
思わず「あっ」と出てしまった。
羽生結弦君が演技冒頭に予定していた4回転ジャンプが飛べず、
1回転になってしまったのだ。
言うまでもない、北京オリンピックのフィギュアスケート男子
ショートプログラムでの出来事だ。
他の選手がリンクの表面に作った溝に
踏み切る左足のブレードのエッジがはまってしまったのである。
何と不条理なことか。
だが、結弦君は立ち上がった。
オリンピック3連覇を果たすには、いささか厳しい8位スタートとなったものの、
フリーで4回転半にも挑戦し、4位にまで上がったのだ。
さすが、と言うほかない。

ジャンプ混合団体の高梨沙羅さん。
彼女はスーツの規定違反で失格となった。
それがルールとあれば仕方のないことだが、
顔を両手で覆い泣きじゃくる彼女を見れば、
何とも理不尽な判定のように思えてくる。
世には不条理、理不尽なことが何と多いことか。
それに打ちのめされ、進むべき道を見失う人もいる。
結弦君、沙羅さんは大丈夫、自力で自らの道を切り開くはずだ。
「ゆっくり話がしたいです」——彼は年賀状にそう書き添えていた。
この11文字にはどこか切なさがあった。
僕が半世紀超を送ってきたサラリーマン社会。
こここそ不条理なこと、理不尽なことに溢れた世界はない。
思いがそこに至るのである。
彼は年齢が私より2回りも若い、今は55歳となった後輩である。
年賀状には「気がつけば、私が最年長になってしまいました」とあった。
社員の訪問先、帰社時間等を記すホワイトボードを見ると、
彼の名は真ん中あたりにある。
上位に書かれた専務、常務、部長の名はすべて彼の後輩なわけだ。
仕事は間違いなく出来る。キャリアも30年ほどになる。
現場のトップに立ってもおかしくないと思えるのだが、
後輩たちの後塵を拝する地位にいる。
彼の心の中には、「何と不条理で、理不尽なことだ」
そんな思いが隠されているのではあるまいか。
だが、サラリーマン社会に「不条理」「理不尽」はつきものである。
ほとんどの人は不本意な思いを抱きつつ、
サラリーマン生活を送っているのが現実と言ってよい。
これほどのキャリアの彼に、
現場の第一線を離れて久しい老兵が言えることは、
「サラリーマンは辛いよな」しかない。
冷たい言いようだと思うが……。
道を開くも閉ざすも本人次第なのだ。