比企の丘

彩の国・・・比企丘陵・・・鳩山の里びと。
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九州の旅・吉野ヶ里・カササギ・柳川

2006-09-30 | 道を行く 九州の諸道
吉野ヶ里の植え込みでキレイな鳥を見ました。


これは家に帰ってから鳥類図鑑を見ました。「カササギ」のようです。カラスの親戚。中国大陸、九州北部の佐賀平野近辺に生息と書いてあります。関東近辺では見かけないはずです。見慣れない鳥を見るとウレシクなるのです。
吉野ヶ里の墳墓の丘です。ご先祖様が眠っています。この丘陵は背振山地を後背地にしてに筑後川流域の佐賀平野が南に開けています。古代人が選んだ立地条件最高の場所です。
邪馬台国が大和王朝のあった近畿地方であるか、九州であるかはおいておいて、わたし的にはここが豊かな地であったことはマチガイないと思います。どちらにしてもむかしのことですから証明する人は誰もいないのです。メモも王様のお墨付きもありません。近畿説が多数派のようですが何でかんで記紀に持っていかなくてもいいじゃないですか。
壮大な建造物群は「こんなふうだったであろう」という空想の建物であることは言うまでもありません。○○ランドみたい。ロマンがあっていいじゃないですか。

佐賀平野を通りぬけ筑後川を渡って水郷の街、柳川に行きました。


水郷近辺には生活の匂いがしません。セットみたいです。観光の街です。魚屋さんを覗いたら見かけない有明の魚介類が並んでました。このほうが生活の匂いがします。
しかしながら柳河藩10万石の城下町、最初にご城下を造った殿様が干拓にかかりクリークを掘削したのでしょう。このクリークが筑後川をはじめとする河川の遊水路、交通網として機能し、物流・経済の中心にになっていったことが偲ばれます。

これから大宰府に行って九州の旅は終わりです。


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