塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

日本代表、ラトビア戦に3-0で勝利

2013-02-06 23:11:06 | 日記
 試合前に日本代表の先発予想布陣が発表された際、僕は

 「いじってきたな!」

 という前向きな印象を受けました。

 その要因は

 1・遠藤を先発から外したこと
 2・本田の1トップに中央を香川、左に岡崎、右に清武

 と攻撃陣の配置に変化が見られたためですが、実際は岡崎が1トップを務めましたがこれは遠藤もそうですが前田もキャンプ
中ということで、クラブ側に配慮を示したのでしょう。

 調整中の選手が故障してしまえばクラブ側からすれば痛手しか残りませんし、その点を考慮すれば今野がいかに監督から信頼
されているかがわかります。

 僕の主観でしかないのですが、岡崎はイタリア語でというセコンダ・プンダ、第2FWとしての任務が最適と思えますがどう
でしょうか?

 日本代表は1トップを崩しませんが、2トップでの例ですとポストの働きが出来る第1FWの周囲を衛星のように動きまわり、
自分に相手DFをおびき寄せることで

 「オープンスペースを作る」
 「第1FWがシュートを打ちやすい環境」

 というふたつの利点が得られます。

 岡田前監督が彼を2列目で起用したのは、最前線で固定するよりも動き回ってくれた方が、代表にも岡崎にも利益があると考え
た為でしょう。

 本田の1トップも含めて監督は新顔ではなく、あくまで

 「既存戦力」

 を有効活用することで、代表の底上げと経験値を高めようとしています。

 大津が起用された点は良かったと思いますが、この手段は動脈硬化という反動も気になりますから、いささかリスクを背負って
の形となります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

否定的、教えすぎ、次世代のメッシは存在するか

2013-02-06 17:06:01 | 日記
 海外に出たことのない僕が言うのもおかしな話ですが、日本は

 「教えすぎ」か「否定的」

 のいずれかに属するのでは無いでしょうか?

 今日の千曲市は全国同様雪模様で、天気ならば出かけようと思っていたパルセイロの練習見学を止めて雪かきを行い
ました。

 「お前のやり方は中途半端だ。」
 「こういう風にやらなくてはいけないんだ。」

 と父が叱責します。

 いくら身内でもこういう言い方をされますと非常の不愉快ですし、家の手伝いすらしたくなくなります。

 僕が打たれ弱い側面があることは確かでしょうが、もし各クラブのジュニアユース、ユースのコーチ達が子供に否定
的な意見を吐けば、彼らのやる気は一気に冷めてしまうのではないか。

 そんな事を感じました。

 僕は多少遠回りしても構わないので、自分なりに上手い解決方法を見出した方が肥やしになると思う反面、そんな叱
責されるくらいなら、叱責する側が思う

 「最適の方法」

 を伝えてから作業するように仕向けたら良いと思います。

 言伝があったにも関わらず、思うような形になっていれば改善の余地があるでしょうが、こんな後出しじゃんけんの
ような有様はどうかと思いますね。

 サッカーにおいて幼少時は戦術やフィジカル・コンタクトは敢えて気にせず、子供が描いた発想を尊重し、ミスが続
いた際にはコーチがヒントを出す。

 そんな形で欧州ではコーチと子供の関係が築かれていると聞きました。

 逆に日本では幼少時から随分教え込まれているようで、教えすぎという指摘のあるようです。

 コーチの指示を具現化できない子供が失格と判断されたならば、その時点で彼らはそこを去らねばなりません。

 どんな地域でも次世代のメッシを探すことに血眼ですが、僕はそんな存在は世界中のどこにも存在しないと思います
しユヴェントスファンに

 「プラティニ引退後、次世代の将軍は存在しましたか?」

 と聞いてみたらよいでしょう。

 メッシと同じ感性の持ち主がいるとするならば、その感性を教えすぎず否定もしない存在に成長がかかっていると僕は
思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本代表の監督選びの形を思う

2013-02-06 12:13:05 | 日記
 僕は以前2014年以降の代表監督に、元クロアチア代表監督のビリッチを推薦しました。

 それは彼の若さとベンチから戦況を眺めている際から伝わる情熱、そして3バックと4バックを試合中に巧みに操る
柔軟さによるもので、時に大人しいと言われる日本代表にとって最適な要素を抱えていると思えた為です。

 その一方で僕たちも

 「サッカーの伝統」

 に立ち返るべきなのでしょうか。

 それは

 「その国の代表監督はリーグで結果を残した人物が就任する」

 というものであり、過程に問題があったとはいえイビチャ・オシムが就任したのはこの事例と言えるでしょう。

 結果は勿論J1の優勝ですが、今後はチャンピオンズ・リーグでの成績も加味されてゆくでしょうし、むしろ従来通り
海外から指揮官を招聘するほうが簡単かもしれません。

 逆にどうも新鮮味が足りないJ1の空気を打破するには、逆説の形になりますが代表監督をJ1から引き抜くと形が必
要とも思えます。

 勿論この伝統に固執する必要はありません。
 
 イングランドが口火をきった大国の外国籍監督の就任は、王国ブラジルにも波及し

 「グアルディオラ政権」

 の誕生が期待されたものでした。

 イングランドも再びロイ・ホジソン政権と言う形で自国から監督を招きましたが、日本のように外国籍でも自国でも監
督の国籍に捉われない国は、自由が効く分何よりその

 「選考理由」

 の説明が不可欠です。

 今後もしばらくは海外から指揮官を招聘する形で日本はワールドカップとアジアカップに付き合ってゆくのでしょう。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人間主義、それは詭弁か

2013-02-06 11:56:29 | 日記
 僕は昨年「人間主義」という言葉をこのブログで用いました。

 それは金を稼ぐことは当然評価できるが、それでも困っている人に手を差し伸べ、地球環境や地域社会に配慮できる人間
でなければ意味が無いと思う為です。

 サッカーでも収入や知名度が無くとも、人々の暮らしを支えているクラブがあるわけで、それは彼らが常に

 の「サッカーを通じた地域貢献」

 を唱えているためで、だからこそ風景に溶け込んでいると思えたのです。

 しかし最近、この考えはひょっとしたら欺瞞なのではないか、僕が自分で収入を得られないことを欺くための単なる詭弁
ではないかと思うようになりました。

 従来の価値観通り、男に課せられる役割が

 「金を稼ぎ生活の収益にあてること」

 ならば僕は完全な落第者です。

 レアル・マドリーやユナイテッドがスポンサー収入とマーチャンダイジングで着実に売り上げを伸ばし、ワールドツアー
と称して世界中を旅するのは、ある意味ファンの為と言う形を隠れ蓑にした

 「お金儲け」

 の一環として捉えることも出来ます。

 ちなみにゴール・コムによりますと、今夏ユナイテッドが2008年以来の来日を果たし、F・マリノスと日産スタジアム
で対戦することが決定しています。

 2006年のチャンピオンズ・リーグでフリーキックを射止めた中村の姿を思い出すファンは多いでしょうね。

 優れたお金を得る手段を持ちながら、同時に地域貢献や住環境に思いを巡らす。

 この姿が両立できたなら、本当は言う事がありません。

 しかし現状は僕のようにどちらかに傾いた形になるのが一般的で、つり合いが取れている人物を探す方が難しいのでしょう
が。

 モウリーニョのように請われてレアルに移籍しながらも、空中分解の要因となった人物を見ますと、人間が本来持つ資質
が問われるのは間違いないと思う反面、やはり金を得ることも大事だと痛感する次第です。

 成功報酬は人間性と隔離された代物ですから。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ザッケローニ監督が見せる拘り

2013-02-06 01:59:30 | 日記
 ザッケローニ監督は確信犯的に代表の序列を崩しません。

 僕が今冒頭で確信犯という言葉を用いたのは、彼が批判というリスクを浴びることを承知の上で現在の代表編成を行っ
ている為です。

 「だから遠藤の代役を探すべきだったし、その時間は十分与えられていた」
 「監督の人選に変化はないな」

 このような批判が湧き出るのは当然の成り行きと考えているでしょうし、それでも監督は自分の立ち位置を変えようと
はしません。

 それは日本に限らず各国代表の練習時間が限られていることもあるでしょうし、現在の代表の序列、言い換えれば先発
を脅かす存在が見えていないという考えがあるのかもしれません。

 逆に清武と乾のように、与えられた機会を物にした選手、招集と招集の間に時間があった選手でも、監督は注視してい
るという意味あいはあります。

 今日のラトビア戦、仮に大津が出場機会を得て非凡な物を見せたなら、それは一歩前に踏み出した形になります。

 欲を言えば海外リーグの選手でも新鮮味が欲しい所でした。

 蔚山に移籍した増田
 オランダVVVに在籍するカレン・ロバートとユトレヒトの高木

 ラトビア戦はある種興行の意味合いが強いですから、代表から遠ざかりつつある選手と初顔の選手で構成しても見所はあ
ったはずです。

 それでも既存の選手にこだわったのは

 「私は君たちを信頼している。だからミスを恐れないで勇敢に戦ってほしい。」

 という声なき伝心を伝えたかったのだと好意的に捉えたいものです。

 しかし近年の代表は小笠原(2009シーズンMVP)佐藤(2012年MVP)など、どうもリーグの実力者を軽んじ
ています。

 2010年MVPである楢崎は代表引退、2011年は外国籍のレアンドロですからこれは仕方ないとしても、J1の功
績がもっと敬意を払われるべき代物だと思いますが。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする