参道石段。約50段は有るでしょうか、ビックリする急勾配の石段。       







[ 勝利寺 ]
●山号 万年山 (まんねんざん)
●院号 世尊院 (せそんいん)
●寺号 勝利寺 (しょうりじ)
●宗派 高野山真言宗 (こうやさんしんごんしゅう)
●開基 伝 弘法大師空海 (こうぼうだいしくうかい)
●開創 伝 平安初期
●本尊 十一面観音菩薩
▲ 和歌山県伊都郡九度山町慈尊院749 Tel. 0736-54-2214 (慈尊院)
▲拝観料 境内自由 ご朱印300円 (慈尊院にて受付)
▲時間 9:00~17:00
▲南海高野線「九度山駅」から徒歩25分
 京奈和自動車道高野口ICから約15分





▼見てくださいこの石段、各段に草のび放題。どう見ても常に参拝者が有るようには思えません。    







勝利寺縁起
高野山開創の前年に四十二歳の空海が厄除け祈願のために十一面観音を自ら彫り奉納し開創。
かって天皇や上皇行幸の宿舎としても
利用され、嘉応元年後白河上皇が高野山を参詣した際もここに宿泊し、その時建立された御幸門も残っています。






▼急石段ですが手すりだけはしっかり付いてます。        







▼仁王門が近づいてきました。

      





▼仁王門。この地に有るとは思えないデカイ立派な仁王門です。さぞや境内も広いことでしょう。
 桁裄三間一戸、梁間二間、八脚門、重層楼門形式、入母屋造、本瓦葺。安永二年 (1773年) 建立。







▼仁王門の大きさに比べて控えめで山号、院号、寺号とフルネームの扁額。







▼阿形金剛力士。実に見事な仁王さん、木目を知り尽くした仏師の作と思われます。玉眼入り。   













▼吽形金剛力士。      













▼貫上の彫刻。







▼両側にたくさんの草履が掛けられています。
 足腰達者で元気が一番、そんな願いがこもっているようです。厄除け祈願か高野山参りのお礼奉納なんでしょうネ。

    





▼仁王門から境内を見ると本堂が見えます。







▼左手に手水鉢、お水は出ていません。







▼境内の一角、向こうに見えるのは本堂。







▼本堂です。桁裄三間、梁間三間、入母屋造、本瓦葺、一間向拝付。堂宇は小さいながらも、屋根の前面千鳥破風が強烈な主張です。







▼本堂前面三間は蔀戸。小窓もなく内部は窺い知れません。







▼鰐口です。







▼さてどれが本堂の扁額でしょう。答、判りません。







▼達者な書の勝利寺縁起が掛けられています。







▼木鼻の阿形獅子。朱塗りの中で唯一白塗りで、やたら目立ちます。







▼吽形獅子。







▼本堂と右緑に埋もれる地蔵堂。







▼このお寺、数少ない堂宇間は渡り廊下で結ばれています。

        




▼地蔵堂。前面三間は蔀戸。このお堂も小窓もなく内部は窺い知れません。
 桁裄三間、梁間三間、寄せ棟造、本瓦葺、一間向拝付。明和七年頃 (1770年頃) 建立。

   





▼地蔵堂扁額。

        




▼大師堂。一見すると経蔵か宝庫のイメージする小堂。一間四方、宝形造、本瓦葺、一間向拝付。

        




▼内部は須弥壇の設え。正面に弘法大師空海さん坐像が祀られています。常に目にする大師像とは違い妙にリアルなお像です。

     





▼鐘楼ですが梵鐘は懸けられていません。傾斜のない袴腰、桁裄二間、梁間一間、桟瓦葺。珍しい形の鐘楼です。







▼境内から見た仁王門。







紙遊苑、元は勝利寺の方丈。

元は勝利寺住職の方丈としての建物でしたが、現在紙遊苑として手漉き和紙、弘法大師縁の高野紙の伝統と文化を後世に伝えるべく
創設された施設です。茅葺きの趣きある建物が目印です。館内には高野紙づくりの道具を展示、ジオラマや和凧などを展示。紙漉き
体験することができ貴重な体験をさせてくれるスポットです。。

▼入り口長屋門と後方茅葺きが旧方丈、ここに色んなものが展示されています。







▼大小の和凧。







▼旧方丈のお部屋と濡れ縁。







▼国指定になっている庭園。            







▼見渡せば高野口町の街並と遠く紀泉の山並み。







▼ご朱印です。勝利寺の朱印は下の慈尊院にて戴けます。







寺号からして勝敗に関わりのある方々の参拝が多いらしく、かってはプロ球団も必勝祈願に訪れたことがあったそうですが、現在は
無住のお寺です。管理は慈尊院がされてるらしくよく行き届き、小さい境内ながら立派な伽藍構えで、見事にきれいなお寺ですが、
参道石段などを見ると雑草が目立ち、余り人々の参拝が多いようには見えません。主要堂宇は施錠ガッチリ、堂内を覗くことすら出
来ないのは少々残念でした。   

勝利寺 オ シ マ イ

それではスグ下の慈尊院を訪ねましょう。





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智積院の桔梗、まだまだ満開が続きそう。

2017年07月14日 | 花巡り





彩さんのブログ、「彩の気まぐれ写真」で京の智積院の桔梗を紹介されていたので早速行ってまいりました。
桔梗咲くお寺は奈良の元興寺と白毫寺しか知りませんので、京の桔梗のお寺、お初の智積院です。

●「彩の気まぐれ写真」http://sazaneri8.exblog.jp/ では、他寺の桔梗やお花の寺社が紹介されてます。
お花大好き人さん、訪ねてみて下さい。



▼このお寺です。七条通り東突端の正面に智積院はあります。







▼正面の本堂までの矩形参道両側の背の低い智山垣に沿って桔梗が植えられています。
 訪ねたのは13日、昼過ぎの京は気温34℃越え、薄曇り、時に直射あり。無茶苦茶暑い。







▼島植えや面植えではないライン植えは見応えあります。







直射日光にもめげず健気に咲くブルー、ところどころ白が混ざる智積院の桔梗、ご覧ください。









































































































智積院の桔梗、まだまだ見頃が続きそうです。
こよなく桔梗ブルーを愛する方、訪ねるのは朝か夕方ですよ。真っ昼間は桔梗が倒れる前に貴方が倒れますよ。
桔梗好きにはたまらない、智積院の桔梗でした。 オ シ マ イ





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瀧谷不動尊、「日本三不動の一」といわれ、不思議なご利益があるそうです。

2017年07月13日 | 大阪の古寺巡り





(2017.07.08訪問)


新大和路号は龍泉寺から北へ10分少々、皆さん瀧谷さんと親しみ込めて呼んでいる瀧谷不動明王寺へ向かっています。府道202号線沿
いに広~い駐車場、ほぼクルマはイッパイ。本尊不動明王は「日本三不動の一」と云われ、交通安全、厄除けなどで不思議なご利益が
あるそうで、訪ねたときも交通安全祈祷の声と太鼓の音が響いていました。そうそうこのお不動さん、眼の神様とも呼ばれ信仰も半端
じゃないそうです。





▼境内に一歩踏み入れると、太鼓の音と祈祷の声が響いてきます。法楽殿での交通安全祈祷中。







            [ 瀧谷不動尊 ]
            ●山号 瀧谷山 (たきだにざん)
            ●寺号 瀧谷不動明王寺 (たきだにふどうみょうおうじ)
            ●宗派 真言宗智山派 (しんごんしゅうちざんは)
            ●開基 伝 弘法大師空海 (こうぼうだいしくうかい)
            ●開創 伝 弘仁十二年 (821年)
            ●本尊 不動明王 (重文)
            ▲ 大阪府富田林市彼方1762 Tel. 072-134-0028
            ▲拝観料 境内自由 ご朱印300円
            ▲http://www.takidanifudouson.or.jp
            ▲近鉄長野線「滝谷不動駅」下車 東へ徒歩15分
             南阪奈道路「羽曳野IC」から外環状線を南へ「廿山南」から府道202号線を東へ約2km





            ▼寺号石柱。







瀧谷不動尊縁起 (瀧谷不動尊HPから抄出)
当山は平安時代、嵯峨天皇の弘仁十二年(821年)に弘法大師が国家の安全と国民の幸せを祈るために開かれた道場で、本尊不動明王及
び脇侍の矜羯羅童子、制吒迦童子との御三体は、大師一刀三礼の霊像としてうやまわれています。
もとは今の境内から南約1kmの嶽山の中腹にありましたが、正平十五年(1360年)足利義詮の嶽山金胎寺城攻めに焼失、本尊と両童子は
お滝の下に移されて難をのがれました。その後一人の目の見えない老僧が現れて、御本尊の霊験を説き、人々にすすめて小堂を建てて
日夜礼拝していましたが、たちまち晴眼となって、いずくともなく立ち去ったといいます。これは弘法大師が御本尊の霊験あらたかな
ことを教えられたのであると、眼病平癒の霊像として信仰されることとなりました。その後寛正四年(1463年)畠山政長、義就の嶽山合
戦で再び兵火にかかりついに今の場所に移り、次第に復興し今日に至っています。





▼府道202号線に面して建つ、朱色鮮やかな総門。境内には門を入って左へ。







▼扁額もピッカピカです。






▼境内マップ。達者なイラストマップですネ。中央走る道路は府道202号線です。
 






▼せめて穢れを拭って。







▼鐘楼。







▼本堂。本尊不動明王、脇侍に矜羯羅童子、制吒迦童子をお祀りしています。







▼山号が書かれた豪華な本堂扁額。







▼本堂内陣です。須弥壇中央お厨子に本尊不動明王が祀られています。本尊は毎月8、18、28日にご開帳されます。



(内陣写真は瀧谷不動尊HPからお借りしました)      





            ▼マァなんと鮮やかな本堂奉安の不動明王。本尊ではありません。
             本尊不動明王は毎月8、18、28日にご開帳されます。
             


            (不動明王写真は瀧谷不動尊HPからお借りしました)





▼手水舎。







▼観音堂。本尊聖観音菩薩。桁裄三間、梁間三間、寄せ棟造り、本瓦葺き、一間向拝付。慶長年間の建立。







▼本堂前広場から高台に多宝塔が望めます。







▼多宝塔へは少々石段を上ります。







▼多宝塔です。昭和五十九年弘法大師遠忌記念で建立。本尊金剛界大日如来。
 高台狭小地に建つため、全景が撮れません。



府道202号線を挟んだ対面の高台からしか撮れないそうでそれを期待しましょう。





▼多宝塔高台から見た対面の高台です。見えるお堂は三宝荒神堂。







それでは対面の高台へ。

▼府道202号線脇に一願不動堂があります。お堂の扁額です。







▼堂内奥に岩に囲まれた不動明王一家。水掛不動尊と矜羯羅童子、制吒迦童子が祀られています。







▼お不動さんのお顔アップ。







▼駐車場横に明王殿。正月に限っての交通安全祈願所。







▼明王殿の扁額。

          




▼いよいよ上り石段です。観音惣拝所が見えます。

   





▼観音惣拝所。西国三十三所ミニ霊場巡りの言わば入口。

          





            ▼聖観音菩薩立像が祀られています。

          




▼湾曲のお堂、三十三所堂。観音霊場の石仏がズラリ祀られ、足元にはお砂踏みが完備。平成十七年再建。

     





▼石仏とお砂踏みです。







▼三十三所観音石仏です。







            ▼参道石段脇にこんな可愛いお地蔵さんが。







▼山上に三宝荒神堂。平成十七年再建。







▼三宝荒神堂。本尊三宝荒神尊。
 桁裄三間、梁間二間、入母屋造、銅板葺、千鳥破風に一間向拝は唐破風の小さいながらも手の混んだ屋根の造りです。







▼扁額です。







▼堂内は白木造りの須弥壇、中央朱漆のお厨子の中に本尊三宝荒神尊が祀られています。







さてさて、三宝荒神堂の前から第一境内の多宝塔を望みます。バッチリです。

▼こうして見ますと相当高台に建てられているようですネ。

























▼ご朱印です。







先の龍泉寺もこの瀧谷不動明王寺も天才空海さんが関係するお寺ですが、その印象はまるで違います。かたや歴史の曲折を経た古刹の
雰囲気、ここ瀧谷不動明王寺は極めて明るく、諸堂の朱色が映える気鋭のお寺、道路を挟んで変化に富んだ境内が参詣者に受けるのか
も知れず、その多さも頷けます。最もそんなことより本尊お不動さんのご利益が群を抜いているからと思っておきましょうか。   

瀧谷不動明王寺 オ シ マ イ





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龍泉寺、その名の通り龍神が活躍した古刹です。

2017年07月10日 | 大阪の古寺巡り





(2017.07.08訪問)


我が大大阪にも聖徳太子や行基さん、空海さんの由緒伝承を伝える古寺古刹が各地に点在しています。最古の官道といわれた大和と
河内を結ぶ竹ノ内街道、この道の大阪側にも、時代を経た多くの寺々が点在、歴史の時々に名を留めた有名無名の人々が創建に関わ
り、歴史の翻弄を受けながらも以来連綿と時空を紡ぎ、法灯を今に伝える古寺の数々。大和の大寺には質量とも適わないにしても、
河内東側の山懐に抱かれ、幾多の物語に包まれた大大阪のそんなお寺の一つ、1400年の寺歴を誇る富田林の龍泉寺を今日は訪ねます。




▼もう一つの参道を行きます。







[ 龍泉寺 ]
●山号 牛頭山 (ごずさん)
●寺号 龍泉寺 (りゅうせんじ)
●宗派 高野山真言宗 (こうやさんしんごんしゅう)
●勅命 推古天皇 (すいこてんのう)
●開基 蘇我馬子 (そがのうまこ)
●開創 推古天皇二年 (595年)
●再興 弘法大師空海 (こうぼうだいしくうかい)
●本尊 薬師如来坐像
▲ 大阪府富田林市龍泉888 Tel. 072-134-3134
▲拝観料 300円 ご朱印300円
▲近鉄長野線「富田林駅」下車 金剛バスに乗り換え「龍泉」下車 西へ約800m
 南阪奈道路「羽曳野IC」から外環状線を南へ「廿山南」から府道202号線を東へ、中佐備を右折、府道201号線を南へ約2km




▼すぐに仁王門が見えてきます。







龍泉寺縁起 (龍泉寺パンフレットから抄出)
この地に住む悪龍が里人に害を与えていたため、蘇我馬子が仏修法を行なったところ、龍は仏法の力に伏して飛び去ってしまった。
馬子は聖徳太子と共にこの地に寺院を建立、大いに発展したと伝えます。その後、池の水が枯れ寺や里が衰退。弘仁十四年この地を
訪れた弘法大師が加持祈祷すると、七日目龍が再来して池には水満々、三つの島が出来大師はそれぞれの島に聖天、弁財天、叱天を
祀り牛頭天王を鎮守とされた。この池は現在も龍泉寺庭園として残されています。
その後南北朝や戦国争乱のドサクサでお寺は壊滅、やっと織豊期に灯明料を与えられ、江戸期に入り地元白木藩主の伽藍再建で今日
に至っております。




▼仁王門。







▼石積み基壇に堂々の仁王門 (重文)。三間一戸、切妻造、本瓦葺、八脚門、鎌倉中期建立。
 仁王部屋はガラス張りでネットガードですね、写真は無理かも。

      





▼仁王門扁額は山号です。







            ▼阿形仁王さん。奥の手もこれが精一杯。建治元年(1275年)造立。
             像高364cm、玉眼、檜寄木造。鎌倉期の特色がよく表現された力強い金剛力士で、
             特にお顔は運慶仁王像を彷彿とさせます。







            ▼吽形仁王さん。像高364cm、玉眼、檜寄木造。







▼仁王門を潜るとスグ右に鐘楼。







▼仁王門から緑溢れる一直線参道、その先は本堂です。







▼本堂です。桁裄三間、梁間四間、入母屋造、本瓦葺、一間向拝付。      













▼本堂前面。中央一間格子戸から堂内を覗くことが出来ます。







▼本堂扁額。







▼外陣から内陣を見ます。幢幡のみの荘厳はシンプルだけど力強い印象です。







▼須弥壇お厨子に本尊薬師如来坐像。







▼光背の輝きでお姿がハッキリ見えません。脇侍の二尊像も見えますが何方なのか不詳です。







▼本堂。







▼本堂脇の小道に行者堂。格子から覗くとがらんどう。







▼聖天堂。桁裄三間、梁間四間、宝形造、本瓦葺。完全〆切堂内覗けず、お堂の性格全く不明。







            ▼後醍醐天皇皇子の尊性法親王墓と伝わる宝篋印塔。







▼紫陽花の囲まれた閼伽井。







            ▼閼伽井の横に聖観音像がお立ちです。







名勝池泉回遊式浄土庭園、龍泉寺庭園をグルリ一周してみましょう。
弘法大師が水不足解消祈祷をすると、池には水が湧き三つの島が出現、大師はそれぞれの島に聖天、弁財天、叱天を祀り、以後浄土
庭園として名勝に指定、池を中心に周辺は手を加えず、自然をそのまま生かした庭園です。


▼池と石橋。             







▼僅かに睡蓮が浮かんでるようです。  







▼回遊路の北から。          







▼映り込みの美。           







▼左島草々に埋もれた叱天の祠。     







▼ポツリポツリと睡蓮が咲いてます。







▼本堂横の鳥居から見る中之島の弁財天の祠。







▼弁財天を祀る春日造の祠。この弁天さんの由緒に空海さんが出てくるそうで、祈祷と法力で清水満々と湧き出したといいます。







▼おわりに空海さん名残の雨井戸。
 空海さんが湧水祈願をした時、ここで雨乞いをし八大竜王勧請の井戸と伝承されている井戸がこれ。







▼お暇は元来た参道を戻ります。







▼ご朱印です。






人の営みに欠かすことの出来ない水にまつわる伝承を色濃く残し、超人空海さんの偉業を伝えつつ法灯を守ってきた龍泉寺。伝承に
相応しい景観と飾らない自然のままの姿が今に残る龍泉寺浄土庭園は、造られた美とは違い自然の美ままの奥深さが心を打つのでは
ないだろうか。久々に飾らない庭園を堪能した一刻でした。
富田林の龍泉寺 オ シ マ イ

ここから僅かの所に、大大阪を代表するお不動さんがいらっしゃるんです。





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子安阿弥陀寺、安産と子授け祈願のお寺です。

2017年07月05日 | 大阪の古寺巡り





(2017.07.01訪問)


松尾寺から南へ五〜六キロほど、和泉山脈が連なる山裾にこれから訪ねる子安阿弥陀寺があります。決して山寺ではありませんが、
山裾の傾斜地に境内があるため狭小地にお堂が張り付く感じ。子安阿弥陀寺はその名のとおり安産祈願、子授け祈願のお寺。
境内には安産祈願やお礼参りの兎に角よだれかけがイッパイ、その数半端じゃありません。よほど効能効果抜群のお寺に違いありま
せん。参道を上るにつれ低〜い読経の声が聞こえてきました。





▼ケーブルの駅ではありません、駐車場からの寺景。







[ 子安阿弥陀寺 ]
●山号 大野山 (おおのさん)
●寺号 子安阿弥陀寺 (こやすあみだじ)
●宗派 高野山真言宗 (こうやさんしんごんしゅう)
●開基 行基 (ぎょうき)
●開創 天平十一年 (739年)
●本尊 阿弥陀如来
▲ 大阪府和泉市大野町118 Tel. 0725-99-0358
▲拝観料 境内自由 ご朱印300円
▲http://www.amidadera.or.jp
▲泉北高速鉄道「和泉中央駅」下車 南海バス「父鬼」行きで「大野」下車 徒歩3分
 クルマの場合はナビでお越し下さい





▼縁起が書かれています。







子安阿弥陀寺縁起 (子安阿弥陀寺HPから抄出)
当寺は今から千二百有余年前、聖武天皇の御妃光明皇后が御産を悩まれているときに、当時和泉の国の行基に皇后御安産のための秘
法を修めよと勅命を下されました。行基は、槇尾山の西南に当たる清浄の滝において三七日の間、水ごもりをとって安産の秘法を習
得したところ、満願の日の天平十一年三月十五日の夜明けごろ、滝頭の大桜樹の上に光明が現れ、あたりを照らし金色さんぜんたる
阿弥陀如来が影向され、玉のような皇子御安産の由を告げ知らせてくださいました。行基はこのあらたかな霊験に感激し、直ちにそ
の大桜樹を伐りて、今はっきりと目のあたりに拝んだ阿弥陀如来尊像を刻んで当寺に安置しました。それより女人安産の守り仏とし
て崇め敬われています。





▼参道、山門はすぐそこ。







            ▼歴史があるよと大アピール。

      





▼山門です。







▼ほんわか扁額。







▼この石段を上りきるとスグ本堂です。







            ▼石段途中に手水鉢、眼前にお庭が広がっています。







▼上から見たお庭。







▼上りきるとそこは本堂。







▼低〜い読経の声が聞こえます。







▼非常に狭小な地に建つために本堂全景を見ることができません。







▼中央がお堂扁額なんでしょうか……、







▼画額、字額がイッパイ。







▼先ほどの声、いい声の祈祷読経でした。堂内には安産祈願のご夫婦が四組いらっしゃり熱心に聞き入っていました。          

       




▼反対側から本堂を見ましょう。







            ▼よだれかけ第一弾。願かけ子育地蔵菩薩。
             お寺に願かけ加持布(かじぬの)というよだれかけがあります。願い事を書き、
             子育て地蔵、よだれかけ納め所、五縁地蔵にかけると願いがかなうと言われています。
             祈願よだれかけ一枚300円です。







▼足元、慕ってますネェ。







▼鐘楼。参拝の皆さん、必ず一撞きしてました。







▼よだれかけ第二弾。よだれかけ納め所。







▼どこまで吊るすつもりかな。







▼よだれかけ第三弾。まもなくお顔が見えなくなるのでは。身替五縁地蔵尊。







▼より高所への参道があります。



上りきった所に安産や子授けにご利益のある産神権現社がありながら、なぜか写真撮り忘れでした。





            ▼油滝不動尊が祀られた小堂。







            ▼参道途中に淋し気に孤独の一灯。







▼本堂屋根の宝珠。







▼ご朱印です。







「安産祈願、安産お守り、腹帯、出産お礼参り」など懐かしい言葉です。
我が家も娘二人、歳など云えない堂々たるオバはんになり上の娘はぼつぼつ子育て卒業の歳に、下の娘は子育て真っ最中、
女房とも波風立たずのまあまあの関係で平穏を保っています。
そんなこんなで娘の親になりたての頃を思い出しながら境内を廻っていた子安阿弥陀寺でした。





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