塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

代表選手の称賛と罵声に潜むもの

2013-02-04 19:16:23 | 日記
 「99パーセントの罵声と1パーセントの称賛」

 僕は日本に限らず、すべての国の代表選手たちは上記の言葉で括られていると感じます。

 代表選手というのはその国の窓口であり、同時に高給を得ています。

 ですから収入が少ないファンがだらしない試合を見せられたなら、選手には厳しい声が飛びますしそれは感情論とは
別の物でしょう。

 2010年のフランスのように、監督と選手のエゴが真正面からぶつかり、代表そのものが

 「完全瓦解」

 する形になれば、どんなに真相を真摯に伝えようとしても、伝えれた側は詮索を止めませんしロラン・ブラン政権が
欧州選手権で失地を回復するだけで精いっぱいだった事も頷けます。

 僕たちファンが誤ってはならないことは

 1・称賛すべき点は必ず称賛し、敬意を払う事
 2・批判したければ選手の名誉、家族を犠牲にしてはならない
 3・メディアが選手を批判しても、その構造に注意し批判する必要が無いと判断できたならば批判はしない

 という3点にあると思います。

 「メディアの言うことだから間違いが無い」

 と言う発想では自分の思考が生まれませんし、その副産物すら見えてこないでしょう。

 予想を反して2010年日本が16強に進出したのは、岡田監督の4-1-4-1導入だけでなく

 「先発を外れた中村、出番が全くなかった内田や森本が不平不満を漏らさなかったこと」
 「南アフリカ前の高地合宿の効果ができめんだったこと」

 など、様々な要素が複合化した形で得られたもので、そこには湧き上がる歓声の中に、己の存在価値が見いだせなく
とも我慢した選手や家族がいるわけです。

 香川や米本といったサポートメンバーの頑張りも見逃せません。

 選手を批判するには批判するだけの材料が必要ですが、それは当日のプレイだけでなく、多角的に見て初めてわかる
ことがあることを僕たちは肝に銘じるべきです。

 僕たちの批判が選手を追い詰め、その選手の人生を狂わせることはあってはいけませんし、僕たちにその権利はあり
ません。
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教えると伝えるの違い、圧力か継承か

2013-02-04 17:15:24 | 日記
 日本サッカーの父と今でも敬意を払われるデトマール・クラマー氏。

 彼が50年近い歳月を経た今でも当時の選手たちから慕われているのは、指導する側が思いがちな心がけ、それは

 「教えてやっている」

 という傲慢な態度ではなく、伝えている、言い換えれば「継承」という概念を与えたためではないでしょうか?

 当時のドイツは現在と異なり東西冷戦の象徴でもありましたが、西ドイツは既に1954年のワールドカップを制
覇し、アディダスとプーマの両ブランドは優れた製品づくりでサッカー界を牽引していました。

 ですからクラマー氏も日本の選手たちに対して
 
 「そうじゃない、何を聞いているんだ!」

 と強く出たとしても不思議ではありませんし、選手たちは年長者を敬う日本の礼儀に慣れていましたから、氏の要
求はしっかり受け入れたと思います。

 しかし僕はクラマー氏が選手たちに暴言を吐く、鉄拳を見舞う、日本とドイツを比較するという野暮な行為を働い
たという話を一切聞いたことがありません。

 氏は食事の際もフォークとナイフではなく箸を使ったと言いますし、その謙虚な人柄が人望として代表を結束させた
のは間違いありません。

 指導する側が傲慢になると、声を荒げたり自分の戦術を選手が消化できないと、逐一練習を止めて指示を確認する形
になります。

 選手からすれば随分ストレスとなるでしょうね。

 ナンバー762号では日本代表監督に就任したザッケローニの他、2010年秋に代表監督に就任、または続投する
監督たちの紹介と声が掲載されています。

 ザック、マルセロ・ビエルサ、そしてマノ・メネーゼス。

 彼らは気遣いの人をと紹介され、その人間性の高さが評価されているのが興味深いのです。

 「(中略)ユース世代の選手にも警護を使う。その謙虚さはアルゼンチン人の大半がチリ人から傲慢であると非難さ
   さる現実とは程遠いものであり、チリ国民から愛される理由でもある。」

 これはチリ代表監督時代のビエルサの評判を記した記事の抜粋です。

 少なくとも人柄、そして謙虚で大風呂敷広げない代表監督を手にしている点は、日本にとって優れた決断だったと言
えます。
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もし僕がサッカー部の顧問なら

2013-02-04 15:13:12 | 日記
 僕の知人が横浜で教師をしています。

 彼は同時に卓球部の顧問でもあり、引率する生徒の成績と安全に目を配りながら日々を過ごしています。

 僕が卓球を6年で止めたのに対し、彼は今でもカットマンとしてラケットを握る競技者でもありますが、部活の顧問が
自分が歩んできた競技の顧問になるとは限らず、また学ぶ十分な時間もありません。

 教師はテストの採点、課題の提出の有無、そして授業の準備など膨大な労働時間を常に消費しないといけませんから、
自然と部活の指導は上級生の

 「安易で間抜けな発想」

 に頼る形になります。

 その発想は目的達成の物ではなく、あくまで自分が上級生から与えられた練習を押し付けているだけで、少なくともン僕
の学生時代は実力向上とは何のかけらもない練習が行われていました。

 卓球台の独占もありましたが、学校が全ての備品を提供できるわけではありませんしね。

 学校が地域社会の応援、つまり部活や課外活動を地域の熟練者に任せることは議論の余地があるでしょうが、教師の負担
を減らし、意味のない練習を避けなくてはいけません。

 「校内を靴下で鬼ごっこ」
 「何の準備もしないまま、往復10キロのランニング」

 少なくともこんな形の部活参加、僕は本当に嫌でした。

 もし僕が教師でサッカー部の面倒を見る形になったなら、次の点を示唆します。

 1・練習は毎日行わない。そして短期集中型のプログラムを組む
 2・視聴覚室でサッカーの映像を見る
 3・教師、生徒を混ぜたプレゼンテーション

 「1」は毎日長い時間練習するよりも、適切な時間に集中して取り組んだほうが向上するであろう点と、毎日練習する必要が
無いと思う為です。

 子供の時は誰だってテレビゲームがマンガが気になるもの。

 ならばそちらに集中して頭を切り替えてもらった方が良いと思います。

 「2」は全ての家庭に衛星テレビがあるわけではないでしょうから、ソフトを用意して代表選や欧州サッカーを観て、純粋に
楽しんでももらyためです。

 「3」は今幸運にも、文庫と新書でもサッカー書籍が相次いで発売しています。

 自分が感銘を受けた本、著者の視点に同意できたか、それとも疑問点があるのか、皆を前に発表する時間を取る形です。

 日本は欧州のようにスピーチを学ぶ時間がありません。

 突っかかっても良い、メモを読んでも良いですから、自分が感じた感性を信じる時間を作れたなら、その生徒におおきなやり
がいを与える気がします。
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今の時期の体調管理

2013-02-04 14:55:50 | 日記
 今日の千曲市は小雨模様ですが、体感温度はそれほど低くありません。

 僕は休日で、先ほど先日購入したウインド・ブレイカーを着て外出してみました。

 南長野へ出向くシュミレーションも兼ねて、下はタイツにジーンズ、スニーカーという出で立ちでしたが、確かに
ウインド・リフラクターという説明書き通り、風の侵入はさほど気になりませんでした。

 通常の上着ですと、マフラーをしていても首筋が寒いものですが、今日は気温が高めだったせいもあるのでしょう
か。

 サッカー観戦をアウトドアの範疇におさめるならば、やはりアウトドアウエアの快適さは特に冬場重宝します。

 特に今の時期はインフルエンザが猛威を振るい、外出が難しいですし親御さんならばお子さんの体調の変化に注意
しないといけません。

 風邪をひいたようだ。
 なんとなくだが具合が悪い

 こんな時は潔く、サッカー観戦を中止して結果を家で知る勇気も必要でしょう。

 サッカー場は不特定多数の人数が訪れますから、ひょんな事から風邪をひくかもしれませんし、どんなに着込んで
も風や雪を避けることが出来ない日もあります。

 僕のようなサッカーファンならまだしも、病欠の理由が

 「サッカー観戦に出かけて声を張り上げた」
 「サッカー場で風邪をうつされたようだ」

 という代物を理解する職場、同僚が少ないと思います。

 僕も昨年のパルセイロ最終戦、病み上がりの状態で出かけて不安な面もありましたが、選手同様僕たちも常に体調
維持に注意しないといけません。
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日本のサッカーファンが楽しむど独特の方法

2013-02-04 01:26:46 | 日記
 前回は全国区の対戦カードというお話をしましたが、日本には日本の楽しみ方もあります。

 それは

 「地元のクラブを応援しながら、贔屓の海外クラブを応援する」

 という姿勢です。

 日本は1993年までプロが無く、ワールドカップの取材に派遣された記者の方は日本代表が参戦していないにも関わらず
どうして取材に来たのか尋ねられ、しんどい思いをしていました。

 この点は杉山茂樹氏が過去ナンバーの中で吐露していました。

 ですから「ダイヤモンド・サッカー」を含めて、選手と記者、そしてファンも自然と贔屓のリーグ、選手が海外に誕生した
というわけです。

 今は常に海外リーグ在籍の日本人選手の映像が流れますから、例えばセレッソのファンなら自然とフランクフルトとニュル
ンベルクの情報を集める気になるでしょう。

 しかし、海外のファンが自国、そして贔屓クラブ以外に関心を持つと言う話は聞いたことがありません。

 イングランドやアルゼンチンのファンは、とにかくクラブが第一で代表ですらその活動を疎ましいと思う事があるんですね。

 ですからユナイテッドのファンが賀川が在籍していいたと理由でセレッソを、インテルのファンがFC東京に関心を持つか
と言えばそうとは言えないでしょう。

 例えばポルトガルのように、リーグが基本3強で占められている国ではファンが地元のクラブと3強のいずれかを応援する
という形はあります。

 つまり優勝争いを楽しみながら、同時に地元クラブの応援に精を出すと言う形で、そうでなければ一生優勝の歓喜に立ち会
えないというわけです。

 ですから日本のように

 「地元のクラブと海外クラブの応援」

 という形は、世界でも希な部類に入ると思います。

 しかし今Jリーグは東南アジア市場を目指し進出を開始しましたから、近い将来その地域から今の日本と同じ現象が起きる
可能性はあります。

 「僕は地元クラブも好きだけど、浦和レッズのファンだ」
 「シンガポールにはアルビレックス新潟があるから、日本のアルビレックスにも注目しているよ。」

 そんな声が聞こえて来たら、やはり嬉しいものです。
 
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