「顕微鏡」……鏡よ鏡、この微生物はなあに?
「望遠鏡」……鏡よ鏡、山の向こうには何がある?
「虫眼鏡」……虫専用の眼鏡
「色眼鏡」……色専用の眼鏡
「老眼鏡」……老いた眼鏡
「お眼鏡に適う」……何を見るかを眼鏡が決める
「鏡開き」……鏡の中に何が隠されているかを知るための作業
「明鏡止水」……でっかい水鏡
「目は心の鏡」……相手の目に写っているのは自分の姿である
「大鏡」……大きな鏡
「手鏡」……掌が鏡面仕上げ
「道鏡」……足が滑って歩きにくい
「反射鏡」……反射しない鏡があったっけ?
「鏡文字」……ルージュの伝言
【ただいま読書中】『ウルトラ・シークレット』F・W・ウィンターボーザム 著、 平井イサク 訳、 早川書房、1976年、1000円
第一次世界大戦で騎兵だった著者は、戦争中に馬から飛行機に乗り換えます。戦後は諜報局に籍を置き活動をしますが、その一番の不満は、政府高官が自分たちの情報を無視することでした。「第一次世界大戦後、事態が変っていること」をチャーチルに納得させるためには、フランスの崩壊が必要だったのです。著者はそのことを苦々しく述べます。
ドイツは、絶対に破られない暗号機械であるエニグマを使っていました。しかしその秘密はポーランド人労働者を通してイギリスに漏れ、ついにイギリス情報部はエニグマ本体の現物を手に入れます。複雑な機械の仕組みを理解しついに著者らは暗号を解読することに成功しますが、ここで新たな問題が発生します。仕事を続けるための予算を獲得しその成果をイギリス軍が生かすためには、ドイツ軍の暗号を破ったことを政府高官にきちんと知らせる必要がありますが、それを派手にやると「暗号を破ったこと」がドイツ側に漏れる可能性があります(スパイはどこにいるかわかりません)。また、あまりにイギリス軍がドイツ軍の裏を上手くかき続けると、暗号が破られた疑いを持たせその結果機械に未知の改良が加えられる可能性があります。諜報局の組織運営そのもの、政府のコントロール、軍のコントロール、これらすべてを細心の注意を持って行なう必要があるのです。それまでの情報部は陸海空の三軍でばらばらに活動していましたが、著者は統合情報部を発足させます。さらに「成果」は迅速に現場に送り届ける必要があります。そのための体制も著者は組みます。暗号→平文の独文→英文→暗号、と“翻訳”だけでも「組織」がいくつも必要なのです。
「エニグマ情報」は「秘」や「極秘」を越えた「ウルトラ(シークレット)」と呼ばれることになります。イギリスが強大なドイツ軍と戦うために使えるのは、武器を失ってダンケルクから撤退してきた陸軍と数の点で圧倒的に不利な空軍、そして、英知でした。
ドイツの通信量が増加し、さらに戦場でいくつかのエニグマと実際に使われるキーを入手することができたことにより、解読技術は成熟していきます。特に兵站情報はほとんどが無線で交信されたので、イギリス軍は自分たちが対峙しているドイツ軍の兵力・配置・装備については正確な情報をつかんでいました。
ただし、武力が圧倒的に不利な場合、いくら「敵を知る」ことができてもそれだけで勝つことはできません。ただ、「自分たちが全滅しないように」「負けないように」「あわよくば勝つように」することはできます。「バトル・オブ・ブリテン」はそういった戦いでした。戦いの初期にはドイツ空軍の可動戦力はイギリスの3倍。近距離レーダーも持っていました。対するイギリスにあるのは、長距離レーダーと地の利、そしてウルトラだったのです。おっと、それらを生かすことができる戦闘機集団総司令官ダウディングも(ここで述べられるダウディングの戦術は、いわば「肉を切らせて骨を切る」です。ただしその「肉を切られる」にロンドン爆撃もあったのですが。だからダウディングは「肉を切られた」ことを声高に非難されることになります。それでもダウディングは、ウルトラの秘密を守り通しました。漢です)。
戦前に親ナチスを装ってドイツを訪問した著者は、ヒトラーをはじめとしてドイツの高官たちに面会して情報交換を行ないつつ親しくなり、彼らの性格や行動パターンをつかんでいました。それが暗号解読に役立ちます。そのため、フランス戦線崩壊後に「ウルトラ通信」でも特に重要なものを著者はチャーチルに直接ブリーフィングすることになります。こうして著者は、チャーチルの意識が「第一次世界大戦」から「近代戦」へと切り替わる過程を直接見聞することになります。戦略に「情報」が大きな意味を持つ戦いです。
ヒトラーは自分が立てた作戦が上手くいかないと“責任者”の将軍をばんばん更迭していましたが、実はチャーチルも似たことをやっています。準備不足という現場の声を押し切って作戦を強行して失敗したら将軍のせい。アフリカ戦線でそれに上手く抵抗したのがモントゴメリーでした。彼はしっかり準備をし、ウルトラを生かしてロンメルから勝利を奪ったのです。
Uボート戦でもウルトラ情報は大活躍しました。各Uボートにはエニグマが搭載されていましたが、その内容と方位探知で作戦は筒抜けだったのです。もっとも英国海軍の暗号がドイツに破られていたというオマケの話もあります。
日本はドイツからエニグマを購入して日本軍の暗号機として使っていました。アメリカはイギリスの協力で日本の暗号を破ります。いろいろなものがつながっています。近代戦は、一人の英雄とか新兵器一つで勝てるようなものではないのです。
イタリア本土での戦争では、空軍のはずのケッセルリンクが陸軍を率いて見事な戦いをしましたが、著者はウルトラを通してそれを逐一知ることができ、その戦いは歴史に残るべき見事な撤退戦だ、と述べています。
著者は暗号の専門家として戦いましたが、彼の興味の焦点は「人間」でした。敵でも味方でも「その人がどんな人か」に強い興味を持っています。だからこそ「暗号」を「生きた情報」に翻訳することができたのでしょう。なにしろ、暗号を解読して「敵の判断」を明示するだけではなくて、「なぜその人がそのような判断をしたか」の根拠まで付けることができるのですから。