塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

期待という明日への活力

2017-09-28 05:18:50 | 日記
 希望の党に民進党が合流するという一報から、政界再編成かと囁かれています。

 政治は人間が行うものですが、そこには何か期待できるかもという心理が働くからこそ、僕たちは投票権を無駄にしてはいけないと感じます。

 しかし、まだ発足すらしていない政党にここまでの期待を寄せることに、僕は違和感を覚えますし、小池東京都知事が誰もが

 「ああ、あの方ならば」
 
 と感嘆するような結果を残しているようには思えません。

 自身も認識しているようですが、横文字が多い会見であると印象が強いことも確かです。

 その期待でいうならば、日本に限らず各国の代表監督もそうですよね。

 レーブが2006年以降、大国ドイツで陣頭指揮を執り続けているその信念には恐れ入りますが、それは協会、ファンのいずれも

 「彼ならばワールドカップの連覇をしてくれるはずだ」
 「同時に選手層をさらに熱くさせてくれるはず」

 という気持ちがあるためでしょうね。

 事実、PSGではレギュラーが保証されないユリアン・ドラクスラーが、先のコンフェデレーションズ・カップで最終週選手に輝くなど、ドイツ代表の23選手は、まさに精鋭揃いと言えます。

 期待でいうならばハリルホジッチ監督も同様です。

 アギレ監督と袂を分けた後では最善の選択
 2014年ワールドカップ、優勝国ドイツを最後までびびらせた

 というように、アルジェリア国内で本大会まで直前まで起きていた批判を力でねじ伏せた存在感を、日本サッカー協会は凄く「期待」したからこそ、交渉、契約に至ったわけです。

 僕自身は自分にすら期待をしませんが、人間は期待することで明日への活力を見出している、そんな気がします。
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スパイクという興奮させる道具について

2017-09-28 01:28:55 | 日記
 僕が初めてナイキのエアー・クッションを体感したのは、弟がお年玉で購入したバッシュ「エア・チェック」になります。

 こっそり履いて玄関で幾度となく飛び跳ねて、脚にかかる負担がどれだけ軽減されるのか、興奮しながら試したものです。

 高校、予備校の時はスニーカーがほしくてたまらなかったものの、一番お金がないときで相当我慢しました。

 大学に進学してお金にゆとりが生まれた瞬間、リーボック、コンバース、アディダスにフィラと当時人気の靴をかたっぱしから試着し、今再上陸しているエトニックやヴァンズのようなスケボー・シューズまで履いていましたね。

 その中でもマイケル・ジョーダンとエアー・ジョーダンは特別で

 「僕もジョーダンの気分が味わえる」

 と心の中で小躍りしました。

 バスケットでもサッカーでも、ブランドは選手と契約し、その着眼点を大切にした商品づくりを可能にします。

 でも、消費者が有名選手使用品を欲しがるのは

 憧れの選手に近づけるから
 手に入れたことが嬉しくて仕方がないから

 という、単純に憧れの気持ちのためです。

 今は選手に対しての支度金や契約金が高すぎるのか、なかなか適正価格でこれ!という品が作りにくい時代だとは思います。

 ナイキならマーキュリアルCR7、アディダスならネメシスなど、子供たち垂涎のスパイクは大人でも興奮します。

 ブランドは当然デザイン、履き心地と機能を両立させるために懸命の工夫をしていますが、行き詰った時には選手の顔ではなく、この靴を履いて飛び跳ねる子供たちの姿を想像してほしいと思います。

 いつの時代も、子供の批評はダイレクトですからね。
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監督、経営陣に求められる資質

2017-09-28 01:01:04 | 日記
 どうして東芝がここまで危機的状況に陥ったのか、検証する書籍が数多く出版されています。

 東証一部から二部への降格、はたまた「サザエさん」のスポンサーを継続するのかどうかなど、真剣味のある議論から下世話なものまで、東芝の経営再建問題は今後、日本企業の指針になりえると思います。

 ホンハイの傘下に収まることで息を吹き返したシャープですが、今後代名詞である液晶が「有機EL」が市場の主役になりつつある今、どう動くかという注目点もあります。

 東芝にしてもシャープにしても、経営陣に謙虚さが無かったのでしょうか。

 僕が仮に時期社長として浮上したならば

 「とんでもないことだ」
 「私などが到底社長職など勤まるはずがない」

 と感じるでしょうし、ちっとも名誉だとは思いません。

 出世欲や報酬の重さだけで、取引先や従業員の命を預かるだけでなく

 未来、この会社がどんな形で人と交わるべきか
 自身の案件でどれだけの礎を後世に残せるか

 などを思う人物はいなかった、のかもしれません。

 サッカーも監督というのは頭領である前に、布石が必要ですよね。

 人気はさほどであはりませんでしたが、リバプール時代ノジェラール・ウイエは、リバプールの町の成り立ちを就任前に調査し、コップを含むファンがどのような形でクラブに関わってきたか。

 この点を調査し、戦術と布陣を考えたと言います。

 ハリルホジッチも日本がワールドカップ本大会で、アジア予選と異なる方法論で戦うことに意味なしということで、予選から本戦にも通じる戦術を求めてきました。

 監督のやるべきことは多岐にわたりますが、監督就任の打診を受けても、自分が性格的に合わないと感じたならば、引き受けない賢明さも必要でしょう。

 中にはアラン・シアラーのように、監督業には向いていないと自覚しながら引き受け、その面白さに目覚めた人物もいますが。
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