【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

愚問

2011-10-21 18:34:17 | Weblog

 お前、おれのことをバカにしているのか?

【ただいま読書中】『ハーヴァード・ロー・スクール ──わが試練の一年』スコット・タロー 著、 山室まりや 訳、 早川書房、1979年、1400円

 アメリカでは1970年代に「ロー・スクール人気」に火がつきました。入学者が急増し、1974年には約3万人の卒業生が弁護士となったのです(10年前の3倍)。(ちなみに、日本の現在の法科大学院の入学定員は6000人足らず。それでも多すぎると司法試験で削られまくっているのはご承知の通りです) さすがにアメリカでもこれは多すぎて、実際に就職できる弁護士はその半数くらいでした。卒業生の競争は激化し、ロー・スクール同士の競争も激化します。
 ハーヴァード・ロー・スクールは3年過程ですが、著者が経験したその第1年次の記録です。
 アメリカのロースクール(法学部)制度は、日本のとは随分違っています。法学部志願者はまずどこかの大学を卒業して、ロー・スクール全国共通試験(LSAT)を受ける必要があります。そしてその得点をもとに受験者は国内諸大学のロースクールに願書を送って入学選考となります。ごく限られた優秀者には、大学を指定する権利が与えられます。
 著者は26歳(既婚)、英文学部で講師をしていて助教授職のオファーがあったのに「自分がやりたいのは法律だ」と気づいてLSATを受け800点満点の749点という優秀な成績を得てハーヴァードを選択しました。「敵に出会う」ために。(ちなみにLSATで720点を取れば、トップ2%に入れます)
 アメリカのすべてのロースクールでは「判例とオピニオン(裁判官が述べた意見)」が“教材”です。法律を暗記するのではなくて、“教材”を分析・検討・討論することで「法律」と「裁判所での論理」を学ぶのです。ただし、教室を支配しているのは「恐怖心」でした。厳しい教授に質問されて上手く答えられない/上手く答えたと思ってもさらに追及され結局恥をかくかもしれない、という恐怖。さらに、試験で失敗する恐怖/良い就職口が見つからないかもしれない心配/就職しても大手の弁護士事務所では昇進競争が大変という不安……
 さらに著者は「自分が変化する恐怖」も感じます。上記の「恐怖」に加えて勉強のプレッシャーが加わり、さらに「新しい言語(法律用語とそれを裏打ちする法的論理)」を学ぶことによって「これまでとは違う人間」に変容していく事実、そしてその「新しい自分」が決して好ましい人間とは思えないこと、それで感じる「恐怖」です。さらに「(短時間の)試験で人を評価すること」への疑問がなんども語られます。それでも試験は受けなければなりません。そのために学生たちは1日16時間(あるいはそれ以上)の勉強を続けます。私も大学時代にとんでもなく勉強していた時期がありますが、それでも13~14時間が数週間、が限度でしたね。アメリカ人のタフさには感服します。
 もっとも著者は、「ぼくは大丈夫だ。ぼくはまともなんだ」と自分に言いきかせ続ける必要があったのですが。そして著者は「敵」が自分の内部にいることに気づきます。
 まるでアドレナリンの奴隷のように、常に誰か(あるいは何か)と競争し続けているアメリカ人の姿が印象的です。ただ、著者はそこからの“出口”についても考察をしています。たとえば女性を増やせば、ロー・スクールの授業での歪んだ(マッチョな)圧力のかけ方が変るのではないか、とか。本書から30年以上経って、今のハーヴァードがどうなっているのか、また書いてくれる一年生はいないかな?